今日は何の日?【トリビアン】で雑学王 -27ページ目

今日という日【3月17日】

■神戸大空襲

1945年3月17日。

神戸大空襲」は、第二次世界大戦(大東亜戦争)末期にアメリカ軍が繰り返し行った、神戸市およびその周辺地域に対する戦略爆撃・無差別攻撃の総称。特に兵庫区や林田区など西神戸に大きな被害を出した1945年(昭和20年)3月17日と、東神戸および阪神間の町村を壊滅させた同年6月5日の爆撃を指して用いられることが多い。

神戸とその周辺地域は1945年1月3日から終戦まで約8ヶ月に、大小合わせて128回の空襲を受け、特に3月17日および6月5日の市街地絨毯爆撃と、川西航空機甲南工場を標的とした5月11日お戦略爆撃によって大きな被害を受けた。被害状況に関する公式記録は存在せず、具体的な数字ははっきりしていないが、被害面積は神戸周辺都市部の21%におよび、少なくとも8,841人の市民が犠牲となり、15万人といわれる負傷者、焼失家屋15万戸、のべ65万人もの人々が家屋に被害を受けたといわれている。これは人口および面積から換算した被害率としては、当時の五大都市の中でも最悪の数字であった。

今日という日【3月16日】

■ソンミ村虐殺事件

1968年3月16日。

ソンミ村虐殺事件」は、ベトナム戦争中の1968年3月16日、アメリカ軍兵士が非武装のベトナム民間人を虐殺した事件。ソンミの虐殺はベトナム反戦運動のシンボルとなり、また国外でも大きな批判の声が起こってアメリカ軍が支持を失うきっかけとなった。

南ベトナムに展開するアメリカ陸軍のうち第23歩兵師団第11軽歩兵旅団・バーカー機動部隊隷下、第20歩兵連隊第1大隊C中隊の、「ウィリアム・カリー」中将率いる第1小隊が、南ベトナム・クアンガイ省ソン・ティン県にあるソンミ村のミライ集落を襲撃し、無抵抗の村民504人(男149人、妊婦を含む女183人、乳幼児を含む子ども173人)を無差別射撃などで虐殺した。集落は壊滅状態となった。
さらにC中隊が何ら抵抗を受けていなかったにもかかわらず、第3歩兵連隊第4大隊が増派され、近隣の村落で虐殺を行っている。
この際、「ヒュー・トンプソン・ジュニア」准士官が操縦するOH-23偵察ヘリコプターが村落上空を通りがかり、多数の死者と民間人への攻撃を目撃した。彼は上官への報告・救助ヘリの派遣要請・生存者の救出を行い、さらにC中隊の狼藉を止めさせようと妨害を試みている。

この大虐殺事件は、現場に居合わせた複数のアメリカ軍兵士から軍上層部に報告されていたものの、軍上層部は、世論を反戦の方向へ導く可能性が高いことなどから事件を隠蔽し続けた。なお、1970年に開かれた軍事法廷でこの虐殺に関与した兵士14人が殺人罪で起訴されたものの、1971年3月29日に下った判決ではカリーに終身刑が言い渡されただけで、残りの13人は証拠不十分で無罪となった。また、カリー自身もその後10年の懲役刑に減刑された上、3年後の1974年3月には仮釈放される。陸軍のこの不可解な処置は世界中から大きな非難を浴びた。

仮釈放後、カリーはマスコミの取材に応じることはなかったが、41年経った2009年8月19日、ジョージア州コロンバスで開かれた奉仕活動団体の昼食会に出席し、事件について口を開き、謝罪した。これに対し、3人の生存者の一人で犠牲者追悼活動を続ける「パン・タン・コン」(ティンケ村記念公園博物館長、事件当時10歳。家族を皆殺しにされ孤児となった)は23日、「謝罪は無いものと思っていた、あまりにも遅くて驚いたが、犠牲者を代表して受け入れたい」「カリー氏にはベトナムに来て、当時とその後40年の思いを語ってほしい」と述べている。

今日という日【3月15日】

■三・一五事件

1928年3月15日。

三・一五事件」は、社会主義者、共産主義者への弾圧事件。

第一次世界大戦後、国際社会における日本の地位が大きく向上すると同時にヨーロッパの文化が大量に流入し、人道主義や民主主義といった思想も入ってきた。しかし日本の政治はそれまで、天皇の大権を広範に認め議会の権限を制限する明治憲法のもとで元老と呼ばれる天皇側近とその配下の軍部、官僚に握られていた。彼らは天皇の権威を盾に自らの勢力維持に努め、汚職・腐敗(「軍艦購入汚職」「シーメンス事件」など)が横行していた。
民主主義思想の流入とともに、この元老政治、軍部・官僚を攻撃する動きが知識人の間に広がり、普通選挙の実施を求める声が強まったため、権力者側は民主主義的な性格を極力抑えた男子普通選挙法改正を実施するが、それと引き換えにそれまで労働組合など組織の政治活動を規制する治安警察法に加えて、新たに個人を標的とする「国体を変革しおよび私有財産を否認せんとする」結社・運動を禁止する治安維持法を成立させた。

1928年2月、第1回の普通選挙が実施されたが、社会主義的な政党(無産政党)の活動に危機感を抱いた政府「田中義一内閣」は、3月15日、治安維持法違反容疑により全国で一斉検挙を行った。日本共産党(非合法政党の第二次共産党)、労働農民党などの関係者約1,600人が検挙された。

作家、「小林 多喜二」は「三・一五事件」を題材に「一九二八年三月十五日」を発表(その後発売禁止)。特別高等警察による拷問の描写が特高の憤激を買った。