RYUの生き方、逝き方 -40ページ目

誰もが幸せになれない

みんな苦しんでいる。

その苦しみに対して無力な俺も苦しい。

俺が死んだら、皆の苦しみに輪をかけるようなものだ。

だから俺は苦しくても死ねない。

しかし他人の苦しみを見ているのは苦しいものだ。

俺は便宜上生きている人間だから、

現実の苦しみには耐えていける。

でも現実に生きている人間には、

現実の苦しみが最も苦しいのだ。

みんな可哀想だ。

決して豪華でない食べ物を食べ、

小さな家に住み、

平和に生きるというささやかな幸福さへ

なかなか得られない。

誰にも罪はないのに、

誰もが幸せになれない。

RYU

念(おも)い

俺は成(な)ろうとは思わない。


だがしようとは思う。


RYU


RYUの生き方、逝き方(23日までペタ閉鎖中) border=













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お知らせ

都合により23日までペタ機能を閉鎖させて頂きます。

記事の更新などは普通に行うつもりです。

よろしくお願いします。

RYU

夢と日常

夢を持つ事はすばらしい。


なぜなら生活というものは、


日々をけだるい日常に飲み込んでしまうから。


だからけだるい日常を払拭して、夢を持つ事はすばらしいのだ。


RYU












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愛の報い

愛する事は、愛される事を望む事ではない。

愛は愛する事によって報いられる。

愛しているから愛されねばならないと考えるのは、

愛してない証拠だ。

愛はそれ自らに歓びがある。

RYU
















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神戸漂流

疲れると旅に出たいと思う。

そしてまさに今、俺は疲れている。

ただ俺には真に帰る場所などないから、

旅というより漂流になってしまう。

帰る場所がある旅人は、幸せだ。

それでもサンジェルマンデプレのCafeで道行く人を、

ただ一日眺めていたいと強く思う。


RYU










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ねばならぬ

他人を自分の思い通り動かそうとする人間に限って

「ねばならぬ」という言葉を使いたがる。

彼は彼の思い通り動き、

俺は俺の思い通り動くだけのことだ。

それが観念としてではなく、

存在としての人間の法則なのだ。


RYU











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死と再生

高柳和江著

ある深い池にヤゴが住んでいた。

彼らは不思議に思っていた。

百合の枝をつたって水面にのぼっていった友だちは、なぜ誰も帰ってこないのだろう。

そこで彼らは相談した。

「次に誰かが水面に上がったら、必ず戻ってきて、何が起こったのかを話してくれ。約束だよ」。

すぐに、仲間のひとりが強い力を感じた。

彼は百合の葉にたどり着き、そこで美しい羽のトンボに変身した。

そのことを伝えようと、彼は池の水面を飛びまわった。

けれど、ヤゴたちは誰ひとりとして、その美しい生き物がかつての仲間のひとりだとは気づかないのだった。



















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不幸の枯渇

満足とは不満足の不足であり、


飽満とは「物足りなさ」の物足りなさであり、


幸福とは不幸の枯渇した状態をいう。


RYU











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欲望の果て

欲しいものとは、


その形のあるないにかかわらず、


ただ自分にないものが欲しいだけで、


それを得てみても、


それほど人生は変わらない。


ただ一つ「愛」以外は、、、、、


RYU










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