心の元気事典 -6ページ目
以前「なりたいものにはなれない法則」
という記事を書きました。
「ゴールを設定すると
そのゴールには到達できない」
という衝撃の法則でした。
その内容はその記事を
参照して頂くとして
ゴールの決め方の方に
注目していきます。
まず「なりたい結果」が
あるとして、それをゴールに
してはいけません。
ゴールは達成できない、からです。
なりたい結果はゴールへの
途中のハードルだと
考えます。
そこに差し掛かるとちょっと
抵抗を感じますが、
ゴールへと続く道の途中です。
飛び越えていくものと
捉えます。
「なりたい結果」は一つでは
なく複数あると思います。
それらはゴールまでの道に
設置するべきものです。
良い順番を考えて並べましょう。
ハードルの低い順の
イメージです。
歩けるようになってから走る、
賞をとってからデビューする、
プロになる、そしてその中で
トッププロになる、さらに
チャンピオンになる・・・
そんな感じです。
それで最後にゴールです。
でも達成したいものでは
いけません。
ゴールは達成できない
からです。
「気持ちの方向性は
合っているけど
達成は出来ないだろうな」
そう思えるものが
ゴールになります。
達成できないというのは
予測であって、すべてがうまく
いけば達成できる可能性も
0じゃないということが大事です。
可能性もあるし自分の行きたい
方向性と一致している。
だからそこに“向かう”のです。
そのように設定すると
ゴールに向かって進みつつ
各ハードルをこなしていけます。
例えば「小説家になりたい」
場合を考えてみましょう。
言い換えると何らかの
「新人賞をとる」ということに
なると思います。
でも「新人賞をとる」を
ゴールにしてはいけません。
ゴールに近づいていくほどに
ブレーキがかかります。
ギリギリのところで止まる
ようになります。
それはゴールがゴールだから
しかたありません。
ゴール=終わり、なのです。
ゴールしては終わってしまいます。
終わりたくないから
止まろうとします。
2次選考辺りで止まり
続けることになったりする
はずです。
ゴールを決めるために
新人賞をとった後を
考えましょう。
そのまま行くと本を出版、
ということなるんでしょう。
そうすると部数の目標が
出てきそうです。
「自分の本が10万部売れる」
いい目標かもしれません。
そのあとはどうでしょう。
「連載を持つ」のもいいですね。
収入も増えていくでしょう。
「年収1000万」という収入面の
ハードルも出てきそうです。
影響力も出てきますよね。
小説を超えていくことも
ありそうです。
「ドラマ化される」
「映画化される」
収入もさらに増えますね。
小説はなぜ書くのでしょうか。
そういう概念も必要です。
創作物なので、人に何かを
与えることになるでしょう。
それが感動なのか、
安らぎなのか
温かい気持ちなのか、
生きる力なのか。
そういう領域にも入ってきます。
あとはどれくらいの人に、という
目線も必要です。
100人でしょうか。
1万人でしょうか。
100万人でしょうか。
1000万人でしょうか。
様々な面の目標から
かっこいいもの、自分の心に
ピンと来るものを選びます。
「1000万人に生きるちからを
与える小説を書く」
などとなってきます。
ここは道の中のハードルです。
最後は何かを突き抜け
させましょう。
何を与えるかで言えば
「日本人全員を幸せにする小説を書く」
でもいいです。
対象人数でを広げて
「全世界の人に生きる力を与える」
でもいいです。
なんなら、合わせて
「全世界の人を幸せにする小説を書く」
でもいいでしょう。
それをゴールとします。
ゴールは一生そこにあり
あなたの道しるべとなって
くれるでしょう。
そのゴールに向けて今は
新人賞に向けた一作を
仕上げるのです。
最初の「新人賞をとる」は
