草刈りは、大勢ですると早いね!
今日は、地区の田んぼの水を貯めている
「ため池」の土手の草刈り作業でした。
大人数(約10人)でかかると、
1時間ほどで終わりました。
土手は45度ぐらいの傾斜。
高さは20mぐらい?
一人だったら、途中で心が折れそうです・・・

今年は、水量が多い方です。
昔は、子供達が魚釣りをしていたそうです。
生えていた萱は、炭素資材に使えそう(^^)

炭素循環農法HPより
「ため池」の土手の草刈り作業でした。
大人数(約10人)でかかると、
1時間ほどで終わりました。
土手は45度ぐらいの傾斜。
高さは20mぐらい?
一人だったら、途中で心が折れそうです・・・

今年は、水量が多い方です。
昔は、子供達が魚釣りをしていたそうです。
生えていた萱は、炭素資材に使えそう(^^)

炭素循環農法HPより
復帰
奪い合い、殺し合い(戦争)の基には、「生=食=農」があります。
生きる基となる農業は、食だけでなく生存環境をも保全しなければならない産業です。
環境面でも、食の質、量の面でも自己満足では済まされません。
その、農業には「太陽と大地と水とエネルギー」が必要。
大地の奪い合いは第二次世界大戦で終わり、今はエネルギー。
それもやがて、奪い合うものがなくなれば終わります。
植物は効率よく、太陽エネルギーを使えるように進化しています。
それを育てる農業は、基本的に奪い合いとは無縁の筈。
ただ、地球が受けとる単位期間当たりのエネルギー量は一定で、現時点での生産性も決まっています。
そのため植物の特性を活かし、地球全体の太陽エネルギーの変換・利用効率を上げるしかないのです。
(中略)
効率化して先ずは、食糧の量の確保が先決。
今のところ全体量は辛うじて足りてはいますが、現実には偏り、質も伴わず、栄養過多・不足・失調。
更に飢餓・餓死。
偏りは社会的、政治的要因に帰する問題とも言えますが、人口増から(2011年:推定70億人)、絶対量が不足するのは時間の問題。
それらも含めて、全ての人々に質も量も、そして生きる環境、機会も。
同時に満たせる農業(社会・文化)形態でなければ本物ではありません。
具体的には、「無駄になっている物の持っているエネルギー」を、できるだけ放置・消耗させず、余計なエネルギーを使わず(非堆肥化など)、必要なところに的確に使います。
すると、作物は気候や土壌に対する適応力が高まり、栽培適期や適作地域の巾も広がり、栽培回数が増え生産性も高まります。
これは、資材と農耕地の効率的な活用。
環境に対しての負荷エネルギー分を、保全・修復エネルギーへ転換することを意味し、マイナスが大きいものほど、プラスも大きくなります。
要するに、その辺にある廃棄物扱いされている物を、そのまま畑に極浅く混ぜるだけ。
自然の循環の中で、有機物が土に還って行く過程を、人が少しだけ手を加え、円滑化することによって最小限の工程にする。
ただそれだけで良いのです。
ただ、未利用資源は一見、無駄なように見えても保全に必要な部分もあり、何処までが未利用なのかを見極めて使わないと逆効果になります(稲ワラがその好例)。
そして、努力や無理はいけません。必要ありません。
このページの写真や動画のようになれば誰だって、「農業がこんなに楽で、楽しいものとは知らなかった。
面白くて寝ている時間が勿体ない」と言うでしょう。
それが本来の農業、元(基本)に戻るだけなのです。
努力や無理:
「苦」があるから「楽」があるわけではない。苦は楽の影。満遍なく光が当たれば影はできない。幸・不幸。善・悪。喜び・悲しみ。なども皆同じ原理。これを古くから6真・4善・2美と呼んでいる。4単純・2明快・6矛盾なし=基準である。基準を守れば影(事故=不調和な現象)は消える。