百姓でいのちき -44ページ目

おいしいコーヒーの淹れ方。

我が家は、コーヒーを1日1杯は飲んでいます。

インスタントも飲みますが、時間があるときはペーパードリップで淹れています。

最近、淹れ方を少し変えてみたらとてもおいしくなりました。

ポイントは、作りたい量の半分でドリッパーを取り上げる。

残りの半分は、お湯を足します。

そうすると、雑味が少ないので胸焼けもしないおいしいコーヒーが飲めました。


参考「珈琲きゃろっと」さん
おいしいコーヒーの淹れ方より



あたえる。

今日も、暖かい1日でした。

近ごろは、木のチップやモミガラを撒いています。

あたえる。

しばらく、あたえるについて考えていました。

あなたがあたえる 大富豪ピンダーの夢をかなえる5つの秘密/文藝春秋

↑この本を読んだから(^^)

(絶版です。
再販あたえる人があたえられる/海と月社
原書The Go-Giver: A Little Story About a Powerful B.../Portfolio Hardcover


Win-Winでも、Give&Takeでもなく、

あたえて、あたえて、あたえる。

そして、受けとることにたいし、

つねに心を開いていなければいけない。

などなど・・・



見返りを求めない。

難しいですが、そのほうが楽でしょうね。


↓草むらから出てきたカボチャ






炭素循環農法HPより引用

自然は人に何も要求しない

これまた、当たり前のことですが無施肥と言っても、植物が育つのに必要な養分や量に違いがあるわけではありません。

実際に無施肥・無農薬で作物を作っている者は多数います。

でも、詳しい養分供給の仕組みまでは、理解されていないのが実情でしょう。

理論的裏付けの欠如から手探り状態で多くの試行錯誤を繰り返し、安定した生産体制に至るまで遠回りをし、多くの労力と時間を費やしています。

そして、多種多様な農法が提唱され、また実践されています。

農法は農家の数だけあるとも言えますが植物が育つ基本的な仕組みは一つ。

その仕組みに沿わなかった時、作物は虫の餌となります。


虫の餌か人の食物かは、養分の供給の仕方(バランスを保てるかどうか)で決まり、理論さえ分かれば無駄な苦労をすることはありません。

単純に考えて自然状態で虫に食われない植物があるのですから、それと同じ状態(仕組み)を再現すればよいわけです。

同じと言っても、何も全てを同じにする必要はありません。

時計の針は逆には回りません。

文明人が今更、サルや未開人の真似をしても始りません。

最も基本的、あまりにも当たり前過ぎて誰も気付かなかった「炭素」の循環の仕組みを同じにすればよいだけです。


要は自然の仕組みを知り、その仕組みを最大限に活かし作物を生かすこと。

仕組みさえ活かせれば資材を選びません。

反発を承知であえて言います。

化学合成、遺伝子組み替えか天然資材、非組み換えかは、本質的問題ではありません。

化学、天然に関わらず「肥」と「殺し」は御法度。

肥を与えた結果が殺し。

問題の本質は「殺し」にあるのです。

 
「肥」は人の勝手な思いであり、自然の要求ではありません。

いったい、「肥」という概念は何時の頃からあるのでしょう。

人が耕作を始めた千、万年?の昔からでしょうか。

現代農業の基礎となる「無機栄養説」を説いたのは「農芸化学の父」と呼ばれているリービッヒです。

彼はもっと重要な(凄い)こと(「窒素無用論」「腐食の栄養略奪論」)を説いているのですが現在に至るまで、それを誰一人理解・評価するどころか逆に誤りとしています。


自然は人に何も要求しません。

人が「肥やす」という傲慢な思いを捨て、真摯に自然と向き合ったとき、初めて自然の真(本来)の力(意志)が見えてきます。

そして「防疫」という概念から解き放たれたとき、自由を与えられます。

自然農法は「自由農法」でもあるのです。

自然の意思と人の思いが合致した時、自然は人に全てを与えます。






グーグル先生^^

グーグルマップって便利ですね。

行ったことのないところもグーグルマップがナビをしてくれ、

あらかじめ、ストリートビューを見れば景色まで確認出来ちゃう。

なんと、我が家の前もストリートビューで見れるようになりました
(恥ずかしくてお見せできませんが^^)。

そんな、グーグルさんの新書が図書館にありました!


