皆様こんにちは🐰

 

本日スター11月9日 開店記念日スター でございます。

でも今日は在宅ワークの為、店は休業です(どないやねーん爆笑)

 

お蔭様で昨日で丸14年が経ち、今日から15年目スタートです。

ご縁のあった皆様に、心から感謝申し上げます。

 

開店記念日と言っても、何とも中途半端な「14周年」です笑チュー

一年後には15周年となるわけですが、開店当初からご愛顧下さっている方も多く、それは本当に有難い事です。

 

14年やっておりますと社会も変化しますし、開店当初からのお客様の人生も大きく変化し、未成年だったお子様も立派な社会人として伸びやかに人生を歩んでおられます。

 

占い師を生業にしておりますと、「史津香先生のお蔭で人生が変わりました」と言われることが大変多いのですが、私は考え方の方向性や、その方が幸せになる為に最も大切になさるべきことをお話しているに過ぎません。

 

ですから、それを受け取り自己に向き合い、「変わろう」と決意なさって行動なさった方が、「自ら人生を変えた」ということです。

私の力でもお蔭でもありません。

 

むしろ私の方が学ばせていただくことが多いと思いますし、感動することもしょっちゅうです。

 

これほど多く、様々な方の生き様に深く触れることのできる生業は他にないかもしれないと思います。

有難い事です、本当に。

 

15周年となる一年後まであっという間だと思いますし、その時には何か記念になることを……と思ってはいますが、如何せんアイデアの乏しい私なので大したことは出来ないかもしれませんが、あれこれ考えを巡らせているところですキョロキョロ

 

何はともあれ、これまで14年間とても充実して過ごして来られましたのは、たくさんの良きご縁のお蔭です。

 

改めまして心より感謝申し上げます。

そして今後もどうぞ宜しくお願い致します。

 

皆様に幸あれ!飛び出すハート

 

「東洋占い雨のち晴れ」 史津香🐰

 

皆様、こんにちはニコニコ

 

お蔭様で「オンラインサロン史津香の日々織り」が、5年目へ突入しました。

 

奇しくも10月29日の満月の定期配信で第100回となり、少人数ながらも会員様皆様はとても温かく、志もあり、学び多い交流の場と成長しております。

 

そしてこの度、5年目からは更なるステージへ!ということで、11月1日より「会員様特典のリニューアル」及び「価格の改定」を致しました。

 

花束NEW・史津香の日々織り花束 の主な改定は次の通りです。

 

【定期配信】

🌑新月配信

 ・動画(完全版);紫微斗数命盤による一ヶ月の流れの解説

 ・3つの命学から観た一ヶ月間の考察コラム(NEW!

 

🌕満月配信

 ・音声コラム;紫微斗数タロット展開による約二週間のリーディング

 ・3つの命学から観た約二週間の考察コラム(NEW!

 

【新たな特典】

連続2ヶ月以上 継続してご入会頂いている方

(実店舗にご来店歴のない方も含みます)

①オンライン鑑定 (zoom) が可能となりますラブ

②実店舗にてご新規の対面鑑定承りますラブ

(*①②とも鑑定料は別途、実店舗での価格と同額となります)

 

【新価格】ニコニコ飛び出すハート

月額 3500円 

  ↓

月額 2900円びっくりマーク 

 

 

この画像にもありますように、

オンライン&オフライン、様々なイベントや交流の場をご用意しておりますウインク

 

嬉しいことに、志が高く、常に自己と向き合い、人を愛し、敬意をもって学び、応援し合う姿勢の会員様ばかりです。

 

「~生きる・繋がる・活かす魂(心)~」というコンセプトで運営してきましたが、既に巣立っていかれた方々を含め、実際に何人もの会員様がチャレンジをなさり、新たな生きる道へと踏み出していらっしゃいます。

 

そういう方々に心からエールを送るコミュニティサロンとして、今後も「史津香の日々織り」を運営していきます。

 

