志らく:YouTubeと本音
立川志らくがYouTubeに、自分の言動が不適切だったと述懐している。
顛末は、兄弟子に当たる立川談幸が立川流を脱退して、落語芸術協会に移籍した時点の経緯。
談幸の弟子も一緒に落語芸術協会に移った。
その際に、すでに立川流では二つ目であった者も前座から始める、という内容。
これに対して、志らくは怒った。
それは談志という噺家に対する全否定に他ならない、という憤りである。
寄席に出演できない、ホール落語だけの立川流の修業は噺家としての実績、落語家としての経験値としては認められない。
本人の感情は激高だった。
だから、当時の会長である、桂歌丸に対しても直接ではないが、批判と非難の口撃を発信している。
この経緯を立川流の一門会で話した。
本人は当然、賛同を得られるものと想定していたら、全く違う反応だった。
冷淡だった。
「恩義のある、歌丸会長に何ということをしてくれたんだ」
「拙いことをしてくれた」
具体的な年次は分からないが。
歌丸の真意は、協会には色々な考えの人間がいる。
必ずしも全員が一色ではない。
移籍自体を快くは思っていない者もいる。
その状況の中で、いかに不和を起こさず、相互不信や反感を増幅させないようにするための落しどころの対処であり、措置だった。
中立的に考えてみても、他の組織団体から移ってきて、いきなり中位の香盤に据えられては、快く思わない噺家もいるはず。
だから、談幸も真打の最も低い香盤に位置した。
自分よりも、おおよそ20年も噺家としては後輩になる若手よりも下の香盤となった。
上記の前座修業は1年間だったようで、1年くらいは直ぐに時間が過ぎる。
因みに談幸は現在71歳。
1978年に入門。
1987年に立川流の真打に昇進。
2011年に談志逝去。
1983年に談志は落語協会を脱退しているため、談幸は約5年間は寄席で前座から二つ目の経験をしている。
2014年に立川流を脱退。
2015年に落語芸術協会の準会員となる。
現在は勿論、正規の会員である。
この辺りのソフトランディングが大人の対応と言えるのでは。
不満が大きな炎にならないように。
尖っただけで、順風満帆に泳げるほど世間は甘くない。
波風を高くして、現場をかき乱しても人望は得られないし、事態も収束はしない。
隘路が険しく、厳しくなるだけだ。
妥協と言えば、その通りだろう。
しかし、人の航路・順路には潤滑油は欠かせない。
志らくも還暦を過ぎて、丸くなった部分もあるという趣旨を自身で語っている。
寄席に出られない、もう一つの集合体。
五代目円楽一門会とともに、その動向を注視したい。
悪く言えば、拠点のない放浪の噺家集団。
よく言えば、新たな芸の道を切り拓く、職人集団。
寄席に出ない、出られない現実は一長一短かもしれない。
自由度は高いが、制約や縛りがないと成長しない、とも言えるだろう。
飽くまでも総論であり、各論は別だが。
因みに他の企業からヘッドハンティングで移籍した場合、実社会では即社長も有り得る。
しかし、寄席演芸という村社会では未だ古い体質や因習も残っている。
年功序列は廃れない基準である。
勿論、飛び級もあるが、例外と言える。
年功序列は不文律として、応用編が示されている。
無視はできない。
何が、この領域に、界隈に、噺家集団に相応しい、四字熟語か。
令和に、ぬるく模索してみたい。
地方鉄道と大都会は・・・
先日の番組で、地方の鉄道の維持・存続について語られていた。
キーワードは上下分離方式。
つまり、運行管理は従来通り、鉄道の事業者が行う。
そして、経営は地元自治体が行う。
一見、正解のように耳に響くが。
赤字解消の根本的な解決策にはならない。
赤字を自治体が税金を投入して負担し、補填するのであれば、基本的な図式は変わらない。
一長一短ではあるが。
責任の所在、動産・不動産の処分、赤字の転嫁の当否、公共交通機関としての健全性などの点で議論は収束せず、賛否は分かれるだろう。
特に北海道の実情は深刻。
苦戦・苦悶というワードでは済まない。
少子化による、人口減少からの過疎化は進んでいる。
ほぼ例外なく。
乗客は少なく、高校生が主な利用者という路線も。
生徒や保護者は廃線になると困る、という切実な声も。
しかし、現実を見据えると、空気を運んでいては無駄かつ非効率にも程がある。
負債が累積して、倒産という終点が間違いなく、視野に入る。
疑問の余地はない。
廃線は不可避、そして廃業からの法人の清算にゴーサインが出ても、批判はできないだろう。