How Google Works (ハウ・グーグル・ワークス) ―私たちの働き方とマネジメント/日本経済新聞出版社

¥1,944
Amazon.co.jp

(本書より引用)

ラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンはグーグルをいくつかのシンプルな原則に基づいて経営していたが、そのうち最も重要なのが「ユーザーを中心に考えること」だった。最高のサービスを生み出せば、お金は後からついてくると信じていたのだ。

コミュニケーションの基本は「オープンである」こと。


新しい時代のリーダーについて興味がある方は、ぜひどうぞ!

原尻の滝のストリートビュー


大きな地図で見る


炭素循環農法HPより引用

指導者はいない(新しい者が先生)

土や作物は「作る」ものではなく「できる」もの。

バランスは「取る」ものではなく「取れる」もの、自然の側が決めます。

ですから、人ではなく相手(自然=仕組み=法即性)が指導者(基準)です。

土、作物、虫、微生物などや、自然農法を知らない者、新しい者(後輩)、より若い者が実際に教えてくれる先生となります。


基点(視点)の逆転により当然、上下関係も逆転。

「自分は誰の言うことも聞かない。誰からも教わらない」これが本物(自然農法の本質を理解した者)の言葉です。

だからといって、別段難しいことではなく実践すれば、伝えさえすれば、“あちら”(自然=下位者)から教えてもらえる仕組みになっています。

もちろん、“あちら”が代価を求めることはありません。

伝えるのも当然、無償でなければなりません(必要経費を除く)。


自然農法の先輩(実践者など)から教わることは何もありません。

先に知った者は、それを伝えるだけで何一つ教えることが出来ないのです。

自然農法の創始者(岡田茂吉)は、自然農法に指導者は「要らない」と言いましたが、正確には「出来ない」。

指導しては「いけない」です。

先輩からも貰えますが、それは「問い」。

これも逆転し、何らかの「答え」を出すと、後からその「問い」が出てきます。

人が指導しようとした途端、自然農法ではなくなります。

人から教わろうとしたその瞬間、学ぶことを放棄したのです。


視点=基点=教えが、自然の側(天)ではなく、人(地)=己の側(既成概念)になってしまうからです。


故に、先導者=出題者(煽動者?^^;)はいても、指導者はいません。

師弟関係も存在しません。

あるのは無条件で子を育む、親子のような関係でしょうか。

これも本物を見分ける重要なポイントです。

指導者がいたら“おかしい”と断定して構いません。

巷の自然農法の指導者然とした者の教えや、そのグループが似非自然農法になってしまうのも、自然農法自体が未だに、あまり知られていないのも同じ理由でしょう。


人(先輩)の言葉ではない、自然農法の実践現場や生産物からは、直接教わることができます。

栽培・飼育記録などの“生の”データは生き物の“ことば”。

たとえ他人のデータでも貴重な自然の教えです。

ただし人知・感情を捨て、あら探し、疑う姿勢を忘れないように。

言うまでもありませんが作物に対する基礎的な知識(性質や生理作用、応用技術など)は、一般的農法と同じように、先輩や書籍その道の指導者などから教わることが出来ます。

また単に、理論面だけなら既成概念同様、教えることも教えられることも可能です(このhpのように)。


モミガラでダイエット!

