メンタルクリニック百道浜 福岡市 早良区 精神科 心療内科 漢方外来 ついてる -4ページ目

メンタルクリニック百道浜 福岡市 早良区 精神科 心療内科 漢方外来 ついてる

患者さまの体調や症状を丁寧に確認した上で、必要な治療や内服をご提案しております。
診断書は経過観察や医学的判断に基づき発行しております。
初診時に症状確認だけで即日発行することは原則として行っておりません。

1月17日(土曜日)は、10時より始めます。

遅れて始まり、申し訳ありません。

どうか宜しくお願い申し上げます。

元ジャイアンツの桑田さんが、能率的な練習、休息を挟んだ科学的なトレーニング、怒鳴らない、叱らないなど言われているのをネットで目にします。

私がタップダンスをやっていた時に、今から40年くらい前になりますが、中の先生からよくこうだ、こうなんだと土器を含んだ声で良く怒られていました。

その時は、そんなに言わなくてもいいだろう、もっと技術的に話してくれよと内心思っていました。

桑田さんとは違った方法ですね。

さて、自分が少し教えたり、他のことを教えたりするときに、何とかわかってくれとの思いが強くなればなるほど一生懸命になり大きな声になってしまいます。

今から思えば、中の先生は私に覚えさせようと一生懸命だったんだと、今だからわかります。

胃炎に思いを込めれば、その者を何とか動かしたくなる、でも人を動かせるのはその人だけ。

変な人の言うことだから真に受けないでほしいのですが、桑田さんの言うことはおおむね正論、各論は疑わしい。例えば、練習をセーブさせると言われますが、球場で走った後が道となった桑田ロードはちょっと走ったことでできたのでしょうか。それはないです。

Japan’s assistance to developing countries is besed on the idea of teaching people skills so that they can stand on their own. This is the same asa saing that giving fish to people who are hungry is only a short-term solution- they should be taught how to fish.

日本の開発途上国支援は、その国の人たちが独り立ちできるようにスキルと伝授すると言う考え方に基づいています。食べ物に植えた人に魚を与えても、その場しのぎにしかならないので、釣りのやり方を教えるべきだと言うのと同じです。

NHKラジオビジネス英語 12月号 Lesson47より

 

 

精神科治療もそうだと思います。不安でたまらない人に薬を与えて落ち着かせてもその場しのぎにしかならない。

どのようにしたら落ち着けるか教えるべきだと言いうのと同じです。

 

受診者も、楽にしてくれ、私を変えてくれという方が多く、もちろんその場を落ち着かせるのは必要ですが、その後に対して聞く耳を持たれない方が多いです。

 

ガリレオは貧しい生活で終生を終えたと聞きます。

正しいかどうか定かではないのですが、現在ある科学的な生活は彼の功績がなければ成り立たないのではないのでしょうか。その偉人に対して、生きている間に報えなかったのは、なんとも歯がゆい。名前は後世に、全世界に知れ渡っていますが、名前を後世まで残したかったのでしょうか。ゴッホなりトラは死んで皮を残す、それが一番の名誉、栄光なのかもしれません。ただし、生活に困って、意図せず人に頼んで家庭教師をしていたらしいので、結構苦労が絶えなかったのではないでしょうか。

