ミニトマト、そろそろ終わりかな?
ハウスの中に植えた、ミニトマト。
寒くなってきたので、そろそろ終わりそうです(*゚ー゚)ゞ
冬は、曇りがちな天気が多いのか、
心も曇りがちに。
目の前に現れるちょっとした問題も
面倒になってしまいがちですが、
悩んでいないで少しでも動いてみると、
状況が好転するのかもしれないですね。

炭素循環農法HPより
寒くなってきたので、そろそろ終わりそうです(*゚ー゚)ゞ
冬は、曇りがちな天気が多いのか、
心も曇りがちに。
目の前に現れるちょっとした問題も
面倒になってしまいがちですが、
悩んでいないで少しでも動いてみると、
状況が好転するのかもしれないですね。

炭素循環農法HPより
頭と体とフトコロ
現実(就農人口の減少、老齢化)に即し、徹底的に機械・ロボット化、効率化。
分かってもいない未来を、分かったつもりにならない=自分を誤魔化さない。
処分に困っている物(タダ)を使う=処分から活用へ。
体にも心にも、そしてフトコロにも不要な負荷をかけないことです。
単純作業(餌やり)など機械に任せ、頭脳を持った人のやることではありません。
趣味ならいざ知らず、今時、我慢や努力、額に汗して、なんて流行りません。
旧態依然では若者は敬遠、老人には無理。
当然のこと、大規模化やグループ化、企業化、他業種からの参入も必要です。
脳の機能は情報処理、脳(ハード)に心(ソフト)はありません。
考える(思う)のは脳とは別、心(意識)です。
脳は、心(表面、潜在、両意識)が発信する情報や、自然(外界、肉体)からの情報処理をし、肉体をコントロールしたり、心に情報をフィードバックしています。
未来(心)で思い=因、今=果を、具現化(創造)。
嘗て無かった新しい今を創るために頭と体を使います。
言うまでもなく重要なのは「因」。
これが、自然農法症候群では「果」だけを掻き集め、処理不能(頭でっかちで自然の理と照合できない)。
あるいは、体だけを使い頭は空っぽ。
あげくは、精神世界症候群(瞑想=迷走など)。
これでは、使っていないのと同然です。
脳の機能は情報処理:
心は二組の意識グループに対し、決まった配分比でエネルギー(“数”と“色”、“方向性”は絶対的関係にある)を配分している。3肉体(下)・4本能(右)・5理性(後ろ)グループと、6智性(上)・7
愛(左)・2感情(前)グループである。配分比は状況に応じ瞬時に変わり、前者345グループに、それぞれ30%配分すれば、後者672は各70%ずつ、90%なら10%。各グループ内は必ず等量ずつ。一方のグループが増えた分、他方が減る。これ以外の組み合わせ、配分法はない。また、例外も存在しない。
3体や4欲を働かせれば、6頭が働かない。つまり、一瞬でバカになるが本能で危険を回避する。その典型例が3肉と4欲が揃うセックス。更に、3肉体を使う労働やスポーツ。4欲望を満たすショッピング。更に、絵画や音楽演奏などの芸術行為。読経・写経・瞑想、ヨガ・座禅など各種の3肉体関連の修行。これらは全て、6頭が空になり本能的感覚やひらめきが鋭敏になり、エネルギー的に見て同質行為。芸術、修行と言えば聞こえは良いが、3肉4欲の圧力を抜く安全弁としての機能もある。この時、同時にブレーキ(5理性)が必要。4本能(右)という対応関係のためか、主に右脳が処理する。
逆の頭脳労働では、6智性・7愛・2感情が働き、この時 5ブレーキは要らない。7愛(左)で、主に左脳が処理。逆配分比の時々バカ(頭のリセット)が効果的なストレス解消法(ウツの運動療法なども同効果)。かように、自然(心)の仕組みには一厘の無駄も矛盾もみられない。
実際に転換すると、初めてのことばかり。
今まで想像もしなかったことが次々と起こります。
ここで原因探しではなく、犯人捜しをしないこと。
過去の結果(証拠)だけを頼りに、処理(犯人捜し)しても無意味。
基点が過去(意識が天動説)では、土は変わりません。
たとえ何をしようと、どれほど時間が経過していようと、実質的には転換していません。
ここで厄介なことは、意識のエネルギー配分の関係上、本質を見通す 9洞察力を働かせようとすると 6思考力が落ちます。
逆に、6思考力(サル知恵)を働かせ、2過去の結果だけを頼りに処理すると、9洞察力が落ち本質を見失います。
思考力(知)も洞察力(智)も落とさないコツは時々、頭も体も働かせず、ボーとしていること(バランスをとる)。
一生懸命は最大の障害(どちらか一方に傾く)。
瞑想など論外(本能側に傾く)。
土と心は空(から)にしてはいけません。満たすのです。
9洞察力:
9は仏教で「心眼」と呼ばれている。ものごとの本質を 4本能的に 9見通すエネルギー。4と9は補い合う関係にあり、ほぼ同じ働きをする。
瞑想など論外:
むやみに自己流でやらない。危険=いわゆる禅病を伴うこともある。“光”(心のエネルギー)のことを知っている者以外、回避法、治療法を誰も知らない。不完全で、あまり効果は期待できないが唯一、白隠禅師の軟蘇の法がある。
天の智=未来(因)に基点を置けば、人の知=過去(果)に囚われず、栽培形態や栽培種の多様化も自由自在。
誰でも何処でもでき、資本経済下でも寡占化、種苗の独占(主要品目は既に終わっている?)、除草剤耐性作物、ターミネーター種子問題なども回避できます[ビル・ゲイツが進める現代版「ノアの方舟建設計画」とは]。
そもそも農産物は、食べる量が決まっています。
他の工業製品のように大量生産し、押しつけようとしても必要以上に消費されず、単に資本投下さえすれば何とかなるというものではありません。
本来の農業による農産物は、全ての段階(生産、流通、消費)で、最小限の経費で済みます。
ゴテゴテ余計な、付加価値や差別化も不要。
もし、必要とすれば何処かがおかしい。
内面的な単一、一様化が余計なものを必要としています。
生物に限らず、多様化は「生」。
一様化は「死」につながります。
内面的な単一、一様化:
意識、物質世界の仕組みの関係上、心の世界と現実世界は、全てが裏返し(実像と虚像の関係)にある。例えば、心(非物質)の貧困化が経済(物質)的豊かさを求め。心の自由・個性の喪失により、現実面での自由、個我の剥き出し。心の孤立化は、経済や文化面のグローバル化として表出。これらを正、負などと表現しているが良し悪しではなく、何れの側が基点か理解しないと対処を間違える。
あちら(神さま)の世界は、驚くほど単純なのである。あちらとこちらは表裏一体、こちらを変えればあちらも変わる(フィードバック)。こちらの多様化は、あちら(心)の安定一様化=平安(調和)に繋がる。自然界の生物多様性は、見えない世界(地下)の単一・一様化の現れ。肥をなくせば、作物が肥えるのもこの原理。
本物は、素っぴんのまま「本来の質=“いのち”を生かすもの」小細工なし。
当然、安いのが当たり前。それじゃ儲からない?。心配ご無用。
食文化(自分)を大切にし他人の欲しがる物ではなく、それぞれ自分の欲しいもの、必要なものを作るだけで良いのです(結果的に多様化)。
発展途上国の食糧問題は、今まで無施肥の技術が確立されておらず、これができなかったことが主因です。
一人ひとりが自分自身を良くすることだけを考え、他人のことなんか放っておけば、皆が良くなる道理。
余計なことを、するから“おかしく”なるのです。
儲かります。但し、早い者勝ち。
現時点(資本経済下)では儲けなければ話になり(を聞いてくれ)ません。
農が変われば、それに付随する経済の仕組み=「場」自体も進化し、変わります。
人に多少なりとも智恵があるのなら、何時までも資本・貨幣経済(儲かる=善、儲からない=悪)でもないでしょう。
歴史が証明しているように、過去側を拠り所とした基準は、場の変化と共に変わります。
それは人の法。天の法(則)ではないからです。
儲かりさえすれば、という場から本来の場(基準)に変えれば(戻せば)良いだけの話。
ようするに、肥料(死物=カネ)を止め、腐らない資材(必要十分かつ過剰ではない物資、知識、技術など)を使い、ピラミッドの底辺の生き物(一人ひとり)を生かす土壌(社会)改良。
勿論、餌を撒いたら5cm混ぜます。
当然、機材や人材、時にはトラクター=機動力=軍隊(戦争に使ったのでは勿体ない)も必要。
無施肥(資本)になれば、結果的に無防除(戦争)です。
人の法:
戦時、兵士(人)が戦場で敵(人)を殺せば勲章もの、平時、通常の社会で同じことをすれば殺人罪で死刑もの。刑罰は人の理(防除防疫=殺し行為)。「凶悪犯、皆で殺れば怖くない」=裁判員制度(これも“らしい”の典型例)。
自然の理(生かす)に従い、マイナス作用をプラスに転換。栽(培、植)=育てる=生かす。裁判→栽判。衣→木=人→天。本来(天)は、活(生)かしてなんぼ。自然の理で捌(x裁)く(犯罪者に必要な生きる場を与えるための選り分け)。「害虫を活かす」と同じ。
草刈りは、大勢ですると早いね!
今日は、地区の田んぼの水を貯めている
「ため池」の土手の草刈り作業でした。
大人数(約10人)でかかると、
1時間ほどで終わりました。
土手は45度ぐらいの傾斜。
高さは20mぐらい?
一人だったら、途中で心が折れそうです・・・