今年も、モミガラをいただいています。

今日は、小さい桃園に軽トラ3台分はこびました。

たくさんあるモミガラで、いろいろ試してみようと思います。





炭素循環農法HPより引用

9. 土作り?(ダイエット)

ズバリ!、微生物の放し飼いです(^-^)。

微生物や微生物の作った物、食べカス、あるいは土壌改良材(特に必要ないが微生物の邪魔をしない程度なら使っても良い)といわれる物を圃場に入れることではありません。

また物理的に引っ掻き回すことでもありません。

良い土とは、

1.土そのものは痩せている(清浄=遊離窒素等余分なものがない)。
2.作物の養分は微生物という形で生きている。即ち有機化=生物化

です。生きている養分(微生物)は、

3.土を耕す(団粒化)。
4.窒素を固定する。
5.他の養分を可吸化する。
6.腐敗しない。
7.死んで作物に養分を与え続ける(緩効的)。
8.養分バランスを崩さない。
9.養分が流亡しない。
10.土壌流失を防ぐ。
11.有害物質を分解する(化学物質・ダイオキシンなど)。

という働きをします。

これは生きた土と一般的に呼ばれている状態で、微生物の放し飼いによってのみ可能です。

この際、大気中で分解させるという無駄をなくすため餌は鋤き込みます。

餌さえあれば微生物は勝手に自分の住み心地の良いように土を変え、あとは水と空気と太陽さえあれば作物は勝手に育ちます。

微生物や植物は、そのような自然環境で進化したのですから。


 要するにダイエットです。

血中に溢れ出した過剰な糖やコレステロールをなくし、細胞一つひとつを活性化するのと同じです。

概ね、先進国の土壌は肥満状態、発展途上国は飢餓状態のようです。

何れにしても良い作物は育ちません。

但し、ダイエットであって断食ではありません。

従来の自然農法は、この点を勘違いしているようです。

確かに断食は効果的ですが人に限らず、全ての生き物は医食同源(薬食同源)。

土(土壌微生物群)とて同じこと。

食事(餌)を絶つのではなく「正す」です。


飼うというからには餌の量を知らなければなりません。

通常、畑地のバイオマスは、数ton/ha(乾物量)と言われ、菌類、バクテリア、センチュウが多く昆虫やミミズはそれ程多くはありません。

これは牛15頭(鶏5000羽)/haほどを飼うと同じことです(餌の消費・利用量からみて)。

必要な餌(雑草、作物残滓を含めた炭素資材)の量(畑地/年)は、最低(慣行栽培並の収穫量を得る)で、バイオマスと同量(炭素循環 例1=炭素換算3.5ton(乾物量8.8ton)/ha)。

自然の循環からみた基準量は、その2~3倍量ほど


これなら作物の収量も慣行栽培の2~3倍が可能。

緑肥作物の収量と目的の作物の収量は比例します。

基本的には、これだけの量を圃場内で循環させればよく、外部から持ち込む必要はありません。

但し、それなりの時間を要します。

もし可能なら、効率を考え必要量の一部(全部)を持ち込んだ方が得策です。

 それなりの時間:
1. 緑肥(登熟させる)の栽培期間が必要である。主作物+緑肥作物/年が限度。
2. 無施肥に転換後2~3年経過しないと緑肥作物の収量=炭素固定量も十分増えない。

 緑肥作物の収量=炭素固定量:
実際例(サンパウロ総合大学農学部 ピラシカーバ 22°42'34S 47°37'54W 標高530m)での初年度収量は、種類にもよるが10~15t(乾物量)/ha程度。その後、毎年50%ほど増収し、2~3年で20~30t/ha以上になった。3年以上経過し主作物の栽培期間以外を全て緑肥栽培に当てれば、冬がないため数十~100t/ha程度の収量が得られる。根や作物残滓もあり実質循環量はこれ以上。これに施肥すれば過剰になるのは当然である。尚、草類の炭素量は種類や登熟度により多少の差があるが乾物量の約40%、木材は50%前後である。



家畜は人が直接食べられないものを食べられるように変換するのが役目。

気候風土に恵まれた地域では家畜はいらないのです。

日本で畜産が発展しなかったのはそのためでしょう。

直接食べられる物ができない地域以外では、無理な「有畜農業」を考えるより、見えない家畜をしっかり飼うことです。

 無理な「有畜農業」:
食糧としての蛋白質源の確保や耕作のための堆肥資材、有機物資材確保が主目的の畜産。蛋白質は豆類や作物残滓の食糧化のために行う畜産で十分である。ブラジルには主目的が鶏糞採取の「鶏糞養鶏」という言葉がある。



