海のみえる家から -6ページ目

海のみえる家から

みかん畑の中の小道を森の方へと登っていくと、そこに私と家族のための小さくて古いコテージがあります。週末を過ごすだけの小さなおうちですが、窓から見える青い海は、どんな立派なおうちより素敵です。海のこと、森のことなど、少しずつ綴っていきます。

06-10-31_11-00.jpg 画像がマズイのですが ここにあったユニット洗面台を壊しまして、ミラーを加工、杉板を使ってこんな水回りにしてみました。珪藻土を水から守る意味と腰壁とのバランスもあり、シンクのまわりも杉板です。

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洗濯機上を利用した棚です。洗剤や柔軟剤がおさまりました。壁とおんなじアイボリーです。


杉板の腰壁です。→

われながらいい感じでできました。ふふふ

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06-10-31_11-02.jpg ←コルクシートの床です。猫の足にも心地よい??ので気に入ってます。でも、これはあんまりうまくはれませんでした。でこぼこのカットが難しく緻密でない私にはちょっと・・・

この窓の向こうがこんな景色なら・・・いいのになあ・・・

この部屋の正体はいやなことはきれいさっぱり洗い流そうという意味で、シャワールームと名づけました。汗汗ふふふ。このブログを始めたときから、このテーマを作っていましたが、まだ未使用のテーマでした。

で、記念すべき初回の記事は、その名の通り洗面室のリフォームネタです! 先週末、突如思いたって洗面室のリフォームをやりました。

壁紙をはぎ、フロアシートをはぎ、洗濯機を出し、ユニット洗面台のシンク以外を取り外しました!あとにひけなくなったので、壁に珪藻土を塗り、床にコルクシートをはり、ユニット洗面台から取り外したミラーを杉の木のフレームをつけて直接壁に取り付け、床から腰までの壁には杉の羽目板で腰壁を打ち付けました!タオルや洗剤のための棚を取り付け、シンクだけになった洗面台をタイルで飾りつけました。ふーーーーっッがんばったワーーーー

ビフォアアフターのビフォアを写真に収めるのを忘れましたが、アフターは数日のうちに写真にとって載せます!


日曜大工は私のストレス発散にはぴったりのアクティビティーだと思います。キラキラ

夢をゆめのまま終わらせるつもりはありません。

サラサラ ありません。たった一度の人生だと思っていますから、海辺で暮らすのは来世でいいか・・・そう思うわけにはいかないのです。

でも、現実はかなり厳しい。

時間が厳しい。 距離が厳しい。 経済が厳しい。 自然が厳しい。 そして何よりも厳しかったのは、大切な人たちの理解が厳しかったのです。


厳しいことは小さな字で書きました。厳しいことは見えにくい水色で書きました。消えてなくなればいいと思ってるから・・・


おっとも こどもたちも 私が海辺の街に移り住むのは、老人になってからだと思っていたようなのです。これは本当に、驚くべき厳しい現実でした。頭をハンマーでかち殴られた状態です。

確かに何時・・・を具体的に話し合ったことはなかったかもしれませんが・・・なんだか解りあっている様に思っていたのは私だけでした。


なかなか立ち直れなくて、ブログ更新をできずにいましたが、長く立ち止まることはできないのだ!夢にむかって軌道修正です。


これからも自分の希望にかなった海辺の物件を探しつづけますが、当分は住み替えることはできそうにないので、将来のためか週末のために限定するため、大きな予算は組めないこと。つまり、我が家はセカンドハウスをもてるような余裕はないので(私はよい物件さえ見つかれば、現在の家を手ばなして、唯一の我が家として海辺に引っ越すつもりでいたから。ローンを組めるものとあてにしていたのです。)土地にしても中古物件にしても、貯金で購入できる物件しか探せないから、おのずと超無理な条件になってしまうのです。


うちひしがれていた私ですが、私のおっとは計算高い男なのです。(なんか違うなこの表現。金銭感覚の優れた人だと言いたかった。)私はどんぶり女です。だから、彼が言うように今のまま住み替えで海辺に家を建てたなら、海を見る暇がないほど働かなきゃ、ローンが払えないよっていうのは本当でした。子供たちも転校なんか絶対しないよって。


