彼が見た物事がようやく今、私たちの目にも明らかになりつつある。しかしそれはまだ始まったばかりだ。
これから闇の最後の足掻きは益々激しさを増し、それに伴って(戦争・病気・自然災害・・・)誰もが皆生存の危機を感じ始めるだろう。
しかしながらそれは、『いったい今何が起こっているのだろうか?』光(情報・真実)・愛へと私たちの目を開かせる為のプロセス・登竜門でもある・・・
そしてその先、愛と光によってそれは『希望・喜び』へと姿を変えられるだろう・・・
ジョン・レノンの告白
もし、今という崩壊の時代を内面的に観察するならば、行き過ぎた男性性による世界の分離と闘争そしてこれによって虐げられた女性性の痛みと悲しみ絶望を見るだろう。
しかしながら、今日の様な外面的な世界を投影する価値観に縛られ続ける限り、男性性・女性性というこの内面の極端なアンバランスによって引き起こされた私たち自身の深い心の傷を自覚する事は無い。
だが今、正に目に見えてきた現実の崩壊は私たちを深い内省へと導き、これまで過度に男性性に振れすぎた振り子を、女性性へと大きく引き戻す事になるだろう。
そして女性性の命へと繋がる深さ強さそしてその情熱と決意こそは、私たちの深く傷ついた心を癒して行く事になるだろう・・・
現在この世界を先導している光側と闇側のプレーヤーは、双方既にあと数手でチェックメイトである事を知りながら、その最後に向けてのゲームを続行しつつある。
何故ならば、そのゲームの行方を見通す事の出来ない個々の駒役である私たちは、それを最後まで果たし遂げずしてその全貌の理解には到達し得ないからである。
それは、それぞれ自身にとっての人生ドラマの総計となる故に、仮に行き着く先を予見できたとしてもその過程を省いてすっ飛ばす事などはあり得ない。その過程一つ一つこそがそこへ辿り着く為の神聖な人生(魂)の学びなのであるから・・・
そして今現在、残すはあと一手か、二手か・・・

そして今現在、残すはあと一手か二手か・・・
これからの新時代、バチカン等この背景を熟知している数少ない現行のトップの権力者間においては、誰が彼らとの接触の主導権を握るのかという事が問題となるのだ。 その者こそが今後の世界を制する事が出来るという事を彼らは知っているからだ。
しかしながら、闇の時代の支配体制が終わろうとしている今、その時代における役割を終えた彼らがそのけん制を引き継ぐ事は出来ない。
新時代のリーダーは、光(情報・真実)と愛を抱く全く新たな資質を備えた人々に取って代わられる。
この様にして新時代はスタートするだろう・・・
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記事訳:
バチカンは常に秘密の要塞であり、詮索好きな目から古代の知識を守ってきた。しかし今、歴史の重要な局面で、彼らはUFO、エイリアン、そして宇宙に対する我々の理解の根底を揺るがしかねない「出現」に関する爆弾を投下している。なぜ今なのか?彼らは何世紀にもわたって隠してきた何を知っているのか?
今週木曜日の記者会見は前例のないもので、1978年以来、バチカンがこのような別世界の話題を公然と取り上げたのは初めてのことである。この発表は単に漠然とした可能性についてではなく、宇宙人との潜在的な遭遇をどのように扱うかについての新しいガイドラインを発表するものである。そう、バチカンは地球外生命体との接触に備えているのだ。この動きは、彼らがすでに知っているかもしれないことを物語っている。・・・
全ての命が共有するこの親密さ(一体性)が、エゴの無知(分離意識・貪欲・恐怖・傲り)の暴走によって挫かれる時、全ての不幸(悲しみ・怒り・憎しみ・絶望・・・)が始まる・・・
これまでの闇の時代の主流では、物質的価値に重点が置かれ命の一体性は軽んじられるという流れが全力で推し進められてきた。
そして、この時代の終わりと始まりという変わり目における今、私たちはそれぞれ蒔いてきた種の結果を刈り取る。
私たちの人生は、痛みの経験を通して、その実際的な意味を学ぶ。幼児が熱い物に実際に触れる事でその意味を知るように。
そしてその経験こそが新たな自立への一歩となるのだ。
その新たな一歩となる一体性・命へと立ち返って行く過程において、自らの意識の内へと向かう探求に重点が置かれる様になるだろう。
その過程はやがて、この命を包含する無限の知識へと繋がる扉を開くだろう。
今次々と押し寄せている光(情報・真実)と愛の津波は、この前世代の無知の闇夜を瞬く間に永遠の彼方へと退けて行くだろう・・・
今日では崩壊しつつある『商業至上主義への信仰』が作り上げてきた『詰め込み教育』といった例に示されるような教育制度に対して疑問を持ったエジプトの人々が、日本式教育を参考にして打開策を模索しつつあるようである。
観点変わって、陽光が照らすようになった今だからこそ、これから世界中様々な場所で発芽し始めるだろうこの様な愛と理解への取り組みが、次々と実を結び始めるだろう。何故ならば、これ迄はこの様な芽をことごとく摘んで排除してきた商業至上主義の利権の牙城が、今はまさに崩壊しつつあるからだ。
