千葉県佐原市 横利根閘門ふれあい公園(2022年5月18日訪問)

 

九州旅行から帰ってきて、1か月ほど経ちました。このところ、天候不順でしたが、久しぶりに晴天になり、そろそろ、ドライブに出かけようかと思い、佐原市の利根川沿いの横利根川と利根川の合流点の「横利根閘門ふれあい公園」に行ってきました。柏市方面から銚子市方面に走る利根水郷ラインを東走し、利根川にかかる、長豊橋で、対岸の利根川沿いの道に乗り換えて、30分走ると、横利根閘門ふれあい公園無料駐車場に着き、駐車して、散策開始です。

横利根閘門は、利根川洪水時の逆流防止や利根川、横利根川の水位差の調整をしているようです。確かに

上流側の門外と内の水位が1M程あるように見えました。公園内の川ではで釣りを楽しんでいる方がいました。

 

 

横利根閘門案内板

 

横利根閘門の外水門

 

横利根閘門下流側

 

横利根閘門上流側

 

 

門開閉機

 

公園内での釣り場

 

以前佐原の街並み散策の時に立ち寄った、「道の駅 川の駅さわら」に再度行きました。お土産を少々買い、帰宅前に、ほっともっとで、「釜揚げしらす弁当」を予約して、テイクアウトで昼食にしました。美味しかったです。

 

 

 

道の駅 川の駅さわら

 

水郷利根川遊覧船のりば

 

釜揚げしらす弁当

 

 

 

 

千葉県佐倉市 武家屋敷の街並み その2(2022年5月4日訪問)

 

佐倉サムライの古径 ひよどり坂を下りした後、駐車場方面に戻り、武家屋敷をさんさくします。古いたたずまいは、昔を感じられて気持ち良かったです。武家屋敷の間にくらやみ坂がありました。堀切のようになっていて、敵を攻撃できるようになっています。

 

 

武家屋敷 但馬邸

 

 

 

武家屋敷 日河原邸

 

 

くらやみ坂

 

武家屋敷から佐倉城方面に行き、佐倉城大手門を目指します。佐倉市民体育館の横に、佐倉藩藩校跡の石碑があり、その先に、大手門跡がありました。空堀、土塁がありました。門の先はかなり広い広場になっていました。

 

佐倉藩藩校跡の石碑

 

 

 

 

 

 

佐倉城大手門の石碑、空堀、土塁、広場

 

 

 

千葉県佐倉市 武家屋敷の街並み その1(2022年5月4日訪問)

 

佐倉市武家屋敷周辺マップ

 

千葉県佐倉市、京成本線 京成佐倉駅の南西に徒歩20分ほどのところに、武家屋敷の街並みがあります。

駅東には、佐倉藩校の流れを組む、長嶋茂雄氏の出身校、佐倉高校があります。

武家屋敷の街並みは佐倉城の南東にあります。無料の武家屋敷駐車場があるので、駐車して、散策しました。駐車場すぐ隣に、侍の杜がありました。現存井戸や庭園がありました。

 

 

武家屋敷駐車場

 

案内板

 

侍の杜入口

 

現存土倉藩士の井戸

 

 

庭園

 

侍の杜から、佐倉城方向、西に進むと、薄暗い、佐倉サムライの古径 ひよどり坂の下り口があり、降りていきます。両側の竹林に圧倒されました。城と武家屋敷を繋ぐ道だったんですね。

 

佐倉サムライの古径 ひよどり坂の下り口

 

竹林の下り坂

 

佐倉サムライの古径 ひよどり坂の登り口

 

竹林の登り坂

 

 

 

 

 

 

 

福岡県 寒竹城 攻城184(2022年4月18日訪問) 

 

<城郭概要>

中世からあった城郭のようですが、詳細不明です。福岡県の九州縦貫自動車道の吉志PA (上り) 売店の裏手に、石碑があります。自動車道が、見事に城を分断して、飲み込んでいます。高速に乗らないと行けません。

 

<攻城>

九州縦貫自動車道の吉志PA (上り) 売店の裏手にあります。本丸と思われるところに石碑がありました。

 

吉志PA (上り) 売店

 

 

 

 

分断された本丸跡でしょうか?

