2023年10月に甲状腺癌取扱い規約第9版が出版されました。

 

 甲状腺腫瘍の組織学的分類が改訂され、「低リスク腫瘍」という項目が追加されました。今回はこの項目について説明したいと思います。私は病理学専門ではありませんのであまり正確ではないかもしれませんが、そのあたりはご了承ください(大きく間違ってはいないと思っていますが)。結構複雑ですが、興味のある方は読んでみてください。

 

 

甲状腺腫瘍の組織学的分類

1. 腫瘍様病変

2. 良性腫瘍

3. 低リスク腫瘍

4. 悪性腫瘍

5. その他の腫瘍

6. その他の甲状腺疾患

 

 今回は以上のような分類に改訂されました。そして「低リスク腫瘍」には3つの項目があります。

 

a. 乳頭癌様核所見を伴う非浸潤性濾胞型腫瘍(NIFTP)

b. 悪性度不明な腫瘍

c. 硝子化索状腫瘍

 

 

 低リスク腫瘍は、腫瘍が膜に包まれている、あるいは正常部分と腫瘍の境界がはっきりしていることが前提となります。

 

a. 乳頭癌様核所見を伴う非浸潤性濾胞型腫瘍(NIFTP)

 

 NIFTPは「ニフトピー」と呼んでいます。ごく簡単に言うと、良性である濾胞腺腫と悪性である乳頭癌の間の境界病変ということです。国際的には2017年に発刊されたWHO分類に採用されました。

 

 甲状腺を構成している濾胞細胞から発生する腫瘍の中で、完全に膜に包まれていて外に飛び出している様子が全くない、または境界部分がはっきりしているもの(被膜浸潤がない)を考えます。さらに細胞が血管の中に入り込んで遠くに飛んでいく様子もない(血管浸潤がない)腫瘍が対象です。つまり完全に殻の中に閉じこもっているイメージです。

 

 ところで乳頭癌の診断は、細胞の中にある核が乳頭癌に特徴的かどうかでなされます。特徴的な核がたくさんあれば乳頭癌と診断されます。本来乳頭癌の「乳頭」とは、細胞の配列のことを指すのですが、乳頭癌の診断は配列よりも核所見のほうを重要視しています。この腫瘍は乳頭状構造がほとんどなく、濾胞状構造からなるというのも前提です。

(濾胞状構造については、濾胞型乳頭癌①にごく簡単な説明があります)

 

 さてこの殻に閉じこもっている腫瘍の核を見たときに、乳頭癌の核所見がはっきりしていれば乳頭癌と診断されます(被包化濾胞型乳頭癌といいます)。一方、乳頭癌の核所見がほとんどない場合は濾胞腺腫(良性)と診断されます。このようにはっきりと分かれれば苦労はしないのですが、核所見が微妙なものもあるのです。乳頭癌とするには核所見が不十分であるから悪性とは断定できない、しかし一部に乳頭癌の核所見があるのだから良性である濾胞腺腫とするわけにもいかない。このような腫瘍を見ると、どう判断していいのか病理学の先生は困ってしまうのです。そこで良性と悪性の境界病変として、NIFTPとしておこうとなったのです。

 

 これまではNIFTPの概念がなかったので、判断が難しくても濾胞型乳頭癌か濾胞腺腫のどちらかに分類せざるを得ませんでした。日本では乳頭癌の核所見に厳しい(所見がよほどはっきりしていなければ乳頭癌とはしない)ので、濾胞腺腫と診断されていたことが多いようです。米国ではその逆で、濾胞型乳頭癌と診断されることが多かったようです。

 

 NIFTPの性質はどうなのかというと、転移や再発がほとんどないきわめておとなしい腫瘍であることが現在では分かっています。しかし以前は(特に米国では)乳頭癌と診断され、甲状腺全摘術が行われていました。それは過剰治療だろうと批判されたそうです。境界病変であるNIFTPが導入された背景には、この過剰診断・治療を防ぐ目的があったようです。日本においては乳頭癌と診断される頻度はかなり低いため、過剰治療ということは問題となっていませんが、国際的な分類に合わせるために今回導入されました。

 

 今日はここまで。残りは次回にします。