今年は、水量が多い方です。
昔は、子供達が魚釣りをしていたそうです。
生えていた萱は、炭素資材に使えそう(^^)

炭素循環農法HPより
「ため池」の土手の草刈り作業でした。
大人数(約10人)でかかると、
1時間ほどで終わりました。
土手は45度ぐらいの傾斜。
高さは20mぐらい?
一人だったら、途中で心が折れそうです・・・

今年は、水量が多い方です。
昔は、子供達が魚釣りをしていたそうです。
生えていた萱は、炭素資材に使えそう(^^)

炭素循環農法HPより
復帰
奪い合い、殺し合い(戦争)の基には、「生=食=農」があります。
生きる基となる農業は、食だけでなく生存環境をも保全しなければならない産業です。
環境面でも、食の質、量の面でも自己満足では済まされません。
その、農業には「太陽と大地と水とエネルギー」が必要。
大地の奪い合いは第二次世界大戦で終わり、今はエネルギー。
それもやがて、奪い合うものがなくなれば終わります。
植物は効率よく、太陽エネルギーを使えるように進化しています。
それを育てる農業は、基本的に奪い合いとは無縁の筈。
ただ、地球が受けとる単位期間当たりのエネルギー量は一定で、現時点での生産性も決まっています。
そのため植物の特性を活かし、地球全体の太陽エネルギーの変換・利用効率を上げるしかないのです。
(中略)
効率化して先ずは、食糧の量の確保が先決。
今のところ全体量は辛うじて足りてはいますが、現実には偏り、質も伴わず、栄養過多・不足・失調。
更に飢餓・餓死。
偏りは社会的、政治的要因に帰する問題とも言えますが、人口増から(2011年:推定70億人)、絶対量が不足するのは時間の問題。
それらも含めて、全ての人々に質も量も、そして生きる環境、機会も。
同時に満たせる農業(社会・文化)形態でなければ本物ではありません。
具体的には、「無駄になっている物の持っているエネルギー」を、できるだけ放置・消耗させず、余計なエネルギーを使わず(非堆肥化など)、必要なところに的確に使います。
すると、作物は気候や土壌に対する適応力が高まり、栽培適期や適作地域の巾も広がり、栽培回数が増え生産性も高まります。
これは、資材と農耕地の効率的な活用。
環境に対しての負荷エネルギー分を、保全・修復エネルギーへ転換することを意味し、マイナスが大きいものほど、プラスも大きくなります。
要するに、その辺にある廃棄物扱いされている物を、そのまま畑に極浅く混ぜるだけ。
自然の循環の中で、有機物が土に還って行く過程を、人が少しだけ手を加え、円滑化することによって最小限の工程にする。
ただそれだけで良いのです。
ただ、未利用資源は一見、無駄なように見えても保全に必要な部分もあり、何処までが未利用なのかを見極めて使わないと逆効果になります(稲ワラがその好例)。
そして、努力や無理はいけません。必要ありません。
このページの写真や動画のようになれば誰だって、「農業がこんなに楽で、楽しいものとは知らなかった。
面白くて寝ている時間が勿体ない」と言うでしょう。
それが本来の農業、元(基本)に戻るだけなのです。
努力や無理:
「苦」があるから「楽」があるわけではない。苦は楽の影。満遍なく光が当たれば影はできない。幸・不幸。善・悪。喜び・悲しみ。なども皆同じ原理。これを古くから6真・4善・2美と呼んでいる。4単純・2明快・6矛盾なし=基準である。基準を守れば影(事故=不調和な現象)は消える。
物々交換がおもしろい
昨日はキッチンで焼いたパンを和菓子、コンニャクと交換してもらいました。
和菓子:大分、豊後大野市朝地町の朝倉文夫記念公園の敷地内にある『のど菓』さんでは、女性オーナーが和菓子をひとつひとつ丁寧に作っています。『のど菓』さんの和菓子はどれも美しく、とても美味しい。
コンニャク:豊後大野市清川町、豊後大野ジオサイト白山渓谷にある『やませみ』さん、こちらも女性オーナーがひとつひとつ手作りでお料理を作っています。昨日はこちらでランチの『やませみ御膳』をいただきました。



家に帰ると、ひなちゃん(夫)が、Iターン仲間の農家さんの所でパソコンのお手伝いをして、お酒をもらっていました。このお酒はもらい物だそうです。もらい物なのが良いですね。

