「低リスク腫瘍」の2番目と3番目の項目についてです。

 

 

b.悪性度不明な腫瘍

 

 甲状腺腫瘍を悪性と診断するにはどのような所見が必要なのか。腫瘍を包んでいる膜を突き破って外に飛び出そうとしている部分を認める(被膜浸潤)、腫瘍が血管の中に入り込んでいる(血管浸潤)などを認めると、悪性であると判断できます。また、細胞の核を見たときに、乳頭癌に特徴的な所見がはっきりしていれば悪性と診断できます。

 

 さて良性である濾胞腺腫と悪性である濾胞癌をどのように区別するか。被膜浸潤や血管浸潤を認めれば濾胞癌、認めなければ濾胞腺腫です。しかし両者をいつもはっきり区別できるとは限りません。腫瘍が膜を突き破っているのかどうか微妙なもの、あるいは血管に入り込んでいるのか微妙なものがあり、良性悪性を区別しにくい腫瘍があるのは確かです。そこでこの微妙な腫瘍を「悪性度不明な濾胞型腫瘍(FT-UMP)」とすることになりました。

 

 以上のような濾胞腺腫か濾胞癌の診断する際には、乳頭癌の核所見がないのが前提です。被膜浸潤や血管浸潤が微妙なことに加えて、乳頭癌の核所見も微妙な場合、「悪性度不明な高分化腫瘍(WDT-UMP)」となります。

 

 FT-UMPもWDT-UMPも、NIFTPと同様に国際分類であるWHO分類に合わせて採用されたものです。

 

 

c.硝子化索状腫瘍

 

 取扱い規約には「腫瘍細胞の索状増殖と硝子化(基底膜物質の沈着)を特徴とする濾胞細胞由来の腫瘍である。」と書いてありますが、何のことだが分からないと思います。私にはこれを一般の方にも分かりやすく説明することはできないので、硝子化索状腫瘍という種類の甲状腺腫瘍があるのだと思ってください。

 

 超音波検査では良性結節に見えるため、腺腫様結節や濾胞性腫瘍との区別は難しいです。乳頭癌の核所見に似た細胞が存在するため、術前の細胞診で乳頭癌が疑われることがあります。別の腫瘍で手術をした際に、偶然小さな硝子化索状腫瘍が見つかることもあります。以前は「硝子化索状腺腫」と呼ばれ、文字通り良性と考えられていたのですが、きわめてまれに転移や再発があることが分かってきたので、「腺腫」ではなく「腫瘍」とされたようです。そのため「低リスク腫瘍」に分類されたのでしょう。

 

 

 NIFTPやFT-UMP、WDT-UMPは一般の方にはかなり解釈が難しいと思います(私にも難しいです)。「良性か悪性か分からないので手術して診断しましょう」と言われて手術した方もたくさんいると思います。でも現実には手術しても良性か悪性か分からないこともあるのです。しかしこのような診断がなされたとしても、従来はどちらかと言えば(日本においては)良性に分類される傾向があった腫瘍です。今後このような診断が増えるのだと思いますが、これまで説明してきたようにあまり心配する必要はない腫瘍と考えていいでしょう。

 2023年10月に甲状腺癌取扱い規約第9版が出版されました。

 

 甲状腺腫瘍の組織学的分類が改訂され、「低リスク腫瘍」という項目が追加されました。今回はこの項目について説明したいと思います。私は病理学専門ではありませんのであまり正確ではないかもしれませんが、そのあたりはご了承ください(大きく間違ってはいないと思っていますが)。結構複雑ですが、興味のある方は読んでみてください。

 

 

甲状腺腫瘍の組織学的分類

1. 腫瘍様病変

2. 良性腫瘍

3. 低リスク腫瘍

4. 悪性腫瘍

5. その他の腫瘍

6. その他の甲状腺疾患

 

 今回は以上のような分類に改訂されました。そして「低リスク腫瘍」には3つの項目があります。

 

a. 乳頭癌様核所見を伴う非浸潤性濾胞型腫瘍(NIFTP)

b. 悪性度不明な腫瘍

c. 硝子化索状腫瘍

 

 

 低リスク腫瘍は、腫瘍が膜に包まれている、あるいは正常部分と腫瘍の境界がはっきりしていることが前提となります。

 

a. 乳頭癌様核所見を伴う非浸潤性濾胞型腫瘍(NIFTP)

 

 NIFTPは「ニフトピー」と呼んでいます。ごく簡単に言うと、良性である濾胞腺腫と悪性である乳頭癌の間の境界病変ということです。国際的には2017年に発刊されたWHO分類に採用されました。

 

