6P分のテキストとラフデザインを送ったのに

編集者から返事が来ない。  (。・ε・`。)ぶぅ


150ページと先は長いからさぁ、

先行して数ページ送ってそのまま進めていいのか、修正するのか

早めに確認したいのに。


携帯もつながらないし。

レスのない編集者は最低なんだぞ (。・ε・`。)ぶぅ



(。・ε・`。)ぶぅ  ←最近のお気に入りですニコニコ




TKのえだは-11





今日はこれまでに関わったお仕事をちょっとだけ紹介します。



『∀ガンダム 3DBOOK』

TKのえだは-g


これはH社に勤めている時に主幹として制作した本です。

進行と編集・ライティングをほとんど一人でしました。


モデラーさんによる立体作品を収録した模型本なのですが、

それまでのフォーマットを一新して

アニメ作品本編に関する紹介ページも増やしています。


他にも当時はここでしか読めなかった森田繁氏による

MS解説なども掲載されており、

資料的価値も高い一冊に仕上がりました。

今自分で見ても「愛が溢れとんなぁ」と感心しますからねにひひ


気を遣ったのは原作の牧歌的な空気感を伝えること。


メカ主体の本だからなかなか難しかったのですが

それでも「自分が関わったからこそ」という部分が

かなり出せたんじゃないかと自負しております。





『聖闘士星矢大全』


TKのえだは-k


これはKさんの依頼で執筆協力。

あくまでちょこちょこ手伝った程度ですね。


劇中で1コマで倒されたような冥闘士たちのプロフィールを

ひねり出すのに苦労しました得意げ



TKのえだは-お

これは割と最近の。

特集と三国伝回りの企画・編集・ライティング。

小さい頃好きだった『模型情報』の復活にあたって

参加させて頂けて光栄でした。


って過去形で語ってるけど来月はvol.2の締切だったりする…ガーン




こんな風に本一冊まるっと作るのから、

ライティングだけお手伝いするのまで様々です。


普段は月刊誌の記事をレギュラーで作ってて、

こういうのがイレギュラーで入ってきます。




YouTubeで関連動画を何度も視聴したので、

水樹奈々のアルバムを購入しました。


やはり楽しませてくれたものには何らかの形でお金を落とさないと、

結局はその楽しみそのものの存続できなくなってしまうということは、

私のオタクとしての人生経験から得た教訓です。



別に目にしたもの全てにお金を払うべきなどと

堅苦しいことを主張する気はありません。

私にも試聴はしたけど購入にまでは至らなかったものは

たくさんありますから。



それに今すぐじゃなくてもいいんです。

東京で一人暮らしの社会人1年目だとか無理でしょ。

お金ないでしょ。

「いつか給料上がったらちゃんとお金を払うぞ」

そういう「意気」を持ってて欲しいなってこと。





>「金払うなんてバカのすること」、

>「映画なんて落として見りゃいいじゃん」

>「なくなりゃ別のものに移ればいいや」


といった極論を本気で放言しているような人には共感しません。


お金を払わないことは決して「得」なんかではない。


それは、オタク的フィールドにおいてさえも、

取り替えの効かないもの、かけがえの無いものに

出会ったことがないという、

ただ「貧しい人生」を歩んでいるだけだと、私はそう思います。



このネット社会では、良くも悪くも作品ごとに互いが

少しずつフリーライドし合ってコンテンツをシェアしている面はあります。


それでも「これはオレが支えているんだ」と言える特別な拠り所…

オタクとしての「軸足」があることは大切なことだと思えるのです。




そして私はネット上でそんな「誰かにとって特別なもの」の魅力を

教えてもらうことが大好きです。


思えばモーニング娘。も、そんな風にして

彼女たちの魅力を語る多くのサイトと出会ったことにより、

あそこまで彼女たちを好きになることができたのでした。


その経験は今でも私にとって

「金を出さずにコンテンツを楽しむこと」

なんかよりもずっとずっと貴重な財産であると思っています。

 


人生における結婚イベントを起こすためのフラグを

全然立ててないことに気づいたTKです。ほんばんは。





突然ですが女の子がカワイイですねビックリマーク


あ、突然過ぎましたかあせる



いや、昨日から急に温かくなってきたじゃないですか?

だから初夏~夏用に新しく買った服に昨日・今日で

初めて袖を通してみた人って多いと思うんですよ。


やっぱそういう時って、その新しい服を買う時に

想定してたコーディネイトを試してみようと思うわけじゃないですか。

昨日までの着回しの消去法で選ぶわけじゃない。


だからオシャレ偏差値で言っても、

この昨日・今日ってタイミングは

いつもよりも平均値で10は上回っているんじゃないかって気がするんです。


あとは単純に新しい服を着てるぞってウキウキが

顔に出てキレイに見えるというのもありますし。



そういうわけで、昨日・今日で街でみかける女の子が

いつもよりずっとカワイイと思うんですよねー。ニコニコ




ま、あんまりジロジロ見るとただの H E N T A I さんなので

そこは気をつけたいところですが あせる あせる






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雑誌ライターをやってるTKです。ほんばんは。

今日はそんなお仕事の話。



6月締切りの仕事が並行して5本ビックリマーク


どう考えてもキャパオーバーっす……ショック!