そもそも穀菜食というのは気候風土に恵まれた地域でしかできない、贅沢な食事で決して粗食などではありません。

窒素(蛋白)量が多く、胃腸や身体に負荷の大きい畜産物の方が、むしろ粗末な食事と言えます。

高窒素は土(微生物、環境)だけでなく、全ての生き物にとって高負荷です。

剪定開始

一昨日、小さい桃園の剪定を始めました。

大きい桃園を10月で返したので、剪定も、何もかも桃の作業は少なくなります。

休むのは大好き。喜んだのも束の間、夫(ひな)がアルバイトに行っているので、桃レンジャーは、みどレンジャー(野菜)、ショッカー(ぶどう)にもなりそうです。

ちぃ

発酵と腐敗?

昨日は、プチ芋煮会。

鍋といえば日本酒。

隣町にある酒蔵の「鷹来屋」でお酒を仕入れてきました。

山田錦山廃生酒80
手造り槽しぼり純米酒


高そうなネーミングですが、
3000円弱で販売していました。


日本酒-Wikipediaより抜粋

日本酒は糖化と発酵を並行して行う工程があることが大きな特徴である。

米のデンプンをブドウ糖に変える、すなわち糖化の働きをするのが麹(米麹)。

ブドウ糖をアルコールに変える働き、すなわち発酵作用があるものが酵母。

酵母を増やす工程が酒母づくり。

酒母造りの際には、タンクの蓋は開け放しの状態になるから、
空気中からタンク内にたくさんの雑菌や野生酵母が容易に入り込んでくる。
そのため硝酸還元菌や乳酸菌を加え、乳酸を生成させることによって
雑菌や野生酵母を死滅させ駆逐することが必要となる。

このときに、あらかじめ別に作っておいた乳酸を加えるのでなく、
もともとその蔵や自然のなかに生息している天然の乳酸菌を取り込んで、
それが生成する乳酸で雑菌や野生酵母を死滅・失活させるのが、
生酛系(きもとけい)の酒母の造り方の基本的な特徴である。

山廃仕込み(やまはいしこみ)とは、単に山廃とも称され、
生酛系(きもとけい)に属する日本酒の製法の一つ。



麹菌、酵母菌、乳酸菌と微生物がたくさん働いてますね。

自分のお米で作ったお酒を飲んだら、きっと楽しいだろうな。






炭素循環農法HPより引用

11. 発酵と腐敗?(ミソとクソ)

発酵、腐敗は微生物が有機物を分解する初期過程で起こる現象での違いで、人にとって有益か有害かの違いと言われ、最終的な無機状態になればどちらも差がありません。

でも、人にとって有益な分解過程を発酵と呼んでいるのですから発酵が有益なのは当たり前なのです。

ミソとクソを一緒にしてはいけません。

人はアルコールに群がりハエはクソに群がります(笑)。

人は腐敗したもの(しやすい物)は食べられません(食べない方が良い)。

虫は発酵したもの、腐敗し難いものは食べられません。


これは植物にとっても同様で発酵は好都合で腐敗は不都合。

しかし腐敗した有機物でもある程度、分解(腐熟)が進み腐敗臭がしない状態になれば直接の害(施肥害は別)がなくなり、農業で昔から応用されています。

通常、発酵では途中で一時、分解が止まった状態が現われます。

腐敗では一旦、分解が始れば止まりません。

「降りると落ちる」の違いのようなもの。

そして発酵では人や作物にとって有用な成分(酵素、アミノ酸、有機酸、成長ホルモン、ビタミン、糖類、各種生理活性物質など)が生成され、腐敗では逆に有害成分(各種炭化水素、硫化水素、アンモニア、窒素吸収阻害物質=窒素飢餓の原因成分、酵素阻害物質など)が生成されます。