「自分もそういう人達と成長したい! 交流してみたい!」という方、心よりお待ちしておりますお願い飛び出すハート

 

*オンラインサロン史津香の日々織りは、Facebook (meta ∞)のプラットフォームを利用して運営しておりますので、そのアカウントをご準備ください。

 

*特典や月会費をリニューアルするにあたり、Campfireのシステム上、旧特典と月会費でご入会いただいていた全ての会員様には、一旦10月末日で退会手続きをしていただきました。

その為、リニューアルしました11月1日から有効の特典と月会費でのメンバー数は0人からのスタートとなっております。既存の会員様には11/1~11/11の間にリニューアルした特典と月会費にて再入会いただく流れとなっております。

 

会員様特典の内容やオンラインサロン日々織りに関する詳細、またご入会につきましては、以下のリンクよりご確認くださいませ。

 

 

 

 

 

 

皆様こんにちは。


私には子供の頃、変な癖がありました。


いや癖というべきか、習慣というべきかわかりませんが。



一つ目。

両手を高く広げ、裸足で地面に仁王立ちになること。


そうすることで、足の裏からは地からのパワーをぐんぐん吸い上げ、伸ばした両腕の掌からは空からのパワーを吸収している感覚になれるから。


そしてそのパワーをお腹の中心にぐーっと溜めて、身体全体に行き渡らせ、一氣に両足の裏と両掌から放出していました。


何故だか分かりませんが、そういう風な感覚だったとしか言いようがありません。


子供なので理屈はなく、そうすることが氣持ちよくてしょっちゅうやっていました。



二つ目。

逆立ちです。


箪笥の方にえいっと蹴上げて、逆立ちをしていました。しかも毎晩、何年も。


調子が良いと、箪笥から足を離しても倒れずバランスが取れました。


逆立ちするとどういうわけか氣持ちよくなったんです。


今思い返すと、重力から解放される感覚になれていたからではないか、と思います。


バランスが調整される感覚でした。



三つ目。

机の上にある小さな物を「動け」と念じながら、ジーッと見つめること。


全然動かなかった(笑)


ところが、動かないことに対して何故なんだろうと思っていました。


「強く念ずれば、現実は質量の有無に関係なく動く」


そう信じて疑わずやり続けていましたが、動いたことはありません(笑)