 甲状腺を構成している濾胞細胞から発生する腫瘍の中で、完全に膜に包まれていて外に飛び出している様子が全くない、または境界部分がはっきりしているもの(被膜浸潤がない)を考えます。さらに細胞が血管の中に入り込んで遠くに飛んでいく様子もない(血管浸潤がない)腫瘍が対象です。つまり完全に殻の中に閉じこもっているイメージです。

 

 ところで乳頭癌の診断は、細胞の中にある核が乳頭癌に特徴的かどうかでなされます。特徴的な核がたくさんあれば乳頭癌と診断されます。本来乳頭癌の「乳頭」とは、細胞の配列のことを指すのですが、乳頭癌の診断は配列よりも核所見のほうを重要視しています。この腫瘍は乳頭状構造がほとんどなく、濾胞状構造からなるというのも前提です。

(濾胞状構造については、濾胞型乳頭癌①にごく簡単な説明があります)

 

 さてこの殻に閉じこもっている腫瘍の核を見たときに、乳頭癌の核所見がはっきりしていれば乳頭癌と診断されます(被包化濾胞型乳頭癌といいます)。一方、乳頭癌の核所見がほとんどない場合は濾胞腺腫(良性)と診断されます。このようにはっきりと分かれれば苦労はしないのですが、核所見が微妙なものもあるのです。乳頭癌とするには核所見が不十分であるから悪性とは断定できない、しかし一部に乳頭癌の核所見があるのだから良性である濾胞腺腫とするわけにもいかない。このような腫瘍を見ると、どう判断していいのか病理学の先生は困ってしまうのです。そこで良性と悪性の境界病変として、NIFTPとしておこうとなったのです。

 

 これまではNIFTPの概念がなかったので、判断が難しくても濾胞型乳頭癌か濾胞腺腫のどちらかに分類せざるを得ませんでした。日本では乳頭癌の核所見に厳しい(所見がよほどはっきりしていなければ乳頭癌とはしない)ので、濾胞腺腫と診断されていたことが多いようです。米国ではその逆で、濾胞型乳頭癌と診断されることが多かったようです。

 

 NIFTPの性質はどうなのかというと、転移や再発がほとんどないきわめておとなしい腫瘍であることが現在では分かっています。しかし以前は(特に米国では)乳頭癌と診断され、甲状腺全摘術が行われていました。それは過剰治療だろうと批判されたそうです。境界病変であるNIFTPが導入された背景には、この過剰診断・治療を防ぐ目的があったようです。日本においては乳頭癌と診断される頻度はかなり低いため、過剰治療ということは問題となっていませんが、国際的な分類に合わせるために今回導入されました。

 

 今日はここまで。残りは次回にします。

 甲状腺が大きく腫れる代表的な病気が、慢性甲状腺炎(橋本病)やバセドウ病です(もちろん大きさには全く変化がない場合も多いです)。あまりにも甲状腺が大きくなってしまい、息苦しさを感じることもまれにはあります。また、瘦せ型の患者さんでは、少しの腫れであっても非常に目立つことがあり、見た目がとても気になるという方も少なくありません。

 

 「大きくなってしまった甲状腺は、病気の治療をすれば元の大きさに戻るのか?」ということをよく聞かれます。結論から言うと、「あまり期待しないほうがよい」ようです。

 

 慢性甲状腺炎(橋本病)で甲状腺が腫大した方の場合についてです。

 

 甲状腺機能低下症であれば甲状腺刺激ホルモン(TSH)値が高くなっており、これが甲状腺を刺激してしまいます。甲状腺ホルモン補充療法を行うとTSHが正常化するため、甲状腺への刺激も落ち着き、甲状腺の縮小が期待できます。ただし、正常甲状腺と同じくらいまで縮小することはまずないでしょう。

 

 甲状腺機能正常の場合は無治療で経過観察となりますので、甲状腺の大きさはほぼ不変です。ただし、その後に炎症が極度に進むと、甲状腺が委縮していく場合があります。甲状腺は小さくなりますが、甲状腺ホルモンが出なくなってしまうので、甲状腺ホルモン補充療法が必要になるでしょう。

 

 バセドウ病で甲状腺が腫大した方の場合についてです。

 

 原則として内服薬で治療が開始されます。徐々に甲状腺ホルモン値が低下して、いずれ正常化するでしょう。それに伴って甲状腺が小さくなっていくこともあるようですが、私の印象だと小さくなる方はかなり少ないと思います。ほとんど同じ大きさで変わりないという方が多いようです。放射性ヨウ素内用療法(アイソトープ治療)を行えば、ほとんどの場合は縮小していきます。

 

 甲状腺の結節(しこり)はどうでしょうか。

 

 嚢胞性結節(液体成分が多いもの)の場合は、液体部分が吸収されることによって、自然に縮小するということは比較的よく見られます。

 