受けなきゃいいって話なんですけど

フリーのお仕事ってなかなか断るのが難しいんですよ。

心理的に。


フリーにとって何が一番怖いって

お仕事の依頼がなくなること。

だってフリーなんてカタカナでカッコ良く名乗っても

要は依頼がない時は無職って事ですからね。


しかも少ない仕事を分け合ってるような業界だから、

一つの仕事を断った結果、次からお声が

かからなくなったらどうしようって不安があるわけです。


他のライターさんに代わりに仕事がいって、

そのライターさんの方がレギュラーになっちゃうんじゃないかとかね。


そんな調子で仕事受けてたら

普段のレギュラーの仕事と合わせて

毎日、相当な量をずーーっとやり続けなくちゃいけなくなっちゃいましたガーン



基本、撮影と取材以外の仕事は家に篭ってやるから

しばらく人に会わないヒキコモリの生活が続きそう。


マジでメイドさんと話すことだけが心の支えになりそうです……ガーン




ううっ…ボク、一番嫌いな言葉は「努力」

二番目は「がんばる」なのに……


えだは-ニート

よく「男女の友情」は成立するのか

なんて議論がありますが、

ディベートとしてはほとんど意味がありません。


なぜなら


「ないよ派」は現行のすべての男女関係の友情を否定しないと

その命題が証明できないのに対し、


「あるよ派」はたった一例の成立例を挙げるだけで証明可能だからです。




もちろん私も「成立する派」ですが、

「たやすく恋愛に変質してしまう可能性はある」というただし書きがつきます。


逆に言うと私にとっては友達の彼女とかは

完全に恋愛の範疇外になるので自動的に友情が成立します。


あと私は大学時代3年間、男二人女一人で同居してた事があるので

(もちろんその間イロコイ沙汰はなし)

友情じゃなかったらなんなんじゃいって感じにひひ



まぁ、

「もしかしたらいつかコイツを好きになっちゃうかもな」

って距離感で続ける友情も楽しいものでしょうけどね。






■『死んでも忘れない』


えだは-s
(乃南アサ:新潮文庫)



<あらすじ>

かつて妻の浮気という男にとって最も屈辱的な理由による
離婚を経験している夫。

母親に捨てられた経験を持ち、
いじめの標的が日々変わる教室の中で
なんとか標的にならないように過ごす15歳の息子。

気を遣いながらも15歳の連れ子と
良好な関係を築く妊娠中の妻。

それぞれにナイーブな部分を抱えながらも互いに支え合って
新興住宅地で幸福に過ごす夫婦と息子一人の3人家族。

しかし夫が痴漢冤罪事件に巻き込まれたことから
幸せな日常の歯車は狂い始める…。




会社・学校・地域と、家族3人がそれぞれ逃げ場がない状況で

無責任な噂に追い詰められ、それが原因で

お互いを信じる心すら失って家庭が崩壊してゆく様が

これでもかと描かれる。



元々不安や疑心といった人のネガティブな面とか

人がどうしようもない環境で追い詰められてゆく様を

描くのが抜群に巧い作者だけに、

事態が悪い方へ転がり出した時の圧迫感・気鬱さは半端ではない。



しかも誰かの明確な悪意が原因ならば

「こいつをなんとかすれば」という解決の道も見えるのに

他人の無責任な噂という実体のないものが原因だけに、

解決のために進むべき道すら見えず、

負のスパイラルを止める術が見つからないのである。


これが辻村深月とかなら最後はハッピーエンドだろうって

安心して読んでいられるけど、

約60%の確率でバッドエンドを迎える乃南アサだから

どうなってしまうのか本当に予断を許さないから、

なおさらツラい。



読み進めててホンット心臓に悪いというか

鳩尾がグゥゥって下から圧迫される感じだった。


精神的にキツい状態にある人には
読むことはオススメしません。




一昨日に作業自体は終わり、

昨日のチェックを終えてお仕事が一段落しましたニコニコ


月刊誌の雑誌ライターっていうお仕事は

あまりカレンダーが関係ないんで

ゴールデンウィークも関係なく働いていたんですが

やっと今日から私のGWに突入ビックリマーク



…と思っていたら今日電話があって

お仕事をお願いしたいから月曜日に打ち合わせってことに。


GWはただの3連休に代わりました。

しかも油断して今日はダラダラ過ごしてしまいました。

まぁ、フリーの立場なんでお仕事頂けるのはありがたいんですけどね!!