勿論、何かしらの物理的な力を加えないと動かないことは知っていたのですが、「強く念じれば動く」と本氣で思っていました。



四つ目。

コンセントの穴の向こうには別の世界があると思って、それを想像して辿っていた。


幼い子供はコンセントの穴などに興味を持つことはよくあります。


が、私の場合はその向こうには異世界があり、自分がその世界には入り込んで冒険しているのを想像していました。


見えないその先の世界が絶対にあると信じて、疑うことがありませんでした。


ほかの小さな穴には無関心で、電気のコンセントの穴の向こうにだけ、それを見ていました。


電氣は異世界と繋がるルートだと感じていたようです。




これら四つの謎の習慣は、私が高校に上がる前くらいまで続いていました。


所謂、中二病みたいなものとは異なる、かなりの変人行動です。




スピリチュアルアンテナの高い人なら、もうお氣付きかもしれません。


このようなかつての私の変人行動は、量子論的に見れば全く突拍子もないものではなく、むしろ量子論的な行動そのものでした。



子供でしたから理屈は分からないけれど、分からないからこそ素直に感じたまま行動していたわけですね。



一つ目の、仁王立ちで天地のエネルギーを取り込み、溜めて、放出する行動。


これはアーシング、グラウンディングです。


二つ目の、逆立ち習慣。


これは、質量のある三次元感覚のストレスからの解放を心地よいと感じていたものです。


三つ目の、念で動かそうとする行動。


これは、集中した強い思念は現実を変える、と思っている量子論的行動ですね。


四つ目の、コンセント穴の向こうの異界に行けると思っていた状態。


これは、電氣(磁力等)の異なる状態、つまり周波数が異なれば今の自分が認識している世界とは全く違う世界が同時に存在している、という量子論的世界観ですね。



余計な知識やその時代の常識にとらわれること、かえって本質から遠ざかります。


言い換えれば、お利口になるればなるほど、三次元·四次元感覚を強めてしまい、自らを重い領域に囲い込んでしまうということです。



質量ありきという先入観は、知識や経験により「そういうもの」として構築されます。


そして、三次元·四次元感覚で自らを閉じ込めたからこその「不可能感」に縛られます。



知識や情報だけが先行し、感覚の伴わないなぞるだけの行いよりも、理屈抜きにただ感覚的にそう感じたからそうした、という方が純度は高く、真理と摂理に近いものになっているものと思います。



そう考えると、一見すると大人には意味の分からない子供たちの純粋な行動は、極めて量子的で純度の高いものなのだと思います。



次元上昇という言葉はあちこちで目にする時代になり、それはそれで何よりだと思う一方で、果たしてどれだけの人が理屈抜きの感覚を伴った行動をしているのだろう……と考えてしまいます。



正解を求めて知識だけを漁ると、自己の感覚は置き去りにしてしまいます。



大の字になってごろんと草の生えた地面に寝て、草と土の香りが心地良いというような感覚。


そういうものこそ一番大事にしなくてはならないのではないか……と思う、今日この頃です。

札幌、石狩、小樽へ。


前回 北海道へ行ったのは15年以上前?

