今日という日【10月1日】
■日本酒の日
1978年10月1日。
日本酒造組合中央会が、若者の日本酒離れを食いとめる為に制定した。新米で酒造りを始めるのが10月で、酒壺を表す「酉」の字は十二支の10番目、さらに「酒造年度」が10月1日(現:7月1日)から始まることから、何かと酒に関係の深いこの日を清酒をPRする「日本酒の日」とした。
「日本酒」は、米を発酵させて作る醸造酒で、日本の伝統的な酒の一つ。日本の酒税法上では「清酒」、日本では一般には単に酒またはお酒、日本古語では酒々(ささ)、僧侶の隠語で般若湯、江戸時代にはきちがい水、現代では俗にポン酒と呼ばれる。
約5℃から約60℃まで幅広い飲用温度帯があり、徳利を湯煎で温めて飲用する「熱燗」は、金銭的に恵まれた者らが趣向を凝らして始めたものが広がったもので、元々は常温で飲用するアルコール飲料。
日本では酒税法の関係上、一般に「清酒」として販売されている「日本酒」のアルコール度数は22度未満(合成清酒の場合は16度未満)であることが求められているが、それより高いアルコール度数の「日本酒」を製造することも技術的には可能で、実際「越後さむらい(玉川酒造)」のように、「日本酒」の製法で製造されながらもアルコール度数が46度に達する酒(酒税法上リキュール扱い)も存在する。
近年、発祥国日本での消費は減退傾向にある一方、アメリカ、フランスの市場では「日本酒」、特に「吟醸酒」の消費が拡大し、イギリスでも2007年、伝統ある「国際ワインコンテスト」に「日本酒部門」が設置されるなど、「SAKE」として親しまれるようになっている。
韓国でも数年前から「日本酒」がブームとなっている。しかし関税が高く現地では高級酒扱いである。韓国語では“正宗”と呼ばれていたが最近では「サケ」が定着してきている。
今日という日【9月30日】
■東海村JCO臨界事故
1999年9月30日。
「東海村JCO臨界事故」とは、茨城県那珂郡東海村に所在する住友金属鉱山の子会社の核燃料加工施設、「株式会社JCO」が起こした原子力事故(臨界事故)。日本国内で初めて、事故被曝による死亡者を出した。
JCOの核燃料加工施設内で核燃料を加工中に、ウラン溶液が臨界状態に達し核分裂連鎖反応が発生、この状態が約20時間持続。これにより、至近距離で中性子線を浴びた作業員3人中、2人が死亡、1人が重症となった他、667人の被爆者を出した。
国際原子力事象評価尺度(INES)でレベル4(事業所外への大きなリスクを伴わない)の事故。
この事故の原因は、旧動燃が発注した高速増殖炉の研究炉「常陽」用核燃料製造工程における、JCOのずさんな作業工程管理にあった。
連鎖反応を止める為、3人の作業員が推定1グレイ・イクイバレント以上の多量の放射線(中性子線)を浴びた。16~20グレイ・イクイバレント(推定16~20シーベルト以上)の被曝をした作業員Aは大量被曝による染色体破壊により、新しい細胞が生成できない状態になり、まず白血球が生成されなくなった為、実妹から提供された造血幹細胞の移植が行われた。移植術自体は成功、白血球も増加傾向に見られたが、時間経過とともに新細胞の染色体にも異常が発見され、白血球数が再び減少に転じ、59日後の11月27日に心停止。救命処置により蘇生したものの、心肺停止によるダメージから各臓器の機能が著しく低下、最終的に治療手段が無くなり、事故から83日後の12月21日、多臓器不全により死亡した。
臨界状態を収束させるための作業を行った関係者7人が年間許容線量を越える被曝をし、事故の内容を十分知らされずに、被曝した作業員を搬送すべく駆け付けた救急隊員3人が2次被曝を受けた。被曝被害者の受けた最高被曝線量は最大120ミリシーベルト、50ミリシーベルトを超えたものは6人だった。さらに周辺住民207人へのへの中性子線等の被曝も起こった。最大は25ミリシーベルトで、年間被曝線量限度の1ミリシーベルト以上の被曝者は112人だった。