⑧エリザベス朝の世界観 | 文字の風景──To my grandchildren who will become adults someday

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After retirement, I enrolled at Keio University , correspondence course. Since graduation, I have been studying "Shakespeare" and writing in the fields of non-fiction . a member of the Shakespeare Society of Japan. Writer.

 

 祝祭喜劇の傑作である『夏の夜の夢』は、月光が輝く森の中、妖精たちが舞い、夢幻と現実とが入り乱れながら、人間と妖精たちが織りなすファンタジーあふれる芝居です。結婚上の問題を抱えた二組の男女は、アテネ近郊の森へ逃げ込みます。いたずら好きの妖精パックに惚れ薬を塗られることで、愛する相手が入れ替わります。森は大混乱となり、「恋する者は、狂った者同様、頭が煮えたぎり/理性には理解しがたい/ありもしないものを想像する」というドタバタ劇が始まるのです。

 

 この作品には、生きることのよろこび、自然の賛美が抒情ゆたかに反映されている半面、当時の人々を縛りつけていたエリザベス・ジェームズ朝の世界観が描かれています。それは、妖精の王オーベロンと妃タイテーニアの諍いです。森を支配する二人のたわいない喧嘩がもとで、自然界には異変が生じます。

 

 「小さな川は思いあがり、堤を破り、いたるところで氾濫」し、「緑の麦はまだ/穂も出そろわぬ嬰児(みどりご)のまま立ち腐れ、泥海と化した野原にはからの羊小屋がとり残され、カラスばかりが羊の屍に群がって肥えふとる」という洪水による被害です。さらに、「人間たちは夏だというのに冬の着物を恋しがり、夏祭りの歌がうたわれる夜はどこにもない」し、「おかげで風邪やリューマチなどが大流行」という天候異変による惨状です。 

 

 妖精の王と妃が対立することは、神によって統一された一つの調和のある世界(秩序)に背くことを意味します。その結果、自然界の乱れを誘発すると考えられていたのです。

生物界における秩序は、全知全能の存在として全体を統括する神→森羅万象の真理を洞察することが出来る天使→理性を持つ独自の地位を占める人間→動物→植物→一番底辺に石のように生命のない物質が縦の鎖に連結され、「存在の鎖」をつくりあげているのです。この秩序に逆らうことは神の意思に背くことでもありました。当時の人々は、この世界観=秩序が崩れることは、自らの命にかかわる重大事として捉えていました。

 

 シェイクスピアはこの秩序を重んじつつも、この秩序にはむかう人間も多くの作品のなかで描いています。