 

寒竹城で、今回の九州北部城めぐりの旅は終了しました。こんなところに、城跡あるんですね。何にもありませんが、高速に乗って立ち寄らないと行けないので、ある意味貴重でした。

 

 

 

 

大分県 中津城その2 攻城183(2022年4月18日訪問) 日本続百名城 No191 34/100

 

<攻城2>

天守から、二の丸方面に回り中津川沿いを行きます。北側に、黒田官兵衛夫婦の像があり、黒田家と細川家の石垣の積際が明確にわかる石垣がありました。中津川沿いの曲輪を歩き、中津神社をへて、駐車場に戻りました。

 

 

 

 

 

中津城天守

 

黒田官兵衛夫妻の像

 

左細川家、右黒田家の石垣

 

中津川沿いの曲輪

 

中津神社

 

中津城と言えば、黒田官兵衛の城です。遺構は少なかったですが、来て良かったです。三大海城制覇しました。

 

大分県 中津城その1 攻城183(2022年4月18日訪問) 日本続百名城 No191 34/100

 

<城郭概要>

中津城は、現在の大分県中津市にある、梯郭式平城(海城)で、豊臣秀吉の命を受けた、黒田官兵衛が、1588年に築城し、官兵衛が福岡城に移った後、細川忠興が完成させました。 細川家が熊本に移封された後、中津藩主として奥平家の居城となり、明治初期に破却されたようです。

天守の詳細は不明のようで、現在、独立式望楼型5重5階のRC造模擬天守が再建されています。

遺構として、石垣、堀が現存しています。

 

中津城下案内図

 

中津城城郭図

 

<攻城1>

高松城、今治城につぐ最後の日本三大海城、中津城にやってきました。本丸跡内にある駐車場に駐車して攻城開始です。海城とはいえ、高松城、今治城のように、鯛は泳いでいませんでした。ちょっと残念です。

日本三大海城という言葉に期待してました。堀があまり、現存していません。

 

三の丸跡無料駐車場

 

 

本丸、三の丸間の石垣、堀

 

東側に行くと、椎木門がありました。石垣と枡形虎口がいいです。そこから、天守がすぐ、望めました。大好きな織豊系の黒壁です。

 

 

 

椎木門

 

石工の印のある石垣

 

織豊系天守

 

 

 

 


 

大分県 杵築城その2 城下町 攻城182(2022年4月18日訪問) 

 

<城下町>

杵築城から城下町方面に行き、杵築市役所に観光車用の無料駐車場があったので、駐車して城下町を散策します。城下町は、城から続く道の両側に商家が並び、道両脇の坂を登った丘に武家屋敷があるという構成です。市役所から城方向東に商家の街並みの坂を下っていきます。

 

 

商家の街並み

 

丘の上が武家屋敷

 

岩鼻の井戸がある場所から、岩鼻の坂を登り、城方向に右折すると、武家屋敷である、能見邸、藩校がありました。勘定場の坂を下り、商家の街並みにでて、市役所駐車場に戻りました。杵築城下町のような構成は珍しかったです。

 

岩鼻の井戸

 

岩鼻の坂

 

 

 

能見邸

 

 

 

藩校

 

勘定場の坂

 

商家の街並み

 

 

 

 

 

 

 

大分県 杵築城その1 攻城182(2022年4月18日訪問) 

 

別府から中津城、下関フェリーターミナルまでの間、城を探したところ、杵築城なる城があり、計画に入れました。実際、行ってみると、模擬ですが天守石垣、天守閣がありました。城下町もあり、市役所観光課のパンフレットに、「九州の小京都」とありました。楽しみです。

 

杵築城、城下町案内図

 

<城郭概要>

杵築城は、大分県東国半島の付け根の、杵築市杵築にある連郭式平山城城郭で、1390年代後半に、木村氏により築城されました。主君の大友義統が文禄の役での失態の責めを負って豊臣秀吉により改易されると、当主木付統直は自刃し木付氏も滅びたようです。その後、細川氏、小笠原氏、松平氏と城主が変わり、平地に城郭が移されたようです。

天守は一度焼失し、3重の層塔型天守が再建されたようです。現在は、独立式望楼型3層3階RC造の模擬天守が建っています。

遺構として、土塁、堀切り、堀、石垣、庭園が現存しています。

 

杵築城城郭図

 

