福岡市早良区百道浜の精神科・心療内科 メンタルクリニック百道浜 オンライン診療準備中 -5ページ目

福岡市早良区百道浜の精神科・心療内科 メンタルクリニック百道浜 オンライン診療準備中

地下鉄西新駅藤崎駅から車で5分。福岡市早良区百道浜3丁目の精神科・心療内科【メンタルクリニック百道浜】です。今後、当院では通院の負担を減らすため、スマホ1台で自宅から受診できる「オンライン診療(通院精神療法)」の準備中です。

以前に勤務したクリニックで、受付の方のお父さんが店をしてありました。

納入の仕事をしていて、ある日体調がどうもよくないと病院へ行かれたそうです。

すると、肝臓に多発性の腫瘍があり、多臓器に転移されていたそうです。

こんなに元気にしていてと、受付の方も含め家族全員びっくりされました。

余命半年と言われ、経過は全くその通りで、日に日に衰弱し、結局3か月後に他界されたそうです。

これまで全くどうもなく、むしろ風邪もひかないくらい精神力も強い方が、胸に痛みがあり、しこりがあるのに気づいて病院を受診されました。

当初は、ステージ3と言われていたのですが、血液検査で腫瘍マーカーが驚くほど高値。

しかも、画像検査を進めていくと、触診では同側のリンパ節だけに腫れが認められる程度だったのに、肝臓に転移層が見つかり、さらなる検査をすることになりました。

そして、余命半年の宣告。

家族は、その報告を受けて、青天の霹靂、驚き、ただただ立ちつくすばかり。

抗がん剤や放射線療法といいますが、こんなに抗がん剤が多種発表されるのは、抗がん剤が思うように効果を発揮しないからではないかと思います。

思わぬ死刑宣告。半年をいかに過ごすかに、いきなり目標が変わってしまったのです。

生きたいのに、もはや生きることができない人がいます。

死にたい、苦しい、そうですよね、わかります。

そのくらいきついということを言いたいのですよね。

生きたくても、死なざるを得ない、死を待つ人もいます。

自殺すると口にしてほしくないなーと思います。

まだ生きられるのですから、命の火を生きれるだけ燃やしてもらいたい。

見えない力にゆだねて、その力がもたらす調和するまで、生きてもらいたい。

苦しいですよね、わかります。

死に行く人の分を背負っている、そう思ってもらいたい。

我慢できず、大声を出したり、人に迷惑をかけることもあるでしょう。

掛けないように自制できれば素晴らしいです。

できず、大声を出したり、乱暴にふるまったり、そうせざるを得ないときもあるでしょう。

そうしたら、自分が人として未熟だったことに思いをはせて、もうそうしない自分に自分を磨けばいいんです。

その時に、初めて、感情を挟まなずに考えられる自分になれる、悟るのではないでしょうか。

差を取る、悟り。

 

平光製薬の取締役の堤信夫氏が、福岡県八女市長峰小学校の時の同級生です。

思ったことを遠慮なく、大きな声でどんどんしゃべってくる人でした。

気が強いというか、まわり構わずの印象を持っていました。

3年前の慣例を気に同窓会を催してもらったときに、意外とも思える、当時のことを細かく覚えていられました。

それだけ周りが見えた状態で発言されていたのでしょう。

九州大学の3代前の教授を叔父に持つ人でした。

叔父さんは佐賀出身です。

久光製薬とどこかで縁をもたれたのでしょう。

年収など含め、雲の上の人になってしまわれました。

人は変わります。どこで変わるのか、だれにもわかりません。

名もなき人に寄り添うことを自分のライフワークに掲げた自分とは全く別の道です。

若いころは、華やかな世界、講演など、きらびやかなものにもあこがれていましたが、

その頃とは全くちがう人間になりました。

タップダンスやマイケルジャクソンのようなダンスをしていたころ、

そんなスーパードクターにあこがれていたころ、遠い昔のことに思えます。

今の自分はその頃の自分が信じられません。

過去は過去、過去を引きずって進む必要はない、今に集中することが大事ですべて。

 

