今日は何の日?【トリビアン】で雑学王 -73ページ目

今日という日【11月6日】

■2012年アメリカ合衆国大統領選挙

2012年11月6日。

次期アメリカ合衆国大統領および次期アメリカ合衆国副大統領を選出するための選挙が、11月6日に行われる。当選した人物は2013年1月20日に正式にアメリカ合衆国大統領および副大統領に就任する。

~候補者~
民主党:バラク・オバマ
共和党:ミット・ロムニー

アメリカ合衆国大統領選挙を左右する都市伝説が存在する。
アメリカンフットボールの「ワシントン・レッドスキンズ」というチームが大統領の予備選直前のホームでの試合に勝つと現職の大統領が所属している政党が勝つというジンクス。過去アメリカ合衆国大統領選挙は19回行われたが、その内18回がそのジンクスに当たっている。
その外れた1回の2004年の大統領選挙は、ジョージ・W・ブッシュとジョン・ケリーとの選挙。この時はホームの試合で「ワシントン・レッドスキンズ」が負けており、ジンクス通りだとケリー候補が勝つはずであったが、この年の選挙で初めて電子投票機が採用され、その電子投票機が各州でトラブルを起こしていた。オハイオ州ではケリーに投票してもブッシュに投票しますとなるトラブルが起こっており、この件には何かしら陰謀があったとも噂されている。

今年の選挙前の「ワシントン・レッドスキンズ」の試合は4日に行われた。結果は、「パンサーズ」に負けており、ジンクス通りとなれば共和党のロムニーが選挙に勝利することとなる。

2012年11月6日(日本時間7日)、2012年アメリカ合衆国大統領選挙が行われる。

今日という日【11月5日】

■大菩薩峠事件

1969年11月5日。

大菩薩峠事件」は、共産主義者同盟赤軍派赤軍派)が53人逮捕され、同組織の弱体化に結び付いた事件。

大阪戦争、東京戦争が失敗に終わった赤軍派は、「11月闘争」と称して刃物、鉄パイプ爆弾、火炎瓶等の凶器で武装し、8つの部隊が大型ダンプカー等5台の車に分乗して首相官邸及び警視庁を襲撃し、人質をとって獄中の活動家等を奪還するという作戦を企て、そのための武装訓練を大菩薩峠周辺の山中で行うべく、山梨県塩山市(現:甲州市)の山小屋「福ちゃん荘」に潜伏した。

11月5日早朝、警視庁と山梨県警合同の警察部隊が突入、その場に居た53人のメンバーが凶器準備集合罪で現行犯逮捕され、武器なども押収された。逮捕されたメンバーの中には「上野 勝輝」ら幹部や第六中隊長として「森 輝雄」もいたが、幹部らの甘言により何も知らされずに動員された高校生も多かった。また、裁判時には「反革命兵士も見つけ次第銃殺の刑にするのだ!法廷は君達の戦うべき戦場にあるのだ!いたるところに、人民の手で法廷を創り出せ!銃を持て!銃が裁判権を持っているのだ!」などの冒頭陳述もみられた。
事後の捜査によって議長の「塩見 孝也」ら重要メンバーの多くに逮捕状が執行され、赤軍派は大打撃を受けた。これ以降、弱体化した赤軍派は日本共産党(革命左派)神奈川県委員会(通称:京浜安保共闘)と統合し、連合赤軍を形成。「山岳ベース事件」「あさま山荘事件」へと突き進むことになる。

今日という日【11月4日】

■坂本堤弁護士一家殺害事件

1989年11月4日。

坂本堤弁護士一家殺害事件」は、旧オウム真理教の幹部6人が、オウム真理教問題に取り組んでいた弁護士「坂本 堤(当時33歳)」と家族の3人を殺害した事件。遺体が容疑者によって隠匿されたため、1995年9月に遺体が発見されるまでは失踪事件として扱われていた。現場にオウム真理教のバッジが落ちていたが、神奈川県警は「事件性なし」として、捜査を行わなかった。犯行が明るみに出たのは、1995年9月、実行犯の一人「岡﨑 一明」が自首したことによる。

1995年「地下鉄サリン事件」が発生したのち、警察はオウム真理教の捜査を本格的に開始。その中、「岡﨑 一明」の自供により坂本の一家が殺害されていたことがわかり、同年9月6日警察による山中の捜索が行われた。同日、坂本と妻の遺体が白骨化した状態で発見。一方、長男の捜索は難航を極めたが、4日後の9月10日発見された。

この事件には多くの不明点がある。被害者の遺族の中には、「本当の命日を知りたい」という声がある。

・事件直前、坂本の自宅に対し「坂本さーん」と呼ぶ女性の声があったことや、その後で浴室からの水音を階下の住民(当時)が聞いているのに、事件が起きたとされる時間帯には全く物音がしていなかった事を、たまたまその時間に起きていた階下の住民は証言している。現在この一家の行方は不明。

・事件が起きた時には、坂本の自宅は施錠されていなかったことから、当時の緊迫した状況からは考えにくいとして、「坂本家に侵入したオウム信者とは別に、教団外の協力者がいたのではないか?」との疑いを持つ者もいる。

・坂本の自宅から茶碗が3つ消えている。

・「事件に関与した」とタクシー運転手を自称する者が、1994年頃に月刊誌「マルコポーロ」の編集部に現れた(証言の真偽は不明なまま)などの「謎」が取り沙汰されている。

・オウム真理教広報の人物もこの事件に関与しているのではないかとされているが、本人は1995年5月の記者会見時「私には当日アリバイがあり、坂本弁護士が行方不明になった事は信者から聞きました」と主張したが、聞いたとされる日時が報道発表より4日も早い。

・坂本の自宅に落ちていた「プルシャ」と呼ばれるオウム真理教の徽章は、当時はオウム真理教幹部しか付けおらず、数百個としていたが、「坂本一家・行方不明」の報道後は、教団広報の人物は大量生産を命じた後、横浜法律事務所側からの問い合わせに「プルシャのバッジは数万個単位で大量生産されているので分からない」と返答した。

・前述の通り、遺体がいずれも白骨化ないし死蝋化していたため、正確な死亡原因及び死亡日時の特定はほぼ不可能な状態となっていた。このため、オウムの弁護側からは一家の遺体であることの根拠に乏しいとの指摘も出たという。