赤字の垂れ流しは、無能な惰性でしかない。
代替として、バスの運行が可能か。
模索する必要がある。
勿論、大型ではなく、コミュニティバスのような中型である。
さらに小さなサイズのマイクロバスも選択肢だろう。
18人乗り程度の。
この案件は俯瞰から、マクロの視点で考察しなくてはならない。
北海道以外でも同列の現象は珍しくない。
国土と人口の分布を、どのように適正にコントロールしていくのか。
グランドデザインは全くない。
むしろ、大都市圏の利便性を高めて、当該経済圏を中核として、日本の活性化を図るという志向。
醜悪な邪道である。
この目標達成のためには、リニアモーターカーや整備新幹線の建設には、何の抵抗もなく、莫大な国費を、公金を予算計上して執行する。
勿論、族議員の推進力を背景にして。
ゼネコン・ディベロッパーとは利益供与&献金という、ギブアンドテイクの鉄壁の方式で。
この延長線に、地方は人口の社会減がさらに進んで、シャッター通りに閑古鳥が鳴く光景が常態化する。
これも政権与党は想定内だ。
東京一極集中は国是・国策であり、令和のバブルがエスカレートすれば、日経平均株価は異常な高値を続けて、日本列島は躁状態となる。
それが税収増に繋がる、という外道。
そのためには、地方の田舎町など捨て駒に過ぎない。
第60代総理大臣、池田隼人の大蔵大臣当時の答弁「貧乏人は麦を食え」
ワンフレーズに要約すると、この文言が新聞の見出しとなった。
鮮烈かつ確信犯的な妄言と言える。
本音は、高額納税者以外は田畑の土中の虫と大差ない。
このDNAが今でも普遍的に自民党の脳幹を占有している。
「低所得者は雑穀を有難く食え」
都内の不動産価格の高騰は大歓迎の政権与党。
格差拡大+二極化こそが、日本のベクトルを完遂・貫徹する。
当然、日本の貧困率は悪化している。
生活保護、実質賃金、世帯所得など、殆どの指標と数字が補完し証明している。
これを姑息なバラマキで粉飾し、偽装する自民党。
現下の閉塞と沈滞と苦汁も、この国の有権者の総意の結晶である。
政権与党にフリーハンドを与えるような。
民度が低すぎる。
辟易する。
日本の実写映画は安心安泰?
「正直不動産」の実写映画が公開に。
初日は5/15(金)。
都内は33ヶ所のスクリーンで上映。
原作はコミックス。
実写版のドラマとして、NHKでも放映されていた。
視聴率は分からないが。
そのドラマと今回の映画の主役は同じく、山下智久。
適役?当り役?ハマり役かぁ~。
全体の内容は不動産業界の光と影と闇を活写する。
クールに人間模様を絡ませて。
そして、他のキャストが極めて豪華。
端役では惜しい、もったいないと思う面子も。
順不同で、高橋克典、ディーンフジオカ、山崎努、大地真央、松本若菜、倉科カナ、吹石一恵、市原隼人、福原遥、草刈正雄、市毛良枝など。
主役級の演者が名前を連ねる。
最年長は勿論、山崎努。
今さら説明の必要もない、大べテラン。
黒沢映画にも複数回、起用されている。
現在89歳。
文学座の出身でもある。
役者としての最終章の出番を、足跡を刻んでいる。
私は癖?習慣として、キャストを別の役者に入れ替えたら、とイメージして夢想?妄想する。
プラスに作用するか、逆効果か?
総合プロデューサー的な目線で。
主役とペアを組む、福原遥の代りとしては、コメディエンヌ的な要素も、パーソナリティも求められる。
例えば、平祐奈とか、畑芽育とか。
生田絵梨花とか。
三十路は過ぎたが、吉岡里帆とか。
あるいは、広瀬アリスとか。
勿論、相応の美形でなくては駄目。
山下とのバランスを考えても。
それなりの存在感も必要。
高橋と草刈は二人とも敵対関係の社長の役。
一定の品格・風格も求められる。
成りあがり、成金だけの圧では駄目で。
裏街道に親和性が濃過ぎても駄目で。
還暦は超えている設定か?条件か?
他の男優を起用すると、風間杜夫?役所広司?生瀬勝久?佐々木蔵之介?香川照之?
業界の女帝という役の大地真央。
交代するとしたら、戸田恵子?
言及を一人遊びから軌道修正して語ると、これだけの配役で作品を制作して、赤字にならずにペイできると仮定すると。
日本の映画産業の裾野は伸びしろはないが、娯楽の分野として成立する?
今がギリギリ?
少子化で急激な人口減少で、実写映画の大半が不採算になる?
シネコンも半数は潰れて、閉館になる?
かつてのボウリング場のように。
そして、銭湯のように。
パチンコ屋のように。
日本映画の液状化に処方箋は?
抗っても無駄と達観する?