RYUの生き方、逝き方 -35ページ目

捨てる自己改革

真の自己改革とは、何かを学んで身につける事ではなく、


自分にいつの間にかまとわりついた不要なものを捨てる事だ。


RYU

恋がきしむ時

恋するとき、


その相手に理想の異性のまぼろしを見て、


恋をする。


そして理想とするまぼろしと異性との歪みの分だけ、


人は傷つくのだろう。


そして傷つくのを恐れる人は、


いつの間にか自分の理想を、


相手にうつしかえてしまう。


それが後に2人にとって、


どんなに傷つく事かも知らずにーーーーーー。


RYU

道化のつぶやき

人生、真面目に生きれば生きる程、


不条理という雨が、強さを増す。


そんな道化の人生に疲れ果て、


「俺はそこまでピエロじゃない、、、。」と


呟いてみる。


ふと見れば「俺の本気」が流れ出して、


怒りに変わっていた。


すべてを許す人は、すべての人から愛される。


それが出来ない俺がいる。


俺って何だ、、、、、、、、、、、、、、、、?


RYU

白日夢

「確かなものなんて何もないんだ。」


という昼間聞いた声がよみがえってきた。


だんだんあの声は他人の発したものでなく、


自分の心の声のような気がしてきた。


RYU

少女の恋

少女は一つ恋を知り


七つ夢を見るという。


RYU

素敵な事

大切なもの一つ残して、


あとはすべて失うのも素敵な事です。


RYU



さらば夏よ

走ってる夢ばかりみていたジュンちゃんが、


コーモリの失恋にいたく同情し、


生まれてはじめて身の上話を、


人に言って聞かせたそうです。


この話しはその日のうちに


モルダウの村の人々に知れわたり、


プライドを捨てて悪魔の愛とやらに、


付き合きあわせれていた村人は、


はじめて涙したという。


海がキラキラと時間も止まらんと、


光っていた夏の終わりの話しだそうです。


RYU

人の法則

愛情は人を育て、


無関心は人を殺す。


RYU

災難に遭う時は、災難に遭うがよろしかろう

災難に遭う時は、災難に遭うがよろしかろう


死ぬ時は、死ぬがよろしかろう


是、災難を逃れる妙法なり。


と高僧「良寛」は云った。


逃れられる災難なら逃れればいい、


死なずにすむなら生きればいい。


どうしても逃れられない災難なら、


受け入れて対処するしかないと、


云っているのである。


これはキリスト教の「受容」と似ている。


ただ受容は諦めではない。


万策尽くして駄目な事を受け入れるのが、


受容だと思う。


諦めとは本質的に違うのだ。


ただ人間、ひどい扱いばかり受けていると、


「どうせ何しても駄目だ。」とやる前から


諦めてしまうようになる。


いわゆる負け癖がつくのだ。


これが危険だ。


困難にはいつも初舞台の気持ちで挑みたいと思う。


RYU

セピア色の幸せ

幸せが色あせて


セピア色になっても


やさしさだけは


たずさえていたい。


RYU