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リハビリのこと、庭のこと、コペンのこと

スタッフ同士の関係だってそうです!
なめられたくない、優位に立ちたい、自分の意見を優先させたい

そういう思いが、他のスタッフを攻撃するきっかけになるのかもしれないですね。

弱い立場になると良く見えてきます。

その空気に負けないように、気合い入れて、自分を強く大きく見せようと頑張って。

自分を強くするってことが、自分よりも弱い人間を作るってこと。それが組織の空気を悪くするってこと。

長い目で見ると、どうなんだろう。

自分が正解者になることで、誰かの不正解を際立たせてしまうことは、正解じゃないような希ガス。


「私と小鳥と鈴と」

私が両手をひろげても、 お空はちっとも飛べないが、

飛べる小鳥は私のように、 地面(じべた)を速くは走れない。

私がからだをゆすっても、 きれいな音は出ないけど、

あの鳴る鈴は私のように たくさんの唄は知らないよ。

鈴と、小鳥と、それから私、 みんなちがって、みんないい。
リハビリをしている患者さんには、良くなってもらいたいですが、良くなることは一番大切な事ではないと思います。

リハビリをしている今は、「なんとかなるはず」、と思っているくらいがちょうど良いと思います。
リハビリを続けているうちに、良くなる部分も良くならない部分も、全てが自分自身だと実感して、そんな自分を自分で認めて、好きになれる、それこそが一番大切な事です。

心身の回復が一番大切だと思って進めるリハビリは、本当に大切な事を見失いそうなので、気を付けてほしいです。
人を不愉快にさせても自分の目的を果たす人、イヤですよね。

でも、人を不愉快にさせることが目的の人は、もっとイヤです。数ある方策の中から、わざわざ人を不愉快にする方策を選ぶ人、不愉快になった人を見て楽しんでいる人、他人の不幸を見ることでしか自分の幸福を感じられない人、そんな人がいる職場。

そんな職場が存在するということを知ってるので、自分の目的を果たすために必死な人、どうしたら良いか分からずに他人に当たり散らす人を見ると、いとおしく思えます。

転職して、良かった!
他人を攻撃して排除することで、ご自分の、または御組織の正当性を確認中の皆さま、どうぞそのまま淋しい人生をお歩み下さいませ。

どうか、皆さまが、ご自分の愚かさにお気づきにならずに、他人を恨み、他人に恨まれながら一生を終えられますように。

な~んて、言えたらスッキリするんだろうなぁ~ドキドキ
身体を動かすにも考え事をするにも、ヒトが何かをする時、そこには必ず「意図」があり、「努力」があります。

これらは意識できるものばかりではなく、無意識に意図したり努力したりするのが大部分だと言われています。

意図の仕方や努力の仕方には人それぞれのクセがあります。

そのクセのせいで心身に良くない影響が及ぼされていることもあるのですが、無意識にやってしまうものなので、自分で治すどころか、そういうクセがあることに気付くことすらできないのが普通です。

ただ、本人が気づけないことも、他人からみれば見える事があります。

今起こっている、目に見える現象だけにとらわれずに、どんな意図があり、どういう努力をした結果生じた現象なのかを考えることが解決の糸口になるかもしれません。

解決されなかったとしても、その人への理解が深まり、援助者側に負の感情が起こりにくくなったりします。

本人には意識できない意図や努力に意識を向けることが、援助者の役割なんだと思います。

何事も表面的な事柄で判断せずに、そこにある「意図」を理解するべきです。その意図が当人にとって好ましくないものなら、何らかの行動を起こすべきなのです。
歩行の自立度を決めるには何を見ると良いのか。

「歩行練習中は独歩で安定して歩けていたのに、フリーにしたら転倒してしまった」とならないためには、どうすれば良いのか?

病棟で歩行練習をしながら、患者様に話しかけてみると良いです。話の内容は、天気のことや体調のことのような、上の空でも答えられることから始め、徐々に今朝の朝食メニューや今日の日付、曜日、計算問題など、少し考えないと答えられないことを聞いていきます。

答える時に立ち止まったり、手すりをつかんだり、あるいは座っていれば答えられるのに歩いていると答えられない人は、転倒のリスクが高いと言われています。

椅子に座ってラジオ体操をしている様子からも判断できます。動きが小さい人よりも、リズムについていけない人は要注意です。

転倒評価バッテリーが実施できればそれで判断できますが、日常の看護、介護の中でもある程度の判断は可能です。