簡単ではないかもしれませんが、
それ自体をゴールにするよりは
第一のハードルとして適切な
ステップだと捉えることが
できると思います。
こうやってゴール設定すると
人生楽しいですよ。
今日もあなたに「ぴーす」を。
自分にとっての良い事を
記録するノートが
「すごいノート」です。
できたこと
よくやった、と思うこと
よかったこと
ありがたいな、と思うこと
を日々書き残してみて
下さい。
慣れていないとなかなか
思い浮かばないと思います。
「いいことなんてあったっけ?」
「できたことなんてないなぁ」
そんな風に考え込んでしまうかも
しれません。
それは、普段から意識して
いないからです。
だいたいの人は非常に
注意深く生きているので
気を付けるべきところ、
危ないところ、不安なところ
なんかに注目するんです。
生きていくために必要な面も
あるでしょう。
ただし、生きていくために
必要であっても、
幸せになる為には必要では
無いということです。
幸せになる為に必要なことは
生きていくために必要な事
以外のことです。
人は注意すべき点を考えますが、
それは考えられるくらい
ちょっとしかない、ピンポイントな
事なんです。
それ以外は全部「よいこと」です。
普通のことも「よいこと」に
含めてしましましょう。
「日常」や「普通」も大事ですから。
そうすると多すぎて
考えられないんですね。
考えられないというより
考えきれないというべき
でしょうか。
だから簡単な方の注意点ばかり
見てしまいます。
実際は注意点5%、普通か良い事が
95%くらいあると認識しておけば
いいでしょう。
そう認識しておくだけで
気持ちも変わるはずです。
5%くらいの部分しか
見ていなかったなんて
視点が狭くなっていたなぁ、
と思えれば十分です。
大部分を占める、良い事の
方ももっと認識して
いきましょう。
人生のほとんどは
「ぴーす」です。
「好きな事をやる」
「やりたいことをやる」
そんな言葉を
たまに目にします。
行動が大事と言いますけど
やるのは実はそんなに
難しくないと思ってます。
なにしろ好きな事や
やりたいことなのですから
できるでしょう。
それでも「行動することが
大事」などと言われることが
多いのは、できていないからに
ほかなりません。
何が原因か。
「好きな事」がわかっていない、
的外れである、ということです。
今、思っている好きなことは
“本当に”好きな事か
確認しましょう。
好きなことを思い浮かべて
下さい。
はい、今ニヤニヤしてますか?
清々しい気持ちですか?
身体が「快」の反応になっているか
どうか。
そこを確認しておけば大丈夫です。
ふーん。という感覚なら好きな事では
ないかもしれませんよ。
一年前に書いた記事です。
自分でも勇気をもらって
しましました。
この時の思いは今も
変わっていません。
皆さんの、よき一日を
今日も願っています。
明るい今日に「ぴーす」を。
「決める」法則は
願いがかなう最強の
法則です。
何でも自由自在に
叶うので、“最強”と
言っています。
決めてしまえば世の中に
ある数々の成功法則は
いらなくなってしまいます。
不要というよりはすべてを
含んでいる、という感じ
でしょうか。
今日は「決める」こと自体に
ついてです。
「決める」のは何かというと
ゴールです。
願いを叶えるために
ゴールを決めてほしいん
ですよね。
当たり前のことを言っている
だけのように聞こえるかも
しれませんが、
9割くらいの人は
出来ていません。
出来ていないというと
能力の差のような
イメージですが
やって出来ないのではなく
そもそもやっていない
というニュアンスです。
多くの人はゴールを
決めていません。
まずゴール設定の大事さ
を説明します。
空想と現実を考えて
みましょう。
「空想」というのは
妄想というか想像というか
まぁ、思い描くことですよね?
