1月17日(土曜日)は、10時より始めます。
遅れて始まり、申し訳ありません。
どうか宜しくお願い申し上げます。
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元ジャイアンツの桑田さんが、能率的な練習、休息を挟んだ科学的なトレーニング、怒鳴らない、叱らないなど言われているのをネットで目にします。
私がタップダンスをやっていた時に、今から40年くらい前になりますが、中の先生からよくこうだ、こうなんだと土器を 含んだ声で良く怒られていました。
その時は、そんなに言わなくてもいいだろう、もっと技術的に話してくれよと内心思っていました。
桑田さんとは違った方法ですね。
さて、自分が少し教えたり、他のことを教えたりするときに、何とかわかってくれとの思いが強くなればなるほど一生懸命になり大きな声になってしまいます。
今から思えば、中の先生は私に覚えさせようと一生懸命だったんだと、今だからわかります。
胃炎に思いを込めれば、その者を何とか動かしたくなる、でも人を動かせるのはその人だけ。
変な人の言うことだから真に受けないでほしいのですが、桑田さんの言うことはおおむね正論、各論は疑わしい。例えば、練習をセーブさせると言われますが、球場で走った後が道となった桑田ロードはちょっと走ったことでできたのでしょうか。それはないです。
Japan’s assistance to developing countries is besed on the idea of teaching people skills so that they can stand on their own. This is the same asa saing that giving fish to people who are hungry is only a short-term solution- they should be taught how to fish.
日本の開発途上国支援は、その国の人たちが独り立ちできるようにスキルと伝授すると言う考え方に基づいています。食べ物に植えた人に魚を与えても、その場しのぎにしかならないので、釣りのやり方を教えるべきだと言うのと同じです。
NHKラジオビジネス英語 12月号 Lesson47より
精神科治療もそうだと思います。不安でたまらない人に薬を与えて落ち着かせてもその場しのぎにしかならない。
どのようにしたら落ち着けるか教えるべきだと言いうのと同じです。
受診者も、楽にしてくれ、私を変えてくれという方が多く、もちろんその場を落ち着かせるのは必要ですが、その後に対して聞く耳を持たれない方が多いです。
ガリレオは貧しい生活で終生を終えたと聞きます。
正しいかどうか定かではないのですが、現在ある科学的な生活は彼の功績がなければ成り立たないのではないのでしょうか。その偉人に対して、生きている間に報えなかったのは、なんとも歯がゆい。名前は後世に、全世界に知れ渡っていますが、名前を後世まで残したかったのでしょうか。ゴッホなりトラは死んで皮を残す、それが一番の名誉、栄光なのかもしれません。ただし、生活に困って、意図せず人に頼んで家庭教師をしていたらしいので、結構苦労が絶えなかったのではないでしょうか。
こういうことを言うのは、まわりの精神科医からしたら、変な精神科医ですが、
抗うつ薬なり、抗不安薬なり服用させて、おとなしく言うことを聞くようになったり、
話しができるようになると、あーよくなった、薬の効果が出ましたというのはおかしいと思います。
もっとも、本人がこういうことをしたかった、こうしたいんだと自分の意見を言うようになれば、
良い兆候になっていると思います。
言いたいのは、自分の自主性、能動性が失われ、あるいは乏しい状態で、言われたことに応じる、従う、そんな状態が良くなったと言うのかということです。
王うつ薬はうつ症状を改善する、抗精神病薬は幻聴、妄想などの異常体験を軽減緩和すると触れ込みで次々と新しい化学物質が商品化されています。
薬が治す、人を変える、これが認められています。
うつの原因、統合失調症などの精神病の原因はさておき。
原因や経路がはっきりしないのに、これで良くなるという理屈です。
結果を見て、異常なことを言い出さない、言うことを聞けるようになった、これは考えなくなったと言うことに近いのではないでしょうか。
これまでに同様なことを言われていたのは、家族でした。
私が聞いてきたのはすべて家族からです。
私もそう思います。
抗うつ薬が気分持ち上げ、気力が出るようになる、抗精神病薬が幻聴を押させえる、
野ではなくて、抗うつ薬は過去の記憶を遮断するあるいは思い出しにくくさせる麻酔作用、
抗精神病薬は思考のまとまりを欠いて考えにくくさせる麻酔薬、そうではないでしょうか。
教科書が政党ならば、私は間違っています。
私の考えは変わりません。
薬が治すならば薬を悪性症候群が起きない程度までどんどん増やしていけば、理屈通りならば、その薬であっても効果がありハッピーエンドです。
服用していて、きつい、だるい、眠い、お前が飲んでみろと家族に薬を放り投げた人がいました。
家族はのみました。頭がぐらぐらして、立っていられないくらいだったと私に言われました。
こんな薬をのませないといけないなんて、私たちはどうしたらいいんですかと。私が医師になりたての時のデイケア懇談会で私に訴えてこられました。
何も考えられない、ただただボーとしましたと。
その患者さんは,結局、切腹して他界されました。
約40年前のことです。私の頭にずっとこびりついて離れません。
だからこそ、作用に多少の違いはあれだどれも麻酔薬であり、ある程度の麻酔をかけた状態で、その人の考え方に影響を加える挑戦をしなければいけないと、思うのです。
実は、家族が、ゲーム依存症、ネット依存症で、家の中は修羅場。
依存症のひどさは身にしみてわかります。
そうじゃない人間からすると、どうしてこうなるのかと言いますが、
本人は現状から逃げ出す、時間つぶしを見つけたという状況。
依存症の専門家が、木乃伊取りが木乃伊になるとはよく言ったものです。
だから、相談に来られる方の一言一言が、実際はよくわかります。
そして、書籍に書いたり、学会誌に書いてあったり、はたまた講演されている方の言うことが、
(言っていいものか)まったく他人事、解決を導くものになっていないことを実感しているのです。
財布から金をくすねて使い込んだり、隠れてずっとゲームに熱中したり。
わかります。
だって、当事者ですから。
だからこそ、そんな方の力になりたい、そう思うのです。