同時に他方で、これからの数年に渡って私たちは、これ迄覆い隠されてきた故に誰も想像だにする事も無かった常識的にはとても信じ難い世界支配の構図を目の当たりにする様になるだろう・・・
そして私たちの多くが、そのショックにより彼らを責めるだろう。
しかしながら、支配する者とされる者、これは共依存の関係なのであり、同じ穴の狢であり、一つのコインの裏と表、一蓮托生、一体なのである・・・
やがて、一連の苦しい浄化の過程を通過した後、愛と光の新時代へ向けての新たな展望が開けて来ると共に、そこへ向けてそれぞれ独自の自立した歩みについての模索が始まるだろう・・・
『動植物を含めた地球に生きる私たちは、皆愛を共有しその愛において一つなのだ』
今、愛と光は益々増大しており、この認識(自覚)がやがて私たち全ての内を貫く時がやって来る。
その瞬間私たちは、それぞれが個として自覚してきた自分という存在が実は分離という幻想から産み出された幻にすぎなかったのだ、ということを大きな衝撃(恐れ・怒り・悲しみ・絶望・反発・・・)を以て自覚するだろう。そしてそれと共にその反映であった社会は瓦解し、換りに愛という真実に基づいた新しい社会基盤が新生されて行くだろう。
これが今日の世界で起こっている大混乱の根底にある要因である。それはこれから、その変性の頂点に向けて益々激しさを増大させるだろう・・・
記事の翻訳
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抱き合う2羽の未亡人ペンギン、2020年オーシャン・フォトグラフィー第1位を受賞
オーシャン・フォトグラフィー・アワードは、毎年、世界中から海洋写真家を募り、水中と水上の生態系の美しさと素晴らしさを捉えたベストショットを紹介している。「オーシャン・フォトグラフィー・アワードは、私たちの美しい青い地球を称えるものであると同時に、地球が直面しているさまざまな問題を浮き彫りにする場でもあります」とOPAチームはウェブサイトに記している。
今年のオーシャン・フォトグラフィー・アワードの受賞者は先日発表されたが、もちろん、いつものように期待を裏切らない作品ばかりだ。しかし、今年特に多くの人々の心を掴み、コミュニティ・チョイス賞を受賞した写真がある。その写真とは、ドイツの写真家トビアス・バウムガートナーが撮影したもので、ふわふわの2羽のペンギンがお互いを慰め合っている様子を捉えたものだ。
トビアスの見事なショットは、オーストラリアのメルボルンで撮影された。「このような時、本当に幸運なのは、最も愛する人/人と一緒にいられる人だ」とトビアスはインスタグラムに投稿された写真の説明に書いている。「この2羽の妖精ペンギンは、メルボルンのスカイラインを見下ろす岩の上で、ヒレとヒレを合わせて何時間もそこに立ち、スカイラインと海のきらめく光を眺めていた」
判明したのは、この小さなペンギンは2羽ともパートナーを亡くしており、お互いを慰め合っている姿がよく目撃されていたということだ。「あるボランティアが私に声をかけてきて、白い方はパートナーを亡くした年配の女性で、左の若いオスもそうだったらしいと教えてくれた。それ以来、彼らは定期的に会い、お互いを慰め合い、何時間も一緒に立って近くの街の踊るような光を眺めています」と写真家は続ける。
「この写真が撮れるまで、私はこのペンギンのコロニーで丸3晩を過ごした。ライトを使うことも許されず、小さなペンギンは動き続ける。お互いの背中にヒレをこすりつけたり、お互いを掃除したり。ショットを撮るのは本当に難しかったのですが、ある美しい瞬間に幸運に恵まれました。この瞬間を私と同じように楽しんでほしい」トビアス、それは確かだ。
「このラブラブな2羽がお互いを思いやる姿は、コロニー全体の中でも際立っていた。他のペンギンたちはみんな寝ているか走り回っている。あの2羽はただそこに立って、一緒にいる間中、お互いをヒレで抱き合ったり、ペンギンのことを話したりして楽しんでいるようでした」と写真家は付け加えた。
それぞれの人生がある・・・
彼は、お道化ながら冗談のようにして話しているけれども、どれ程の痛みと覚悟を以てここに臨んでいることだろうか・・・
そうでもしないと、この場をその深刻さで硬直させたものにしてしまっていただろう。
私たちは今、目に見える社会(マスメディアの報道)の背後において、この様に列車の最も先頭に乗る人から順にそれぞれの人生(内的な現実)の中での光と闇の激しい激突が始まっているのだ!
愛と光の新時代へ向かうという事は、まず外の世界にそして自らの内に潜んできた闇の実体に直面する事から始まる。
その様な大いなる変性の過程を通ってこそ、新しい未来への創造の旅をスタートさせる事が出来るのである。
誰もその衝撃から逃れる事は出来ない。
列車の後方に乗車している私たちの殆どにも、やがてその激突の衝撃が順次に伝わりやって来るのである。
私たちはただ、その過程の全てをそれぞれにとっての学びとして受容するのみなのである・・・