恩師・井出新先生編注の『冬物語』The Wintrer’s Tale,(大修館)
ロマンス劇 その1
Shakespeare晩年の作品にPericles,Cymbeline,The Wintrer’s Tale, The Tempestの四つの作品がある。
これらは一般にロマンス劇(romances)と呼ばれている。このうち『ペリクリーズ』は1609年に「悪い四折本」(bad quarto)として出版されたが、第一・第二の二折本(folio)には含まれず第三フォリォの再販(1664)から、はじめてShakespeareの作品とされるようになった。執筆が1608-9年頃で、Shakespeareの創作活動の第3期から晩年の第4期への移行期の作品となる。第一フォリォに含まれたものでも、HenryⅧ(1612-3)は推定執筆年代からいえば、Shakespeare晩年の作品となるわけだが、一般の分類では歴史劇として、初期のものとともに考えることになっている。
これらロマンス劇に、互いに共通な著しい類似点をあげることができる。
四つの作品は、いずれも失踪(死)から起こる悲劇的なもつれが、再会(蘇生)を通して解決され、和解を得るという筋だてをもっており、作品の雰囲気や人物が非常にromanticで現実ばなれしている。どの作品にも牧歌的な自然の美しさが漂い、黙劇・仮面劇・舞踏・背景などによって従来よりもきらびやかな舞台となったことも注目に値する。これはShakespeareの属していた国王一座が、地球座のほかに、1609年以来Blackfriarsという屋内劇場をも使用することになったことが部分的に影響していると考えられる。このほかimageryの用い方やMarina, Imogen, Perdita, Mirandaなど、女性役の性格にも共通な要素が認められる。ここではこれらのなかから、ロマンス劇でいちばん顕著な特質として「和解」と「ゆるし」の主題を中心に解説したい。
Shakespeareは宇宙の秩序について、中世以来の伝統的な考え方を積極的に提唱した。HenryⅧの死が招いた失政と混乱はなまなましく、人々は国家の秩序が支配階級ばかりか一般の民衆にとっても貴重であることを知っていた。国王中心の国の秩序は国民の繁栄に直接につながるものであった。当時の人々にとって「宇宙の秩序と調和」を求めることは、信仰というよりは、もっと現実にそくした考え方であったと思われる。Shakespeareの創作活動の背後にあった、この「秩序」の観念は特に史劇に歴然としているが、これら史劇やいくつかの悲劇にあっては、この「秩序」の崩壊が、どのような災禍をもたらすかに焦点があてられている。一方多くの喜劇では、無知あるいは思いちがいから生ずる混乱に焦点があてられ、その混乱が解決される過程に、やはり伝統的な秩序の観念が示されている。そしていわゆるロマンス劇において、この観念は「和解」と「ゆるし」という主題となって表現されていると考えられる。……ロマンス劇のこの主題について論じる場合、考えなければならない劇作上のもっと根本的な問題がある。そえはShakespeareの作品と実生活、つまり現実(actuality)とのかかわりについてである。
リアリズムを強調するあまり、作品と実生活との隔たりは少ないほうが文学作品としての価値は大きく、その隔たりが増大すれば、どうしても現実逃避の文学となってしまうという考え方がある。しかしShakespeareは作品の世界と実生活との隔たりを増大させてなおその文学が現実逃避とならないことを実証した。これはShakespeareがリアリズムを否定したのでなく、それを一段高い観点から眺め受容れたということになる。つまり、Shakespeareの作品には、たとえ現実ばなれした場が設定されていても、そこには現実に直結した信憑性が存在するというわけである。そしてこのパラドックスを解くことが、Shakespeareを理解するための一つの鍵となっている。
『ハムレット』をはじめ、Shakespeareの悲劇にあって、主人公は何か現実ばなれしてばかばかしいと思えるようなsituationにあって、殊更に深刻な態度で問題を提起することがしばしばである。しかしこのとき、主人公は即物的な世界よりも次元の高い、imaginationの世界──それは想像とうよりも創造的な観念の世界──において、形而上の実体と真剣に相克葛藤して、調和ある解決を得ようとしているのである。主役はあくまで人間自身で、自らがそのわざわいの種をもち、しかも「超絶的な力」の介入ということもなく、自らの力で甲斐なく闘い失敗し、結末にいたってかすかな救いが約束されるだけで終るのである。
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本論稿は、池上忠弘、石川実、黒川高志、金原正彦共著『シェイクスピア研究』(慶應義塾大学出版会)の大要をまとめたものです。私自身の学習を目的としたものですので、論文・レポートなどでの本文からの引用はお控えください。