この数年、我が家ではお米を買っていません。お米が少なくなるとお隣さんからいただいています。時々、ひなちゃんはお隣さんから頼まれて何かしらお手伝いをしています。
お米は食べる分だけいただいていますが、新米だけは家の軒下にドカッと置いてくれています。嬉しいな~。
そして今日は『のど菓』さんの和菓子を近所のおばちゃんにあげたら、大根と白菜をくれました。
お金ではない物を交換して暮らす、いつかできちゃうかも。
ちぃ
和菓子:大分、豊後大野市朝地町の朝倉文夫記念公園の敷地内にある『のど菓』さんでは、女性オーナーが和菓子をひとつひとつ丁寧に作っています。『のど菓』さんの和菓子はどれも美しく、とても美味しい。
コンニャク:豊後大野市清川町、豊後大野ジオサイト白山渓谷にある『やませみ』さん、こちらも女性オーナーがひとつひとつ手作りでお料理を作っています。昨日はこちらでランチの『やませみ御膳』をいただきました。



家に帰ると、ひなちゃん(夫)が、Iターン仲間の農家さんの所でパソコンのお手伝いをして、お酒をもらっていました。このお酒はもらい物だそうです。もらい物なのが良いですね。

この数年、我が家ではお米を買っていません。お米が少なくなるとお隣さんからいただいています。時々、ひなちゃんはお隣さんから頼まれて何かしらお手伝いをしています。
お米は食べる分だけいただいていますが、新米だけは家の軒下にドカッと置いてくれています。嬉しいな~。
そして今日は『のど菓』さんの和菓子を近所のおばちゃんにあげたら、大根と白菜をくれました。
お金ではない物を交換して暮らす、いつかできちゃうかも。
ちぃ
看板を作成中・・・
ちぃちゃんに頼まれているお店の看板を作っています。
下地を塗った板にマスキンテープを貼り、
その上に文字を印刷した紙を貼り、
アートナイフで文字を切り抜き、

色を塗って、

マスキンテープを剥がすと、
文字がにじんでいましたヽ(;´Д`)ノ
二度塗りしたのが、まずかった?
とりあえず、滲んだところは筆で色を塗って修正。
失敗は成功のもと、次回に生かすということで・・・

炭素循環農法HPより
下地を塗った板にマスキンテープを貼り、
その上に文字を印刷した紙を貼り、
アートナイフで文字を切り抜き、

色を塗って、

マスキンテープを剥がすと、
文字がにじんでいましたヽ(;´Д`)ノ
二度塗りしたのが、まずかった?
とりあえず、滲んだところは筆で色を塗って修正。
失敗は成功のもと、次回に生かすということで・・・

炭素循環農法HPより
社会的障害
あれもダメ、これもイヤと畑は無肥料、無農薬、しかし作物は貧弱で虫の餌。
でも自分は、あれがイイ、これがイイと健康法や薬草、サプリメント漬け。
まあ、個人の自由。
好きにやればイイでしょう。
はたまた、天然グッズやお祈りグッズに囲まれて、まやかしの精神的平安を得るのも、本人さえ満足なら、それもイイでしょう。
心の調和に不要なものですが・・・まあ、勝手にやって下さい。
と言いたいところなんですが・・・。
間接的に環境破壊に加担していては話は別。
自然風慣行農法は、良いと「信じて」首つりの足を引っ張っるようなもの。
一般的な慣行農法より始末が悪いのです。
そもそも、農業は信仰の対象ではありません。
信じても始まりません。
たとえ、趣味・道楽であっても環境破壊を助長するようでは反社会的行為であり、障害と言わざるを得ないのです。
今まで、ゴミとして貴重なエネルギーを使い、処分されていた物(未利用の有機物=生ゴミや木質系ゴミ、家畜糞尿など)や、大型機械の未使用、大面積単一栽培の不可能視などの無駄。
逆にエネルギー負荷の大きな、肥料、農薬の大量使用や希少・高価な資材使用の無駄。
有機(自然)、慣行栽培共に、使い方、やり方が不適切で環境破壊に繋がったり、生産性を犠牲にしたりして、多くの無駄があります。
遺伝子組み換えも同様です。
機械:
自然はマクロ(宇宙)からミクロ(原子・分子レベル、化学反応など)まで、全てが機械仕掛け。物理法則で動くのがその証拠(反する時は「あちら」の仕組みが働いている)。人工的な機械は、その応用に過ぎない。人の作った機械など、本物(自然)の機械から比べれば、まだまだ幼稚。
肥料、農薬の大量使用: 遺伝子組み換え:
バイオマスが大きい肥沃な土ほど肥料は効く。作物が健康なほど農薬も効く。環境が良いほど遺伝子組み換えの効果が発揮される。当然のこと必要度は落ちるが、使いこなす知識と技術があれば、使っても何の問題も起きない。
持続型農業=真の自然農法は、何かを否定することではなく、これらの無駄をなくすことです。
活用(逆用)できることを、やらないこと自体が「未然に防げる危機を傍観する行為」。
知らなければまだしも、知った上で「己の拘り」から拒否すれば、社会的(道義的)犯罪行為と言えるでしょう。
知った以上、喋らなければ犯罪者です(笑)。
己の拘り:
究極が「正義=人の義」。殺し合いの「源」。これを捨てるだけで戦争はなくなるが、祈りや願いではなくならない。何かを求めても自然の仕組み=法則は変わりはしない。不変且つ普遍だからこそ法則。天然、人工、何れも無償の太陽エネルギーが元。人以外は、無償が当たり前。人も無償のものを、無償で使えるようにならない限り動物以下である。これを奪い合い権利を主張するのは「己の拘り=個の保全」の優先。「人」以外の動物は「種の保全」が優先する。正義を主張せず、祈りも願いもしない?彼らは、基本的に同族同士の殺し合いはしない。個から種(己から全)へ。人からヒトへ。脳から心(全意識=表面意識と潜在意識)へ。これは後退(退化)ではない。高度に分化した意識(人)であっても、基点は未分化な意識(ヒト)におく。これが意識の地動説化=キリスト化(イエスの意識の象徴は魚)。本当の原点回帰(自然回帰)。
犯罪行為:
遺棄罪(狭義)= 老年、幼年、身体障害者又は疾病のために扶助を必要とする者を遺棄した者は、一年以下の懲役に処する(217条)。
イモ大好きですが、何か?
我が家の女性陣は、イモが大好き(/ω\)
特にサツマイモ。
何かしら、毎日食べています!
あまり言うと、怒られるので、
なくなったら圧力鍋で蒸してあげています。
この方(♀)も、サツマイモが大好きです

炭素循環農法HPより
特にサツマイモ。
何かしら、毎日食べています!
あまり言うと、怒られるので、
なくなったら圧力鍋で蒸してあげています。
この方(♀)も、サツマイモが大好きです