勝手ヤンキー先生なる、家庭環境に問題があったのでしょうがヤンキーになり、北海道の良い地にある矯正施設で過ごし、その後に教諭となり、それがメディアで人気を博し、議員となり、教育副大臣にまで抜擢された方がいられました。

メディアでは、ヤンキーから先生にまでなった、偉い偉い、立派という扱いでした。

コツコツ勉強して、教育大学に通い、教諭になって、ずっと小学校や中学校で生徒と向き合った方はいく万人と居られると思います。無名です。大きくぐれなくて、コツコツやり、私の偏見ですが、途中で投げ出さなかった人は、ただ続けた、それしかできないと、悪い意味でしかとらえられない世の中に見えます。

昨日に、ハンセン病療養で、不妊手術をした人、偏見のために自ら離婚された方の特集がありました。

それでも懸命に生きていられます。亡くなった方が大半になってきています。

名もなき人たちです。当時はそれでも医学上の判断だったのでしょうが、その医学がkなし身を作り出しました。

つい最近まであった現実で、やっと保証ができた、しかし、またその偏見もあり対象に名乗り出れない方々がいられると知り驚愕しました。今も禍根を残しているのです。

名もなき人々です。

弱者切り捨てという言葉があります。

この言葉がなくなるのは、弱者として虐げられている方々がなくなったとき、はじめてその言葉がなくなるのが常なのでしょう。

ユーモア、お笑い、ウィット、場を和ませる言葉です。

放映を観ていて、この言葉が虐げられている方々がいる世界で場を和ませるのでしょうか。

弱者切り捨てを無くすことはできないでしょうし、いじめもなくならないでしょう。

でも、これらを少しでもない世の中にするには、冷静に落ち着いて考える習慣を持つことだと、安易に現実から目をそらさないこととしかないと思います。

こういう私ですが、郵便局の手続きで怒ってしまいました。

私が悪いのですが、家族に代行してキャッシュカードをIC付きに変更してあげようとした時のことです。

この変更でも、代行される人がすべての委任状の項目を記載しないといけないなど、規則、書類、項目がありました。

もちろん、その場でのそれが本人が作成したかどうかの確認はできませんけど。

福岡銀行では届け出印鑑、顔写真付きの身分証明書、申し込み状など、それらに対して、誰が申し込んだ、どういう関係かという内容で、その場発行、あるいは自宅郵送でした。

郵便局員は決められた手続きを要求されただけでしたが、その時の私に余裕がなく、怒ってしまいました。

関係が分かる書類の提示、申し込む人間の責任、義務、また、マイナンバーカードは思うように機能てくれません、それらが頭の中を駆け巡って、怒ってしまっていました。

その現場にいれば、その現場のルールに否が応でも従わないといけないのです。

郵便局の人は使われているだけの立場で、言われていることをただ実行している方々です。

規則通りに動く立派な人です。

声を荒げたものが悪い。

迷惑を掛けました。謹んでお詫びします。

郵便局員も弱者、申し込むのだからそこの規則に無理やり従うのがルールで申し込んだものは弱者。

弱者が声を出すのは許されない。

ハンセン病患者の方々は、こんなことどころではなかったはずです。

今でも生きて、当時のことを語られる、勇気ある方々、生きていられるだけですごい。

それに対して自分はと、改めて自分の行いを恥じます。

今更取り返しがつかないことですが、郵便局の方々にご迷惑をおかけしました。

申し訳ありませんでした。

 

