今日は何の日?【トリビアン】で雑学王 -7ページ目

今日という日【5月17日】

■国際反ホモフォビアの日

2005年5月17日。

国際反ホモフォビアの日」は、毎年5月17日に開かれる行事で、フランスの大学教授であり同性愛者活動家の「ルイ=ジョルジュ・タン」が提案して2005年に始まり、初年度は50ヶ国から「国際反ホモフォビアの日」を記念して、キャンペーン、討論会、街頭デモ、展示、映画祭、集会などが開かれ、翌年の2006年に欧州会議で、同性愛に対する嫌悪(=ホモフォビア)を非難する決議文を通して「国際反ホモフォビアの日」を承認した。同年7月の、「ワールドアウトゲームス」で採択されたモントリオール宣言本文の最後でも、すべての国と国際連合に対して「国際反ホモフォビアの日」の承認と推進を求めている。

近年、国際レズビアン・ゲイ協会の国際連合経済社会理事会での承認と同協会の名称変更以降は、トランスフォビア廃絶も行事の運動に含まれるようになり、「国際反ホモフォビア・反トランスフォビアの日」という名称が国際的に普及しつつある。
2010年にはブラジルの「ルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルヴァ」大統領が国の反ホモフォビアの日として正式に承認した。

行事の日程は、1990年5月17日に世界保健機関が同性愛を国際疾病分類から除外したことを記念して定められた。
なお5月17日は、2004年にアメリカ合衆国マサチューセッツ州が、さらに2010年にはポルトガルが同性結婚を合法化した日でもある。

今日という日【5月16日】

■東京都庁小包爆弾事件

1995年5月16日。

東京都庁小包爆弾事件」は、1995年5月16日に発生したテロ事件。オウム真理教が東京都知事「青島 幸男」宛に小包爆弾を送り、東京都新宿区の東京都庁舎内で爆発させ都職員に重傷を負わせた殺人未遂事件。

1995年5月16日午後7時頃、都庁の知事秘書室で、当時44歳の東京都職員の男性が「青島 幸男」知事宛の小包の梱包を開封し、中に入っていた単行本を開いたところ、突然本が爆発。都職員の男性は左手の指全てと、右手の親指が吹き飛ぶ重傷を負った。小包の中には、中心部分をくりぬいた単行本が入っており、その中にRDXという爆薬を詰め、開封と同時に爆発する仕組みになっていた。

この事件は、「麻原 彰晃」から「石油コンビナートを破壊するなどのテロを起こして捜査を攪乱しろ」と指示を受けた「井上 嘉浩」が計画したが、麻原の都庁への爆弾送付について指示や同意が確認できなかったため、裁判では井上が首謀者とされた。実行犯は井上のほか「中川 智正」「富永 昌宏」「豊田 亨」「林 泰男」「高橋 克也」で、警察による捜査の撹乱、「麻原 彰晃」の逮捕を防ぐために実行された。なお、この日は麻原が逮捕された日でもある。

青島知事を狙ったのは、オウム真理教の宗教法人の所轄庁が東京都で、宗教法人法による解散請求問題が浮上していたから。
この事件を最後に日本国内においてオウム真理教による凶悪なテロ事件は発生していない。

今日という日【5月15日】

■Jリーグの日

1993年5月15日。

この日、「日本プロサッカーリーグJリーグ)」が開幕したことに因み、日本プロサッカーリーグ (法人)が2013年に制定した。

日本プロサッカーリーグJリーグ)」は日本のプロサッカーリーグで、主催団体は公益財団法人日本サッカー協会(JFA)、公益社団法人日本プロサッカーリーグ。主管団体はJリーグに加盟する各クラブ。
1993~98年までは1部のみの「Jリーグ」として10クラブから最大18クラブによって開催された。1999年からJリーグ ディヴィジョン1(J1)とJリーグ ディヴィジョン2(J2)の2部制に移行、現在は日本国内の30都道府県に本拠地を置く40のプロサッカークラブが加盟しており、J1に18クラブ、J2に22クラブが所属している。

1993年5月15日、Jリーグの事務局は、日本初のプロサッカーリーグの開始を告げる開幕戦の盛り上げに特に力を入れた。1993年のJリーグは全10チームにより毎節5試合が週2回、水曜日と土曜日に全試合同日開催で実施する予定を組んだが、開幕節に限っては例外として分散開催とした。1980年代からJSLの2強として人気や実力が抜きんでていた「読売サッカークラブ」と「日産自動車サッカー部」から生まれ、日本代表にも複数の選手を送っているヴェルディとマリノスの対戦をリーグ全体の開幕戦として土曜の夜に行い、他の4試合は1日遅らせて日曜開催とした。また、NHK総合テレビによる全国中継を行うため、19時00分開始という原則を曲げて、この開幕戦だけは19時30分開始とした。
チケット販売に関しても、この試合では特殊な体制を取った。購入希望者は郵送で購入申し込みを行い、当選者がチケット代金を振り込むと購入者の名前が印刷された特製のチケットが郵送された。これは観戦者の記念になるようにと配慮されたものとされるが、同時にダフ屋行為と呼ばれるチケットの不法転売を防止する効果もあった。この開幕戦への人気は高く、抽選は高倍率となった。
また、この試合の開催地は日本サッカーの象徴となる場所として、ヴェルディの当時の本拠地である等々力陸上競技場(神奈川県川崎市)ではなく、当時はJリーグのクラブがなかった東京都内の国立競技場が選ばれた。Jリーグは「地域密着」の理念を掲げ、各チームに自らが本拠地とするホームタウンを重視した活動を行うように指導していたが、この試合だけは例外だった。このように、チケット販売方式も含め、この試合はヴェルディの主催試合ではあるものの、完全にJリーグ事務局が直轄運営する「特別な試合」となった。そしてJリーグは「サッカーの王様ペレ」や国際サッカー連盟(FIFA)の広報担当者、メキシコシティオリンピックでの銅メダル獲得を導き、日本サッカーの礎を築いた「デットマール・クラマー」などの来賓を招き、海外へのアピールも試みた。