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メンタルクリニック百道浜 福岡市 早良区 精神科 心療内科 漢方外来 ついてる

患者さまの体調や症状を丁寧に確認した上で、必要な治療や内服をご提案しております。
診断書は経過観察や医学的判断に基づき発行しております。
初診時に症状確認だけで即日発行することは原則として行っておりません。

人は口癖を変えた時に、

そして口癖を少しだけ変えた時、未来が変わるのだと思います

自分を許しますと言うとどうなるものか、

危ぶむなかれ、危ぶめば未来はなし

十回、自分を許しますと口に出して言えば、その十回が未来となり

その十回が未来となる

迷わず言えよ

言えばわかるさ

受験生だったころ、あの人はかわいいし、頭もよくてすごい、すごいといううわさを聞きました。

人から陰でうわさされるなんて、もうスーパースターです。

中学生の時には英検1級を取得し、新聞社にも特集されたとも聞きました。

この世の中に、そんなに楽々と何でもできて、だれからともなく称賛されるばかりか、報道機関からも称賛されるとは。

うらやましいを通り越して、現実なのか疑いました。

当時から時間が経ち、今だったらどう思うか。

人は人で、すごい人もいる、人は変えられないし、変えられるのは自分だけ。

自分がやっているところで、できるだけのことしかできない。

それでいいし、それしかできない。

ただ、そう思います。

スーパースターは時代が必要としています。大谷翔平選手のように。

でも、皆がそうなれるわけでもないし、なる必要はない。

今のままで、今のままで完璧です、自分ができることを自分がいいと思うことをすればいいだけ。

自分が後ろめたいと思わず、楽しいと思えることを全力ですれば、完璧です。

 

 

人の人生は田舎芝居の一座のようなもので、今生の親子、友人を含め、自分の身の回りの人は来世でも関係を変えてずっとかかわりあうのだという人もいます。

自分の魂があって、たとえ親兄弟であってもただそこにいるそれぞれの魂であって、自分の周りの人はすべて観ている映画の一シーンに過ぎないのでしょう。

つまり、自分以外は魂が人間というスーツを着ているだけであって、親友であれ、恋人であれ、自分にとっては別の魂が演じているだけ。

別の言い方をすると、映画の主人公は自分で、自分が見ている光景は映画のスクリーンに映し出されたようなもの。

今生の関係で出会った親、兄弟、仲間であれ、生まれ変われば同じメンバーというよりも、生まれ変わればそこに自分がいて、他の魂たちが違った状況を作ってくれて、生きて成長していくということ。

魂が大勢いて、それらの一部が人間というスーツを着て、相手してくれているのかもしれません。

だから、大切と感じる人に何か起きても、大丈夫。

輪廻転生、大きな魂の集団があり、自分も含めて根っこはみな同じ。

必ずまた会えますし、ずっとつながっているのでしょう。

 

 

 

幼稚園に行っていたころ、自宅の家の窓から揺れる大きな木が見えていました。

風で揺れているのですが、何か大きな力が働いていて、まるで大きな緑色の手が右に左に揺れて怒っているかのように見えました。

得体のしれない強い力を感じました。

そんな神秘的なものと感じながら毎日を過ごしました。

その木の下に、同級生が住んでいました。

お父さんが市会議員で、土曜に遊びに行くと、どこかの店からとったラーメンを食べていて、ちょっと待ってと言われ玄関で待ったものです。

今はご両親もなくなり、そこに移り住んでいます。

その隣に、1歳上の、私とは折り合いが悪かった人が、今では一人で住んでいます。

私を含め、そこに3人がいたのは今から50年以上昔のことです。小学生の時のことです。

私の健在だった両親も、生きていてくれるのはうれしいのですが、寄る年波にはかないません。

歩くのさえおぼつかないのですが、食事はできます。

人は老いていきます。

同級生で人気のあった子が、結婚して、子供を抱えて離婚して、そして両親の稼業が倒産して転居して、再婚して、なんて当時夢にも思いませんでした。

当時、声が大きくて独善的だった同級生が有名企業の取締役になるなんて思いませんでした。

大人びて魅力的だった子は、その後に有名繁華街でバーのママさんになっているとは。

庭師になった子もいれば、大学の事務員になっていたこともいました。

警察署の署長になっていた子も。

金属関係の工場に勤務していて、孫がいる子も。

見えていた大木は伐採されました。

大きな木だったので空が見えなかったのですが、今では空が広々と見えます。

常に変わっていきます。止めようがありませんし、止まらない。

今を大事に粋な掛ければ、もう今は帰ってこないのですから。

今は、すぐに過去になり、いや過去なのだから、一歩前を考えないと今が逃げます。

 