炭素循環農法HPより
予防と治療
現時点で予防は殆ど不可能。
重度の場合、治療も大変困難です。
実際に営農(家庭菜園も含め)したり、農業関連の仕事や研究などに関わっている場合、その経験や知識が治療を妨げます。
そのため、自然風農法の実践者の完全治癒は、何(十)年かかるのか見当も付きません。
キチンとやれば、土や作物は一定のパターンで変化します。
転換初期に他の方法との比較だ、テストだなどと生意気に、余計なことをしても時間の無駄。
このパターンを乱し、理解を困難にするだけです。
余計なことをするのは、自然を甘く見て、理解していない証拠。
単なる農法ではなく、あくまでも相手は自然そのもの(全体)。
行くところまで行ってから、考えて下さい。ものを言って下さい。
もう、いい加減に先人の轍を踏む(過去に基準をおく)のを止めて下さい。
自分が自然農法症候群だと理解した時から、実質的な転換が始まります。
例外(中南米の古代文明)を除き、過去何千?年と、自然に基準をおいた農法が理解され、行われなかったのは、意識の転換が起きなかったからです。
誰も自然の仕組みが解らなかったからです。
分かったような気になって、なめた真似をしないで下さい。
予防
「さわらぬ神に祟りなし」従来(過去)の自然風農法に近づかないこと。
とは言っても何も知らない内に、最初から運良くここに辿り着くことはないでしょう。
シュタイナー(基本)や岡田茂吉(理念・原理)、島本覚也(技術)なども理解できないでしょう(過去、誰もいない)。
また、中味は似非であっても、自然風が真の自然農法を広める重要な役割を果たしていることに変わりありません(広報:福岡正信)。
これらを否定するようでも、やはり重症です。
先ずは、このホームページを20回以上読む^-^。
人は早く結論を出し、安心したがります。
しかし、簡単に納得したり信用しない(特に数値が危ない)。
矛盾がないか徹底的に調べる。
とにかく何でも疑い、疑問を持ち、安易に答えを出さない。
自分で結論を出さず、虫や菌、作物(自然)に聞く。
そして、分からなければ放置(保留)する。
何でも放置。ウツ同様、頑張っては逆効果。
(中略)
治療
常に基点(自然側か人の側か)の確認と、最小限のやるべきことをやり、後は無為無策。
自然相手に、答えは出るもの。出すものではないのです。
これが本当の自然流。
己の頭で、無益な妄想(脳作業)をする暇があるくらいなら、このホームページを200回以上読む。
そして、新しい者(先生)に片っ端から話す。
ついでに、診断指標に照らし合わせ、他者の病態を知る。
他人のアラは、よく見える。
だが、自分のことは分からないから、放っておけ。
後は神様(潜在意識=内の自分)に任せよう。
彼?(内の自分)が何とかしてくれます。
そのとき世の中、自分のために回り始めます(^^)。
日本中、世界中走り回り、アゴが痛くなるまで喋りまくる、という荒療治法もありますが・・・。
昔から言います。急がば回れと(笑)。
マルチを直したよ。
風でめくれてはがれたりしながら、
マルチの直しも終わり、
畝の間にモミガラを蒔きました。
マルチの下は、モミガラを蒔き、
焼き塩を水で薄めて蒔きました。
焼き塩の作り方はこちら


炭素循環農法HPより
マルチの直しも終わり、
畝の間にモミガラを蒔きました。
マルチの下は、モミガラを蒔き、
焼き塩を水で薄めて蒔きました。
焼き塩の作り方はこちら


