極東の犯罪の国:欧州の美景の国
① 相変わらず、性善説を全否定するような事件が国内で続発。
しかも、反社とか、あおり運転とか、トクリュウとか、半グレのような、明確なワルという部類の犯行ではなく、常識的には信用のある担当者としての関係性で、顧客を欺いてカネを巻き上げる手口。
例えば、ソニー保険の社員2人が顧客6人から騙し取った金額と、保険業務以外の不正も合わせて、1億2,400万円の被害額という報道。
また、赤い羽根共同募金などを運営する、北海道共同募金会が管理する寄付金、約1億8,000万円が使途不明になっている。
さらに、当該事務局長が議事録を偽造して、金融機関2ヶ所から合計1億9,000万円を借り受けていた、私文書偽造罪が該当する事件。
合わせて、この犯人は3億7,000万円のマネーを不正取得している。
個人の不動産を担保物件として、抵当権設定した訳でもなく。
勿論、それであれば、1ミリの卑下もなく、正々堂々と顔を晒せるが。
犯罪行為というボーダーラインを、何の躊躇もなく乗り越えて、邪悪と害毒に己の居場所を、棲家を、拠点を構える。
再三指弾する「日本人の劣化」の極み。
論外です。
辟易する。
日本人のDNAが極めて薄く希釈されて、アイデンティティが棄損される。
そんなもの、すでに昭和で終わっているのか。
大半の日本人が鈍感で、気がつかないだけで。
② 昨日の番組でスイスをサンドウィッチマンと中尾明慶の3人が探訪。
3時間半の超長尺番組。
流石にダレる。
録画再生を倍速で見ても。
概要は山岳地帯を走る鉄道に焦点を当てて、風光明媚な景色を紹介する、定番の内容。
そして、地球温暖化により、現地の氷河が完全に溶けて、環境の苛烈な異変が起きるという警鐘も、メッセージとして発信した。
しかし、この3~4年で認識できた懸案ではなく、少なくとも今世紀の初頭の頃から指摘されていた事案。
今さら、の感覚も強いが。
いくら現状と理屈を語っても、具体的なアクションにコミットしないと、不可逆的かつ加速度的に事態は悪化するだけ。
その点では虚しすぎる。
先日のネパールの大災害の如く。
昨日の番組ではスイスという国について語る、というスタンスでもあったが、所詮はバラエティの限界。
教養番組ではないので。
世界遺産である鉄道以外では、九州と同じくらいの国土面積、という情報だけが伝えられた。
人口も、言語も、観光を除く伝統的な産業である時計についても言及はナシ。
図上の説明も、隣国はドイツ、フランス、イタリアは示されていたが、東側のオーストリアは国境の線の表示だけで、国名もナシ。
これは酷い。
モーツアルトなんて、中世ヨーロッパの残滓・残像か。
そして中立国であるため、NATOは勿論、EUにも加盟していないことも。
ただ、余暇活動と自遊時間のための情報提供では、余りにも予定調和で、既視感が強くて、冴えない。
因みに上記の3人はスイスの公用語も知らず。
典型的なツアーの団体客の如く。
たぶん、ブラジルはブラジル語、キューバはキューバ語、クウェートはクウェート語を国民は話している、と思っているのだろう。
チャップリンやヘップバーンが晩年や後半生を、レマン湖畔で暮らしていたことも有名なエピソードであり、この国の避暑地の心象風景を、その魅力を倍加させている。
命の浄化&養生には最適の地と言えるか。
山岳方面の比較として、富山・長野・山梨が束になって挑んでも敵わないだろう。
日本の公務員&米国のトランプ
霞が関の警察庁の、前サイバー捜査課長の男が私的流用という名の横領で懲戒免職。
年齢は55歳。
不正に操作した金額は約170万円。
貧相過ぎる。
本人の退職金はゼロに。
たぶん、5千万円くらい?
これは国庫からの支出を少しでも抑えられて正解か。
予算全体からしたら、超絶的に微々たる額だが。
塵も積もれば山となる?
犯行態様は出張費の領収書などの改ざん。
典型的な誤魔化しの、腐った非道。
愚劣の極み。
いかに、この男の育ちが卑しいか。
赤貧洗うが如き生育環境?
生家は渋谷区松濤?港区白金台?千代田区番町?大田区田園調布?中央区日本橋本石町?
それとも、葛飾区新宿?足立区鹿浜?台東区千束?墨田区文花?荒川区西尾久?
上記の具体的地名は文章表現上のギミックなので、他言無用に願います。
しかし、この男の親も同類項で、相似形で同心円か?
「育てたように子は育つ」
私的かつ客観的には貧乏 ≒ 犯罪の温床、とは短絡的に捉えたくない。
昭和の高度経済成長期以前は日本人の99%が貧しかったので。
上記の方程式が正しければ、日本人の99%が前科1犯、さらに再犯となっていたはず。
本人の今後の生き方は?
遠因の不倫関係は清算?それとも、泥沼化?
妻とも離婚?
一家離散?
コンサルタント業に転身する?
何の?
防犯意識向上啓蒙活動専門の?