<攻城>

城山公園無料駐車場に駐車して攻城開始です。石垣のある駐車場の階段を登ると、二の丸にでます。奥に進むと、本丸への門があり、中に入ると、奥に石垣の天守台、模擬天守がありました。

 

駐車場から二の丸への階段

 

二の丸

 

本丸への門

 

 

 

本丸

 

 

杵築城天守(模擬)

 

本丸からの眺望

 

 

 

 

 

 

九州北部城めぐりの旅の九州最終日です。本日のルートは別府から国東半島付根の杵築城、城下町(城めぐり編で紹介)、そこから北西に進み、日本三大海城の中津城(城めぐり編で紹介)により、新門司フェリーターミナルまでの、走行距離、150km強のドライブです。

途中、道の駅「なかつ」、道の駅「しんよしとみ」に立ち寄り、お土産を買って、休憩しました。

新門司フェリーターミナルへの九州縦貫自動車道、吉志PA (上り)  寒竹城跡で、フェリー乗船の時間調整をしました。

 

8日目走行ルート

 

別府の海沿いを走る国道10号線

 

 

杵築城駐車場

 

杵築城城下町

 

中津への東九州自動車道

 

中津城

 

道の駅 なかつ

 

 

道の駅 しんよしとみ

 

九州縦貫自動車道 吉志PA (上り)  寒竹城跡

 

吉志PA (上り) で、プチ攻城後、時間調整で休憩して、新門司フェリーターミナルに到着しました。乗船券は事前にキャッシュレス購入してあるので、車内で2時間ほど時間調整後、QRコードを提示して乗船しました。

船は「はまゆう」でした。客室は、往きと同じ仕様でした。還りは10%往復割引でした。

帰りの船は結構揺れました。強風で、甲板にも出れませんでした。船酔いで最悪でした。

翌日、夜、往きと同じ、海ほたる周りで家路に着きました。正確には翌々日深夜に帰宅しました。

 

新門司フェリーターミナル

 

はまゆうに乗船

 

客室内

 

帰宅後の昼、家の近くのガソリンスタンドで最後の給油しました。別府で給油してから、326km走行して、区間燃費、19.6km/Lでした。単価は、157円/Lでした。九州より安かったです。

 

今回の九州北部城めぐりの旅は、5泊2船中泊10日、総走行距離、1,335km、総合燃費 20.6km/Lのドライブでした。

コロナで計画延期、2度、2年越しの九州旅行でした。今度は、南九州です。車はしんどいかな。

 

 

今回の旅行のお土産

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大分県 大分城その1 攻城181(2022年4月17日訪問) 日本百名城 No94 61/100

 

<城郭概要>

大分城は、大分県大分市ある、梯郭式平城(海城[)で、1590年代後半に、福原氏により築城されました。

関ヶ原合戦後、竹中氏が改修し、府内藩初代藩主になり、その後、1600年中期より、松平家が城主になり、明治初期に本丸・東丸・西丸の建造物以外は破却され、堀の一部が埋め立てられ、さらに第二次世界大戦時の大分空襲により櫓が数棟焼失したようです。

天守は非現存で4重だったようですが形式は不明です。

遺構として、石垣、土塀、堀、櫓2棟(宗門櫓、人質櫓)、櫓跡(天守台)が現存しています。

 

大分城(府内城)

 

大分城(府内城)城郭図

 

<攻城1>

大分城南の道を挟んだ対面に駐車して、攻城開始です。大手門から、ぐるっと西回りで水堀沿いを歩きます。コロナ感染対策で、大分場内には入れませんでした。事前調査で3月末まで入城禁止と分かっていましたが、4月もだめでした。

まず、宗門櫓が目を引きます。西側から南側にまわると、廊下橋があり、天守台の石垣が見えました。天守の手前に人質櫓がありました。東側に回り、天守石垣を見ながら、駐車場に戻りました。

 

大手門

 

宗門櫓

 

南側水堀

 

西の丸石垣

 

廊下橋

 

 

天守台石垣

 

 

人質櫓

 

東の丸の石垣

 

 

大分城は、かつて、海城だっことが古地図からわかりました。コロナで入城できなかったことが残念でした。

市街地中心にある、水堀と石垣の素晴らしい、天守台のあるの典型的な城でした。