⑬『オセロー』──ハンカチの背後に…… | 文字の風景

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慶應義塾大学文学部 英米文学専攻(通信教育課程)を卒業後、シェイクスピア『ハムレット』の研究に専念しながら、小説、ノンフィクションなどの分野で執筆活動をしています。日本シェイクスピア協会会員。

 

 

 四大悲劇の一つ、『オセロー』も登場人物が多い作品ですが、ここでは、ムーア人の将軍オセロー、副官キャシオー、旗手イアーゴー、オセローの妻デスデモーナとその侍女でイアーゴーの妻エミリアの五人に絞ります。オセローは「おまえを愛さない時がくればこの世は混沌の闇に飲まれよう」というほど妻を愛しています。それがイアーゴーの策略によって「嫉妬」という毒薬に侵され、悲劇的な結末を迎えてしまうのです。

 

 イアーゴーは、「将軍──」と切り出すものの、ちょっと気になることがあるとか、私の推測は間違っているでしょう、などと含みを残した言い回しでオセローの心に、ありもしないデスデモーナとキャシオーの不貞の虚像をつくりあげていくのです。

 

 エミリアはデスデモーナが落としたハンカチを拾い、イアーゴーに渡します。夫から盗んでくれと言われていたこのハンカチは、オセローが愛の証として妻に初めて贈ったものです。イアーゴーはそれを二人の不貞の「証拠」に仕立て、オセローを翻弄します。

 

 嫉妬心を煽られたオセローは妻を疑い、自分を失い、ベッドのなかで妻を絞殺してしまいます。そこにエミリア、イアーゴーたちが駆けつけます。「奥様は天使、あなたは黒い悪魔だ!」とエミリアはオセローを罵りますが、オセローはあのハンカチをキャシオーが持っていたと語り、殺人を正当化します。日頃、夫に蔑ろにされ、服従を強いる夫に、“私だってやれるよの”との一心で、何も考えずに夫に渡したハンカチがもとでデスデモーナが死に至ったことに、エミリアは胸が裂けるほどでした。だから、犯行が暴露されるのを恐れたイアーゴーが「黙っていろ!」とエミリアを脅した時に、彼女は男たちの束縛からの自由を求めて、真実を語るのです。

 

 黙っていろだって!

 とんでもない、北風のように遠慮なく

 言いまくってやる。神も人間も悪魔もいっしょになって、

 よってたかって黙れと言おうと、言ってやりますとも

 

 エミリアは罪を暴いた後、夫イアーゴーに刺殺され、オセローはイアーゴーが生きて苦しむことを願いながら、短剣で自害して果てます。