第6章 ローマ劇とロマンス劇
Ⅰ ローマ劇(その1)
『ブルターク英雄伝』(Plutarch’s Lives)は仏訳をとおして1579年Sir Thomas Northによって英訳された。Shakespeareが主として使ったのはこの本で、ここから題材をとった悲劇が三つある。
Julius Caesar、Antony and Cleopatra, Coriolanusでふつうローマ劇(Roman Plays)といわれている。
『ブルターク英雄伝』をsourceとしているのでローマ的雰囲気やローマ的思想(ローマ人の衣裳とか自殺行為についての英雄的な考え方など)に共通な要素がみられる。語法・語句などにも類似がある。しかし、構成・スタイルの点では、Julius CaesarとAntony and Cleopatraが著しい対照を示している。この2作はShakespeareの創作過程を全体として眺めたとき、それぞれ転機にたつ作品として貴重なばかりではなく、名作としての評判もたかく、広く上演され読まれている。
Julius Caesar 創作年代は1599年と推定される。Henry Vの直Hamletの前に書かれたものと考えられる。従ってShakespeareの創作過程のいわゆる英国史劇期から大悲劇時代への移行期を占める作品として認識することが大切である。Henry VとJulius Caesarとを比較してみると主題や様式に共通するものがみられる──政治性、弁護術の重要性はともに両作品にみられる著しい要素(特徴)である。……しかし、根本的な差異がある。すなわち同種の題材がHenry Vでは英雄劇として、Julius Caesarでは悲劇の素材となっている。
英国史劇にあっては、高貴な地位をかちとろうとする人間の成否が主題となっており、この主題は二種類の人間を対象に展開される。ひとつは己の目的を達成するに自然の律法に従い正道を歩むものであり、他は自然の律法を無視して、よこしまな手段でのそれである。高潔は「行動の世界」の栄冠は英国史劇の華であった。この理想的英雄の典型が、すなわちHenry Ⅴであった。
ShakespeareはJulius Caesarに到るまでに、英国史劇において3種のタイプの政治的殺人犯をてがけた。先ずRichardⅢに、一片の憐憫の情も悔悟の念もちあわせず、徹頭徹尾残忍な殺人犯の姿をみる。しかし、Shakespeareの描く政治的殺人犯は、RichardⅡになると殺人行為そのものを直接の目的としない。BolingbrokeにはRichardⅡ殺害の明確な意志表示が認められず、過失犯とみられてよい。しかし生来悪党ではない彼は深く責任を感じて己の非を悔いる。そしてこの悔悟の念がHenry Ⅳの主題として展開される。RichardⅢほどの罪はないがHenryⅣ(Bolingbroke)よりも罪深い政治犯としてJohn王がいる。正当なる王位継承者Arthurに対するJohn王の残忍な命令は、Hubertの憐れみによって果されなかったが、John王の罪は明らにBolingbrokeの罪を超えている。これら主人公の罪は、三人三様であるが彼らは何れも利己的な目的を果すために政治的殺人行為にまきこまれたのである。
しかしBrutusの動機は全く異なる。ShakespeareはJulius Caesarの栄進をはばむ者として、Brutusという最も高潔なるローマ人(Ⅴ.ⅴ.68)を選び、最初から敗北すべく運命づけられながらも、己の至上の道徳律に忠実たらんとする者の姿を描いている。ここでは現実の世界での成否は第二義的になっている。Shakespeareの趣味は人間社会の繁栄没落よりは、人間性の内面に向けられたものである。Shakespeareは『ブルターク英雄伝』をひもといた時、以前に『ホリンズヘッド年代記』(Holinshed, Chronicles of England, Scotlande, and Irelande)を英国史劇の資料とした時よりも、史実にいっそう忠実に従ったのであるが、単なる歴史物語を主眼とせず、史実の精神を想像の世界に移しかえよと努めたのである。
こうして忠実に基づくShakespeareのJulius Caesarは単なる史実の劇化にとどまらず、複合的な悲劇となり得た。『ブルターク英雄伝』にみられるCaesarとBrutusの記録、そして彼らにまつわる複雑な事柄は、Shakespeareにとり格好の悲劇の素材となった。人間Julius CaesarとCaesarismの象徴としてのJulius Caesarは、Brutus、Cassiusの悲劇と複雑に交錯し、この作品の二つのテーマ──政治問題と人間性把握の問題──は、Shakespeareのみごとな対照法(antithesis)の技法により渾然と融合し、複合的な悲劇性を遺憾なく発揮している。
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本論稿は、池上忠弘、石川実、黒川高志、金原正彦共著『シェイクスピア研究』(慶應義塾大学出版会)の大要をまとめたものです。私自身の学習を目的としたものですので、論文・レポートなどでの本文からの引用はお控えください。
