以前に勤務したクリニックで、受付の方のお父さんが店をしてありました。
納入の仕事をしていて、ある日体調がどうもよくないと病院へ行かれたそうです。
すると、肝臓に多発性の腫瘍があり、多臓器に転移されていたそうです。
こんなに元気にしていてと、受付の方も含め家族全員びっくりされました。
余命半年と言われ、経過は全くその通りで、日に日に衰弱し、結局3か月後に他界されたそうです。
これまで全くどうもなく、むしろ風邪もひかないくらい精神力も強い方が、胸に痛みがあり、しこりがあるのに気づいて病院を受診されました。
当初は、ステージ3と言われていたのですが、血液検査で腫瘍マーカーが驚くほど高値。
しかも、画像検査を進めていくと、触診では同側のリンパ節だけに腫れが認められる程度だったのに、肝臓に転移層が見つかり、さらなる検査をすることになりました。
そして、余命半年の宣告。
家族は、その報告を受けて、青天の霹靂、驚き、ただただ立ちつくすばかり。
抗がん剤や放射線療法といいますが、こんなに抗がん剤が多種発表されるのは、抗がん剤が思うように効果を発揮しないからではないかと思います。
思わぬ死刑宣告。半年をいかに過ごすかに、いきなり目標が変わってしまったのです。
生きたいのに、もはや生きることができない人がいます。
死にたい、苦しい、そうですよね、わかります。
そのくらいきついということを言いたいのですよね。
生きたくても、死なざるを得ない、死を待つ人もいます。
自殺すると口にしてほしくないなーと思います。
まだ生きられるのですから、命の火を生きれるだけ燃やしてもらいたい。
見えない力にゆだねて、その力がもたらす調和するまで、生きてもらいたい。
苦しいですよね、わかります。
死に行く人の分を背負っている、そう思ってもらいたい。
我慢できず、大声を出したり、人に迷惑をかけることもあるでしょう。
掛けないように自制できれば素晴らしいです。
できず、大声を出したり、乱暴にふるまったり、そうせざるを得ないときもあるでしょう。
そうしたら、自分が人として未熟だったことに思いをはせて、もうそうしない自分に自分を磨けばいいんです。
その時に、初めて、感情を挟まなずに考えられる自分になれる、悟るのではないでしょうか。
差を取る、悟り。