炭素循環農法HPより
診断基準
自然(風、猿真似)農法症候群は、自然を守り人々の幸せを願う、謙虚?で真面目な者ほど罹患しやすいのが特徴。
しかも一生懸命、努力すればするほど重症化するという、非常に厄介な病気です。
一生懸命、努力:
報道などでよく見られる職人、拘りの人などの名人芸の影響?。名人芸は「おお、すごい」と拍手を送って鑑賞するもの。素人にできないから名人芸、自分でやるものではない。芸人を志すなら別だが、決して真似をしない、怪我をする。
知らないからといっても無罪放免にはなりません。
次項の1~5が複数あれば要注意。
それに加え、6~7が一つでもあれば罹患していると思われます。
8~10は一つでも重症。下に行くほど、重度な自然農法の犠牲者です。
1.自然や田舎にあこがれる。
2.食の安全や環境保全などについて調べたり勉強したことがある。
3.戦争や平和について深く考えたり、それらの運動に参加したことがある。
4.自然食品や各種の健康食品、健康法などを使ったり行っている。
5.心、あの世、神秘的なことなど精神世界に関心あり、勉強したことがある。
6.善悪、白黒を決め、結論を出さないと安心できない。
7.カネ(儲け)を否定的に捉え、贅沢を否定する。
8.機械化農業、大規模・単一作物農業、などを否定する。
9.化学肥料、化学農薬、遺伝子組み換えなどを否定する。
10.自然農法(栽培)などを勉強したり実際にやったことがある。
これが、無為な時間を過ごさないための自己診断の指標(基準)です。
尤も、診断をするまでもなく、ここを読んでいるということは、既にかなり重度の自然農法症候群と思われますが・・・^^;。
重症者にみられる顕著な症状は、非常に熱心なことです。
それはよいとして、◎◎はダメ。
☆☆でなくてはならない。
◇◇はこれ以上入れてはいけない。
▽▽はやりたくない、使いたくない。
○○だけはなくならない、なくせない。
□□には何年はかかる。
成育速度は△△であるなど、何の理論的根拠もない「決め付け=拘り」が目立ちます。
「自然・天然・循環」農法(栽培)などと言われているもの全てに、例外なくみられる共通の症状。
尤もらしく、自然風にアレンジしただけで、実質は施肥・殺し農法の典型的な特徴。
ゴミ(肥効成分、腐敗成分)を拾わない。
拾うための道具(資材)を使わない。
そのための、知識も技術もない。
それ以前に、何がゴミか、何故発生するかさえ知らないためです。
何がゴミか、何故発生するか:
自然そのものが生きている「もの」。その「いきもの」の機能体系から見れば、肥効成分や腐敗成分は、炎症時の膿(老廃物)。速やかに処分(無害化)しなければ重大な障害となるのは当然である。
過去は死、未来が生。
拘りは「人本位」、過去(死)が基準。
「自然本位」は、未来(生)が基準。
これは、基準のおきどころが、知識や経験(結果)か、それともそれを生み出す仕組み(法則)かということです。
どちらが基準たり得るか考えるまでもないでしょう。
過去は確定済み。未来は未確定。
未来が現実化する時点での条件も未確定。
未来には、これからできる(新しい)過去を創る(生み出す)仕組みがあるだけ。
この未確定要素こそが進化(創造)の原動力なのです。
未だ決まってもいない未来が基準なら、決め付け(拘り)は起こりようもないのです。
過去も未来も自然の内ですが拘りを捨てるだけで基準が自然の側に移ります。
過去も未来も自然の内:
この世は、縦(z軸,-z軸)、横(x軸,-x軸)、高さ(y軸,-y軸)で 3次元 6次元(方向性)。その内の、z軸=過去(前)、-z軸=未来(後ろ)が時間軸。物質世界は未来側を除いた、過去側の5次元世界。未来次元(後ろ)は物の無い世界、故に見えない。物の科学では、絶対的未来次元は物が無いため扱えず、そこに属す「“いのち”」は分からない。正確には、未来側の「“いのち”」の投影(虚像)が肉体(物質)。肉体は過去の延長上にあり、それを制御している「こころ」が未来側に在る。そして、新たな未来の投影面=今(ゼロ時間)が次々と生成され、過去として蓄積されてゆく。
ついでだが、あと3つの次元(物性=物に付随するが物ではない)がある。先ずは「粒子性」物が形を持つ性質。二つ目は「波性」純度・濃度・密度(物理空間の密度=重力=あちらとこちらを繋ぐ根源の力)にも関連する。三つ目は物の色の性質「色性」(物質の根源の粒子クォークは色、光の三原色の6色で説明できる)。として間接的に、物質世界に作用している(光=電磁波は3つの性質を合わせ持つ)。現在の農業は、物質(死)の科学を基礎としているため「“いのち”(生)」が分からないのは当たり前。今までの自然農法も、その例外ではない。少ない次元から多い次元のことは一部しか分からない(扱えない)。未来次元を含めた科学でなければ「“いのち”」は解けない。
自然の理に沿った時、どのようになるのか(未来)を、実は誰も知らないのです。
そこで人は、己の知識(過去の見聞や経験)を基に事象を捉え、法則とは無関係に己の脳(既成概念)を基準にします。
各人・各様、捉え方が微妙に違い、頭の数だけ「自然風農法」が生まれます。
その結果、根拠のない身勝手な結論(自己中心の妄想)を導き出し、自然の理に反する「排除行動」をとります。
排除=防疫・防除=殺し行為。
何であれ排除をする限り、施肥・施水・防除の殺し農法と本質は同じ。
本物とは似て非なる似非自然農法。
自然風慣行農法(猿真似農法)と呼ぶ所以です。
自然モドキでは混乱しそうなので・・・(笑)。
このホームページは一応、農法と謳っていますが単なる自然の仕組みの説明(代弁)。
それに対し罹患者は、土壌深部まで団粒化せず、虫や病気も消えない内に、己の頭で早計な判断を下します。
自他共に認めている?表面上の謙虚さとは裏腹に、身のほど知らずで、恐れを知らない、傲慢な自然無視。
厄介なことに、無自覚から自己陶酔に陥り、この自己矛盾に気付きません。
これは、見かけ(過去)の自然に対する依存症(中毒)です。
転換して何年経とうが、この動画のようになってから初めて、どうこう言えるのです。
それまでは、何らかの判断を下せる域に達していません。
また、2~3m以上団粒化しても、中途半端なところで妥協をすると、そこで止まってしまいます。
これも、典型的な症例。
それなりに作物はできますが、やはりものを言う資格はありません。
中途半端なところで妥協:
土は単なる無機物ではなく、植物や微生物、鉱物などが作っている生きている有機体。これを生(活)かし切ることが、生態系の頂点にいる人類の義務。一旦、どんなに良くなっても、高炭素資材を減らしたり、暫く入れなかったりした場合、1年ほどで後退し始める。成育速度、生産性が落ち、外皮が硬くアクが強く美味しさがなくなる。いわゆる野生化現象。更に、腐敗現象が現れ、菌や虫に食われるようになるなど、典型的な似非自然農法の症状が現れる。
スマホからガラケーにしました。
今年の3月にADSLから格安SIMに変更してみましたが、
アップデートなどで通信容量が足りないため、ぷららモバイルの定額無制限にすることにしました。
ついでに、ドコモをスマホからガラケーに戻して、
電話のみ使うことにし、今まで使っていたスマホは格安simで使うことに決め、ドコモショップに行きました。
説明を聞いてみると、機種変更に月々サポートの割引がなく、
料金プランも安いバリュープランが選べないなど、
変えさせないような仕組みだったので、
再度出直すことに(´_`。)
そして、ネット調べると、面倒くさいですが、
お得に機種変更できることがわかりました\(^o^)/
まずは、古いガラケーを持ってドコモショップへ。
我が家にあった、10年前の機種を持って行きました。
料金プランは、ベーシックプランタイプSS(月々1800円)に。
機種変更手数料が別途必要です。
次に、ドコモのオンラインショップで機種変更。
ここで、ドコモの意地悪!!
月々サポートの条件に、
でも、2014年9月前に発売された機種ならば、
ということで、選択する機種はSH-07F!
この時、料金プランは、タイプSSバリュー(月々934円)に。
スマホの端末代金分割支払金が、残り6回ありますが、
今回注文した機種の端末代金はポイントを使用し、
月々の料金は、大幅に減額になりました。
最終的には、夫婦で月々2000円ぐらいの予定(無料通話分2000円)。
ついでに、あまり使っていないメールも解約。
すっきりしました。
つづく
参考、SH07Fはスマホからガラケーに機種変更するのに一番オススメなガラケー/やすしむ!!

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※2014年9月以降に発売された機種を以下に該当する回線でご購入の場合、「月々サポート」の対象外です。
・過去6か月以内にXiからFOMAへの契約変更がなされている回線でのご購入
でも、2014年9月前に発売された機種ならば、
ということで、選択する機種はSH-07F!
この時、料金プランは、タイプSSバリュー(月々934円)に。
スマホの端末代金分割支払金が、残り6回ありますが、
今回注文した機種の端末代金はポイントを使用し、
月々の料金は、大幅に減額になりました。
最終的には、夫婦で月々2000円ぐらいの予定(無料通話分2000円)。
ついでに、あまり使っていないメールも解約。
すっきりしました。
つづく
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風でマルチがめくれたので、モミガラを撒いてみたよ!
先月張ったマルチが、昨日の強風で剥がされてしまいました(ノ゚ο゚)ノ
せっかく剥がれたので、モミガラを蒔いてから張り直そうと思います。
米のとぎ汁、焼塩を溶かした水なども試してみます。