 

 

新館で予約を前日に取られて、待っていたのですが、予定の時間を過ぎても来られないので電話しました。

電話で予約を取り直したと言われました。

取った取らないでは水掛け論になるので、時刻を確認するとそこには再来の人で埋まっていました。

その時間帯はできないことを言うと、時間をずらされました。

新患の人は時間を必要とするので、枠を大きくとっています。

慣れているのかもしれませんが、他の方のこともあります。

電話で受けた時刻は、すぐそばに予約帳を置いていてすぐに記載しています。

こんな状態が最近続いています。

言った言わないになるので、これからはネットで予約をお取りいただくしかなくなります。

 

 

両足が石灰に浸かったように白い泥まみれの方が新患で来られました。

問診表は丸を2,3個付けたくらいで、白紙に近い状態でした。

診断書は出せるのかと、いきなり言われて、何を意図する診断書なのかも言われず、初対面であり、事情も分からない状態でした。

診断書は、現状を記載することしかできない旨を説明し、いきなりこうですと言う診断書を発行するのは難しい旨を伝えました。

第3者ともめていて、自分が傷ついたのはそのせいだという因果関係を証明するための診断書を出してもらいたいというようでした。

因果関係を証明するのは難しいことだと伝えると、なら用なしと言って帰られました。

待合室に白い泥が残されました。

玄関前に屋外マット、室内に屋内マットを設置していますが、マットも白く跡が残っていて、スリッパも真っ白になっていました。

薬を出して現状維持が役目だと考える医療機関に対して、薬は最終的に頓用、自分の考え方を変えていくことを主目的とする当院は受診者に受け入れがたいのでしょう。

早く楽になりたい欲が勝ちます。

彼のような人が、残念ですが、多い。

改めて問いたいことは、治療の前提が治療関係ならばどういう態度で臨んでいるのか、患者だから何をしてもいいのか。

このような態度を他のところでやっても苦情は出ないのか。

精神科に来ることは、社会のドロップアウト、大学生なら底辺というのは本当なのか。

そうではないはずです。

しかし、この日の彼の態度はそれを実証しているとしか言えませんでした。

このように考えて接すると、回復ではなく、居心地のいいところに置くことを主目的にするから集客につながり、受診者と利用者の狭い世界ではウィンウィンですが、それを一歩でも広げた受診者の家族、仕事関係者を入れた世界ではそうはならないと思います。

稼ぐが勝ち、客を集めきらんものが何を言うと言われればそうかもしれません。

 

 

 

 

発電装置ができれば、生命は誕生するだろう。

人間は成長する。

発電装置があり、AIがあるならば、生きていることはできるかもしれない。

成長するはどういうことなのだろう。

同じ姿で、考え、経験を積むという成長は、物質的には同じ状態で、パソコンで言えばプログラムの改変で賄える。

身体的、物質的な成長となると、そうなるための材料を集める必要があるし、その材料を適切に運び、当てはめる必要がある。

ロボットの手足を大きいもの、長いものに付け替えるのでは成長とは言えない。

骨ならば、骨をつけ足していくしかできないが、そうすると元の形が邪魔になる。

人間の骨は各部所とのバランスをとって、その形になっている。

一部だけで考えると、全体のバランスが取れなくなる。

つまりはその骨自体も生きていて、成長し、周囲とのバランスをとっているから。

蝉の幼虫がさなぎになって成虫になるように、一度溶解して元の形を無くし、そして作り上げないとできない。

 

 

 

 

人間の脳活動は、電気活動です。

心臓の脈拍を作る活動も電気活動。

血液の中は電解質が流通していて、細胞膜は電気活動で維持されています。(ナトリウム、カリウムチャンネル)