皆様できますでしょうか。
なんなく出来ると思います。
好きな食べ物とか
好きな動物とか考えると
嬉しいでしょうし、
逆は・・・想像しなくても
良いと思います。
現実の方はどうでしょうか。
好きな食べ物ある
好きな動物いる
嬉しいですよね。
それは「好きな食べ物が
ある」からうれしいのでしょうか。
「好きな動物がいる」から楽しい
のでしょうか。
たぶん食べ物があって、食べて
美味しくて幸せで嬉しいんでしょう。
動物がいて、見て、触って
可愛くて、楽しいんでしょう。
結局、モノ・現物はきっかけ
でしかなくて
最後は感情なんです。
しあわせ~とか、かわい~とか。
そうすると、空想と現実で
どちらも感情を味わっている
ということで、区別はないんですよね。
だったら空想するにしても
楽しい方がいいよねってことです。
で、ゴール設定の話で戻りますが
ゴールは空想なんですよね。
まだそうなっていないという意味で
でも、体験としては同じです。
だから嬉しいゴールを設定
することが大事だということです。
設定する、というのは「選ぶ」
ということです。
ゴールというのは自分の意志で
選べるんです。
「これがいい」と決めて
いいものなんです。
だから、好きなものを
選びましょう。
ほとんどの人は考えていません。
選んでいないんですよね。
「大将のおまかせで」みたいに
なってしまっています。
それでは、いいことも
わるいことも、色々と
起きてしまします。
自分でしっかり見極めて
決めていきましょう。
ゴール決めるのに
お金が必要とか関係ないですよ。
必要かどうかもゴール次第で
決まりますから。
「どうやって」の部分は自動的に
決まります。
あなたは「どうなるか」という
ゴールだけ選んで決めて
下さい。
あなたが主人公の世界ですから
どうぞ、自由に自分の意志で
決めて下さい。
今日もあなたの世界に
「ぴーす」を。
余命宣告というのは
日常よりはドラマとか
小説で触れる機会が
多いと思います。
余命3年とか1年とか
「もってあと半年でしょう」
みたいな、ちょっとシリアスな
展開が思い浮かびます。
だがしかしですよ。
余命というのは残された命です。
人間に寿命がかならずある、
とすれば、余命も必ずある
と言えます。
生まれた時からあるのです。
人はたぶん、本当は
分かっているのでしょうけど
見たくないからなのか
なるべくそこには
触れないように
思い出さないように
避けて生きていると
言えるのではないでしょうか。
僕自身もこの記事のタイトルを
書くときに、少し抵抗を感じました。
しかし本当に見ないふり、
忘れたふりのままで
いいのでしょうか。
逆に意識してみると
世界が違って見えてきます。
平均寿命80年として
今30才なら余命50年
40才なら余命40年
60台なら余命20年です。
これも何もなければでの
状態でしょうから、
何かあれば縮むことは
あるでしょう。
そう考えると上記は
最長の余命であるとも
言えます。
40才の場合、40年とはいえ
「余命40年」と文字として
みると何か胸に来るものが
あるのではないでしょうか。
僕はあります。
ズシンと重い感じもします。
悲しさと共に、見たくない
気持ちにもなります。
でも、そこを見ることで
普段の行動が変わります。
皆さんはどうでしょうか。
余命を意識することで
余計なことをしたく
なくなりませんか?
もっとやりたいことを
やろうと思いませんか?
将来の為に我慢しようと
思いますか?
もっと一日を楽しもうと
思いませんか?
悔いの無いように生きようと
思いませんか?
