アナウンサー:微妙に不可解な一群
アナウンサーという職業を取り巻く、状況も心象も変わってきている、と感じる。
彼らは男性も女性も数百倍、あるいは数千倍という倍率の競争を勝ち抜いて採用される。
大人気のアイドル並みである。
別格のエリートと評しても過言ではない。
優れた才能と言える。
ある意味で、日本語のプロである。
少なくとも「語る・話す」という行為、その分野においては。
ナレーションは勿論、朗読の仕事だって、求められるだろう。
読み書きだって、少なくとも漢字検定2級のレベルは必要不可欠。
さらに、一般常識や時事問題も知らなくてはならない。
いわゆる、ニュース検定も本来は対象となる。
当然だが。
その部分が欠落していると、原稿も読めない。
勿論、そのような低次元の人材は初めから採用されないが。
滑舌が良好だけでは駄目で。
アナウンサーは大きく3部門に分かれるだろう。
報道・スポーツ・芸能バラエティである。
特定の1部門に殆ど専念しているアナウンサーもいるし、3部門ともそつなくこなすアナウンサーもいる。
スペシャリストか、ジェネラリストか。
野球に例えると、ピッチャー以外はどのポジションでも守れる選手、一方で指名打者専門の選手も。
落差は大きい。
私は彼らを専門職だと捉えている。
そのくらい、生放送では特にリアルタイムで起きている現象を瞬時に、最適な文言を駆使して情景を描写し、活写する。
語彙の引き出しが豊富で、潤沢でなくてはならない。
誰でもできることではない。
そのような専門職であるのに、比較的短い年数の勤務で退職するアナウンサーが近年は増えている。
昨年末にフジテレビの藤本万梨乃アナが退職。
しかし、今も番組「Mr.サンデー」にはアシスタントとして出演している。
年度替わりで降板するのだろうが。
珍しいパターンと言える。
それほど、フジは人材が、若い女性アナウンサーが枯渇しているのかもしれない。
他に小澤陽子アナも6月末で退職。
仮に大ベテランを起用すると、視聴率も大幅に落ちる?
他にTBSでは女性で良原アナが昨年の12月末、男性では石井アナは1/6付けで退職。
後者はスポーツに特化した、中堅の実力のあるアナウンサーだった。
英語も堪能で、有能な戦力でもあった。
日テレでは岩田アナが3月末で退職。
どの分野でも、企業も組織団体も世代交代及び新陳代謝は必然ではあるが。
終身雇用は20世紀末で完全にピリオドが打たれたが。
どのカテゴリーでも「自由度と多様性」はキーワードと言える。
アナウンサーも例外ではない。
フリーアナという立場で活躍する才覚の人物もいる。
しかし、自分の評価を過信する、そして順路を見失うケースもある。
男性だが、一昨年に日テレを退職した上重アナ。
彼の場合は、確実な仕事のオファーを受けて、内定しての判断でもなく、何の担保も保険もない状況での決断だったようで。
トヨタの広報業務をレギュラーで契約担当している、元テレ朝の富川アナとは大きな相違・差異で。
いずれにしても、アナウンサーをライフワークとして捉えていないアナウンサーが増えている、と推量できる。
そして、令和では同じ職種のオフィスでも人間関係が希薄になっていることは間違いないだろう。
職場旅行は勿論、忘年会や暑気払いさえも行われない時代で。
電脳社会の負の部分でもある。
アナウンサーは勤務シフトがズレるので、なおさらだが。
これらの前段あるいは付帯状況として「退職代行」などという、面妖な職業が成立する。
墓参りの代行も同列だが。
アナウンサーという仕事の現在地と将来像が全く外野の、素人の私には上手く洞察できない。
定点観測は続けたいが。
楽曲と社会風刺
先日の戸田恵子のブログで、「番組で、歌い慣れていない歌をリクエストされて」という独白。
曲名も、番組名も分かりませんが
プロデューサーが?ディレクターが?リクエストする側の意図は!?
予定調和を嫌って?
因みに私的感性に基づいて、勝手に連想すると、下記の曲が・・・・。
「黄昏のビギン」?
「ジョニーへの伝言」?
「渡良瀬橋」?
「黄色いサクランボ」?
「夢先案内人」?
「東京ドドンパ娘」?
「異邦人」?
「夜明けのスキャット」?
「センチメンタルカンガルー」?
「赤いハイヒール」?
「ふり向かないで」?
「恋するフォーチュンクッキー」?
「ストーニーエンド」?
「クライミーアリヴァー」?
「イズザットオールゼアイズ」?