電気活動の元は、食事であり、呼吸です。

人間は酸素を吸って、二酸化炭素を吐き出しています。

穀物、肉類、魚などの、炭水化物、たんぱく質などを食しています。

そして便として排出します。

水分を取り、尿として排出します。

単純に考えれば、生きているということは、炭素、酸素を摂取して、二酸化炭素、水分を出すこと。

大まかにいえば、炭素、酸素を活動の下として、電気を起こし、二酸化炭素、水分を輩出するシステムができれば生きている。

このような発電装置ができれば、今やAIという人工知能、周囲をカメラにて観察し歩行するロボットを作れるので、それらをまとめて生命を作り出せるのではないか。

生命の誕生は、このような発電装置の誕生ではないだろうか。

ルーターという機器があります。

これはIPアドレスで同じ集合体のアドレスナンバーにして、外からつないだパソコンでルーターの働きを設定します。

前に書いた生命力の発言に追加なのですが、私たちはルータののようなもので、外から何か刺激を受けて、そのたびに性能が変わるのかもしれません。

もちろん、私たちは刺激が外部から意図的に入れられても受け入れないでもいい点では違うが、非常に似ている。

自分の自由意思で行動するが、外部からの影響を受けて、経験を積んで、成長する。

自分でも驚く成果を出せるのは、本来自分の中に眠っている能力が外部からの刺激で発現されただけなのかもしれない。

ADHDと診断される人は、経験が少なく、多くのものが新鮮で、興味をひかれすぎるだけなのかもしれない。

精神遅滞、知的障害や自閉症と診断された人は、外部からの操作がなされていないだけなのかもしれない。

だとすれば、知的障害、自閉症と診断された人は、何らかの興味をひくようなことを外部よりインプットしてやれば、思わぬ偉業の達成につながるかもしれない。

人間は経験を積めば積むほど、それだけ発達していく無限の可能性を秘めている。

統合失調症と診断された人に対して、自分を許しますと言い続けなさいと指示し、診察時も一緒に言い続けました。

一時期、非常に活動的になり、仕事を自分で見つけ就職されました。

しかし、その後、通院が途絶え、環境を維持できず、孤立し、結局、退職になりました。

その後同じ刺激で同じ反応を得ることはできません。

ルーターの電源を途中でふいに落としてしまうと、内部の回路が変わってしまうのでしょうか。

あるいは、錠前をコンクリートの床に落としてしまって、ばねが壊れてしまって、錠前が使えなくなるように、何かの装置に不具合が生じたのでしょうか。

残念です。

 

 

 

明るく気力に満ちた人がいると、周りもそれにつれて明るくなる。

雰囲気がそうさせるのか。言葉を交わすと、聞いてるほうにも気力が満ちてくる。

声は音でエネルギーを持つが、それ以上のものがある。

琴線に触れると、人は感動して泣く。そして思わぬエネルギーが出る。

音声の一つ一つを見れば単なる音にしか過ぎないのに、結びついて単語になり、文になり、文章になると、

意味を持ち、聞いた側に反応をもたらす。

声の高低、強弱、響き、言った時の状況、そして一番大きいのは誰が言ったのか。

成功者、尊敬する人、メンターなど、声をかけてもらって感動するのは、自分の中で価値がある人。

言葉には言霊が宿り、力を持つと言われるが、発した人、受けた文章の意味の解釈、解釈して揺さぶられる感情、感情によって形成された意思に基づく行動、この一連の流れを称する。

軍隊で、音楽隊がついていたのは演奏による高揚を促している。

音楽は単に音のリズムの集合だが、人間の耳に入ると、エネルギーに変わる。

音楽が揺さぶるのではなく、聞いた人間が反応して自分を揺り動かしエネルギーとして発現する。

自分の脳の中のスウィッチが入り、生命力を呼び起こし反応する。

集中力と言おうが、共鳴と言おうが、人には本来自分でも知らない生命力が付与されている。

この生命力をどのようにして呼び起こすか。

人の話や音楽、あるいは文章を読むこと、他の人の頑張りを見ることが、自分だけでは起こせなかった生命力を起こしてくれるのかもしれない。