「いつも通り」と違う過ごし方が
思い浮かぶのであれば
余命を考える価値も
あるというものです。
区切ってみる、ということに
人の考え方を変える力が
あるのだと思います。
もしかしたら、自分の
【本当の想い】が
浮かび上がってくるかも
しれません。
たった1秒先でも
「必ず生きている」という保証は
誰にもありません。
私たちは、刻々と刻まれる時を
本当に奇跡的に生きている
のだと思います。
「余命○○年」○の中は
人それぞれ分かりませんが
たまには意識して
生きていきましょう。
何をするにも
自分の命(時間)を
使っているんです。
すべての人の1秒1秒に
「ぴーす」を。
内か外か。
イメージの力って
すごく大きいと思います。
社会や世の中や物事の捉え方
ですね。
それ次第で何もかも
変えてしまう、力があります。
特に大事なのが
「自分に対するイメージ」
例えば「時間」ということを
考えてみましょう。
基本は内か外かという二択です。
時間の中自分がいる、
そう思うとどうでしょうか。
人生80年程度としたら
その中で自分は学校で
16年くらい過ごし
そのあと3、40年企業に
雇われるのでしょうか。
そのあと20年くらい
残りますが、60歳になった
自分が何をしていくのか
なかなか良い想像も
しにくいところです。
内にいるということは
「縛られている」イメージ
になってしまいます。
今度は外にいるイメージ。
時間の外にいる、ということは
時間を使っていく立場で
あると思えます。
同じく人生80年とすると、
学校は大学まで出ました。
同じく16年ほど消費。
就職して5年働きました。
その時、この5年をあと数回
繰り返すのか、5年間の
変化はほとんどなし。
最初もたついてきたことが
多少改善されてスムーズに
言われたことが出来る程度。
続けてもおそらく大きな変化は
ない模様。
そうなれば、その後の時間の
使い方を考えます。
自分のやりたいことを
やる時間を増やしていこう
音楽や小説、イラストなど
芸術的な趣味もあるかもしれません。
個人事業として商売をしていく
事に興味があるかもしれません。
売るものは野菜かもしれないし、
何かのマニュアルだったり、
映像だったりのデジタルコンテンツ
かもしれません。
そのように考えると
自分が内側と思うと自分が小さく
自分が外側と思えば自分が大きく
なるような気がしませんか。
考え方でしかありませんが、
「自分が外側」と思うことが
人生のコントロール力につながって
いるような気がします。
自分は時間の一部ではなく
時間の外側にいる。
時間を使う側。
自分は社会の一部ではなく
社会の外側にいる。
社会の仕組みを使って
やりたいことをする。
自分は人間の内の一人ではなく
人間の外側にいる。
自分の世界の主体として
周りの人と関わっていく。
自分が大きくなる、
心地よくなる考え方を
するのが一番です。
こちらの記事も参考に
してください。
(真実なんか必要ない)
今日も大切な一日に「ぴーす」を。
「いま楽しむこと」の続きです。
「時間」というものが
あるにせよ、ないにせよ
この「いま」という瞬間を
楽しむことが、人生の秘訣
ということを言いました。
その「楽しむ」ということですが
ここを間違えると「いま」を
無駄にしてしまいます。
ほとんどの人は「自分の想い」を
無視して生きています。
そんなことはない、と思われる
かもしれませんが、無視している
ことに気づいていないだけです。
「自分の想い」に従って
生きている人は非常に少ない
と言わざるをえません。
私自身も含めて、です。
では、「自分の想い」以外に
何を基準に生きているの
でしょうか。
それはなんと
「他人の想い」です。
他人が自分のしていることを
どんなふうに見て、どんな風に
思っているか、
そればかりを気にして
いるんです。
思い当たる節はありませんか?