☑️札幌の親戚たちに会う
☑️叔母のお墓参り
☑️親の世代が後期高齢者なので我々世代で計画し、連れて行けるうちに皆で会わせる

そんな目的での今回の北海道旅。


宮崎、兵庫、仙台、札幌に点在している一族。

今回は日程もホテルも合わせて、札幌在住の親戚たちに会うべく各地から集合。



札幌の叔父は父の末の弟だが、一番おじいちゃん化していて、杖が無いと歩くのもおぼつかなくなっていた。

60過ぎで妻に先立たれた叔父。

まさか宮崎や兵庫から兄達や姪っ子たちが会いに来て、妻のお墓参りに来るとは思ってもいなかったようだ。


おぼつかない脚でタクシーに乗り、私たちの滞在先のホテルまで一人で見送りに来てくれた。

叔父と並んでギュッと互いの肩を抱き合い、二人とも満面の笑みで写真を撮った。

他の親戚との写真には穏やかに写っていた叔父が、私との写真の時だけ、嬉しさを爆発させるようにとてもはしゃいでくれた。

私の方が嬉しくて堪らなかった。

宝物の一枚が増えた。


昔からいつも冗談ばかり言っていた札幌の叔父だったが、
今回の別れ際には、堪えきれない様子で泣いた。

その様子を見て、我々親戚一同も「また会えるからね!ありがとね」と、涙目で叔父と握手をした。



今回の旅の前夜、鬼籍の母にも「母さん、一緒に行くで。 付いといでや」と念じたら、ちゃんと付いてきたらしい。

「しぃちゃん! おばちゃん(母)も来ちょるよ。ご守護も付いて来ちょるし、すごいね!オールスターズじゃわ」
と従姉の一人が感激しながら涙目で教えてくれた。



今回の旅にはとても大事な意味があった。
単なる娯楽旅ではない。

思い立ったら会えるうちにすぐ会っておく。

我々世代による僅かばかりの親孝行。

これからもそれは出来る限りやろうと、従姉妹、従兄弟たちと話している。


#旅
#人は必ずいつか旅立つ
#生きてるうちに親孝行

魂の友の一人であるNさんが、先月下旬に今世を卒業した。


シングルマザーで三人のこどもを抱えていた為、「仕事は生活のため」が当たり前だった。



仕事運に課題の星を持っていたNさんはブラックな職場の引きが強く、相当辛抱強い人だったが、10年で複数回の転職をしていた。



仕事運に課題の星を持つ時点で、「嫌だから働かない」という選択肢は存在しない。


むしろ「充実させたい」氣持ちの方が強くなる。



Nさんはとにかく懸命だった。


キャラの濃すぎる上司や同僚はどこの職場にも居るものだろうが、Nさんの引きは尋常ではなかったように思う。



そういうキャラの濃すぎる人に遭遇しても、「相手が変わってくれる期待」はしないNさん。


そんな期待など無駄である、とよくよく理解していた。


「その人の思考回路や価値観を理解し、自分がどう対処するか」という姿勢だった。



Nさんは、努力家で辛抱強いだけではなかった。


笑顔を絶やすことなく、且つ冷静で、人の痛みに深く共感し、寄り添う人だった。



コロナ禍前だったか、Nさんは初めて生活のための仕事選びではなく、遂に「やりたいことを仕事にする」という選択に至った。



持ち前のガッツでそのための資格も取得し、Nさんと一緒に私はとても喜んだ。



ところが、せっかくやる氣満々で転職活動をしていたのに、新しい職場のご縁がなかなか現れない。



方向性も、意識のあり方も、全く何の問題もない。

にもかかわらず、どうしたことか。



暫くして娘さんから、Nさんは脚の付け根の骨に腫瘍が見付かり手術をすることになった、という連絡を受けた。



出端をくじかれたNさんはショックを受けつつも、やはり持ち前の氣合いで手術に臨み、術後のリハビリにも励んだ。


途中その頑張りが仇となり、逆戻りしたこともあったのだが、車椅子⇒杖⇒杖なし歩行、という回復を見せた。



「早く仕事をしたい。家族に迷惑をかけてしまっている」という焦りを抱えていた。



主治医から仕事復帰のOKをもらうべく、術後の経過を診るための定期検査も受けていたが、なかなかそこに至らなかった。



暫くして、Nさんは再び脚の付け根に強い痛みを感じすぐに検査を受けた。



取りきれなかった深部に腫瘍ができているのが判明した。

手術をした時は良性の腫瘍だった。



でも、再び現れた腫瘍はそうじゃなかった。



診断、

『骨肉腫、余命3ヶ月』







この時点でNさんは歩くことは愚か、座ることも出来ず、寝たきりの状態となっていた。



Nさんの事だから、そんな事になるまで我慢していたのかもしれない。




在宅医療に切り替え、ご自宅に戻った。

回復のために行える治療はなかったからだ。




「落ち込もうと思えば、いくらでもどこまでも、底無しに堕ちることはできる。でも私はまだやりたいことがある。ここで死ぬわけにいかない」と、Nさんは奮起し私に話してくれた。



そこまでNさんが奮起したのには理由がある。



血液の数値が変われば抗がん剤治療を受けられる、ということを知ったからだ。



ハードなリハビリをしていたNさんだが、今度は抗がん剤治療に挑むため、血液の数値をそのレベルに上げるよう、また励んだ。



しかし寝たきりの状態。



Nさんが何に励んだかというと、

「ありがとう。私は学びました。だからガン細胞を宙へお返しします」

というイメージを常に持つことだった。


これは私からのアドバイスによるもので、Nさんはすぐに実践してくれたのだった。



ベッドの上で寝たきりの日々だが、常に「学びの感謝とともに宙へ返す」イメージをしながら、傍らでリビングからこどもたちの声が聴こえてくるのが幸せで、サポートしてくれている周りの人達全てに感謝の日々だと、Nさんは言った。