炭素循環農法HPより
せっかく剥がれたので、モミガラを蒔いてから張り直そうと思います。
米のとぎ汁、焼塩を溶かした水なども試してみます。

炭素循環農法HPより
でどうなる(ようやく誰の眼にも?・・・)
物=エネルギー(E=mc2)ですから、エネルギーが空気のように只になると、全ての「物(物質)」も只同然。
エネルギーさえあればレアメタル・アースなどの資源もリサイクル可能。
地球外に持ち出さない限り、殆どの物が希少ではなくなります。
すると面白いことに、他人(過去)の知識のパクリ(コピー)に、ほんの少し工夫を加え、全てを己一人で為し得たかのように主張する、知的財産権も同時に消えます。
もし、特許・著作権(経済にはマイナス作用しかない)をと言いたいのなら、オギャーと生まれた瞬間に主張することです(あの世の仕組みからすれば、それでもダメ)。
物や知の独占と正義は表裏一体。
殺し合いの口実以外に役に立ちません。
「物」は只でも、物でない「もの」労力や知力など肉体的、精神的サービス(労働=営利・非営利を問わず全ての活動=生きているだけでも)には対価を保障します(ベーシックインカム構想)。
この時の対価は、必ずしもカネである必要はありません。
天変地異は天災。
でも、被害は人の行動によりツケを貯め込んだ結果(人災=浄化作用)です。
とは言え、余りにも大きな対価(ツケ)を払わされるものですね。
しかし、今回の火傷(地震、津波、原発騒動)で気付かなければ、気付くまで何回でも(各種の災害が)繰り返されます。
過去の文明の弱点(盲点)が、ようやく誰の眼にも見える?形になってきたように思いますが・・・如何なものでしょう。
歴史書を絞れば血が滴り落ちます。
そろそろ、カネ=資本経済から『人経済?』へ。
殺し文明(経済)から『生かす文明』へ。
天動説から『地動説』へ。
これは、過去(こちら=物質)次元から未来(あちら=非物質=心)次元への転換(パラダイムシフト)を意味します。
人類の歴史は、殺し合いの歴史(中南米文明などの一部例外を除き)。
己(個、組織)にとって、都合の悪いものは全て殺しの対象であったのです。
資本経済も殺し文明ですから、資本(物の)経済の鬼子(金融やエネルギー、政治屋=物ではない産業)でも、庶民の命など安いもの・・・。なのは致し方ないでしょう。
これも自然の理(反自然に対する反生命現象)。
イヤなら皆が自分で自分を変えるしかありません。
誰もやっちゃくれませんよ。
エネルギー充填中!
風が強いです。
いろんなものが飛んでいたり、
マルチがはがれたりしていますヽ(;´Д`)ノ
風で大気が浄化されて、
晴れ間が覗いています。
太陽エネルギーをバッテリーに貯めて、
活用しています。
(パネルもバッテリーも、風に飛ばされ落下・・・)

炭素循環農法HPより
いろんなものが飛んでいたり、
マルチがはがれたりしていますヽ(;´Д`)ノ
風で大気が浄化されて、
晴れ間が覗いています。
太陽エネルギーをバッテリーに貯めて、
活用しています。
(パネルもバッテリーも、風に飛ばされ落下・・・)

炭素循環農法HPより
時とカネと“いのち”の流れ(格差)
本来の時間は「未来から過去へ」。
「物質ではない“もの”」は低い(薄い)方から高い(濃い)方へ流れます。
“いのち”の移動方向(収斂作用=養分吸収、成長、進化)も、
この原理です(負のエントロピー)。
カネ(情報=力=“エネルギー”)も物質ではありませんから、
この原理に従い「無い方から有る方へ」流れます。
「物質」と「物質ではない“もの”」では、
存在している場所(次元)が違い全てが逆転するのです。
(中略)
格差は物質世界(階層構造)の原理、宿命です。
これ自体をなくすことは出来ません。
また、その必要もありません。
格差を法的制度などで一時的に緩和することはできても、
「奪い合い・殺し合い」の文明である限り、
何時かは(近い将来?)限界に達し破綻します。
ましてやアベノミクスでは・・・。
しかし、資本主義(カネがカネを生む貨幣経済)が破綻しても、
一時的な混乱はあるでしょうが誰も困りません。
「与え合い・生かし合い」の文明では「幾ら与えても、同時に与えられもします」。
格差(階層)があることで、与え合いを活性化します。
階層の流転(格差)こそが社会を動かす原動力だからです。
人間社会も「物ではない“もの”」。
あちらの次元の法則で動きます。
モミガラを運んでいます。
ジャガイモの収穫が終わったので、
ユンボで掘った溝に入れた有機物が減ってきたので、
モミガラを入れることにしました。
昨晩は雨が降りましたが、今日は雨も上がり、
晴れ間も出たりしています。

炭素循環農法HPより
ユンボで掘った溝に入れた有機物が減ってきたので、
モミガラを入れることにしました。
昨晩は雨が降りましたが、今日は雨も上がり、
晴れ間も出たりしています。