車を持っている人はなぜ
買ったのでしょうか。
必要だからでしょうか。
周りに車に乗っている人が
いたからでしょうか。
テレビを買ったのはなぜでしょう。
必要だからでしょうか。
テレビは家にあるものだから
でしょうか。
テレビは家にあるもの、と
決めたのは誰でしょうか。
壊れたらまた買うのでしょうか。
家を買うのはなぜでしょうか。
ほしかったからでしょうか。
借りることではダメだったの
でしょうか
誰かに言いふらしたかったの
でしょうか
誰かに見てもらいたかったの
でしょうか
借りたんじゃなくて、買ったんだよ
と言いたかったのでしょうか。
「他人の想い」であっても
長く慣れ親しんだ思いは
常識のように感じたり
一定の価値観を感じたりします。
でも、「自分の想い」なのか
「他人の想い」なのかは
忘れてはいけません。
自分の想いはないがしろに
してきた分、新しいものと感じ
ある意味、道のもの
怖いものと感じると思います。
慣れ親しんだ「他人の想い」か
ちょっと怖い未知の「自分の想い」
常にどちらかを選ばなければ
いけません。
自分を縛っているのは
いつも自分です。
他人が悪いのではありません。
「他人の想い」で生きると
決めている自分がいるだけです。
どちらを選ぶかはいつからでも
変えられます。
瞬間瞬間の出来事ですから。
今まではどちらの比重が
大きかったでしょうか。
これからはどちらの比重を
大きくしていくのでしょうか。
今日もあなたの選択に「ぴーす」を。
時間というのはあるようで
ないものです。
時間という概念自体
幻想だという人も
いますし、人ひとりの
人生の時間と思えるもの
があまりにも短いと
思えることもあるという
ことです。
どちらの思想でも
かまわないと思いますが
楽しみましょう。
今楽しまないと損です。
あとで楽しもうなんて
やっていたら楽しく
ないですよ。
あとで楽しむなら
今も楽しいんで
その後も楽しんだ
方が得です。
人には嫌なことをする
時間が残されていない
最初からない、それこそ
真実だと思ってます。
「これから仕事だ」という
人もいるかもしれませんが
そんなことを言っている
場合ではありません。
仕事をしながらでも
楽しみましょう。
やりたいことをやりましょう。
今からですよ。
すぐにですよ。
未来は分からないです。
残された時間なんて
あるのかないのかも
わかりません。
「いま楽しむこと」人生には
本当にそれしかないんです。
一択です。
今日も「ぴーす」な一日を。
多くの記事で
「主体的」という事を
書いてきたのですが、
「主体的」の何がいいのかを
説明したいと思います。
主体的は自ら動くことです。
その反対は受け身ということに
なります。
受け身とは何かが流れてくるのを
ただ受ける状態です。
たとえば、良いものが流れて
来たとしましょう。
あなたが好きなもの、
欲しいものでかまいません。
イメージしてみてください。
それをそのまま受け取ります。
どうでしょうか。
嬉しいですよね?
それはそれでいいんです。
そのあと、嬉しさは時間と
ともに減っていきます。
なじんで慣れて普通のこと
となっていくからです。
するとまた欲しいものが
できてきます。
でも、今度は流れてきません。
たまたま流れてきてくれれば
いいのですが、待てど暮らせど
流れてはこないんです。
ハイ・・・かれこれ
30年経ちました。
こんなのどうですか。
「待ってないで探しに生きなよ」
と、思いませんでしたか?
そのとおりです。
待ってないで探しに行った
方が手に入れられる確率が
高いんですよね。
だからこそ自ら動く
主体性が必要なんです。
受け身というのは来るか来ない
「分からないけど待つ」という
ことで不安の材料でしかありません。
なぜ不安になるかというと
自分でコントロールできない
からです。
それが自分で探しに行くとなると
全然違います。
見つかる確率が高くなっても
「必ず見つかる」わけではありません。
結果的に、見つからないことも
あるでしょう。
でも、見つかる見つからないの
問題じゃないんです。
探しに行くスタート時点で
もう楽しいんです。
望みのものに会いに
行くんですからね。
そりゃ楽しいですよ。
あの辺にあるんじゃないかとか
こういうルートで行くと
近いんじゃないかとか
あえてこうアプローチすると
手に入りやすいんじゃないかとか
これでダメなら次はこうしようか
とかとか。
主体的に動くことは楽しい事
目白押しなんです。
自分でコントロールしている
という感覚自体に意味が
あるんですね。
だから自分から「コレ」という
ものを決めて、動き出す
姿勢を大事にしてほしいのです。
それだけで結果は関係なく
多くの幸せが手に入るのですから。
今日もあなたの幸せに
「ぴーす」を。

