今年も1年を振り返る時期になってきた。
僕が今年を一言で表すとすれば「絶望」だ。
震災後の被災地に入った。
そこは、言葉を失う空間だった。
荒涼としたとういような、乾いた感触ではなく、
生々しい絶望が、人間の空間だった場所を覆っていた。
そこに立つ自分の違和感が、何なのか?
いまだによくわからない。
圧倒的な経験の分かつへだたりなのか?
つまり、地震が、そしてその後、津波が襲った
その時、僕はそこにいなかった。
遅れてきて、再びそこを去る僕に、
絶望する資格は、ない。
では、僕は何に絶望したのか?
それは、政治だ。
政治などに希望を持っていたのか?
と聞いてくるむきもあるかと思うが、
正直、少しは期待をしていた。
政権交代すれば何か変わるだろうと
思っていた。
民主党の唱えるマニフェストは、
やはり、魅力的だった。
しかし、民主党は何もできなかった。
何も=何ひとつ
できなかった=すでに今後何かできる見通しもない。
結局民主党も、既得権者の側だった。
ついの果ては、財務省を頭とした官僚の軍門に下った。
年金改革
子ども手当
高速道路無料化
普天間移転問題
事業仕訳さえ形骸化している
脱官僚依存
本当に、なにひとつできていない。
高校無償化をやったというかもしれないが、
そんなものは、できて当たり前。
さらに、一刻も早い対応の求められる震災復興でさえ、
やっと予算を仕上げたが、復興庁さえまだできていない
省庁間の利害を超えて、復興庁に予算と権限を集約することが
できるか、はなはだ疑わしい。
被曝線量の限度でさえ、経産省、厚労省、文科省を束ねて
規制値の設定とそれに応じた管理、除染などの対策を
行わなければいけないのに
給食の材料の規制値をめぐる「40ベクレル騒動」
をみれば、わかるが、ここでこそ政治的イニシアティブ
が求められるにもかかわらず、そのような能力も、意志も
感じられない。
つまり、民主党は、お利口だが、無能な人々だった
ということだ。
そして、この期に及んで消費増税だ。
消費税率の引き上げが必要なのは、理解している。
しかし、復興需要による経済成長の流れがわずかでは
あるが見え始めつつあるタイミングで、
増税を敢行することが、果たして妥当か?
すべてが、経済成長優先でなどというつもりは毛頭ない。
しかし、ここまで「何もできなかった」民主党が、
「4年間は行わない」と言ってきた消費増税に
道筋をつけようというのだから、笑止。
野田さんは、おそらく風に立つライオンの気分かもしれない。
それは、歴史に評価されることを期待しているのかもしれない。
そのような独善性に絶望する。
かといって、自民党に期待などしていない。
くどくど言わない。
既成政党に期待などしない。
僕のような思いを少くない有権者は
持っているのではないだろうか?
それは、大阪府知事選に現れたと思う。
僕は、橋下氏が嫌いだ。
政治的能力は知らないが、嫌いだ。
大阪に住んでいなくてよかったと思う。
しかし、大阪に暮らす人々が、橋下氏に期待せざるを得ない
状況が大阪にはあるのだろう。
これは、ひとつ大阪に限った空気ではなと思う。
政党政治への「絶望」が何を生んだか?
歴史を振り返れば明らかだ。
私たちはもう一度「政治的合意」の形成プロセスを
しっかりと自らの手で、実感を以て築き上げる必要に迫られている。
「絶望」から始めるということは、
安易な「期待」を他者に抱かない。
自分のできる、政治的な意思表示や意思決定を
ひとつひとつ意識的に行っていく。
そういうことから始めなければいけない。
それは、反原発のデモに参加することかもしれないし、
地元の自治会の集まりに出ることかもしれない、
身近な選挙にかかわることかもしれない。
案外、大変なことだ。
だけど、民主主義は、手間がかかる。
実は、被災地には、よくも悪くもそのような
個人の政治的行動が求められる局面にある。
それが、かすかな「希望」につながっているのかもしれない。
手間がいやならば、橋下氏を選ぶ手もある。
だけど、僕はそれは歴史に学ばない行為だと思うのでいやだ。
だから、しっかりと「絶望」からはじめる。