炭素循環農法HPより
19. 水田?(水作り)
イネは50%を地力で育てるといわれるように、
施肥障害(連作障害=イモチ病、虫害、倒伏など)に非常に敏感。
そのため施肥量が露地野菜の1/4ほどと少なく、汚染も比較的軽微?。
条件も均一(湛水)で技術的にも単純、転換が容易(3年)。
原理的には畑と同じですが土壌(水?)構造は畑と違い毎年作り直します。
餌は残渣=株・ワラだけで十分。
ただ、水田の顕著な特徴として、
餌切れと同時に第四の相(生物相)が消え腐敗が始まるため、
少ない場合は追加します。
稲刈り後、何をさておいても耕起・攪拌。
成否は秋で決まります。
腐敗を防ぐ(雪と美味しい米)
美味しい米=土壌の発酵。
生の有機物では代かき後の湛水条件下で腐敗するため刈り取り後、
直ちに土や水、雪などで作物残滓を覆い前処理=発酵処理
(秋起こし、冬季湛水、根雪利用など)をして腐敗を防ぎます。
好都合なことに低温期は(バクテリアが活動できずキノコ菌が活性化)、
前処理さえすれば容易に発酵分解に移行します。
美味しい米:
理化学検査(食味計など)は「美味しさや不味さ」を直接計っているわけではなく慣行農法の米とは数値の出方が違い要注意。本当の美味しさは食感と発酵味。現在、美味しい米といわれているのは味より食感(デンプン中のアミロースとアミロペクチンの割合など)。低アミロースで粘りのある米が好まれている。品種改良の結果食感は良くなった。しかし「見た目は確かに米なのに米の味がしていない!」というのが実態。50年前の米は米の味がしていたのである。
前処理:
積雪地帯は根雪で長期間ワラが覆われ、事実上の発酵処理が自然状態で行われ美味しい米の産地として知られている。冬期湛水も同原理。雪の少ない冬期乾燥地や温暖地では必ず秋起こし。更に冬期雑草対策(繁茂させると腐敗)を兼ね、代かきまでに更に2回浅く混ぜる。それ以上混ぜ、空気を入れ過ぎると有機物を浪費、餌不足による減収や腐敗を招く。
前処理をせず、ひこばえ放置、雑草繁茂、稲ワラが代かき時に浮くようであれば腐敗は必至(吹き寄せられたら取り除く)。
メタンガスや硫化水素(温室効果ガス)がブクブクと吹き出し根痛み、病虫害、環境破壊を招きます。
前処理は冬になってからでは遅過ぎ「秋起こし」でなければ間に合いません。
同じ理由から麦類の裏作もダメ。
マメ科緑肥(レンゲ、ヘアリーベッチ)など論外です。
冬になってからでは:
分解期間が足りずやはり腐敗。一連の施肥害(腐敗成分生成・窒素無機化=環境適応力低下・病虫害・食味低下など)が現れる。有機農法で流行っている?春先のマメ科緑肥の鋤込みは腐敗の酷さに雑草さえも腐るとか・・・?=腐敗除草?。麦をやりたければ夏はダイズ、水田と畑を同一視してはいけない。
淀んだ水は腐敗し濁ります。
濁りは腐敗の証拠、水は常に澄んでいなければならないのです。
澄んでいれば藻などが水中の酸素を増やし、発酵状態を維持します。
濁っていては水中での光合成(酸素の補給、炭素循環)ができません。
典型例はアイガモ・コイ農法など。
その実態は、自然風施肥・防除栽培です。
濁りは腐敗の証拠:
一旦、綺麗に澄み発生し始めたサヤミドロは消え、何処からともなく多種多様な水棲生物(ザリガニ、ジャンボタニシ、水棲昆虫、他)が湧き出し、難防除沼地雑草も繁茂。上空には舞い上がる虫を求めてトンボ、ツバメが飛び交い、イネにはウンカ、カメムシ、イナゴ、スズメなどが群がりイノシシが掘り返す。一般的に言われる多様化=地下の多様性消失現象が起きる。
サヤミドロ:
藻の一種。これを育て炭素固定や水中の酸素の供給源とする栽培法がある。不耕起、収穫まで水を張ったまま。有毒ガスが発生せず根が野生化。土の酸化還元電位を還元側にする。省力・省エネ・低コストで慣行以上の多収穫。・不耕起農法による農業革命で農薬・化学肥料をゼロに!より。(注:但し不耕起は結果。拘るのは馬鹿げている、保水性が悪くなり雑草のコントロールもできない致命的欠陥となる)
高い生産性
転換すると蔬菜類は成育期間が短縮しますが種や実を穫る物は、
健康長寿=成育・栽培期間の大幅増=急に枯れずに、ゆっくり稔る(枯死ではなく登熟)。
茎葉が緑の内は穀粒が太り続け未熟米がなくなり増収。
栽培時期・期間や栽植体系の再検討が必要。
従来通りの刈り取りでは早過ぎます。
収穫を遅らせても生きているため脱粒や品質低下は起きません。
再検討:
早植え遅刈り(1ヶ月以上延長)。田植え収穫は洗練され発達した慣行の技術・設備・機械をそのまま使いほぼ慣行。育苗は慣行、やや密植~分けつ倍増ならやや疎植。自然栽培などの大苗・手植え・疎植は、地力=水力?が無いから仕方なく・・・。意味も分からず真似しない。
真の自然農法=炭素循環農法の米作りでは、
1/3を土(地力)で、2/3を水(水力?)で育てると思って下さい。
水だけで施肥の倍程度の養分供給が可能。
水田の水は畑の耕土、土は心土に相当。
当然、餌は耕土(水)に入れます。
1/3を土で:
土(地力)で約4~5俵/10a、同量を施肥で、これが慣行的な標準収量=8~10俵/10aの内訳。無施肥では土で4~5俵 + 水で8~10俵/10a。一応の目安は慣行対比、50%増の12~15俵/10a。
耕起、雑草、水管理
餌を水中(土の上)の微生物に与えれば、原理的には耕起不要な筈です。
しかし、実際には一定の条件が整わず耕起・代かきは必須です。
これは生(活)かすための作業(自然の仕組みの活用)、
耕起したからといって何のマイナスも生じません。
一定の条件:
保水性が良く、雑草が殆ど無い、早期に株が枯れる、根雪や水で有機物を覆い春までに適度に分解できる。等の条件が整えば餌(有機物)を土の表面に置いたままで耕起・代かきは不要。しかし、難防除雑草が多ければ田植え前に浅水状態で水温を上げ「発芽促進→浅く攪拌除草」を繰り返す。秋まで落水しないため乾田の雑草対策は無用。何れにしてもこれは極限られた地域の特殊例であり不耕起は推奨できない。
イネは低温に敏感。
不耕起でザル状態・大量注水では水温低下=減収、水の無駄遣い。
水田の耕起・代かきの目的の一つは、保水層(鋤床)の形成。
残滓の前処理(秋起こし)をキッチリとし、従来通りの代かきをします
(畑作後や休耕田は特に念入りに)。
低温に敏感:
冬期、特に手を加えなくても湧き水で湛水状態にできる(なる)水田(低湿地や沼沢地)は低収量、冬期湛水は良いが冷たい水で常に水浸しではダメ。人でも植物でも“頭寒足熱”。下から根を冷やさないよう、湧き水は暗渠などでキッチリと排水、暖かい水を上から与える。熱帯原産のイネは、地上部の適度な寒暖変化はよいが根は暖かく一定温度が良い。
比熱の大きい水を大量に貯める深水管理が有効。
昼の高温を和らげ夜の冷え込みも防ぎます(低温障害、高温障害対策)。
但し、従来の一般的な管理のまま単に深水にすれば有害です。
単に深水にすれば:
分けつが抑制され、更に中干しで分けつを止めれば穂数不足から減収。同時に微生物の死で、一時的に無機化された肥効成分により窒素過剰吸収(施肥害)。その後は養分供給源(半分は地力)の死滅で更なる減収となる。
雪解け水は冷たくマイナス要因(収量低下=不味い米)。
水は綺麗な必要はなくドブ状態でも暖かい方が良いのです。
冷たくマイナス要因:
「融雪水が美味しい米を作る」の嘘。融雪水による冷水温障害克服を目的にした秋田県鳥海山山麓の上郷温水路群。「一度一俵」水温が1度上がる毎に1俵/反の増収になると言われている。
