で、1986年4月にチェルノブイリ原発事故が起こったわけで、
僕の業界人生とほぼ同じだけの年月がたった。
当時は、まだ若者だったので、知識もあまりなかった。
ただ、「COVERS騒動」については、腹が立った。
世の中には理不尽なことがあるのだなあと思ったし、
これだけ自由で豊かな社会でも、表現が抑圧される
ということがあるのだと、心底びっくりした。
と、そのころちょうど、「朝まで生テレビ」で「原発」を
テーマに推進、反対両派がガチンコこ議論をやることになった。
僕は、学生アルバイトのADだったので、細かいいきさつ
については、後々プロデューサーなどに話を聞いて
知る限りだが、とても画期的な番組だったことは
間違いない。
テレビがなぜ「原発」に触れられないのか?
その当時は、よくわかっていなかった。
危険性についての技術的な議論が主だったと記憶している。
今でも通用するような内容なのではないかと思う。
その意味でも本当に意義深い番組だったと思う。
しかし、今になって思うと、悔やまれてならない
というか、深く考えざるを得ない。
どんな点が悔やまれるかというと、
1)「タブーを破る」というスタイルでテレビ番組で「原発の是非」を取り上げたことが、
なにか、禊のような、世の中に市民権を得る通過儀礼のような
ことになったのではないか?という点。
2)そして、せっかく、提起された論点について、
「議論した」ことに満足して、「結論」を求めなかったこと。
(番組は「結論」が出ないこと、出さないことを一つの信条としていたし、
それは、間違った姿勢ではないと思う。しかし、番組で提起された問題点を
きちんと政治の土俵に上げて結論を求めていく必要が、
あったのではないか?と思う。つまり、だれが原発を選んだか(選ばなかったか)
という問題について明確にする必要があったのだと思う)
その結果、今回の事態が起こるまで、すっかり、そんな問題が
あることすらも記憶の彼方に行ってしまっていた。
3)そして、最後に、これは大事なポイントだが、
推進、反対両派が真摯に議論に向き合ったように思われる番組だが
実は、その時点ですでに東電は「原発のデータ改ざん」を進行していた
ということ、(これはのちに明らかになる)。つまり、そもそも
推進する立場のひと、大くくりに言ってはいけないので
東電としよう。東電は、「ウソ」をつく会社であるということ。
この事実に注目していれば、
少なくとも「原発の是非」は置いたとしても、
「うそをつく会社」に原発などというリスクの高いものを
扱う資格がないことは、容易に判断の付くところだったであろう
と思うのだ。
以上3点について、末席からではあるが、番組かかわった人間として悔やまれてならない。
ということで、それぞれに反省のポイント。
1)について、
メディアというものの特性である以上、常にその陥穽に気を配らなければ
いけないと、自らをいさめた
2)について、
様々な角度からの論点の提示はとても大事だが、それを、
政治課題として、有権者の意志表示につながる有機性をどう持たせるか?
メディアの役割を考えた
3)について
今回の事故が起こったとき、真っ先に「発表上は疑ってかからなければいけない」
という判断ができたのは、この経験のおかげではあるが、
メディア全般についていえば、その疑いの目がきちんと機能していたか?
という問題はある。これは、今も進行形の問題でもある。
ということで、
今日も書けた。けど、本題は、まだなんだけど・・・
つづく