こういうことを言うのは、まわりの精神科医からしたら、変な精神科医ですが、

抗うつ薬なり、抗不安薬なり服用させて、おとなしく言うことを聞くようになったり、

話しができるようになると、あーよくなった、薬の効果が出ましたというのはおかしいと思います。

もっとも、本人がこういうことをしたかった、こうしたいんだと自分の意見を言うようになれば、

良い兆候になっていると思います。

言いたいのは、自分の自主性、能動性が失われ、あるいは乏しい状態で、言われたことに応じる、従う、そんな状態が良くなったと言うのかということです。

王うつ薬はうつ症状を改善する、抗精神病薬は幻聴、妄想などの異常体験を軽減緩和すると触れ込みで次々と新しい化学物質が商品化されています。

薬が治す、人を変える、これが認められています。

うつの原因、統合失調症などの精神病の原因はさておき。

原因や経路がはっきりしないのに、これで良くなるという理屈です。

結果を見て、異常なことを言い出さない、言うことを聞けるようになった、これは考えなくなったと言うことに近いのではないでしょうか。

これまでに同様なことを言われていたのは、家族でした。

私が聞いてきたのはすべて家族からです。

私もそう思います。

抗うつ薬が気分持ち上げ、気力が出るようになる、抗精神病薬が幻聴を押させえる、

野ではなくて、抗うつ薬は過去の記憶を遮断するあるいは思い出しにくくさせる麻酔作用、

抗精神病薬は思考のまとまりを欠いて考えにくくさせる麻酔薬、そうではないでしょうか。

教科書が政党ならば、私は間違っています。

私の考えは変わりません。

薬が治すならば薬を悪性症候群が起きない程度までどんどん増やしていけば、理屈通りならば、その薬であっても効果がありハッピーエンドです。

服用していて、きつい、だるい、眠い、お前が飲んでみろと家族に薬を放り投げた人がいました。

家族はのみました。頭がぐらぐらして、立っていられないくらいだったと私に言われました。

こんな薬をのませないといけないなんて、私たちはどうしたらいいんですかと。私が医師になりたての時のデイケア懇談会で私に訴えてこられました。

何も考えられない、ただただボーとしましたと。

その患者さんは,結局、切腹して他界されました。

約40年前のことです。私の頭にずっとこびりついて離れません。

だからこそ、作用に多少の違いはあれだどれも麻酔薬であり、ある程度の麻酔をかけた状態で、その人の考え方に影響を加える挑戦をしなければいけないと、思うのです。

 

実は、家族が、ゲーム依存症、ネット依存症で、家の中は修羅場。

依存症のひどさは身にしみてわかります。

そうじゃない人間からすると、どうしてこうなるのかと言いますが、

本人は現状から逃げ出す、時間つぶしを見つけたという状況。

依存症の専門家が、木乃伊取りが木乃伊になるとはよく言ったものです。

だから、相談に来られる方の一言一言が、実際はよくわかります。

そして、書籍に書いたり、学会誌に書いてあったり、はたまた講演されている方の言うことが、

(言っていいものか)まったく他人事、解決を導くものになっていないことを実感しているのです。

財布から金をくすねて使い込んだり、隠れてずっとゲームに熱中したり。

わかります。

だって、当事者ですから。

だからこそ、そんな方の力になりたい、そう思うのです。

下記の2つの歌を何十年も好んできました。

その歌い手が歌のイメージとあまりに違っていたので、

また歌詞の意味をいまさらながら考えてみて、

あー自分はこの歳になりながら世間知らずだったなと恥ずかしくなりました。

アルコールはご存じのように脳を破壊します。

人間は理性だけで生きていけない動物で、

自己破壊ですが、アルコールの脱抑制も欲します。

自分がアルコールを飲むと頭痛がしたり、吐き気を催すので、たまたまなのかもしれません。

2番目の歌詞は、作成者は想像に負けせて作っていたのですね。

うまいこと乗せられました。世間知らずでした。

人は思い込みで生きる動物。

あらためて、自分で考え自分で判断していくことの大切さを再認識させてくれました。

100%自分の責任です。

 

 

Those Were The Days

1番
Once upon a time there was a tavern
むかし、ある酒場でのこと
Where we used to raise a glass or two
私たちそこによく通ってグラスを傾けたわね
Remember how we laughed away the hours
思い出すわ 何時間も笑い続けたこと
Think of all the great things we would do
二人で素晴らしい夢をいっぱい考えた


Those were the days, my friend,
そんな時代だった
we thought they'd never end
終わりなんてないと思ってた
We'd sing and dance forever and a day
いつまでも歌い踊り続けて
We'd live the life we choose,
自分たちで選んだ人生を生きて
we'd fight and never lose
闘っても決して負けない
For we were young and sure to have our way
私たちは若く 自分の道を確実に歩んでいたから
La La La ……

 

2番
Then the busy years went rushig by us
それから 忙しい日々はあっという間に過ぎて
We lost our starry notions on the way
キラキラ輝いていたあの夢も 途中で見失ってしまった
If by chance l'd see you in the tavern
もし偶然、あの酒場であなたを見かけたら
We'd smile at one another and we'd say
お互いに微笑んで こう言うでしょう

★繰返し


3番
Just tonight I stood before the tavern
ちょうど今夜 酒場の前に来てみたけど
Nothing seemed the way it used to be
何もかも以前のようには見えなかった
In the glass I saw a strange reflection
店の窓に映る 奇妙な人物
Was that lonely woman really me?
その寂しい女性は 本当に私なの?