「とても満たされている」と。



すると本当に血液の数値が変わり、抗がん剤治療を受けられるようになったのだ。



ただ、それは同時にここからまた壮絶な闘病が始まったことを意味した。




ワンクールが一週間の入院で行う抗がん剤治療は、数回のクールに及んだ。



副作用は激しく、髪は抜け落ち痩せていった。




それでもNさんは氣力を絶やさなかった。


イメージをすることも止めなかった。




その結果、医学的にはあり得ない、医師や看護師もびっくりで、信じられない回復を見せた。



殆んどのガンが消えたのだ。

画像には点で微かに分かる程度。



人間の持つ底力は無限だということを、Nさんを通じて誰もが学んだことだろう。


抗がん剤の効果だけではないのは、医師や看護師だからこそ分かるものだったに違いない。



Nさんは、奇跡の体現者となった。



奇跡は起きる事を期待するのではなく、自らが本氣で起こすものなのだ。




寝たきりだったところから、座ることができるようになり、車椅子移動ができるようになり、なんと立つことまでできるようになったのだ。



「キッチンに立ってこどもたちのためにご飯を作るのが楽しい」というメールを貰ったときには心底驚いて、嬉しくて堪らなくなった。



去年の6月に余命3ヶ月を宣告されたとき、一体、誰が12月のNさんの誕生日をご家族でお祝いすることを想像しただろう。



こどもたちが用意してくれたバースデーケーキのプレートに、

「お母さん、奇跡をありがとう」

と書かれていたことを、喜んで私にメールしてくれた。




その後も抗がん剤治療のための入院は続き、その効果を見るための検査も繰り返された。




三人のこどもたちは、それまで交替で常時 Nさんのケアをしていたのだが、Nさんの奇跡を目の当たりにし、今年の春、ほぼ同時期にそれぞれの道を歩みだした。




Nさんから

「こどもたちを愛しています。誇りに思います。三人とも大丈夫。こどもたちの力を、人生を信じています」と、


お母さんとしての幸せが溢れているメールを貰って、私は目頭を熱くした。




それから暫くNさんからのメールが来ておらず氣になっていたところへ、メールが届いた。




「先日の検査で、肺や骨のあちこちにガンが出来ているのが分かりました。もはやこれまでです。氣力は全く落ちていませんが、身体が限界のようです。ホスピスへ行きたい、ゆっくりしたいと思いました。こどもたちも分かってくれました。ホスピスに入ったら会いに来てください」



何度もそのメールを読み返し、涙が止めどなく流れた。




5月8日にNさんはホスピスへ入ったのだが、その日は奇しくもちょうどコロナ対策が大幅に緩和され、面会も制限が殆んどなくなったその日だった。



2日後、在宅ワークにしていた私は昼前にはタスクを終え、Nさんの入院しているホスピスへ面会に伺った。



Nさんと、たまたま来ていた娘さんは、突然現れた私に大層驚き、喜んでくれた。



その時のNさんの姿は、確かに末期の患者さんではあったのだが、病氣になる前よりも美しく、後光が指しているようだった。



私の眼には、徳の高い尼僧さんのように映った。



その輝きは、魂の強さ、美しさそのものだった。


神々しささえ感じるNさんの姿に、私は感動した。




「Nさんと私は、お約束があって出逢ったんですよ。『命とは』ということを私に見せてくれる為に出逢ってます。大丈夫。ちゃんと(Nさんの光を)繋ぎますから。安心してください」


私がそう言うと、



Nさんは

「ありがとうございます、ありがとうございます!それが聞けて良かった!私はちゃんとこの人生で目的を果たせたんですね!出逢えてよかった!ありがとうございます」と、タオルで何度も涙を拭いていた。





ホスピスに入ってから3週間。




娘さんから連絡を受け、お通夜へ行かせていただいた。


焼香しながら遺影に向かい、私は心の中で叫んだ。


「Nさん、お見事です!最高です!本当にありがとうございました。どうやらNさんと私はこれで終わらないみたいですよ。楽しみですね!前よりもっと近くにNさんを感じます。これからもよろしくお願いします!」