youtubeが流行りですので、どんなメンタルクリニック系、精神科系のものがあるか検索してみました。

医師の方が解説されているのですが、本で読んだ内容の写しかなと思われます。

本に書かれていることは、一般的に医学部で抗議されていること。

いわゆる業界内での常識ということでしょうか。

その世界の中では、その通り、何も問題のない、破綻のない理論です。

問題はそれが現実の場で整合性を持つかということでしょう。

何か、中世の教会の中の教義に似た感じを受けてしまいます。

そこでは天動説に反するものは認められなかった。

地球は平面であり、その端は滝になっていた。

ヨーロッパで陸が続き、地中海、その先の大西洋。

その時代の人が見ればそれで整合性が保たれていると思えたのでしょう。

教会で天動説であり、当時の知識である数学が貴族階級のものだった背景で、

その教会は困窮した人たちに寄り添えていたのでしょうか。

寄り添えていたから今も存続しているのでしょうけど、教会内の階級制はなぜ生じたのでしょう。

そんなことを考えていると、ユーチューブ内の投稿に対する気力が失せてきました。

今投稿されているものは流行りでしょう。

それに乗れていないことが分かりました。

うつの回復過程という内容のものがありました。

自分のメンタルを変えようというものも。

容易に変えられるという前提かと感じました。

天動説と同じように全くの間違いではありません。

ただ、仮定に仮定をつないでいないだろうかと疑問を持っただけです。

仮定に仮定をつないでハッピーエンドの仮定を話すと、聞くk法も話すほうもお互いに楽になります。

現実はどうなのでしょうか。

 

 

 

医師になって、多くの人が研究室られます。

それほど研究好き?と思いますが、公的機関での勤務年齢近くになると、あれっという状況です。

寄らば大樹の陰。

家族から、あんたも最初くらい我慢して暫くいれば、いいとこに紹介してもらえたのにねと

世渡り下手の軽口。

今から思えば、そうだったのでしょう。

治療ってなに、よくなるってなに、どうすればいいのかばかり考えて、世渡りができませんでした。

がん治療は、40年前からどう進歩したのでしょうか?

薬剤は変わって、使い方は変われど、早期発見、早期治療で、よかった、あるいはこれまで見放されていたステージの癌がどのように良好な経過を取れるようになったのでしょう?

同じことは、うつ病や統合失調症でも。

講演会や勉強会が花盛りです。

こうまで講演できるなら、どう改良がされたのでしょう?

手術で器具の進歩はあっても、肝心の治療法の改良はできなかったという軽口があります。 

薬の種類は変われど、結果は変わらない、医療費はかかり、収益は上がるでは受益者にしわ寄せではないでしょうか。

基本に忠実たれ、基礎の徹底、ニーバの誓い同様の変えられるものは変え、変えられないものは受け入れることを忘れてはいけないのではないでしょうか。

それらを分別する知恵を磨く必要が、今だからこそ、必要とされるのではないでしょうか。

すべての善きことが雪崩のごとく起きますように。

 

 

毎回新しい粘土になり、健診をしないといけません。

果たして健診は必要なのか。

健診で調子を見るというのはわかりますが、戦後の劣悪な生活状態ならばいざ知らず、

現在は自分でしようと思えば、医療機関に赴いて自分でできる状況でではないのでしょうか。

また、今の健診の正常範囲の狭さにも驚きます。

これでは、病気を作りに行って、内服を始めさせる言い訳作りに近いものもあるのではないかと思います。

同じく、自分で行うがん検診などに対して、この健診で早期発見、早期治療と言いますが、

早期の治療でどのように健やかな回復が得られるのでしょうか。

前の慶応大学の放射線科の助教授の先生がおっしゃっていらっしゃったを私は支持します。

がん検診が本当に有効になるためには、受診者が判定されて生活態度を改めると同時に、

何の気兼ねもない健やかな生活を取り戻せる状況を作り出せることが確立したときに、初めて、早期発見、早期治療というものが成立するものと考えています。

本当に残念で、悲しいし、悔しいのですが、これは40年以上前から何も変わっていないようです。

同様なkとを精神科に対してどう行えばよいかを、アメリカにいるときから帰国して、今に至るまで考え続けました。

その結果が今の私の外来の根底にあります。

 

 

 

 

アメリカの語学学校に通っていた時、ミネソタにはミネアポリスのターゲットフィールドを本拠地とするミネソタツインズがあります。

当時、数年前にワールドシリーズを優勝したということで、写真が飾ってありました。

35歳だった私は若い人に交じって通っていました。

グアテマラの人、スウェーデンの人、ブラジル、ざまざま。

アメリカ人の先生は、男性はそれほどでもないのですが、女性はみな例にもれず大柄、横幅のある人がほとんどでした。

その中で、今思えば若かったのでしょうが、ツインズの話題になり、自分はどうしてこんなに一企業のプロ野球チームなのに、ここミネソタで、ミネアポリスで取り上げられないといけないのか、地元なので応援はするが、だからと言って寄付したりまでするのが自分はわからないと言われました。