 発酵(プラス)に向かった場合、有用成分の働き等で更にプラスに傾き、傾いた分だけマイナス面が減り、良いことずくめになるというのが自然の仕組み

発酵分解は都合の良いことに初期分解はゆっくりですが、植物の要求量も少なく、作物の成長に従い分解量も増え、無駄なく利用。

作物毎に養分量を変える必要がなく、多様な作物を同じように栽培でき、生育中の養分補給(追肥)も不要です。


当然、その反対もあり、例えば、鋤き込んだ炭素資材のC/N比が低すぎ窒素過多の場合(若い雑草やマメ科の緑肥作物)、腐敗作用が勝り急速な分解が起こります。

この時、生成された有害成分が植物の根を痛めたり植物に吸収されたりします。

また、未利用の無機化された窒素が流亡すれば環境汚染を起し、作物の後半の生育に支障(窒素不足)を来たします。

資材の種類や使い方次第で発酵か腐敗かが決まり、何れが勝るかで結果は正反対。

同じ分解作用でも発酵と腐敗では決定的な違いを生じます


人の腸内も同様に、発酵分解、腐敗分解が微生物により行われています。

土壌中での分解過程に当てはめて考えれば、結果がどのようになるか容易に想像できるというもの


発酵は「生」。腐敗は「死」。につながります。


人体は一本のパイプ。

裏返して見れば腸は、植物の根に相当すると言われます。

解剖学的にも腸内は体外と見られていて、土壌と接している器官と考えれば分かり易いと思います。

腸内での食物の分解作用を無視して、作物の質や人の健康を語ることはできません。

またこれが免疫に重要な役割を果たしていると言われます。

癌は炎症、炎症は慢性的な腐敗現象と言われます。

亭主元気で留守が良い

昨日は一人で芋掘り。

一気に掘ると大変だから、少しずつ掘ろうと思っているのに、掘り出すと止まらない。欲張りだからー。

気が付けば、お昼の鐘がなっています。

夫(ひな)がアルバイトに出ている間は、気兼ねなく好きなようにできるのが嬉しいですね。
もちろん、いつも好きなようにしていますが、少ーしは気にしてますよ。

ちぃ

神様の気持ちになって物事をみる?

バタバタで過ぎ去った10月は「神無月」。

あやしい説ですが、
「全国の八百万(やおよろず)の神々が出雲の国に集まる月。他の土地では神様が留守になるので神無月といいますが、ここ出雲では神在月と呼びます。」

出雲観光協会HPより引用

霊能力がないので、出雲大社に神様がたくさんいたかどうかはわかりませんが、我が家には神様がいるかも(^^)







炭素循環農法HPより引用


続 神様の気持ちになって(天動説は生きている)

