平成の大合併で町村は、合併をし、多くの町村は市になりました。


宇陀市もその中の一つです。
町村と市では、責任と権限が異なります。
そのため、ある程度の規模がなければ、市になることはできません。そして、一度市になれば町村に戻ることはありません。


本来町村が市に昇格をするには、人口が5万人以上になる必要があります。
しかし、平成の大合併で合併をした市の場合は、3万人以上で市に昇格ができるように緩和がされました。これは一見、良いことのように思われがちですが、本来5万人いなければいけないところを2万人少ないのですから、あとあと問題が出てくることも多いのです。


一例を挙げますと、生活保護です。
生活保護は、国の制度として運営がされています。収入を得ることができずに貧困にあえいでいる方にとっては最後のセーフティネットです。では、この生活保護は国が負担をしているのでしょうか。

町村の場合は、国と県が全額負担をしています。
一方で市の場合は、4分の1の費用を市が負担をすることが求められます。
実際に宇陀市でも年間1億円を超える費用を負担をしています。
これは、旧町村時代には、1円も求められてこなかったことです。


他には、下水道事業です。
市立病院の隣に、下水処理場がありますが、あれは現在県の施設として、奈良県が管理運営をしています。
しかし、合併によって、管理運営を宇陀市が行わなければならないことになりました。
今、奈良県に対して、例外的に宇陀市ではなく、奈良県が運営をするように要請をしているそうですが、法律上宇陀市が運営をするしかなく、年間数億円の運営費を合併特例が切れる5年後から用意をする必要が出てきています。


町や村よりも、市のほうがよいと思われがちですが、市になったために、今まで以上に負担をしなければならなくなったものも多いのも事実なのです。そして、一度市になれば、もう町村に戻ることはできません。

町村は、国や県から手厚い保護を受けてきたのです。
平成の大合併は、その町村をほとんどなくしてしまうということであったということです。
大都市圏の合併と異なり、中山間地域の町村の合併は、完全に国の都合で行われたのです。
そこで、合併をした市町村には、10年間他の自治体と比べて、手厚い保護を与えることにしました。
理由は、町村時代と比べて、市は負担が増えるからです。

いきなり、負担だけを増やせば、町村からの抵抗は避けられなかったでしょう。一方で、町村が単独で運営をしていくこともしんどいことであったのも事実です。そして、合併特例で起債ができる合併特例債は、大型公共投資を行いたい町村にとっては、輝いて見えたのでしょう。

ただ、忘れてはいけないのは、平成の大合併の一番の理由は、国の都合だということです。
決して、町村を振興するために設計されたものではないということです。
決して合併特例に浮かれてはいけないのです。


人口5万人未満でありながら、特例で市になった合併市は、大きなリストラを行わなければ、市の運営が立ち行かないのです。

したがって10年間の合併特例措置は、公共投資に安易に使ってはいけないのです。


しかし、宇陀市は大型公共投資を積極的に推進をしました。
誠に残念ですが、市政を担う立場の方々は、財政の見通しも、国の補助制度の在り方すらきちんと把握していませんでした。

市立病院建設の際に、合併特例債は4分の1しか起債ができないということを、後で知って県に陳情に行ったという話を聞きました。宇陀市だけが、4分の1ではなく、合併特例債の制度設計上4分の1以上の起債は認められないのです。

下水道は合併をすれば、運営が県から市に移管されることは分かっていたことです。それを後で交渉をして何とかしようというのは、無茶な話です。


このように、甘い見通しの中で多くの自治体が合併をしました。
そして、今頃になって、合併が大きな負担を押し付けられるものだと気がつき始めています。


遅い。
合併特例は、合併後の激変緩和措置であるということを、もっと認識しておかなければなりません。


一応書いておきますが、
合併特例が切れるころから、市立病院建設のための起債の返済が始まり、下水道事業を市が運営をするようになり、特例交付金が全廃をされ、人口減少に伴って特例ではない一般の交付金も削減をされるのです。


当たり前ですが、病院を建てたツケは、住民が受けなければなりません。
下水事業の移管は、最初からわかっていたことです。これも確実に住民負担を求めなければ、事業継続が不可能です。
人件費の大幅抑制は、不可避でしょう。