「ストーニーエンド」以下は洋楽です。
この曲は1970年にバーバラ・ストライザンドがカバーして、不朽の傑作。
「イズザット~」は1969年で、ボーカルはペギー・リー。
白人女性シンガーで、当時49歳。
グラミー賞も獲得している曲で、人生の航跡を、個人史を歌ったような、渋いスローバラードで。
部門が検索しても分からないが、私の記憶では、たぶん最優秀女性歌唱賞かと。
由紀さおりもカバーしている。
このバラードの良さが分かったら、本物の大人です。
「東京ドドンパ娘」は1961年の発売。
作曲は鈴木庸一。
私的にリアルタイムではなく、全く人物を知らない。
流石に古くて、カラオケでも歌った経験はナシ。
「東京ラプソディー」「憧れのハワイ航路」はあるけど。
検索してみると、スマスリー小原とスカイライナーズでピアノを担当。
当時の渡辺プロで。
「伊勢佐木町ブルース」も作曲している。
いずれにしても、往時を想うと、昭和の成長期の入口で、物理的には決して豊かではなかったが、現代のように心がピュアでは、清浄(しょうじょう)ではなくなった実相と比べて、メンタルの中枢とか深部の面では豊かだったのでは?
単にノスタルジーとか、幻想からの美化ではなく。
昭和は雑念も少なくて、比較級というか、相対的な感慨ではあるけど。
現代は情報量が膨大で、煩雑で、自分の中の基軸が薄弱だと、大勢に流されてしまう。
SNSの登録数・再生回数が常にスタンダードとなる。
大多数の大流行が常に正解で、周回遅れにならないようにアンテナを張り巡らせる。
つまり、主体性の欠落。
日本人の特性そのもの。
同調圧力にも通底。
他人とイコールだと安心安堵する。
志向も、嗜好も、思想信条も。
付和雷同の極み。
タワーマンションの上層階がシティライフの象徴で、格好よくて人気、とマスコミが取り上げれば、猫も杓子もなびく。
武蔵小杉が中途半端な典型?
総論として、学歴はなくても、資金さえあればマンションは購入できる。
要するに思考停止。
だから、高市内閣の支持率が高い、という極めて珍奇が事象が発現。
これからも極東の島国で、本質は変わらないだろう。
残念ながら。
大坂で珍事:鋼管が地表に屹立
大阪市内で巨大なパイプ状の、鉄製の構造物がアスファルトの道路面を突き破って地表から直立方向に飛び出した事案。
直径は5~6m前後か。
高さは十数メートルに達した。
その後、少しずつ沈下している。
それを加速させるために、作業員が鉄の表面にガスバーナーで穴を開けて注水して、沈下を促している、というニュース報道。
全てが謎である。
今までに、このような事象を映像でも写真でも見たことがない。
私もすでに現役ではない年齢なので、半世紀以上も社会の動向には目線を配っているが。
現物は下水道の本線のようにも見えるが。
下水道の本線が上記のような形態で、飛び出すはずがない。
つまり、構造物の正体が全く分からない。
土中で何の役割を果たしていたのか。
それが分からない時点で、埋め殺しで処理することが正しい判断なのか。
現場は幹線道路の交差点に近く、大渋滞が発生しているため、通行止めを早急に解消したい意図は全否定はしないが、それよりも埼玉県八潮市の陥没からの大事故。
去年の1月である。
あの大災害と言える事案と同列の事故を回避することの方が優先順位は上である。
疑問の余地はない。
当時、ドライバーが一名死亡している。
上記の処理は中国の高速鉄道の事故で、車両を地中に現場検証もしないで埋め戻すという、信じがたい野蛮な隠蔽工作が過去にあったが、本質は全く同じ。
民度の低さは共通である。
これが黄色人種の本態であり、実相であり、そして限界か。
現時点で、当該地域の電気・上下水道・通信などに不通や短絡は発生していないようなので、その点は不幸中の幸いではあるが。
現地は軟弱地盤で、その影響も考えられると専門家は語っていたが、最終的な結論は導けていない。
原因を大阪市の担当部局が調査中という説明だが。
であれば、なおさら全体像も把握できないままで、直情的に工作処理を行うことは極めて拙劣であり、お粗末であると指弾する。
行政が素人の集合体では、誰も何も信用できない。
追加情報では構造物は下水道の工事用の立て坑である、という話。
この立て坑が今後一切使用しないものなのか、それともメンテナンスのために使用する可能性があるのか。
当該物件の建設はかなり古いという情報もある。
当然、昭和の時代と推定できる。
その時代の土木工学の知見、工法の改善改良と現地の条件など、現在とは異なる可能性がある。
土中で構造物の定着性を強固にする、新規の素材や技法が開発されていないか。
複数の角度と観点から検証して、着手しなくてはならない。
拙速は失態を招く。
二次災害にすら繋がり、危険を増幅させる。
2~3日を急いで、2~3ヵ月も工期が延長になると最悪である。
それでなくても、土建の分野のマンパワーは致命的に足りない。
事後が深刻ではないことを願うが、票には繋がらない地味な維持補修を軽視して、超大型の公共事業には青天井で公金を投入投下する、邪道の政権与党。
腐った連中には、腐ったインフラの悪臭が付着する。
今後も同列の事故案件が間違いなく頻発するだろう。