娘さん曰く「お母さんは最後までかっこよかった」らしい。



誰の眼にもそれは一目瞭然だった。




これほど強く美しく、優しく、かっこよく、その命の輝きを放った人は、少なくとも私の今世で出逢ったことはない。




まさに『人間のプロ』だった。



私もかくありたいと強く思った。




Nさんと私の魂のご縁は、セカンドステージへと続く。




実はそれを示唆するような出来事があった。


大きな斎場では別のお宅のご葬儀も執り行われていたのだが、『○○家』の文字を見ると、なんと私の苗字と同じだったのだ。



同じ日に、隣り合う儀場で。


二度見どころか、メガネをしっかり上げて五度見くらいした。



ちなみに私の苗字は、少なくとも関西ではよく目にするそれではない。




魂のご縁の深さと強さをこれでもかと見せてもらったのだと確信するには、じゅうぶんすぎるシチュエーションだろう。




お通夜の帰り道、独り歩く私の顔は涙目なのに、笑みを湛えていた。



合掌。


こんにちは、史津香です🐰

初夏というより夏日が続き、梅雨入りも早まりそうですね。
低気圧で体調を崩しやすくなる人は、無理をせずゆっくりマイペースにいきましょう。

さて、5/20午前0時40分ごろ(大阪)に新月🌑となりました。

紫微斗数ではこの先の約1ヶ月、経済の中心が目に見えない世界へと進ませる動きに入ります。
経済活動によって維持されてきた関係性は、個人や団体を問わず、メタバースやNFTなど、趣味や価値観によって心で繋がるオンライン上の世界へと推し進められることになりそうです。

この動きの本番は来年ですが、これから1ヶ月はその予行演習ととらえましょう。

無意識に自己の軸を何かに依存させてきた、或いは依存しようとしてきたあり方を手放す為の期間ですが、特にそれが経済という場に於いて目立つのではないかと考えられます。

それぞれが経済への執着から否応なく引き離され、本来の真なる価値が何かを見極めるための1ヶ月でもあります。

詳しくは、最新動画🎥を公開しましたので、そちらをご覧くださいね😊
 



💠「日々織り史津香YouTubeチャンネル」にて動画配信中です。

💠オンラインサロン史津香の日々織り
「生きる·繋がる·活かす魂(こころ)」
~🐰ご入会受付中~

💠紫微斗数鑑定(対面)ご予約は「大阪 梅田 東洋占い雨のち晴れ」ホームページからお願いします。
*現在リピーター様及びその直接のご紹介の方のみ受付中

ご紹介以外の新規の方はこちらへ
大阪占い宮本 さん tarotmiya
https://instagram.com/tarotmiya?igshid=YmMyMTA2M2Y=