それらを、ただ押し付けるのか、今必死に行政を立て直すのか、これが4年間に課せられた使命なのです。


できなかったら、大幅な住民負担は避けられません。



このことに気が付いている、市は手を打っています。
宇陀市は、手を打つどころか、大型公共投資を何もとめておりません。


いい加減にしましょう。

今回の議会には、さまざまな提案がなされました。
その中には、取り扱いに大変苦慮した案件もありました。


医科大学の移転に対して反対をする意見書、医科大学の誘致を望む請願、まさに正反対の趣旨を持ったものが議会に対して提案をされたのです。


少し、医科大学移転についての経緯を説明します。

橿原にある医科大学は建物が大変老朽化をしており、近い将来に建て替えを行わなければならないと指摘され続けておりました。一方で、妊婦の受け入れ拒否に代表されるように、現状の医療体制の不備も指摘されており、附属病院の機能強化についても議論が行われておりました。

現状では、医科大学、附属病院ともにスペースに余裕がなく、医大の建て替えも附属病院も機能強化についても難しいのです。
そこで、医科大学を今の敷地の外へ移転をさせ、附属病院の機能強化と医科大学の建物の更新を行うというアイディアが生まれたのです。


ただ、その候補地として最初に名前が挙がったのが、生駒市にある高山第二工区であったために、橿原市を含む近隣の市町村からは、大きな反発が起きました。
医大の臨床研修場所としても、附属病院は必要で、医科大学を移転をするということは、附属病院についても、今よりも機能が落ちるのではないかという指摘がなされたり、附属病院を奈良や生駒に新設するのではないかという話まで出てきました。


ただ、中和地域の基幹病院である附属病院を廃止することは、あり得ないとの説明は県庁から聞いておりますので、医大移転=病院の廃止とはつながりません。

医大の移転はどこかで考えなければならないことですが、それがどこに行くのかは、まだ決まっていないということです。また、臨床研修の観点から考えると、病院とセットでなければならないのも、動かしがたい事実です。

今のところは、まだ医大の将来について検討段階だということです。



さて、その中で出された意見書と請願です。
意見書は、橿原市議会など中和地域の市議会で軒並み、提出をされておりました。
医療の質や大学の質を担保せずに、附属病院の将来についても示さずに、ただ移転をするというのは、承服できないとの意見です。

請願は、現在宇陀市が所有をしているに休遊地医大を誘致すべしとの意見です。
ただ、請願には大きな問題も含まれておりました。
まず、一点目は候補地に挙げている休遊地には、産業廃棄物処理場跡地が含まれていることです。
処理場跡を再利用するためには、埋めた廃棄物を再度処理をしなければなりません。その費用は当然宇陀市が負担をしなければなりません。
もう一点は、処理場を含む土地を県に対して売却をするように求めていることです。
交渉のテーブルに着くためには、売却ではなく、無償譲渡もしくは無償貸与が求めれるでしょう。
しかも、候補地は更地ではなく、山林です。その整備についても宇陀市の負担が求められるでしょう。
産廃処理場を再利用するのですから、周辺住民に対する補償や配慮も求められます。

以上、医大誘致には、宇陀市として相当な覚悟が必要であるということです。


それらを踏まえたうえで、宇陀市議会は、意見書については採択を行い可決、請願については、再度の検討が必要とのことで継続審議となされました。


もちろん賛否両論ありますが、議会としては最善の策であったと考えます。
将来負担についての議論をすべて棚上げする、近隣住民への影響を議論をせずに、誘致へと突っ走ることは難しいでしょう。

あらためて、将来の負担と近隣の負担を検証をしたうえで、行動をしていくことがよいでしょう。
政治家として、将来の負担について、住民の負担について議論を行うことは当然のことであります。


これからも、しっかりと議論を続けていきたいと思います。
今日から参院選が始まります。
7月11日までの間は、政治活動が制限を受けます。


街頭演説や街頭でのチラシの配布はすべて自粛しなければなりません。
議会が終わって、いち早く報告をと思ってもできないのです。


しばらくの間、お待ちくださいませ。


けど、参院選の後に議会報告を配るのもなんかピンとこないですね。
どうしたものか。。