横須賀どぶ板通り巡り人 -51ページ目

横須賀どぶ板通り巡り人

横須賀在住の主がどぶ板通りの飲み屋をメインにどぶ板の魅力を発信するサイド

応募作品として


エッセイを書いたが、時間切れで投稿できず…


もったいないので、ブログ投稿します。


テーマは、記憶に残っている風景です。


「青い芝生」


目を閉じると、家の前のあの青い芝生の庭が広がっている。


縁側に座る自分が見上げる空はとても青く、雲もない。


庭で白い洗濯物を干す母が私に気がつき振り返る。


笑顔でおはようと一言。


わたしは心傷つき、学校に行けないで、家にいる。


それでも、母はいつもの笑顔で、


いつもの生活リズムで


わたしだけが、いつもと違う。


どんなに自分が変わってしまっても


普通の枠からはみ出してしまっても


青い芝生も、白い洗濯物も、母の笑顔も変わらない。


そんな些細な事に救われていることを、誰も知らない。


今はこの青い芝生を越えて出ることは出来ない。


家族以外に、おはようと言うことも出来ない。


でも、いつか…


閉じきったわたしの心の片隅にある希望の気持ち。


いつか、この芝生を飛び越え、


好きな場所から、空を見上げ、


大きな声で、何かを叫びたい。


本当の自分なんて、もう忘れてしまったけれど


どこかに在る本来の自分を探して


自分を取り戻したい。


それが、わたしの夢。


こんなわたしに父が言っていた言葉を思い出す。


「誰も恨むな。自分も恨むな。


恨みの先には何もない。


社会や常識や他人を変える事は今は出来ない。


だが自分が変わることは出来る。」


言われた瞬間は酷い父だ、と思ったが


今はその言葉が分かる。


自分が心を閉ざした理由を


社会や自分を追いやった人間のせいにして


恨み、憎しんだところで、前には進めない。


それが事実だとしても、自分のせいではなくとも


自分が変わりたい、前に進みたいなら


何かを憎んで、心を黒くしてはならない。


ただ、その場から逃げてもいい。


休んでもいい。


ただ、心を失くしてはいけない。


心を黒く染めてはいけない。


黒い心で強くなっても意味はない。


自分を痛めつけた人々と同じになってしまう。


誰も恨まず、強くなる。


わたしには未来が在ると思いたいから。


今は生きていていいのか分からない存在だけど


未来や夢という単語を感じたなら、きっと生きていいと思う。


そして、いつか、わたしは歩き出す。


本当の自分の道を。


今はそんな希望を捨てない自分を消したくない。




あれから、20年。


もう古くなった芝生は青々としていない。


縁側の木も色あせている。


ただ、わたしは自分を取り戻している。


決して楽な時間ではなかったが


わたしは、芝生を飛び越えた。


飛び越えた上で、今も縁側から芝生を眺めている。


痛みを伴わない強さに意味はない。


現実や社会は、あいも変わらず辛いもので


心折れそうな時も多々あるけれど


あの、青い芝生を見つめていた時間と心痛みながら、がむしゃらにもがいた自分がいたから


今が在ると思う。

夫さんと住まいを別々にすることにより、


1人でいる時間が増えた。


基本、外的友好を主としないわたしにとって


1人の時間を、持て余している。


厄介な時間だ。


始めは、彼と会えない時間以外を


ずっと、寝ていたい。


そうすれば、寂しさや、1人の虚しさなど


眠りの中で消化できるのに…


と思っていた。


しかし、実際、人はそんなに眠れない。


しかも、基本わたしは短期熟睡型。


本気の熟睡は4~5時間寝れば、大丈夫。

(体調不良の時は別ですが)


友人に1人の時間が大好きという


わたしから見たら、かなりスキルに高い人がいて


今は、本気でリスペクトしてる。


1人に時間を、有効かつ、自己嫌悪に陥らず


エンジョイできる方法を模索しているロハでした。



前回、夫さんとの平和的別居(意味不明な方はお手数ですが、前回のブログを参照ください)


から数週間…


自身の狭い見解で考えると


通常「別居」→「心が冷める・関係が冷める」


などの状況進行が予測されるのですが


わたしたち夫婦の場合、「別居」→「恋心・再来」なのです。


お恥ずかしい…


しかし、だた、住まいを別々にしただけなのに


こんなに、夫さんへの気持ちが、


恋のような、不思議な気持ちになるなんて。


実は思ってもみませんでした。


正直。


もう、高校生の恋愛してるみたいです。


お互いに、真面目に門限みたいなものまで決めて


少ない会える時間を待ち遠しく思ってみたり。


寂しく相手を想って、涙したり。


結婚した、いい大人がする思考ではないと想いますが。


でも。


夫婦という長い時間を約束した単位の二人だから


ずっと、一緒にいようと決めた二人だから


こんな形の恋の時間があっても


二人の人生の時間から見たら、わずかなんだと思う。


夫さんがボーイからガイになる時間を


恋愛関係も交えながら、


待っていたいと思う今日この頃なロハでした。







「別居始めました」ってなんか変ですね。


まぁ、事の始まりは、以外にささいなことでありまして。


夫さんと結婚して5年。


病気のこともあり、子供はいませんが、とても幸せです。


しかし、結婚前の交際期間は8ヶ月。


人によると思いますが


周囲からは、「できちゃったの?」と誤解をされる短さ。


わたし、28歳。


夫さん、25歳の夏でした。


でも、結婚したことに1ミリの迷いはなく!


どちらかというと、わたしが「結婚してくれー」オーラを出していた感も


いなめない感じで。


正直、病気のことや、子供を生まないと決めたこと。


老後のことや、様々な不安があり


結婚オーラがダダもれていたことは、否定できません。


そんなわたしと人生を共に歩む決意をしてくれた夫さんには


感謝しきれません。


で…なんで別居?という話に戻ると


わたしは、夫さんから


男の子から男になる時間を奪ってしまったのです。


夫さんは優しい人で、


でも、優しいだけでは。人生という波を乗り切っていけるか


わたしは不安になりました。


わたしのワガママと夫さんとの平和的話し合いの元、


平和的「別居」という形を始めました。


と、いっても。


恋人同士の様に、


デートもしますし、メールや連絡もとります。


本当にお互い、別の住まいを持ち、暮らしています。


かなり、少しの距離ですが


お互い一人の時間も持ち、


夫さんが男になる時を待ちたいと思います。


と、同時に自分も病気だからといって


寝てばかりではなく、


一人暮らしという面で、夫さんばかり頼らず、


体力を付け、清潔かつ人として最低限の生活をできるよう


自分も頑張ろうと、切磋琢磨の所存です。


では、ロハでした。



ロハです。


わたしはトマトが大好きです。


しかし、夫はトマトが嫌いです。


特に、トマトジュース!


わたしは、トマトジュースが特に大好きで…


こっそり、1人の時に飲んだりしています。

(何故か、こっそり)


実は以前、わたしもトマト嫌いでした。


しかし、必要以上の野菜不足な時期があり


不思議と体が野菜を求め、トマトジュースを飲めるようになりました。


ほんと、不思議です。


トマトは、リコピンも豊富で、美肌効果も高い食材とされているので


わたしは好きになれてよかったーと思っていますが


現在も、カレの嫌いな・ワタシのの大好きなトマトは


冷蔵庫には存在しません。


でも、たまに、コンビニ等で買う


缶のトマトジュースのご褒美感がたまらないロハでもあります。