自分には勝とうが負けようが、生活に変化はない。そこまでお身入れはないと言われました。

みんな毎日を必死に生きている方と。

語学学校でも、事務をしたり、掃除をしたり、日の目を見ない黙々と毎日人の目に触れない仕事をされている方々がいます。

そのことを聞いて、裏方に徹してある方々がどれほどいるのか気になって目を配るようになりました。

医療センターをやめる際に、ハッと気づいて、退任前に事務方の方々にお礼の差し入れをしました。

今日の新聞を読んで、王貞治賞を設けて、ホークスが歴代の監督を表彰するそうです。

私は違和感を感じました。

1カ月以上たって、忘れたころに来られて、傷病手当の書類を書いてもらいたいと、書類を置いて行かれる方が結構いらっしゃいます。

傷病手当の書類は、その期間に治療をしましたという事実を記載するものです。

治療が必要だったから、就労できなかったことを記すもの。

1カ月以上前に、その後の経過を見るためにまずは2週間、この薬をのみながら経過を見てくださいという治療をしても、

2週間どころか、はるかに超える1カ月以上来院がない方が多い。

その間は治療はなくてもいい、治療不要だったという事実になりますよ。

病気のために休んだということを記せませんよ。

そのことを言うと、風邪で寝ていたなど言われる方もいらっしゃいます。

1カ月以上も寝込んでいるなら入院が必要ではないのかな。

ならば、その風の治療した方に傷病手当を書いてもらうことになります。

でも、こんなに元気なのはなぜ。

話せば話すほど、矛盾したことが出てきます。

 

 

 

これまで言われてきたことは、服薬回数が毎食後と就寝前ではなく、

朝と寝る前ならば忘れないからいいということ。

これは、薬が効果を発揮するからきちんと定期的にのませれば、コントロールできるという仮定に基づく。

精神科の場合、向精神薬は大なり小なり、すべてが麻酔薬であるという前提に立つならば、

こまめに興奮しやすい事態を避ける複数回の服薬のほうが望ましいのではないか。

きちんと決められたようにのむのは、普通に風邪をひいたときに忘れずに風邪薬を飲むのかということを考えても難しいこと。

また、決められたようにのむことが最善なのかということにもつながる。

以前にサイエンス漢方という会に所属させていただいたが、そこではインフルエンザの治療として、

麻黄湯を連続3回服薬など、効果を実感できるまでのむに近い服薬を見ました。

実際に、それこそが薬の意味ではないかとも感じました。

薬が治すのではない、薬を使って自分の調子を立て直す、この点が合理的と思います。

精神科の毎食後、就寝前というのは、毎食後のものはのみ忘れたら飛ばしても構わないし、

調子が悪ければ、その後しばらくしてもう1回飲めばいいし、毎日体調は変わる、ちょっとしたことでも変わる。

臨機応変、もっと気楽に。

自分を縛らずに、毎日を楽しく送れるように薬をのんでる、これが一番根底にあるものだと思います。

やっぱり、’遊び’が大切。(車のハンドル操作にも’遊び’がある)

 

 

博多区にめぐみの家があります。

以前はおにぎりの会にも入っていましたが、今はめぐみの家だけは会員しています。

スニーカー、ジャージ、下着、テントなど、自分にできることをしていました。

コロナから当方にも事情が変わり、援助をすることが以前のようには難しい。

でも相互扶助の気持ちを失いたくない。

相互扶助で、使用済みでもいいから、まだ使えそうなものがあれば送ってみませんか。

人に施した時に、幸せを感じる、ブッダの言う通りです。

無理はしちゃいけませんが、できる範囲で、相互扶助。

まずは自分が先、それからまわりとの共存、共栄。