結局下の子が小学校を卒業するまでは、最低でも我が家をここからは移さない事になりました。それは4年後。できれば義務教育が終わるまではここにいたい。そうなれば7年後。山の中の息のできない生活は、まだまだ続くんだな・・・ため息。


でも宝物である家族がいない海の見える家は、怖ろしいほど悲しいのでしかたありません。

気持ちを切り替えていくしかないなー。ながーーーいブログになりそうです。


海に行ってきました。



景色はなかなかよかったですし、都会へのアクセスも今まで考えていた場所とは比べ物にならないほどいいんです。


ただ。 なんかちがう。なんだろう。うまくいえないんだけれど、ちがうんです。


でも、海でエナジーを補給できました。アップ

船船船うみへいくよーーーー

明日は いつもより少し北の海へ行ってみます。

最近物件情報が、いくつかでていたので・・・ 私が考えてりるエリアより都会に近づくので

どうなんかなーーーと思いつつ。

けれど、私のB&Bはゴージャスなリゾートをイメージしてはいないので、都会へのアクセスがよいのも魅力は魅力。

もちろんそうなれば、価格相場が気になるわけで・・・

とにかく、あまり移住先として考えたたことのないエリアなので、

じっくり探索してまいります。ぶーぶーぶーぶーぶーぶーぶーぶーぶーぶー

生まれてきたときは、パンツ1枚はいてなくて(あたりまえのようだけど)、そのあといろいろな人に、いろいろなものを頂きながら大きくなるんですよね。

「自分で稼いで買ったのさ。」とえらそうに言ってる物だって、実は稼がせてくれた人がいて、その商品をつくってくれた人がいて。生まれたときから、お金を山盛りもっているような人だって、誰かがパンツを売ってくれなければ、はだかんぼでびーびーと泣くしかないのよね。たしかに、お金がなければ買えないものは、たくさんあるんだけど、私にとってのたからものは、やはり、お金では買えないものだわ。

たとえば、おっと。おっととわたしのハーフであるむすこたち。わたしをしかることのできる勇気あるゆうじん。父と母は宝物というより、わたしの生産者なので「宝箱」って感じだなー。かなり、古びたにひひ。鍵もこわれてきた、みたいな。べーっだ!

ごめんごめん。でも、きっと彼らはわたしのことを、たからもののように大切に想ってくれていたんだろうな。。。と今はわかるよ。傷だらけで羽の生えたたからものだったから、心配ばかりさせたけど。

海辺のB&Bができたら、もちろん大切なたからものになるけど、それは家そのものではなくて、私の夢をかなえてくれたたくさんの愛情のつまった家になるから。だって、おっとは海が好きではない!!!泳げないし。釣りもしないし。もちろん風景を描く趣味もございません。B&Bなんて、なんの興味もなかったのですから。初めて会う人には超緊張するらしいし。ひとえに、わたしのために海辺に引っ越してB&Bをやってもいいよ、と言ってくれます。いい人でしょ???(後日、このいい人とわたしの壮絶なバトルの歴史については触れたいと思います。ここはいい話としてまとめておきます。)シラー

 今でも、わたしが元気じゃないときは、おっとは必ずわたしを海へと運んでくれます。ゲームセンターのほうが楽しいとおもっているむすこたちを説得して。「おかあさんを海につれてくぞ!」 そしてまたわたしは生き返るわけです!ピチピチッと。

だから、たからものは彼らに決定です!

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はじめてステイしたB&Bは石でできたコテージでした。

南オーストラリア・アデレードヒルズ。車がなければジュース1本買いに行くこともできないようなとんでもない田舎町。

で、私は車なし汗。オージーの友達が車で送ってきてくれて、ぽいっと降ろして行ってしまったのでした。

"See you later !"