「何事も逆(あちら)から見る。自分(人)の側ではなく、相手=自然(神)の側から見る。」
「神様の気持ちになって物事をみる」これって地動説なんですね。

こんな簡単なことを、いまごろ気付くとは ^^;。

周囲を見回せば、天動説は過去のものではありません。

コペルニクス(1473~1543年)の地動説から約500年も経っているというのに。

唯一、天文学などの物理科学だけが地動説。

それ以外では未だに天動説が絶対的優勢を保っています。


地から天へとの、認識の基点転換が地動説。

しかし広範な自然(天)と己(地)との間では転換が起こらず、相変わらず基点は地のままです。

天が回ろうと、地が回ろうと普段の暮らしには、どうでもよいことのように思いますが、そうも言ってられないのです。

農業は「施肥・防除」の殺し農法。

医療分野では「栄養・防疫」の対症・殺し医療。

人間社会ではテロや戦争と文字通りの人同士の殺し合い。

何れも命に関わる問題です。

それなのに何の疑問も持たれず、当然のこととして一般に受け入れられていることが怖いのです。


これらは全て、天動説ゆえに生起してくる行為、現象です。

地(作物やヒト、人)を中心に置き、天(土壌や土壌微生物、大気。細胞や腸内微生物、食物・環境。社会など)がそのまわりを回っている。

やれ、肥料だ、栄養だ、国益だ。

これが欲しい、あれが足りないと貪欲に取り込み、土壌や体内、個人や特定集団に過剰に蓄積し、溢れ出すわ腐敗するわでドブ状態。


そして、あれは邪魔、これは要らないと、作物やヒト、特定の個や集団に不都合なら「悪」のレッテル。

ただの虫や菌を害虫・病原菌、ただの人を敵と呼び。

防除・防疫・防衛と称して殺しを正当化。

ついでに自然の回復力・自浄作用などが働いた結果現れる症状までも悪者扱い。

その場限りの対症療法(臭い物に蓋)を施し、後始末(根本的治療や原因除去)をしていません。


これは、人の意識の及ぶ範囲、全てで起きる現象です。

人々の平和の願いや反戦の叫びと一切無関係に、人が「正義」を叫ぶ限り、あらゆる場面で殺し合い(戦争=テロ・殺人・拷問、犯罪、いじめ、葛藤、抑圧など)は続きます。

願えば、叫べば、祈れば、何とかなるなんてことはないのです。

自然(天)の仕組み(法則)の問題だからです。

天の義はただ一つ「命を生かす」。

正義は地の義、人の義、己の義。

組織の数だけ、人の数だけ、個の数だけ、際限なく生まれてきます。

人々の意識が天動説から地動説に転換しない限り、この世から殺し合いはなくなりません。

私は貧乏?

今日は、アルバイト。

青空の下、ヘルメットをかぶり、

山を上ったり下ったり、

たくさん歩くことができました。

久しぶりの現場は、痩せられそうです(^^;)






