自分を許しますと言うほうがいいよと言っています。
もう言いません、これは現実に妥協して、何もならないからですと言われました。
今どうしようもない状況になっているのに、こんな言葉言えませんと言われました。
空回りしていませんか。
空回りしているから、出口が見つけられないのではないですか。
空回りしていいんです。
それだけ真剣にしている証拠です。
ここでするべきは、このまま続けたらどうなるものか。
焦っているときほど止まることです。
急がば回れ。
自分のそのような状態を受け入れる、許して止まる。
止まらなければ、新しい一歩は踏み出せません。
今やっていることが正しいならば、結果が出てすがすがしい状況のはずです。
そうでないということは、今やっていること、ひいては考えが間違ってるからにほかなりません。
そうです、止まって、方向転換、そのために自分を許しますと言う。
自分を許すのは、自分を緩めること。
許せなくていいんです、言っているうちにちょっとずつ考えていきますから。
言いませんといった人を憎みま せん。
今世ではわからないんだなと思います。
これを続けて、苦しい状況を受け入れてどうなるのか、もっと修行を積むんだなと思います。
勉強家だと思います。
人と比較されて、こういう点がだめだ、彼を見てみろと言われました。
ここで、あいつだけ良いと評価されてと妬むか、確かに彼はすごい、真似しようとするか。
その人を砥石とできるか、それとも比較されるのが人は一番嫌なんですと逆切れして変わるのを拒否するか。
生きているうえで、神様は必ず向上するように問題を投げかけてくれます。
百パーセント自分の責任、自分がどうその問題を解くか。
いい加減に処理したり、逃げていると、必ず神様は同じ問題を投げかけてきます。
逃げるのではなく、挑戦するしかない。
向き合わないといけない。
そして、それが、自分の新しい世界、新しいバージョンになるし、ならないといけないからだと思います。
人と比較されたときは、飛躍できる瞬間が来たと受け止め る必要があります。
少しでもうつなどの症状が良くなるようにと、院内で文庫を始めました。
どうしてもであれば持ち帰って読んでいいから返してくださいと言っていました。
そんなことをすれば、来た人は返すわけないですよと止められました。
本にはクリニックの印鑑を押していました。
同じ書籍を10冊用意していました。
それにもかかわらず、全部なくなり、返ってきたものはありません。
通院している人はこうですよと教えてくれました。
マザーテレサではありませんが、それでも信じていたい気持ちがありました。
しかし、現実から、文庫は廃止せざるを得ませんでした。
これを見ている人がいたら、この行為は犯罪だということを考えてください。
これは治療関係以前に、犯罪ですよ。
同じく、スリッパを持ち帰った人もいます。
他者のものを無断で自分のものにすることは犯罪。
そのような 行為に走る考えが問題です。
人との相互の信頼関係を無くすから、精神障害を起こしてしまう。
社会に偏見はあります。
残念でもなんでもなく、それが当たり前。
腐れ外道、タコ助、役立たず、オワコン、底辺(底辺中の底辺)などなど。
陰口をたたかれても、そうじゃないと挑戦してください。
そうじゃないぞと一人一人に思いながら向き合っていますよ。
そうではないことを見せることが一番の反撃です。
言い返せなくてもいい、態度で見せる挑戦をしましょう。
精神科に勤務して、いつか開業してと思っていました。
当時聞いていたラジオビジネス英語講座で、ニューヨークの精神科医は、高層ビルの屋上にオフィスがあり、
朝来て一番にするのは、パソコンを立ち上げてメールのチェック。
その日のスケジュールの確認など、非常にスマートに書かれていました。
あー、いつかそんな風に、格好よく過ごせたらと思っていました。
アメリカの、ミネソタ、シンシナティでの精神科病院の実態を見て、また大学病院でのセミナーなど実態を見て、
これは何か違うんじゃないかと感じました。
アメリカにいたのは1999年から2000年7月、その間の私の主観でしかありません。