ドブ状態でも:
水田の地表面全体が生物層(相)=浄化層(槽)。流れがなくても腐敗しない。用水路に肥料、家庭排水などが溢れ出していても、生物層の上を10mほど流れれば完全に浄化され、虫も棲まないキラキラ光る美味しい水=スズメも食べない美味しい米に変わる。日本全体なら250万haの巨大浄化槽(2013)となる。
水温を上げ、温度変化を最小にするために冷水対策をし、
注水は昼夜連続24時間休むことなく、収穫前の落水まで、
あふれない程度に入れっぱなしにします。
茎の基部にある成長点(葉や穂の原基)を温かい水で保護、
冷害・熱波対策(気温変化の緩和)、深水による分けつ数の減少回避にもなります。
冷水対策:
温水池、温水路(黒マルチ用シート張りの迂回水路)、温水チューブなど。水温の低い地域で冷水対策なしの掛け流しはダメ。出穂前25日間ほどは特に冷害を受けやすく、逆に出穂~登熟期は高温障害を受けやすい。
そして中干し厳禁。
干せば生物相(トロトロ層)が消え養分供給不能に陥るだけでなく腐敗が始まります。
前処理(秋起こし)により腐敗がなければガス抜き不要。
乾土効果や穂肥に頼る必要もありません。
中干し:
土用干しとも。腐敗が最も酷くなる土用の頃、干すことにより土壌中に酸素を入れ腐敗を緩和。有害な腐敗成分の分解・ガス抜き、乾土効果(微生物の肥料化)も兼ねる。しかし処理後、微生物が減り肥切れを起こし穂肥(追肥)が必要になる。典型的な施肥・防除技術。
水田と畑の違い
水田では水が耕土代わり、
豊富な酸素と養分を含む水(トロトロ層)はゆっくりと土壌中に浸透し、
間断なくイネに酸素と養分を供給します。
水田でも微生物を飼うだけです。
トロトロ層:
水田固有の生物層(土の三相:固相・液相・気相 + 第四の相=生相)。土と水の境界に分離・独立した形で層状に形成される。液状に近いゲル状=固まらない水の層。一見、土のように見えるが水、残渣由来の有機物、微生物、その分泌物及び排泄物、微細な粘土粒子から成る。有機物量に応じ厚くなり、収穫(乾田)時にはリセットされる(消える)。そのため形成には毎年一定量の資材=作物残渣を必要とする。
代かき時の攪拌で土粒子の沈降速度差からできる、下~上(粗粒=スポンジ様~微粒=クリーム様)と分離した層構造は単なる泥の層だが、微細な有機物粒子は土より軽く最後に沈殿、最上部に積もる。これに微生物が大量増殖し生相が形成されると考えられる(水と分離する仕組みは比重差?)。推測通りなら、前処理で有機物が十分細粒化するよう分解させ、上代かきは深めの水深で丁寧に仕上げるのが良い。湛水時の攪拌では空気に触れないため過剰分解の懸念はない。
水田の水は微生物の培養液と考えるのが妥当。
当然、量が多い(深水)ほど安定します。
水田特有のアオミドロや浮き草は、きれいな水(貧栄養)には発生しません。
水も土と同様、肥効成分があってはならないのです。
水は日光が透過し、比熱が大きく、循環が早いため
微生物を生かすのには、土より遥かに優れていてコントロールも容易です。
この水を活用しなかったり、落とすことは金をドブに捨てるようなもの。
畑は土作り。田は「水作り」。
量が多い(深水)ほど:
用水が十分無い場合はヒタヒタでも良い。均平作業を丁寧にし、乾かしさえしなければ生相は形成され、サヤミドロも繁殖。天候不順でもない限り収量・品質に影響はない。
アオミドロや浮き草:
施肥や腐敗により生じた水中の肥効成分を使い大量発生。日光を遮り藻、水草などによる光合成を妨げ酸素供給や養分循環を阻害する。
収穫前には従来通り作業性を良くするためにキッチリ干し、
養分(生物層)を使い切ります(好気状態では腐敗・無機化は起きない)。
畑と違い毎年作り直せるのが水田の強み、
リセット(干)して構いません(転換が容易で確実な理由)。
一部の自然栽培のようにリセットを恐れ、
沼田で手除草・手刈り・天日干しなぞ何の意味もありません。
技術は見かけに惑わされず、その意味を理解してから使うことです。
手除草・手刈り・天日干し:
一生懸命努力は反自然の証、徒労以外の何ものでもない。収穫時から発酵が始まる米にすれば下手な小細工など必要ない。沼田や手除草(チェーン、米糠なども)=低収量=不味い米。この原因は腐敗=環境破壊。腐敗が無ければ沼にはならず、雑草も生えない=除草不要。水を落とせば速やかに乾きコンバインが入れられる。
天日干ししたからといって不味い米が美味く上質になるわけではない。質が悪いからゆっくり天日で干さざるを得ないだけ。籾を最も痛めないのは陰干し、しかし高機能化した機械乾燥では特に問題ない。それでもと言うのなら体ではなく頭を使う。刈り取り後のワラから籾への養分移行は無視できるほど微量、コンバインで収穫し軽く機械乾燥、仕上げに天日干しでも同じこと(何れにしても差別化詐欺・・・?)。長いワラを刻んで田に戻す手間も省け大幅に作業量が減る。
更なる手抜き。
畦の草刈りと、草の処理(刈草が水田に落ちると腐敗)の手間を省き、
漏水防止をも兼ねた畦の黒マルチが有効(シートの端を鋤床まで深く入れ畦に貼り付け土で押さえる)。
更に、おまじないも・・・。
おまじない:
雑草が消える?。理屈(結晶を歪ませる?)抜きで効果があれば良しとする ^^;。焼き塩100g/10aを代かき時にパラパラと水面に撒く(畑では2000倍液を200L/10a)。
焼き塩:海塩を非金属(陶器など)の器に入れ、数百度の高温(ガスバーナー)で焼く。または直接、アルコールを塩にふりかけ火を点け燃やす(注意:一般的な炒り塩では温度不足)。
転換時の餌不足(猿真似農法からは要注意)
十分量の餌を入れれば水田でも、転換後2年で慣行の収量を超えます。
その時、必要な餌の量は全国平均収量時の残渣量が一応の目安。
残滓量は収量にほぼ比例、
平均以下なら足りない残渣分を、秋起こし時に高炭素資材で補います。
十分量の餌:
稲ワラは貴重な微生物の餌、放置してあるわけではない。焼いたり、バイオ燃料、天日干しなどと馬鹿なことを考えて持ち出さないだけで良い。肥料・農薬のなかった数十年前まで、ワラを持ち出し利用した替わりに、里山の柴刈りをして有機物の補充をしていたことを忘れてはいけない。柴を直接バイオ燃料にすればよい(嘗て人が手を入れ生産性を上げたために、余剰分が里山を荒廃させている)。
全国平均収量:
約9俵/10a(残滓量=ワラのみで数百kg + 根株≒1ton/10a)。根株も考慮し追加量は無処理(生)で、反収5俵以下なら1~2ton/10a。5~10俵なら0.5~1ton/10a程度(乾物量=1/2~1/3)。
高炭素資材:
雑草や枝葉が混じった比較的分解しやすいチップ(無処理)、竹チップ(無処理)、あるいは木質部の多い発酵処理済みチップなど、分解の難易度がワラと同程度(C/N比=70前後)の物がよい。多少、硬い物が含まれ分解せず残っても水中では腐敗せず害はないが有効化は翌年になる。
実際には入れた以上の有機物を、分解・利用し黒く汚れた土が
3年で完全に綺麗な「土本来の色」に戻ります。
不足分を足さなければ発酵状態を維持するのが難しく、
慣行並みの収量になるまで2~3倍の時間を要します。
入れた以上の有機物:
腐植=酸欠・腐敗環境で分解できなかった難分解性のリグニン等が主成分。これ自体は無害だが生成過程の環境に問題がある。このことを百数十年も前に、農芸化学の父と呼ばれるリービッヒは指摘。彼は現在の農学の基礎となる無機栄養説を説くと同時に「腐食による栄養略奪論」を説いた。