★繰返し


4番
Through the door there came familiar laughter
ドアの向こうから聞き覚えのある笑い声
I saw your face and heard you call my name
あなたの顔を見たら私の名前を呼ぶのを聞いた
Oh my friend we're older but no wiser
ああ友よ 私たちは歳を取ったけど賢くはなってない
For in our hearts the dreams are still the same
でも私たちの心の中にあるあの頃の夢は 今も変わらない

 

Country Road

Almost Heaven, West Virginia
天国のような ウェスト・バージニア
Blue Ridge Mountains, Shenandoah River
ブルーリッジ山脈と シェナンドー川
Life is old there, older than the TREES
生命の営みは そこにある木々よりも古く
Younger than the mountains, growing like a BREEZE
山々はさらに古くから 悠然とそびえ立つ

Country roads take me home
カントリー・ロードが 私をいざなう
To the place I belong
立ち返るべき あの場所へと
West Virginia, Mountain Mama
ウェスト・バージニアの 母なる山へ
Take me home, country roads
連れて行ってくれ カントリー・ロードよ

All my memories gather 'round HER
私の記憶の多くは 貴女のことばかり
Miner's lady, stranger to blue WATER
炭鉱地の女性は 海とは縁がないものだ
Dark and Dusty, painted on the SKY
暗くくすんだ灰色に 染まっていく空の元
Misty taste of Moonshine, teardrop in my EYE
酌む「月明かり」は霞の味 目には涙がひとしずく

Country roads take me home
カントリー・ロードが 私をいざなう
To the place I belong
立ち返るべき あの場所へと
West Virginia, Mountain Mama
ウェスト・バージニアの 母なる山へ
Take me home, country roads
連れて行ってくれ カントリー・ロードよ

I hear her voice in the morning hour, she calls me
朝になると 貴女が私を呼ぶ声が聞こえる
The radio reminds me of my home far AWAY
ラジオを聴くと気づく 故郷がどれほど遠いのか
Driving down the road, I get a feeling
車を飛ばしながら 私はこんなふうに思うのだ
That I should have been home yesterday, YESTERDAY
なぜもっと早く帰ろうとしなかったんだろうと

Country roads take me home
カントリー・ロードが 私をいざなう
To the place I belong
立ち返るべき あの場所へと
West Virginia, Mountain Mama
ウェスト・バージニアの 母なる山へ
Take me home, country roads
連れて行ってくれ カントリー・ロードよ
Country roads take me home
カントリー・ロードが 私をいざなう
To the place I belong
立ち返るべき あの場所へと
West Virginia, Mountain Mama
ウェスト・バージニアの 母なる山へ
Take me home, country roads
連れて行ってくれ カントリー・ロードよ

Take me home, Down country roads
このまま連れて行ってくれ カントリー・ロードよ
Take me home, Down country roads
このまま連れて行ってくれ カントリー・ロードよ

★繰返し

20代のころから臍の下あたりが妙に圧迫されたような感じで、ベルトが押しているのかと考え提案したが、結局腰椎椎間板ヘルニアだったのでしょう。

腰が痛いのは若いころからで、様々なストレッチを試しました。

腰痛にいいと言うさまざまな漢方も飲みました。

結局どれも効果がありませんでした。

ヘルニアには効果に乏しいと言うことを身をもって知りました。

自分で腰を押す機械も作りました。

グッディでパイプと、接合機器を購入して、ネットでバーベルに使う重りを買い、自己流で作ってみました。

商品化も考えたのですが、仰向けに寝て押しても気持ちはよくなっても、結局腰痛は変わりません。

余りに痛いときは、人に乗ってもらい足で押してもらうこともありましたが、その時は収まるのですが、またすぐに腰の痛み、それと時を同じくして臍の下の圧迫感が起きるのです。

