Macbeth Review Shakespeare's Globe 2013
『マクベス』は四大悲劇の一つです。スコットランドの将軍マクベスとその友バンクォーは戦場からの帰途、不気味な三人の魔女に、「万歳、マクベス、将来の国王!」と告げられます。そして、魔女はその王位はバンクォーの子孫が受け継ぐと予言して姿を消します。この予言にマクベスは秘めていた野心に火をつけられるものの、主君を襲うことを決断できずにいます。そんなマクベスを駆り立てるのがマクベス夫人です。マクベスが弱気になっていると、「これからはあなたの愛もそんなものだと思うことにしましょう」、自分だったら「ほほえみかける赤ん坊のやわらかい歯茎から私の乳首をもぎ離し、その脳味噌をたたきだしてみせましょう」と国王暗殺の決意を迫ります。夫人は夫マクベスの力を通して王の座を得ようとするのです。
やがてマクベスは夫人の望みどおりに王を殺害しますが、その時から、「もう眠りはない、マクベスは眠りを殺した」と不安に苛まれるのです。「あの男をおいてほかにはいない、おれの不安をかき立てるものは」、「バンクォーの子孫を王にするためだったのか! そうはいかぬぞ、運命よ、堂々と勝負しろ」と言って、バンクォーを殺します。こうしてマクベスは王位を維持するために他の者の命を次々に奪います。
一方、王殺害後の夫人は罪の重さに耐えかね、夢遊病に取り憑かれます。「まだ血の臭いがする。アラビアじゅうの香料をふりかけてもこの小さな手のいやな臭いは消えはしまい」と、手を洗うしぐさを繰り返します。また、侍女たちの前で「そんな蒼ざめた顔をなさってはいけません──もう一度言いますが、バンクォーはもう土の下、墓から出てこられるはずはないでしょう」と語ってはならぬ秘密を口走り、まもなく自殺するのです。
夫人にとって夫の王位簒奪こそがすべてであり、これを果たした後、マクベスが暴君として“独り立ち”すると、彼女は自らの存在が不確かとなり、精神のバランスが乱れ、彼女の世界観は崩れてしまうのでした。
シェイクスピア作品で主たる人物に名がないのは彼女だけです。夫マクベスと一心同体でしか生きられないマクベス夫人の悲劇ともいえます。