ホストのご夫婦は近くに住んでいて、「冷蔵庫の中がなくなったら、お買い物に連れてってあげるわー」車ぶいーん。

ま、待って~走る人

私に残されたのは、たっぷりの時間・・・と、大自然。

ところが、これが以外にも快適だったのです!何もすることのない極楽浄土。時計を見ない生活ってすごいわーーー。

唯一の交通手段であるで 歩きたいほうへ歩いていく。

これが本当の休暇なのかも。

120年くらい前の農家だったらしいこの素朴なコテージでの1週間は、本当に心地よくあたたかな休日でした。


私のお気に入りの海の景色の端っこに、原子力発電所があります。美浜原発。

自然の海岸が好きなんですよ、本当は。でも、私はこの人工建造物のあるこの風景に引き寄せられます。

もちろん夜のライトが美しいから、なんて理由ではなくて。(実際かなり美しいんですけど、そう意味では。)

すごく冷ややかにそびえるその大きな建造物が、愚かな私たちに警鐘を鳴らしているような気がするから。

穏やかで優しい海原のすみっこで、冷ややかに瞬きながら、こうささやく。    星空 「忘れないで・・・」

え?何を?何を忘れないでって?

あなたは忘れちゃだめ。どんな幸福なときも、どんな穏やかな日々の中でも。

「戦争」という愚かな行為が いつもどこかで、あるいはもうすぐここで、たくさんの命を消してしまうことを。

怖い」と思う。いつもここまで考えて怖いと思うんだけれど。「忘れないで。あなたにできること。」その言葉にたどりつく。


「何もしなくていいし、何もできなくてかまわないから、ずっとHiroshimaの話しをしよう。」


そう言ったのは、どの先生だったかな・・・たしか小学3年生ぐらいだったかな。

いつもいつも平和公園の奉仕作業をさせられて(単なるそうじです。)

悲惨な原爆資料に泣き出す子や、気分が悪くなる子が必ず何名か。私だってできれば資料館はあたりたくないわ。

あそこはかなり憂鬱。「平和学習ってなによーー。気分悪くって何もできんわよーー。」そんなブルーかグレーな時だった。


何もしなくていいし、何もできなくてかまわないから、大人になってもずっとHiroshimaの話しをしよう。僕らはひろしまで育ったのだから、みんな平和のための親善大使なんだよ。


あ、こんな標準語ではなかったはずね、


なんにもせんでええんよ、なんにもできんでもええんじゃけん。大きくなってもずっとHiroshimaの話しをしんちゃい。僕らはひろしまでそだったんじゃろ。ほんならみんな平和のための親善大使なんじゃけ。 うわっつ なつかしーのー広島弁。


私たちはみんな大使に任命された。あのとき先生が言ったとおり、なんもたいしたことはしていないが、出会ってスグの人にも

広島出身です。と言うことにしている。


美浜原発は、いつも平和ボケした私に警鐘を鳴らす。

I’m from Hiroshima. クローバー





海が好きという人々は。。。サーファーさんや 釣り人さん、ダイバーさん などなど。

何か海の楽しみ系、スポーツ系だったりします。

ところがこの私、そのどれもやらないんです。

海をみるだけで、よいのです。なにやら私に必要なイオンがあるらしくて・・・

そのことに気が付いたのは、海のない街に暮らしてから。

煮詰まった私に、大きな息をさせてくれて、肩の荷物をおろしてくれて。

海に行けば、無防備な私になる。

どんな難しいことも、ほどけていく気がするよ。

「ちっぽけなさかなさん、おもうぞんぶん泳いでいけば?」

孤独なんだけど、穏やかな気分。

人は一人で生まれてくるんだ・・・なんて思ったりする。

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04-12-26_23-40.jpg いよいよ、夢にむかって第一歩。とはいうものの、物件探しをするようになって、もう6年になるかなーー

お休みのたびに海辺の街を、さまよいまして足あとなんだか探すことが趣味のような錯覚におちいってしまうけれど、non non 目的は、そこへ移り住み暮らすこと! しっかり せーよー音譜

資金の少ないことは棚にあげ、理想の物件とは・・・ 海がみえること、しかも広く長い水平線がみえること、tsunamiにおびえなくてもいいこと、分譲地によくあるコンクリートでガッチリした土地でないこと、歩いて海まで行けること、最寄の街までの交通機関があること、それに それに もういいっむかっえっ不動産屋さんに何度しかられ、何度鼻で笑われたことか・・・しかし何事も経験ですしね。今は相場というものもわかりつつあって、海が見えること 意外は口にしないようにしています。


長い物件探しの末、ようやく住みたい風景が決まってきました。