今日は何の日?【トリビアン】で雑学王 -367ページ目

今日という日【8月22日】

■『モナ・リザ』盗難される


1911年8月22日。


「ルーブル美術館」から「モナ・リザ」が盗み出され行方不明となった。

関与が疑われた詩人「ギヨーム・アポリネール」が逮捕され、さらに友人「パブロ・ピカソ」も逮捕されたが1週間後に釈放された。


モナ・リザ」が行方不明となって2年後の1913年12月12日に、保護ガラスを取り付けた職人であった「ヴィンチェンツォ・ペルッジャ」という男によって、フィレンツェの画商に売られようとしたところを発見された。

「ペルッジャ」は「ナポレオン時代にフランスに取られたイタリアの文化遺産を取り戻す目的で盗った」と証言していたが、実際には彼はアルゼンチンの詐欺師「エドゥアルド・デ・“マルケス”・バルフィエルノ」に雇われており、「バルフィエルノ」は贋作を作成してアメリカの富豪ら6人に売りつけていた。

発見された「モナ・リザ」はイタリアで展示されたのち、フランスに返還されている。

今日という日【8月21日】

■献血の日


1964年8月21日。


それまでの「売血制度」を改めて「献血推進運動」が日本赤十字社や厚生省(現:厚生労働省)などによって展開されることを記念して制定された。全ての「輸血用血液」を「献血」によって確保することが閣議決定された。


献血」とは輸血や血液製剤製造のために無償で血液を提供すること。提供された血液は感染症の検査の後、各医療機関等へ提供される。

現在、血液に完全に代わるもの(人口血液)は未だ開発出来ておらず、また、「代替血液」は開発されてはいるが限度がある。そのため「輸血」には人の血液を使用せざるを得ない。


献血制度」が整備される以前は「売血」によって血液の需要を充たしていたが金銭を得る目的で過度に「売血」をする者が多数現れ、これらから得られる血液は血液としての質及び供血者の健康の面で問題あることが多かった。これらは「黄色い血」との俗称がついていた。黄色は肝炎の症状である黄疸、また血漿自体の色が黄色であることから赤血球減少により、血液が黄色く見えたことに由来する。

1960年代初頭には、まだ感染症の検査が不十分だったことに加え、「売血者」はそのほとんどが低所得の肉体労働者であり、この層では覚醒剤の静脈注射が蔓延しており、注射針による「肝炎ウイルス感染」が広がっていた。血液を買い取る「血液銀行」と「売血者」双方のモラルは低く、加えて「売血者」集めは暴力団の資金源でもあった。

結果としてウイルスに汚染された「輸血用血液」が出回り、医療現場では輸血後肝炎が頻発。そんな中、「ライシャワー駐日アメリカ大使」が刺される事件起き、一命をとりとめたが、手術時の「輸血」により輸血後肝炎を発症。この「ライシャワー事件」がきっかけとなり、マスコミを中心として「黄色い血追放キャンペーン」が張られ、1964年8月21日に「輸血用血液」を「献血」でまかなうことが閣議決定され、5年後の1969年に「売血」は終息した。


献血」の記念品として、クオカードや図書券といった換金性のある商品を渡すことが行われていたが、2002年に有償採血と見なされ、現在は行われていない。

その一方で感染症検査が保健所で匿名且つ無料で受診できるにもかかわらず、感染症の検査を目的に「献血」する者が見受けられるなど、「売血」とは別の面でのモラル低下が深刻である。尚、感染症の有無は献血者には知らされない。

実家

『変わるわよ~』

ども!TK89です。
結局ね、言ってた通り実家に帰ってきました。お盆休みに帰ってないしね。
まぁ実家と言っても今住んでる所から車で30分。いつでも帰って来られる距離なんだな。

我が実家の庭。以前は植木やら盆栽やらが並んでた。祖父が亡くなって世話ができる人もいないしってことでリニューアル。当時植えられてた木も使われております。

時が経てば景色も変わる。
仏壇に手を合わせ、毎度の事ながら、曾孫の顔見せてやれなくてごめんねって。でも見守っててなってね。

さて、昼もおかん飯食わせてもらったし、夜も食わしてもらおうかな。腹パンパンになるケド。

いつもありがとう。
チャオ!

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