ハッカー被害事前防止対策の?
悪い冗談だよ。
再三、私が指摘する「日本人の劣化」の象徴的な事案。
国家公務員は近年、応募が大幅に減っている。
勿論、少子化で分母も減っているが、志望が明らかに少ない。
そもそも、東大生が受験しない傾向に。
特段の理由がある訳でもなく。
彼らも公務員の堅苦しい空気・仕事の内容などを敬遠して、就活の選択肢から外す。
より自由度の高い、自遊時間の延長線のような職種を求める。
若者の意識と心理に共通で。
公務員はエセンシャルワーカーの筆頭に位置する。
しかし、長年軽視されてきた。
人事院勧告に基づき、給与が改定される。
それは民間給与の統計数値を参考にして。
「民間が上がらないのに、税金から給与や賞与を受け取っている公務員が民間の水準を上回るのは、けしからん」という一般人の意見が以前にあった。
今でもあるはず。
実に単細胞の思考、そして議論と言える。
民間に影響されることなく、独自に数値を分析して、計上し予算編成すべき。
常に民間よりも所得が下という観念が公務員志望を減衰させている。
巷談を元に戻すと、本件の犯人は品性が極めて卑しい。
品性が卑しく、理性が欠落している点では、トランプが強烈に際立っている。
支離滅裂なカオスを間欠的に巻き起こす。
全ての成人に5,000ドルを支給すると発言。
狂ったバラマキを、思考回路が暴走した、奇人の国家元首が炸裂させる。
前代未聞・空前絶後のクレージーな悪夢と言える。
延長線に、根底に自分が偉人だから、名誉が付与されて当然という奇想。
早晩、財団に1億ドル寄付するから、ノーベル賞をくれと裏取引を進める奇行が予見できる。
人類史上に刻まれる茶番が・・・・。
米国の腐食は醜悪かつ深刻だ。
上記の二人はスケールは違い過ぎるが、卑しいという点では共通と指弾する。
デジタルVSアナログの暗闘
来年、2027のカレンダーが出揃ってきている。
紙媒体について、言及したい。
女性タレントだが、超有名人は一人だけ。
綾瀬はるか。
他にはグラビアを含めて、テレビで見かける程度の女子が5人程度。
無名の女性タレントは大半が売れ残り、廃棄処分となるはず。
資源の無駄?
中には美空ひばりの名前も。
故人は勿論、美空だけ。
需要があるのか、理解に苦しむが。
未だ竹内結子だったら、少しは売れるかもしれないが。
この業者のホームページでは合計で66人。
他の業者でも大差ないだろう。
去年までは100人を超えていたと記憶している。
年々減少傾向だったが。
これは何を意味しているか。
つまり、紙製のカレンダーはニーズが激減しているということ。
電子端末で観た方が正解、という感度・感性である。
これは漫画にも通底するが。
さらに、年賀ハガキに関しては、斜陽という次元を超えて衰微である。
20年後には消滅しているかもしれない。
絶滅危惧種である。
現時点でも郵政の事業単体として、不採算なのでは?
昭和の残滓と総括できる。
令和の世の中はデジタルで回っていて、アナログは周回遅れ以下ということ。
それ自体の趨勢は是認するが。
これは商品の代金の支払いについても同列。
しかし、未だにコンビニで現金で支払っている人もいる。
必ずしも高齢者ではなく。
それぞれの事情があるのだろう。
自己破産で、クレジットカードの発行を受けられないとか。
デジタルVSアナログの構図としては、手書きの文字が象徴的なカテゴリーだろう。
昨日の番組でも「美文字」というテーマの内容だった。
肉筆という言葉が該当するか。
筆記具の種類は問わないが。
ペン習字というジャンルもある。
今でも各種のペーパーに直筆で記入するケースは珍しくない。
役所の窓口や、医療機関の受付などで。
その場面では文字の美醜は、極端な悪筆でない限り、不利益を被ることもないが。
しかし、例えば初対面のケースでは、美文字の方が好印象であることは間違いないだろう。
さらに実用とは別に、「書」は日常から芸術という領域に昇華されている。
一例を挙げると、日展の一部門として、洋画・日本画・工芸・彫刻と同列に扱われている。
近年に該当したのではなく、昔からである。
これは日本人と文字という関係性の、悠久の刻を経て醸成し、深化した態様であり、事象である。
アルファベットの筆記の民族では発現しない文化である。
これからも廃れること、朽ちることもなく、存続していくと捉える。
今後もアナログは縮減のベクトルで進んでいくことは間違いないが。
マイカーの運転が全て、ロボットに置き換わり、人間が運転していると、検挙されて罰金の行政処分となる時代が到来するまでは、アナログが生き残る余地が、余白があるだろう。
巷談を元に戻すと、芸能人とか、タレントではないジャンルについては作品や被写体を電子では鑑賞できないケースが少なくない。
私は毎年、柳原良平のカレンダーは購入している。
亡くなってから、10年以上経つが、固定のファン層がいる。
長尺になるので、本人のライフワークについては割愛したい。
これからも紙の文化は続く。
紙幣の発行が最後の年次となるまでは。