今日は何の日?【トリビアン】で雑学王 -22ページ目

今日という日【4月1日】

■パリ万国博覧会

1867年4月1日。

1867年の「パリ万国博覧会」は、4月1日から11月3日までフランスのパリで開催された国際博覧会。42ヶ国が参加し、会期中1,500万人が来場した。

パリで開催された国際博覧会では2回目。日本が初めて参加した国際博覧会であり、江戸幕府、薩摩藩、佐賀藩がそれぞれ出展した。幕府からは将軍「徳川 慶喜」の弟で御三卿清水家当主の「徳川 昭武」、薩摩藩からは家老の「岩下 方平」らが派遣された。
薩摩藩は「日本薩摩琉球国太守政府」の名で幕府とは別に展示し、独自の勲章(薩摩琉球国勲章)まで作成。幕府は薩摩藩に抗議したが聞き入れられず、幕末の政争が如実に現れた万博となった。この時、幕府もフランスで勲章外交を行うために独自の勲章制作を開始したが、結局幕府は倒れ、幻となった。

今日という日【3月31日】

■クリスマス島占領

1942年3月31日。

クリスマス島はジャワ島の南300キロメートルに位置する島で、当時はイギリスの植民地であった。クリスマス島は以下の二つの点で重要な場所であった。一つ目は、この島がインド洋東部を完全に支配できる場所であること。二つ目は、日本にとっても必要な資源であるリン鉱石が採掘されることである。ジャワ島攻略後、1942年3月24日に日本の大本営は「クリスマス島攻略作戦」実行の命令を出した。

攻略部隊は軽巡洋艦那珂、名取、長良、駆逐艦8隻、給油艦1隻、輸送船2隻であり、指揮は「西村 祥治」少将がとった。これに対し、クリスマス島にあったのは第一次世界大戦後にシンガポールから移された6インチ砲が1門と、対空砲が3門程度であった。イギリス軍の守備隊は32人程度でその大部分はインド人であった。
インド人たちは、「イギリスの植民地下に置かれていたインドをイギリスの支配から解放する」という日本軍の呼び掛けに答える形で、1942年3月10日に反乱を起こしイギリス軍の指揮官たちを殺した。そして、島に残ったオーストラリア人とヨーロッパ人を監禁した。

1942年3月31日の夜明けに、大日本帝国陸軍の爆撃機が攻撃をおこない、島の無線局を破壊。反乱があったため、日本軍は抵抗を受けずフライング・フィッシュ・コーブに上陸した。

今日という日【3月30日】

■信長の野望の日

1983年3月30日。

信長の野望の日」は、この日に日本の戦国時代をテーマとした歴史シミュレーションゲーム「信長の野望」の第1作が発売されたことに由来。

信長の野望」は、株式会社光栄マイコンシステム(後に「光栄」→「コーエー」→「コーエーテクモゲームス」)が発売した日本の戦国時代をテーマとした歴史シミュレーションゲームのシリーズ。本作により、日本のゲーム市場において「歴史シミュレーション」というゲームジャンルが確立された。

大名家の当主となり、内政で自国を富ませて軍事力を蓄え、他の勢力を合戦で討ち滅ぼすことで全国統一を果たして戦国の世を終わらせるのが最終的な目的となる。後のシリーズでは、合戦だけではなく外交によって支配下に置くことでも統一できるようになった。
本シリーズで扱われているのは、初期の作品ではタイトル通り「織田 信長」が全国統一への足がかりを掴む、「桶狭間の戦い」から「本能寺の変」までの時期、西暦で言うと16世紀中期の戦国時代末期から安土桃山時代初期が舞台だったが、中期以降の作品では信長死後のシナリオや、信長家督相続以前のシナリオも搭載されるようになった。時代考証については、本作は「プレイヤーが自分なりの戦国時代を創る」にあるため、史実よりユーザーの持つイメージを大事にするとしている。以前、小田原城に当時天守閣はなかったので史実通りに天守閣を外したことがあったが、ユーザーから残念がる声が多かったという。