炭素循環農法HPより引用

貴方は貧乏

「なぜ殺してはいけないの?」子供に聞かれて即座に答えられますか。

人々の命を預かっている百姓(百生)が、しどろもどろでは困ります。


宇宙は命を生かすために在る。

自然(この世界)は命を生かすためのシステム。

これさえ理解すれば宗教や道徳、ましてや哲学などの陳腐な答えは無用です。

尤も、答えに対し理を問うような不遜な真似はしない?宗教。

明らかな答えのある問いなどしない奥ゆかしい?哲学。

何れも無用の長物。論理的・明快な回答を期待する方が悪いのでしょう。


殺しは自然に敵対する反逆行為。

例外を除きどのような生き物の命でも、奪うということは自然に対する最大の冒涜です。

例外的に自然が殺しを容認するのは、食べる場合(命の収斂作用)と、活きが悪く種の保存・進化に不都合な場合(命の解体作用)に限られます。

ところが、慣行(施肥・殺し)農法では、土壌中の微生物の命を奪い、虫(菌)の命を奪い、自然の命を生かす力を奪い、結果的に自分自身(人)の命を奪っているのです。

種全体から見れば自殺行為です。


本当の自殺が増えています。

社会が弱って(病んで)いる現われです(自殺率は実質GDP,失業率と密接な相関関係にある)。

種全体を救うための自然の対抗手段(自己防衛)で、自殺は社会(のストレス)というウィルスに食べられたと言えます。

そのウィルスを生み出したのは我々一人ひとり。

間接的殺人です。

自殺データ: 社会実情データ図録(自殺率の国際比較 , 景気、失業者数、自殺者数の変動幅の推移


薄情なようですが、個人の自殺も活きの悪い生き物の処分法(命の解体作用)の一つで、細胞のアポトーシスと同様、自然の仕組みの一部(一種の免疫機構)と言えます。

自然は理により結果を出します(法則性)。

一生懸命とか努力、慈悲とか愛とかは無関係で免罪符ではありません。

一生懸命、努力した結果、うつ病で自殺しても、それが自然の理なのです。


自然は非情。弱れば容赦なく処分の対象です。

問題は弱った原因。

原因を正さない限り、一時的に防ぐことはできても半死状態の命を生き返らすことはできません。

弱る原因は物心両面の餌(物や物理的環境、慈悲や愛、自由)不足です。

微生物に餌を与え生かすように、個人に十分餌を与えることです。

金(物)、権力、自由、精神的ケアーなどの個人配分。

要するに全面的な私有化・私物化。私利・私欲の奨励です(笑)。


しかし従来の、自由・個人主義は結果的に富・権力が組織に集中し、それを握る一部の者が支配し、逆に支配もされます。

かといって、物質的共有社会の欠陥は社会主義の崩壊で証明済みです。

奴隷・封建制以来、今日まで、富・権力集中の組織社会であり、円滑な循環が行われず、必ず腐敗が起きます。

このような社会は、組織は豊かになっても個人は常に貧しい社会です。


「俺は貧しくなんかない!」本当でしょうか?。

好きなことだけ(仕事等)やってますか?。

それでも必要な収入がありますか。

自分の思いを社会に反映させてますか?。

精神的にも満ち足りていますか?。

税金(元は俺のもの^-^)を自由に使えますか?。

否でしょう。貴方は貧乏なのです(笑)。


土は痩せ、微生物(個人)が肥えていなければなりません。

無機養分(富、権力)が土壌中(組織社会)にあると、養分(富、権力、自由)のバランスが崩れ腐敗が起き、病虫害(犯罪、テロなど)が発生します。

すると、防疫・防除手段(警察、軍隊)が必要になり、農薬散布(刑罰、戦争)をしなければならないのです。

これは全体(社会)を構成する最小単位の、個を生(活)かしていない証拠。

人類の歴史上、神や正義の名の元にどれだけの人を殺したことでしょう。

殺すなと言っても、人は殺しや自殺を止めやしません。

倫理・道徳を説いても、良心に訴えても、何かを規制したり奪っても、勧善懲悪でも、それだけではダメなんです。


国家や自治体、組織は貧しくても良いのです。

いや、豊かになってはいけないのです。

可能な限り個人を豊かにすることです。

何でも個人に与えることです。

但し、直ちに肥にならない高炭素資材(貯蓄・換金性がないか少ないもの)に限ります。

尤も、個人が豊かな社会では、信用創造は不要で、貯蓄の意味もなくなり通貨制度も変わるでしょう。

信用創造: 銀行が預金と貸出しを連鎖的に繰り返すことで金が金を生み、実体の裏付けの無い通貨が増えていくこと(参考 よくわかる!金融用語辞典)。


自然の仕組み(法則・原理)と主義・思想も直接関係ありません。

共有(共産制)社会は原始共産制の亡霊です。

上(組織)から押し付けの、全が個を制御する共有社会は二度と来ないでしょう。

私有化社会=私のための社会=私が主。

これが自然の意思(命を生かす)に沿った新しい「個の社会」。

「個」が「全」を自動制御する社会システムです。

これは主義でも思想でもありません。

自然の仕組みから解き明かされる理です。



その現われが、地域通貨やウィキペディア、リナックスなど個人の意思による共有。

一見、普通の共有のように見えても実態は、私有(私有の配分)を基礎においています。

フェアトレードも個を生(活)かすシステムです。

地域通貨(参考 Q-project.地域通貨.LETS.CommunityMoney 地域通貨入門): 法定通貨の持つ魔性を排除し、一定の地域で流通する通貨。過去、何度も権力により潰されている。
フリー百科事典ウィキペディア(Wikipedia): 誰でも自由に編集や利用ができる百科事典。
リナックス(参考 IT用語辞典e-Words Linux): フリーソフトウェアとして公開され全世界のボランティアの開発者によって改良が重ねられている。
フェアトレード(参考 People Tree): 貧困のない公正な社会をつくるための、対話と透明性、互いの敬意に基づいた貿易。貧しい人々が自らの力で暮らしを向上させることを支援する。




紅葉の秋。

今日は、用作公園(ゆうじゃくこうえん)に紅葉を見に行きました。

もう少し待つと、見ごろになりそうです。

今月は、しばらく出稼ぎに行くので、

畑はちぃと微生物さんにお任せ。

ちょっと気分を転換してきます。










炭素循環農法HPより引用

息が出来ない!(空気で育てる)

