鉢呂氏の辞任が、話題になった。

担当大臣でありながら「死の町」とか「放射能うつすぞ」とか

およそ、認識を問われる発言をしたからだという。

まあ、大臣の資質がなかったということのようですが、

それはそうだろうと納得をしながら、

では、いったい誰がその資質を備えているというのだろう。


僕としては、もう、資質など求めない、

もともとそんなもの持ち合わせている人間など政治家には

ほとんどいないのだろうから。

なら、何を求めるか?

それは、「やる」こと。つまり行動すること。

鉢呂氏の認識がどんだけあまかろうが、

「脱原発」をやるなら。鉢呂で十分。上等じゃないか。

もう、そんなことで、いちいち大臣やめなくてもいいんじゃない?


とここまで、書きながら、松本龍の時のことを思い出していた。

確かにツイッターで資質らしきことを問うた気がした。

以下ツイートの内容・↓


「お客さんを待たせるな」だと?笑止。3か月も待たされた被災地に入るのだから「お待たせしました」と頭を下げるのはお前のほうだ。しかし、だれもお前など待っていないけどな。九州男児がどの程度のものか知らないが、少なくともB型だからとか言うな。B型の自分が同一視されるのは迷惑。

まあ、だけど「辞めろ」とは書いてないか。
つまり、松本龍については、その言動は論外ではあるにしても、
一貫性を保つ意味からも、結局何もやらなかったことが、一番罪深い
という結論にしておこう。

枝野氏新大臣就任については、
客観的には適任だし「資質」もあるように
みえるが、
官房長官の時の会見内容は、
やはり、妥当だったかというと、それはNOだろ。
イメージはOKだが、実は、彼も原発対応については、
後々責任を問われるべき立場だ。

で、長々と昔話をしてしまったが、

本当に書きたいことは、チェルノブイリの事故からすでに

四半世紀がすでに過ぎてしまったということ、


そして、僕は何の因果か、昨年2010年8月にチェルノブイリに

行ったのである。ということ。

7か月後にこんなことになるとは、夢にも思わずである。


医師の鎌田實さんが、代表を務める日本チェルノブイリ連帯基金

というNPOの皆さんと、鎌田さんと一緒に、

チェルノブイリのあるウクライナから、高汚染地域のあるベラルーシ

までほぼ1週間旅をした。

最初、誘っていただいたときは、というか、行く時もだけれど、

「歴史の現場」を見に行くという感じだった。

それはやはり、僕がテレビの仕事を始めたちょうどその年に、起こった事故である

という意味でも印象深い出来事であったし、歴史に残る核の大事故

であったわけで、その現場を見てみたいという気持ちがとても強かった。

そう、あのときは、「過去」を見に行ったつもりだった。

けれど、それはくしくも「未来」を見ていたのだと、今になって思う。


石棺の前で空間放射線量を図った17マイクロシーベルトだった。

ほかの場所では、6とか7とか、そんな数字だったと思う。

当時は、今一つその数字へのリアリティが感じられなかった。

当たり前でが・・・

しかし、相変わらず30キロ圏内は居住できない。

その一方で、石棺の中には作業員が出入りして何かしている。


一概にフクシマと同一視するつもりはない。

ただ、フクシマの未来を思うと、やはり目をそらしてはいいけないのも

事実ではないか?


だけど、去年チェルノブイリを訪れたときは、

まさか、今回のような原発事故が、よりによって日本で起こるなどとは

思ってもみなかった。本当に。

僕は、チェルノブイリを見た来たにもかかわらず、

日本の原発の安全性について考えてみることもなかったのだ。

それは、明らかに思慮の浅さ、思いの至らなさである。

それが、反省。



で、1986年4月にチェルノブイリ原発事故が起こったわけで、

僕の業界人生とほぼ同じだけの年月がたった。


当時は、まだ若者だったので、知識もあまりなかった。

ただ、「COVERS騒動」については、腹が立った。


世の中には理不尽なことがあるのだなあと思ったし、

これだけ自由で豊かな社会でも、表現が抑圧される

ということがあるのだと、心底びっくりした。


と、そのころちょうど、「朝まで生テレビ」で「原発」を

テーマに推進、反対両派がガチンコこ議論をやることになった。

僕は、学生アルバイトのADだったので、細かいいきさつ

については、後々プロデューサーなどに話を聞いて

知る限りだが、とても画期的な番組だったことは

間違いない。

テレビがなぜ「原発」に触れられないのか?

その当時は、よくわかっていなかった。

危険性についての技術的な議論が主だったと記憶している。


今でも通用するような内容なのではないかと思う。

その意味でも本当に意義深い番組だったと思う。


しかし、今になって思うと、悔やまれてならない

というか、深く考えざるを得ない。


どんな点が悔やまれるかというと、


1)「タブーを破る」というスタイルでテレビ番組で「原発の是非」を取り上げたことが、

なにか、禊のような、世の中に市民権を得る通過儀礼のような

ことになったのではないか?という点。


2)そして、せっかく、提起された論点について、

「議論した」ことに満足して、「結論」を求めなかったこと。

(番組は「結論」が出ないこと、出さないことを一つの信条としていたし、

それは、間違った姿勢ではないと思う。しかし、番組で提起された問題点を

きちんと政治の土俵に上げて結論を求めていく必要が、

あったのではないか?と思う。つまり、だれが原発を選んだか(選ばなかったか)

という問題について明確にする必要があったのだと思う)

その結果、今回の事態が起こるまで、すっかり、そんな問題が

あることすらも記憶の彼方に行ってしまっていた。


3)そして、最後に、これは大事なポイントだが、

推進、反対両派が真摯に議論に向き合ったように思われる番組だが

実は、その時点ですでに東電は「原発のデータ改ざん」を進行していた

ということ、(これはのちに明らかになる)。つまり、そもそも

推進する立場のひと、大くくりに言ってはいけないので

東電としよう。東電は、「ウソ」をつく会社であるということ。

この事実に注目していれば、

少なくとも「原発の是非」は置いたとしても、

「うそをつく会社」に原発などというリスクの高いものを

扱う資格がないことは、容易に判断の付くところだったであろう

と思うのだ。


以上3点について、末席からではあるが、番組かかわった人間として悔やまれてならない。

ということで、それぞれに反省のポイント。


1)について、

メディアというものの特性である以上、常にその陥穽に気を配らなければ

いけないと、自らをいさめた


2)について、

様々な角度からの論点の提示はとても大事だが、それを、

政治課題として、有権者の意志表示につながる有機性をどう持たせるか?

メディアの役割を考えた


3)について

今回の事故が起こったとき、真っ先に「発表上は疑ってかからなければいけない」

という判断ができたのは、この経験のおかげではあるが、

メディア全般についていえば、その疑いの目がきちんと機能していたか?

という問題はある。これは、今も進行形の問題でもある。


ということで、

今日も書けた。けど、本題は、まだなんだけど・・・

つづく