格好よくという理想を忘れてしまいました。
いつまでも生きられるわけではありません。
今まで生きてこられたのが奇跡です。
いつなくなるともわからない命です。
地道に泥臭くになり、ただ黙々と1日1日をこらえます。
自分が良いと思うことをして、自分を裏切らない、それがすがすがしいとなりました。
儲からないかもしれません、儲かるのはその時流のこと。
自分が楽しいと思うこととはねじれの位置にあるのでしょう。
考え方が変わりました。
人は月日が経つと、経験を積み、目先のことから、どうも自分がいいと思うことを優先するようです。
中学や高校で東京出版の大学への数学、高校への数学が好きで、学力コンテストに応募していました。
小学生の頃に珠算のしていたこともあり、計算の速さに自信を持っていました。
それが、附設中学に入学して、数学が定義の暗記復唱、一字一句回答と同じ文句、またはある一定の語句を書いていないとバツにされる世界に変わりました。
まったくついていけないので、もう泣く泣くがり勉です。
数学だけは、それと物理、化学はと、それだけを支えに何とかこらえていました。
大学入試に対して目を向けるよりも、毎日の学校生活でもう必死で、入試が何を意味するのか分かりませんでした。
当時は、卒業して、大学を卒業して、数学を用いた設計で名を成したいと、本気でそれだけを励みにしていました。
数学がとにかく支えでした。
そして、東京出版の書籍が愛読書でした。
しかし、段々高校の数学の問題を解くのに疲れて、とどめは大学に入ったら数学が一定の枠内にはまったものを暗記し、ただやみくもに計算できる計算力を競い合うだけ、世界が先人が開いた後を追うことになることを知って、自分には、楽しい、発展性が見込めるものではないと感じました。
大学入試では、国語が自分の意見を交えて書くものと勘違いしていたので、点数が悪く、とても東京大学理科一塁には届かないのではときょおうふ、不安ではなく、恐怖を感じるようになりました。
一時京都大学の工学部も考えたのですが、自分の理系科目、英語の蓄積を考え、また進学校の周りの人と交じり合えず疎外感だけだったので、自分は人と接していけるのかと不安が高かった。
不愛想な医師、独りよがりで通り一遍な医師が多いとその当時は言われていて、孤独lに研究に打ち込む人もいると聞きました。
偏屈、独りよがりな人でもやっていけるならば、一般社会に出るよりも、今の自分でもなんとかやれるのではと思いました。
一浪しましたが、九州大学に入学しました。
そして、医師国家試験に合格して、医師として働き始めたのです。
つまり、医師になりたくてなったのではなく、消去法で残ったものが医師だったということです。
だからか、先人のこれをしたほうがいいというのも、どうだろうか疑ってかかりました。
また、これでいいんだというのも、もっといい方法がないのか、あるいは違う方法で社会で生活しやすくなるものはないのかと絶えず考えていました。
医者の息子ではなかったから、こう考えたのでしょう。
医師に向いていないのかもしれません。
大学で干されたのも無理ないと、今ではわかります。
振り返れば、病院の院長の息子さんやお嬢さんたちとなじめないのもここでした。
そして、40年近くになる自分の得た結論が、精神障害と言われるものは、どこかで、自分が許せないと決めたことです。
単純で、なーんだということです。
でも、これを得るまで、これだけ時間がかかりました。
そして、目新しいものではありません。
この部分を変えて、ちょっとだけ変えていくことこそが、治療だと今は胸を張って言えます。
その根拠はと言われても、絶対の実証はありません。
しかし、私の診療では必ずここに触れます。
それを信じてついてきてくれている方々に、感謝しかありません。
ありがとうございます。
私の診療の結論は、自分を許しますと口癖ができた時に、解放されるのだと思います。
どうか言ってください。言えば変わります。言わないから変わらないのです。
やればできます。やらないからできないだけです。
やってやれないことはない、
為せば成る、為さねば成らぬ、何事も、成らぬは人の為さぬなりけり 上杉鷹山