土壌は総合的に捉えれば、一種の生き物。

当然「食べさせる」です。

「健康=土壌深部まで十分団粒化し、土壌微生物が活性化」していれば、季節差は殆ど考慮する必要はありません。

ところが不健康な農地しかありません。

だから「転換」なのですが、団粒化が先行し、ワンテンポ(一年前後)遅れて、体力(地力)が付きます。

総合的な活性度が上がるまでは「焦らず・慎重・且つ大胆・着実に」です(これも春夏秋冬)。

先は最も腐敗しやすい時季。転換期には要注意です。
資材を投入することより、毒出し(代謝=浄化=排水、空気の供給)に主眼を置きます。
冬期には、低温に強い糸状菌の一人舞台となり、バクテリアなどの二次分解者の活動が鈍り、その結果土壌に代謝物質が大量に溜まるからです。

は高温でも、土壌全体の代謝が盛んなため意外と腐敗が少ない季節。調整程度で自律。
ただ、消耗も激しいため低緯度地方、高温地域では補給が必要です。

食欲の。この時期に必要十分なだけ与えます。秋は資材の入手も容易です。
地温が下がり、雨量も減り土壌が好気状態になるため、腐敗も起き難くい季節。
特に栽培可能期間の短い高緯度、寒冷地では、時間を有効に使うため、この時期にまとめて1年分入れて構いません。

は秋に取りこんだ餌を、じっくり発酵・養分化して備蓄。環境整備(団粒化)し、体力を付ける期間です。


但し、有機物の消耗が激しい、亜熱帯・熱帯地方は多くの場合、雨季(春夏)乾季(秋冬)の2季。

春に相当する雨季の始めは要注意。それ以外は通年、平均して入れます。目安は、寒冷地1;温暖地2;高温地;3~5倍量程度です。

 春は最も腐敗しやすい:
5=“みどり”=理性=春=夜。表面意識の一つだが、その意識層には穴が開いているだけ、後ろ(奥)に控えている、5の“エネルギー”が見えている。
故に、奥ゆかしい(^^)。また、慎重で計画的。計画的凶悪犯には“みどり”が多い。
精神異常や認知症などでは、5に対応する春や、5の時間帯の夜に、症状が顕著に現れる。
社会循環の法則を説いたP・R・サーカーは、5の時代を労役者=無支配者(無政府状態)の混沌の時代と説明している。

 社会循環の法則(社会周期説):
社会の変遷には一定のリズムがあり、そのリズムに例外はない。
労役者→守銭奴→武人→知識人→・・・と、4つの時代が順繰りに循環し、それぞれの時代をその意識が支配する。(Prabhat Ranjan Sarkar [1921-5-21~1990-10-21 インド] 哲学者,社会改革者,言語学者,思想家,作曲家,詩人,タントラやヨーガの指導者)



畑は「空気で育てる」です。

土壌団粒化の主役は、酸素呼吸をしている糸状菌(菌類=祖先は動物と共通)。

転換が思うように進まない原因の第一は酸欠と、それによる腐敗

高畝、排水溝、暗渠、風穴、ポンプ排水など、何が何でも水を抜き、空気を入れることです。


転換初期で排水不良なら、雨水を速やかに排除するため、畝は等高線にせず、土が流れない程度に縦方向に傾けます。

更に、できる限り高く狭く、畝数を増やし、表面積が増えるようにします。

 風穴、ポンプ排水:
地面に直径数~十数cm、深さ1m前後の穴を開け、木質系チップなどを詰めて通気・排水口とする。
機械的な強制排水には、地盤改良技術のウェルポイント工法やディープウェル工法などが応用できる。



左の画像のようでは、お話になりません。

目の前で土や作物が溺れているというのに、放置しておくとは。生き物を相手にしているという自覚が全く無い証拠。

少なくともプロのやることではありません。

先ずは、頭に風穴、排水口を(^^)・・・。