ようやくヘルニアと自分で認め、ネットで見た整形外科クリニックの腰痛体操をやってみることにしました。

これまでのヨガ、ストレッチみたいに、しんどいものではありません。

読んでみると、何か物足りない感じがしましたが、とにかくやってみました。

コブラのポーズ(うつ伏せに寝て、上体を起こして15秒保つ)、仰向けに寝て両足をそろえ左右にゆっくり倒す、仰向けに寝ておなかを引っ込ませて10秒保つ)、これだけでした。

すると、腰の痛みやへその下の圧迫感は残りはしましたが、軽くなりました。

無理に筋肉を伸ばしたり、ポーズを作ってしんどいことをしたのに、こんな楽なことで和らいでいくなんて。

下手な考え休むに似たりどころか、悪化をたどるでした。

 

しもやけ、凍傷に悩まされます。

10年ぐらい前から冬になると、急に寒くなったころに始まり、暖かくなるにつれてなくなります。

紫雲膏をつけていましたが、ジンジンするときはステロイド軟こうをつけます。

いずれも市井の薬局にあります。

毎回なるので、今年も用心していたのですが、気づくとなっていました。

今年は用心のために、靴下の上にまた切る厚手の重ね靴下を用意していたのに、最近まで暖かかったので使っていませんでした。

なってからでも、それはそれで遅くはないと、本日から履くようにしました。

厚いので、これまでの靴が入りきれなくて、これはこれでちょっと問題。

何とか押し込んで、まあいいでしょうとなりました。

引きこもりのセンターを作りました、’よかよか’ですという文句を観ました。

依存症対策の相談室を作りました。

いろいろ社会資源を投入したのに、うまくいかない、難しいねと、職員たちは言います。

そうなのでしょうか。

引きこもりにしても依存症にしても、あるいはすべてのことが、当事者が決めてそうなっています。

監視下に置かれて強制的にされているなら話は別ですが。

例えば、パチンコ依存症にしても、自分が決めているから、その世界に人が入り込めないから、続くのです。

だから、まずは自分が、このままではいけないとか、こうやってみようとか、自分が先に何か変わらないと物事が本当の意味で動き出さないのです。

まわりが変わっても、その人は、精神内界で変わらない限り、動き出さない。動き出せない。

自分が先。

まわりは声掛けができます。

仕事として話しかけるのではなく、その人のことを思って、受け入れてあげるよ、こうしたらどうと誘うしかできない。気づきを与えることしかできない。

まわりの物質的なものが変わっても、自分だけの精神内界に閉じこもっている人からしたら、だから何なのということでしょう。

1年が始まりました。

自分が先、宜しくお願いします。

人間は生きるということは、死ぬまでの間の暇つぶしを埋めること。

その面で考えれば、依存症は、自分にとって最高の暇つぶしを見つけたこと。

そこにいても、どの時間でも、やっていないと落ち着かない。

生きているうえで、何よりも優先するのは、この暇つぶし。

現実から離れて、ゆったりできるのが対象となった依存するものであれば、

現実社会での約束事、生活など、ないがしろにするのも分かります。

依存すればするほど、また嫌なことが起きるのですから、その依存そのものが間違いです。

確かに自己治療です。でも、それは、間違った考えを実行しているだけ。

本当に癒されるのは、現実社会の中にしかありません。

現実が苦しい、周りの目が気になる、そうですよね。

ところで、気にしているのは誰、そして、どうして気にするように考えるのでしょう。

自分が決めています。自分が気にするように仕向けています。

自分が先。自分はもうこのままで良くて、依存で気持ちを落ち着かせるなんていらない、

自分を認め、つまり、自分を許していきましょう。

誰だって買われる、だれだってやり直しできます。

ただ遠回りしただけ。遠回りして、他の人が経験できなかったことを経験しただけです。

全ての経験が、後後になって、強みに変わります。

自分を許してください。

言っているうちに、だんだん自分の考え方、癖を含めた行動も変わります。