⑨『リア王』にみる反逆者 その1 | 文字の風景──To my grandchildren who will become adults someday

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慶應義塾大学文学部 英米文学専攻(通信教育課程)を卒業後、シェイクスピア『ハムレット』の研究に専念しながら、小説、ノンフィクションなどの分野で執筆活動をしています。日本シェイクスピア協会会員。

 

 『リア王』はシェイクスピア四大悲劇の一つ。ブリテンの老王リアは、三人の娘に国土を分け与えるために、愛情を言葉で測ろうとします。二人の姉娘は甘言を弄して領土を得ますが、末娘のコーディリアは、「なにもない」とくり返し、激怒したリアは彼女を勘当してしまいます。その後、リアは姉娘たちに裏切られ、嵐の荒野に放り出されるのです。これらの主筋に、作者はリアの家臣グロスター公爵と二人の息子をめぐる脇筋を加えました。

 

 私生児のエドマンドの姦計にはまったグロスターは、リアと同様に孝行息子エドガーと対立します。さらに、グロスターは、リアを助けようとしたことで、リアの次女リーガンと夫コーンウォール公爵の拷問で両目をえぐられてしまうのです。この陰惨な場に勇気ある人物が登場します。それはコーンウォールの「召使」です。彼は公爵のあまりの残虐さにたまらず声をあげます。

 

 お手をお控えください、

 子供のころよりご奉公してまいりました私ですが、

 これまでのなによりも、いまお控えを願うことが

 最上のご奉公と心得ます。

 

 しかし、聞き入れてもらえず、「召使」は剣を抜き、主人に致命傷を負わせるのです。いかに長年仕えた者であろうとも、残虐・非道な振舞いには、命を懸けて拒否するという「召使」の行為は感動的です。

 

 エリザベス朝の世界観の下では、「召使」のような言動は、秩序の転覆をはかるものとして許されないことです。しかし、シェイクスピアは秩序に逆らう「召使」を登場させることで、人間の品位を守って立ちあがる姿を提示しました。

 

 シェイクスピア研究の世界的大家、スティーブン・グリーンブラットが『暴君』(岩波新書、2020)の中で、この召使を「シェイクスピア劇の偉大なる英雄の一人」と紹介しています。これを機に、「召使」は世界的にも脚光を浴びているようですが、日本では、すでに20年以上も前に安達まみ氏(聖心女子大学教授)が彼の良心と勇気を称えています。氏には、『シェイクスピアを盗め!』(ゲアリー・ブラックウッド)『シェイクスピアを代筆せよ!』(同)などの楽しい訳書(小説)もあります。