⑦シェイクスピアとペスト その3 | 文字の風景──To my grandchildren who will become adults someday

文字の風景──To my grandchildren who will become adults someday

After retirement, I enrolled at Keio University , correspondence course. Since graduation, I have been studying "Shakespeare" and writing in the fields of non-fiction . a member of the Shakespeare Society of Japan. Writer.

ペストの犠牲者の棺を運ぶ村人(PHOTOGRAPH BY PHOTO12, UNIVERSAL IMAGES GROUP/GETTY)

 

 1666年のロンドン大火で、シェイクスピア時代のペスト禍の記録の多くが焼失したといわれています。そうした中で、当時を知る貴重な資料が残されています。『ピープス氏の秘められた日記』(岩波新書)です。ピープス(官僚、後に海軍大臣)は、1606年の9月20日の街の様子をこう記しています。

 

「通りはなんとがらんどうで淋しく、かわいそうな病人たちが出歩いているが、皆腫物ができている。歩いている間にもいろいろ悲しい話を耳にした。皆、この人が死んだ、あの人は病気だ、ここでは何人、あそこでは何人などということばかり取り沙汰している。ウェストミンスターには医師は1人もおらず、たった1人薬屋が残っているだけで、皆死んでしまったということだ」。

 

 感染者の出た家の戸口には、赤い十字の印と「主よ、われらに慈悲を」という銘を掲げねばならないとも記されています。有効な治療法や隔離病院もなく、多くの人々が野原、溝、乾草の上で死んでいくのです。死者は屍衣(シート)にくるまれて大きな穴に放り込まれました。

 

 こうした状況下、人々は時々閉鎖が解かれる劇場へ足を運んだのです。そこには、多種多様に、深く高く、ある時は軽やかに楽しく、ある時は暗くて深刻な世界があったのでした。

 

 「人間、生まれてくるとき泣くのはな、この阿呆どもの舞台に引き出されたのが悲しいからだ」(リア王)、「おまえもか、ブルータス!」(ジュリアス・シーザー)

 

 「『これがどん底』などと言えるあいだはほんとうのどん底ではない」(リア王)

 

 「われわれ人間は夢と同じもので織りなされている、はかない一生の仕上げをするのは眠りなのだ」(テンペスト)

 

 「馬をくれ、馬を! 馬のかわりにわが王国をくれてやる!」(リチャード三世)

 

 そして、『ハムレット』の“To be, or not to be, that is the question”などの台詞に、人々は酔いしれたのでした。

 わがことのように演じる役者のパワーは、明日をも知れない命に活力を与え、ペストの恐怖を発散してくれるものだったに違いありません。やり場のない怒り、愛する人を失った悲しみを代弁してくれるシェイクスピアの芝居は、生きる支えになっていたのです。