明日は中野でギショレのイベントに行って、その後、友達と飲み。

深夜になら@メイドには行けそうだけど

ミケたんへのバースデープレゼントを買う時間がないぞ。

どうしよう……ガーン









■『GOTH モリノヨル』


えだは-m

(乙一×新津保建秀)


<あらすじ>

少女を殺害し、その遺体を撮影することを生き甲斐とするカメラマン。

かつての撮影現場に被写体の命日に訪れた男は、

そこで記念撮影をする制服姿の少女・森野に出会う。





乙一による小説『GOTH』の番外編。
小説と、その内容を題材とした写真という
二部構成になっている。


かつて直木賞を獲った『私の男』については

「ヒトゴロシの異質さを描いた作品」だと評したが、

この作品の肝となる登場人物は

そのヒトゴロシですら戦慄する存在。



異質ですらない、日常にポッカリと空いたただただ虚ろな深淵。



通常なら人と殺人者(非日常)との対比で描かれるべき部分が、

殺人者とその超越者との対比で描かれる。



読者はいつの間にか、殺人者の視点で読み進み、

そして自らよりも深い闇の淵を覗きこむ不安感に陥る。

ただしそこまでの超越者にリアリティはなく、

この作品が文芸として評価されることはないだろう。

だけど厨ニ的な憧憬を喚起する能力は高い。



『GOTH』の続編とは言え、
これだけで独立して読める短編であり、
短い分、その切り口は実に鮮やか。

短い分量での完結性と、その中に乙一(暗黒サイド)の個性が
鮮烈に発揮されているという点では、
これまでの同作者の作品の中でも群を抜いており、
乙一初体験には最適の一冊だと思う。



後半は写真家・新津保建秀による写真集パートで
森野と思わしき制服姿の少女の姿が収められている。

えだは-も  えだは-もり

モデルとなっている少女は
映画『GOTH』でも森野役を勤めた高梨臨。


後のシンケンピンクである。



P.S.
写真集が付属している関係で
短編一つで1600円と非常に単価が高く、
ネット上ではすこぶる評判が悪い。

私は高梨臨も好きなので悪くない
コストパフォーマンスだと思うのだが。


『私の男』
えだは-私のおとこ

(桜庭一樹:文藝春秋)


<あらすじ>

結婚式を翌日に控えた主人公・腐野花(くさりの・はな)。

物語は花が婚約者の美郎と父の淳悟と3人で会食する場面から始まる。

そして、話は一章ごとに過去へと遡ってゆく。

実の父を「私の男」と語る花とその父親の

禁忌の先にある過去へと…




直木賞受賞作。

これはヒトゴロシの物語だ。



かつてこの作者は『砂糖菓子の弾丸は撃ち抜けない』で

殺人事件に対して「やだ、世の中の歪みがこんな事件を・・・」と

言いかけたある登場人物に対し別のキャラクターに


「何か歪みだ。アホの評論家みたいなことを言うな!

子供を殺すやつなんか頭がおかしいんだ!」


と反論させている。

この『私の男』の中でも老刑事の実感として


「普通の人がふとしたきっかけで人を殺すなんて嘘だ。

普通の人はそんな時でも人を殺さない。

人殺しは特別な人種で、普段は普通の人の間に潜んでいる」


と言わせている。



つまり作者はこれまで殺人者を

ヒトゴロシ」という「アチラ側」の特殊な人種と断じ、

そうではない「こちら側」の人間の視点で物語を紡いできたのだ。

だから、これまでの作品では、

少女の殺人や子殺しといった題材を扱っていても

どこか健全な印象があった。



しかし、作者はこの『私の男』では

そのアチラ側の人間を主題として物語を紡いでいるのである。


ヒトゴロシを異物と断じる一方で、

その異質な内面を異質なものとして描く。


その取り組みがまず凄い。

読んでいて、

安易な共感も憧れも許さぬ異物としてそれは存在し続ける。



多くのヒトゴロシを題材とする小説の中で、

多くのヒトゴロシがその殺人の理由を説明されてきた。

例えば幼児期の虐待やネグレクトなどを取り上げ

ヒトゴロシをなんとか人間として掘り下げようとしてきた。


そうやって肉付けされることで同情の余地は発生する。

説明責任みたいなものは果たされるかもしれない。

しかしそれによって殺人へと至る心理描写に

説得力が与えられるわけではない。

下手すれば殺人者を悲劇のヒーローにしてしまうだけだ。


同情すべき境遇を持つ多く人の中で、

ヒトゴロシとそうでない者のボーダーを分つ“何か”。

ヒトゴロシを異質の存在たらしめている“何か”。

その“何か”に向き合っているのが本作だと思う。




全編を読み終わっても

私はこの作品の登場人物が、怖い。


その存在は、

日常の中に、それとわからない形で

まったく異質な空間がポッカリと口を開けているかのよう。



その恐怖の正体に触れたという不気味な感触が

まるで奥歯に挟まった食べ物がゆっくり腐敗するかのように、

いつまでも胸に残る。