記憶の中のイメージについての回想、とクルマのことも。 -7ページ目
日曜の夜明け前

信号が一斉に赤く点灯する


幾重にも重なり合う横断歩道

そこを渡ろうとする者

魂の抜けた沈黙の背中





光の帯を引きずって

走り続けるドライバー

日の出までのわずかなひと時


夜と朝との間の存在は

日の光と共に淡く消えて

別のモノに成り変る


ここは渋谷スクランブル交差点

光と闇が交差するところ


今からここへ行きます

僕からすればここ以外に場所はない

他のどこでもなく。




目の前にどんなに美しい景色があろうと

それがどんなに居心地のいい場所であろうとも。

心はいつも

少し寂れた漁師町と

日本海と山脈の見えるここにある。

どうやら雪が降り積もっているらしい

それを知って心躍る。

寒いのは好きですか?
「どうやらうちの子ねぇ

お宅のリカちゃんが好きらしいのよ

今朝も一緒に幼稚園行くために時間合わせて出てったし」

「ってことはリカがバレンタインにチョコあげたのって

タカシくんだったんだぁ

誰なのかは聞いても教えてくれなかったんだけど

相手の子はワタシのことスキみたいなの

とか言ってたわね、そういえば」

「え、つまりお互い思ってるわけなの?」

「みたいね」

「それじゃ、今からホワイトデーのために何か作戦を立てておかなきゃね」

「よろしく~」






なんてことを話しているかどうかなんて

いまさら考え始めたところで確かめることなんてできません

だって緑が生い茂ってるし…
やはり走り続けなければいけないのか。

いつ止まってしまってもいいのか。

それとも…






ところで

僕らはどこへ向かっているんだろう。
ブレーキペダルをゆっくりと踏み込んだのは

当然、信号が赤になったからで

とくに何か理由があるわけではなかった。

どんなにまっすぐな道路でも

何事もなく進み続けるわけはなく

時々、立ち止まる必要がある。

県境の河に架かる橋の上で

しばし歩みを止めたそれは

どっちつかずでふらふらしている僕みたいだった。

信号の赤い光が切り替わると

白い車体に光っていた赤も、穏やかに消えた。
湿った空気を切り裂いて

乾いたロードノイズと共に

過ぎ去っていく車の音だけが

頭の中から聞こえているようで

他には何も聞こえず

耳が聞こえているという現実感がなかった。

日も暮れて少し経った頃

絶え間なく続くと思われた車の流れは

少しの間、止まってしまった。

それがどれぐらいの時間だったのか

僕には分からなかったけど。

突然やってきた静寂は

辺りの空気を一瞬にして取り込み

期限付きの感覚を与えた。

それまでは景色に没していた街灯も

遠くに立ち並ぶ町の灯も、ずっと続いている白線も

みんな浮かび上がって聴覚を刺激した。

見えているはずなのに

聞こえるものは何もないのに

見えないものを聞いているようで

一時の静けさには現実感がなかった。

やがて車の流れは近づき

静けさは、消えていった。
それぞれの車は

一様に同じ方向を向いている。

ヘッドライトの明かりは


一筋の光の河を成し

少しずつ流れてゆく。

どこから始まり、どこへゆくのか。

週末の旅人たちは

目の前の、赤く光るテールランプを見つめながら

何を感じているのだろう。

流れは滞る

しかし、また確実に流れ

少しずつ、少しずつ、進んでゆく。

始まりと終わり

ここはその通過点。
黒光りした路面は 

水銀灯の光を反射している。

規則的に立ち並ぶ明かりの列は

ずっと先へ誘い入れているようだ。

聞こえるのは河の流れだけ。

歩いても歩いても近づけない。

そんなものがこの世の中に存在するのだろうか。

雨はあたりを優しくつつんでいた。