馬場三千代 さん michiyob8445
https://instagram.com/michiyob8445?igshid=YmMyMTA2M2Y=

0歳~7歳

私のせかいは

狭く 高く

孤独で 万能だった


8歳~12歳

私のせかいは

高く 強く 万能に見えて

弱々しく 孤独だった


13歳~17歳

私のせかいは

賑やかで 面白く

万能だった


18歳~20歳

私のせかいは

寂しくて 悲しくて

視界は0メートルだった


21歳~28歳

私のせかいは

どこまでも

暗く 重く

無酸素だった


29歳~31歳

私のせかいは

手向けられた 灯火で

温かかった


32歳~33歳

私のせかいは

灯火が 吹き消され

光と 温度を 失い

黒さえも飲み込んだ


34歳~35歳

私のせかいは

閃光が差し

振動し

胎動した


36歳~45歳

私のせかいは

小さく 狭く 明るく 誕生し

大きく 広く 眩しく 育った


45歳~49歳

私のせかいは

高く 美しく

色濃く 華やかで

芳(かぐわ)しかった


50歳~

私のせかいは

すべてを 孕み

すべてに 護られ

無限となるだろう


人生において、心から敬愛する人に出逢うことがあります。


私にはそのような出逢いが複数あります。


その人たちは、その後の私の人生に大きく影響し、魂に刻まれる学びと共に強く支えとなる言葉を掛けてくれました。


そうした方々のお蔭で今があると言っても過言ではありません。


けれどもそのような方々は、私に掛けてくださった言葉を憶えておられません。


何故ならそれらの言葉は、その方々のお人柄や生き方、あり方そのものから出てきた言葉だからです。


「器」というものをまざまざと見せられた言葉ばかりです。


計り知れない強さと慈悲と愛が無ければ、そうした言葉は出てこないでしょう。


借りものの言葉は数多ありますが、


「その時の魂に響く言葉」には


そうそう出逢えるものではなく、しかも不意に授かるものです。


「その人がその人であること。それこそが最大の価値です。でもその価値はあなた自身には分からないんですよ」と、


常日頃から鑑定でもお話ししてきましたが、今日は改めてそれを実感しました。



その人がその人であることが何よりも有難いのです。



「何て大きな愛だろう」


それが分かる何氣ない一言。


その人がその時に感じたことや氣付いたことが、そのまま言葉として私に放たれ、言霊となって私の魂に刻まれています。


そしてそういう言霊は、その人特有の愛のカタチを持っているのです。



意図せず愛のカタチを言霊として放ってくれた人たちは皆、ごく普通の世間一般に生きる人たちです。


且つ、どなたも大変な努力家でもありましたし、困難なことから逃げない姿勢をお持ちでした。


私もそういう風に自らを育ててこれただろうかと自問しますが、答えは分かりません。


愛があることは自覚しています。


その都度苦しい心に向き合い、己へ挑み、己から逃げずに生きてきたことも自覚できます。



ただ、そういう自分の何氣ない一言がどのくらい出逢った人たちの魂に刻まれているかなど、私に分かるはずもありません。


私もまた、自分の価値が分かるようにはなっていないからです。



でも、それだから良いのだろうと思います。

そういうもので良い、とも思います。


職業柄、自分が吐く言葉の影響力は理解していますし、伝え方においては慎重にならざるを得ません。


しかし慎重ではあっても、時と場合に依ってはかなり厳しいことを申し上げることもありますし、反芻して消化するまでに数年かかるケースもあるようです。


「今になってやっとあの時に言われたことの意味が分かりました」と言われることも少なくありません。


私にしてみれば「よく受け止めてくださり、よく乗り越えてくださった」と感謝するばかりです。



その人本来の魂が最も美しく輝きを放つ為に、私はあえてその人の本質に触れる言葉を放ちます。



それは、


「その人がその人であること以上の価値はない」からです。


その人でなければ放てない愛のカタチと光があるからです。


最も美しいその人ならではの愛と光は、必ずその人が人生で出逢う人々の魂に刻まれ、それはこの世を去った以後も受け継がれるからです。



「出逢いこそ人生の宝物である」

本当にその通りです。


もし今、

「自分にはそういう出逢いが無い」

と嘆いているあなたがあるとしたら、


それはあなた本来の愛のカタチや光を放てていないからだと思います。



言い換えれば、


あなたがあなたという本質であれば、必ず善き人たちとの出逢いに恵まれるはずです。



あなたそのものである愛のカタチと光を放たなければ、本当の愛と光を手向けてくれる人にはなかなか出逢えないと思います。


もし出逢ったとしても、相手の愛のカタチや光を「もっともっと私に与えろ」と、あなたは自ら輝くよう努めることをせず、ただ相手に依存することにしか考えが及ばないでしょう。



その結果、貴重なご縁を自ら遠ざけることになります。



自己への過信も嫌悪も憐憫も、全ては錯覚です。


その様な邪魔なものは一つ残らずきれいさっぱり捨て去ってください。




あなたという人があなたそのものでありますように。