 充実性結節(液体成分をあまり含まないもの)の場合ですが、自然経過で不変か増大ということが多いと思いますが、中には縮小していく方もいるようです。細胞診をきっかけに縮小に転じたということもあるようです(針を刺したことで血流障害が起こったのかもしれません)。

 みなさんはマイナンバーカードを利用していますか? 私は印鑑証明書を取得するためにコンビニで利用したことがありますが、その一度だけです。保険証としての利用(マイナ保険証)については、医療機関を受診する機会が最近なかったため、まだ利用したことがありません。

 

 当院でもマイナンバーカードで受付可能ですが、全体の1割くらいの患者さんしか利用していない印象です。あまりメリットを感じないせいなのか、利用率は低いようです。

 

 マイナ保険証を利用すると、過去の健診情報や処方された薬剤の情報を取得できるので、診療の参考になります(情報取得には同意が必要)。

 

 初めて来院されたある患者さんですが、問診票には動悸、息切れ、体重減少など、甲状腺中毒症を疑う症状が記載されていました。これらの症状があっても、甲状腺機能には全く異常がないということもよくありますので、症状だけからはまだ診断を予測することはできません。マイナ保険証を利用して過去の健診情報が閲覧可能でしたので、それを見てみると、前回、前々回の血液検査は全く異常ないのに、直近の検査では肝機能異常を認めています。LDLコレステロール値は基準範囲内ですが、直近の検査では明らかに低くなっていました。体重減少も顕著です。診察前の段階で、問診票と過去の健診情報を見るだけで、甲状腺ホルモン値が高そうだと予想できます。直近の健診時にはすでに異常があったのでしょう。

 

 マイナ保険証を利用する際には、特定健診情報や診療・薬剤情報の取得に同意してください。ときどき同意しない患者さんがいるのですが、それでは健康保険証での受付と変わりませんし、診療費もごくわずかですが高くなります。また、同一の医療機関を月に2回以上受診される場合、毎回マイナ保険証を利用する必要があります。現状では、月に1回だけ健康保険証を提示するように求める医療機関がほとんどだと思います。健康保険証なら1回だけの提示で済んでも、マイナ保険証は毎回提示しなければなりません。何か変に感じるかもしれませんが、本来は健康保険証も受診のたびに提示する必要があるのをただ省略していただけなのです。マイナ保険証はオンラインでの確認になるので、確認作業を省略できません。

 

 来年、健康保険証が廃止になる方向で調整されていますが、最近になって方針を変更する可能性もあるようです。個人的には保険証廃止はまだ早い気がするのですが。

 健康診断の触診で甲状腺腫大を指摘され、精密検査を勧められたという患者さんがたくさん来院されます。以前にも書きましたが、実際には甲状腺は腫れていないということがほとんどです。もし私が健康診断の担当医だったら、「要精密検査」にはしないだろうという方がかなり多いということです。

 

 

 しかしながら、甲状腺は腫れてはいないのに、甲状腺の病気が見つかったという3名の患者さんを経験しました(年齢等は実際とは少し変えています)。

 

 

①健康診断で甲状腺が腫れていると言われた10歳代後半の女性

 私の触診上、甲状腺腫大はないと判断。日常生活で困っている症状は全くなく、元気に過ごしている。私が健診を担当していたら精密検査には回さないだろう。検査をするかどうか相談し、超音波検査だけはやってみることに。するとやはり甲状腺腫大はない。ただし、内部の様子が通常と異なる。慢性甲状腺炎(橋本病)やバセドウ病でみられる所見である。そこで血液検査を追加すると、甲状腺ホルモン高値、TSHレセプター抗体高値、バセドウ病と診断、治療を開始した。

 

 

②健康診断で甲状腺が腫れていると言われた20歳代の女性

 私の触診上、甲状腺腫大はないと判断。しかし体のむくみや寒がりで困っている。そこで血液検査と超音波検査を行ったところ、慢性甲状腺炎(橋本病)による甲状腺機能低下症と診断。超音波検査上は、やはり甲状腺腫大はなかったが、①同様に内部の様子が通常と異なる所見だった。甲状腺ホルモン補充療法を開始した。

 

 

③健康診断で甲状腺が腫れていると言われた30歳代の女性

 私の触診上、甲状腺腫大はないと判断。しかし、①②の経験から一度は検査すべきだろうと思い、血液検査、超音波検査を行った。すると甲状腺内に明らかに形の悪い腫瘍が見つかり、甲状腺乳頭癌と診断された。超音波検査上、腫瘍は完全に甲状腺内なので、触診では見つからない腫瘍である。1cmを超える腫瘍のため、他院に手術を依頼した。

 

 

 健診が役に立った事例でした。