沖縄に初めて行った時、沖縄蕎麦と書かれていた店を見ながら、初めての体験でしたが、ここ入ってみようと思い店内に!元気のいい女将さんに、沖縄そばを注文する!以外に早く出てきてスープを飲んだら、、うまいこと!!うどんかと出てきたときに思ったが、全然違う、ダシが聞いてて、これはうまいと思った麺はラーメンの平打ち麺のようで歯応えが今までのラーメンの中ではダントツに違う!あるところにはあるんだ!驚きで全部完食!実に美味い、この蕎麦を食べるために沖縄に行く価値ありである!
昭和24年に創業した、60年以上味の変わらないすごい店で、丁寧に出汁をとり透きとおったスープはなんとも言えない深い味わいである!東京ラーメンといえば春木屋日々満足を与えてくれる、決してお客を裏切らない名店である!
中野にある行列がいつもできる中華そばや青葉本店です!弟子たちが地方に大きな店を作り本当に青葉の味を継承している人に、青葉の看板をまかせているみたいだ!本店はというと店主の屋台のような店構えということで作られたエル字型のカウンター席だけとなっている、いつも行列ができるのにも、食べてみれば納得する。ダブルスープにありがちな雑味が一切感じられない、最後まで飲み干してしまうほど、醤油の味がいい感じで香りをつけている!食べてみたらわかる!大満足だ!
ここのラーメンはラーメンとは言わず中国麺という、そして店の名前は宮廷料理なにやが本当の言い方、決してラーメンくださいとは言わない、味といえば醤油ラーメンになるが、食べればわかるしっかりとした味で、ちょっと珍しいジャンルのラーメンになる。焼き豚ひとつとっても本当にうまい、なんでも、この店をやる前は、お肉屋をやってたらしく、吟味された焼き豚は最高の出来である!注文するなら、なにや特選を頼むといい!全部の具がのっていて本当に美味しい!一橋学園駅より徒歩で10分のところにある、おすすめの店である!
長崎ちゃんぽんなら、もちろん本場で食べてみたいと思うものである!ちゃんぽんの店もそれぞれに違った個性がひかる、その中でも四海樓のちゃんぽんは絶品である、なんでもちゃんぽんの発祥の場所らしい、他と比較しても、四海樓のちゃんぽんはグーンと上をいく美味しさだ!長崎に行ったらぜひ味わってもらいたい店である!
神様に触れられた体験は自分の人生を大きく変えてくれたので、とてもよかったのですが、酒以外にも、今まで気にもしなかったことがきになりはじめたのです。まずタバコです!今まで一日3箱は軽く吸っていました、一回吸ったら、五分もたたないうちにまた吸いたくなるのです!タバコだけはやめようとも今まで考えたことがなかったので、タバコはやめられないと思っていたのです。しかし教会にいきはじめるとタバコは吸ってはいけないんじゃないかと思いはじめたのです。そんなこと人の自由だと、思いながらもなんともいえない罪責感におそわれるのです!捧げるといいという話を聞くと、タバコをあなたに捧げますと言って、捨てるのですが、10分とたたないうちに、又タバコを買っては吸うということを繰り返していました。そんなある午後三日間家で寝ていると同じ夢を三回みたので す!口からコールタールのような物が口から溢れるばかりにでてくるのです!そして、あなたは死にますと宣告を受けるのです!あまりにもリアルだったので、心に恐れがきました。そして助けてくださいと、祈りのように神に願ったのです!その次の朝起きた時、いつもならば、タバコに火をつけるのだが、不思議と吸いたいと思う気持ちが出てこないのです、なんとその日からタバコの生活がなくなったのです!そして変えられていくのです!
ステーキとハンバーグのお店、ウッドストック小金井店!ここの店長はステーキの焼きかたコンテストで優勝したことがある方!俵型に成型されたハンバーグを熱々の鉄板に乗せてもってきてくれて、お客さんの前でレアかミディアムかを聞いて、お好みの焼き加減で提供してくれる、特にすごいのは、ハンバーグでレアが食べられるところだ!ハンバーグ業界の中でもめずらしい!肉がよっぽど新鮮でないといただけないシロモノだ!知る人ぞ知る肉の名店である!
教会生活に入ってトントン拍子で進むかと思いましたが、教会生活は実に自分の性格と合わないことばかりだったのです!今までの友人たちとはあまりにも違うのでどう話したらいいか、どう付き合ったらいいかぜんぜんわかりませんでした。教会の礼拝が終わって、人と交わることが苦手だったのもあって逃げるようにして帰っていったのですが、ある日礼拝が終わったらすぐに隣に座っていた兄弟に話しかけられたので、なんて言ったらいいのか、どうしようかと思いましたが、向こうからの問いかけに答えていると、じゃ、一言祈りましょうかと言われて、先に私が祈りますから、次に祈ってもらえますかと言われたのです。えっ!と思いました、、、祈り!そんなの今までのやったことがないし、聞いたこともない!確かに礼拝前に牧師や司会者が祈っていたが、それも忘れてしまったしどうし ようかと思い一言も答えられずにいたら、向こうが察したのか、じゃあ僕が祈りますねと言われ、アーメンだけは知っていたので、向こうがあーめんと言ったら直ぐに続いて、アーメンとだけ言いました。そして逃げるようにして帰ったのです!(続きは又いつか)
イエスキリストの公の生涯は3年半と以外に短かかった、公の生涯の中に弟子たちもそうだが、くわわってパレスチナ、日本で言えば四国ほどの大きさだが、そこで福音を語られ聖書を解き明かして旅を続けられた、もちろんイエス様は人として歩かれたのでお腹も空いたし、喉も乾かれたに違いない、ここでイエスはサマリヤを通っていかなければならなかったとしているが、ガリラヤに行くのに、特にサマリヤを通らなくてもいけたのだ、イエスはあえてサマリヤを通られたのには神の御心があった。その町に心が乾いている女がいたからである。一人のために道を変えてまでいかれる、イエスの心はそのような状態の人(すべての人)が命をうけられるように、今日も行かれる方である。あなたのところに!
それで主は、ヤコブがその子ヨセフに与えた地所に近いスカルというサマリヤの町に来られた。
そこにはヤコブの井戸があった。イエスは旅の疲れで、井戸のかたわらに腰をおろしておられた。時は第六時ごろであった。
ひとりのサマリヤの女が水をくみに来た。イエスは「わたしに水を飲ませてください」と言われた。
弟子たちは食物を買いに、町へ出かけていた。
そこで、そのサマリヤの女は言った。「あなたはユダヤ人なのに、どうしてサマリヤの女の私に、飲み水をお求めになるのですか。」--ユダヤ人はサマリヤ人とつきあいをしなかったからである--
イエスは答えて言われた。「もしあなたが神の賜物を知り、また、あなたに水を飲ませてくれと言う者がだれであるかを知っていたなら、あなたのほうでその人に求めたことでしょう。そしてその人はあなたに生ける水を与えたことでしょう。」"
ヨハネの福音書 4章5~10節







