大分県 臼杵城その2 攻城180(2022年4月17日訪問) 日本続百名城 No193 33/100

 

<攻城2>

登城口を登ると、立派な石垣が見えてきて、分岐を右に折れて、進むと、時鐘櫓跡があり、その先に畳櫓がありましたが、古橋口に通じる道は通行禁止になっていました。左手の井楼櫓台跡の石垣が目を引きます。引き返すと、大門櫓がありました。

 

時鐘櫓跡

 

畳櫓

 

井楼櫓台跡の石垣

 

大門櫓

 

二の丸に入って左手に会所櫓跡がありました。二の丸はかなり広いです。

 

二の丸

 

会所櫓跡

 

二の丸を進むと、本丸があり、二の丸間の石垣と空堀がありました。本丸右手に黒鉄門あとがありました。左手には天守台跡がありました。戻って、本丸の外曲輪に出ました。埋門櫓跡があり、下から天守台石垣を眺めます。立派です。外曲輪を歩き、駐車場に戻りました。

 

本丸と二の丸間の空堀

 

本丸と二の丸間の石垣

 

鉄門桝形石垣

 

本丸

 

天守台跡

 

天守台からの眺望

 

埋門前櫓跡

 

 

 

天守台石垣

 

大友宗麟の臼杵城は見ごたえのある城郭でした。石垣が素晴らしかったです。当時は周りは海だったようです。岡城から佐賀関を通って別府へ行く途中にあったので、攻城計画たてましたが、思わずいい城でした。立ち寄って良かったです。

 

 

 

 

 

大分県 臼杵城その1 攻城180(2022年4月17日訪問) 日本続百名城 No193 33/100

 

<城郭概要>

臼杵城は、大分県臼杵市にある、連郭式平山城(海城)で、築城主は大友宗麟で、1560年代に築城されました。その後、関ヶ原の戦いで西軍から東軍に寝返った、稲葉貞通が1600年に、美濃国郡上八幡より移封され、明治維新まで、稲葉氏15代の居城となり、臼杵藩の藩庁が置かれ、明治初期に払い下げ撤去たようです。

天守は複合式望楼型3層(非現存)の絵図等が確認されているようです。遺構として、曲輪、畳櫓、卯寅口門脇櫓、石垣、空堀、堀が現存しています。

 

臼杵市マップ

 

臼杵城城郭図

 

<攻城1>

臼杵城西の駐車場に駐車して攻城開始です。道路対面に古橋口、鐙坂がありましたが、坂が急な為か安全のため進入禁止になっていました。通常の登城路だったようです。山の上に、畳櫓、井楼櫓台石垣が望めました。

 

臼杵城案内図

 

 

古橋口、鐙坂

 

 

 

臼杵城石碑、石垣と堀

 

城の西側を北側に回り込むと登城路があり、歩を進めていきます。

 

 

 

二の丸、本丸への登城路

 

 

 

 

 

 

 

大分県 岡城その5 攻城179(2022年4月17日訪問) 日本百名城 No95 60/100

 

<攻城5>案内番号22~28

二の丸内に月見櫓がありました。二の丸から石段を登ると本丸に出ました。西側に御三階櫓天守台跡、東奥に岡城天満宮、金倉跡がありました。

 

 

案内番号22 二の丸月見櫓

 

案内番号23 本丸

 

 

 

案内番号23 本丸

 

案内番号24 岡城天満社

 

本丸東側に東中仕切り跡があり、なんと、バス停がありました。1時間に2本ほどありました。本丸下まで、バスで来れるんですね。時短者向きですね。さらに東に行くと、御座所、下原門がありました。

 

 

案内番号25 東中仕切り

 

 

案内番号26 東の郭

 

 

案内番号27 御座所

 

 

案内番号28 御座所

 

城郭南側から大手門に出て、駐車場に戻りました。

岡城は、難攻不落の、石垣の芸術の城郭でした。竹田城ほどの圧倒する石垣のボリューム感はありませんでしたが、至る所に石垣が構成されていて、素晴らしかったです。夫婦ともども、大満足な城でした。

本当に来て良かったです。

 

 

 

 

大分県 岡城その4 攻城179(2022年4月17日訪問) 日本百名城 No95 60/100

 

<攻城3>案内番号14~21

屋敷跡から東に進み、城郭北側を、三の丸、二の丸、本丸方面を目指します。石垣の櫓門跡が素晴らしいです。二の丸に滝廉太郎像がありました。後方の阿蘇山系の山並みのコラボが素晴らしいです。

 

 

内番号14 城代屋敷、桜馬場

 

 

内番号15 西中仕切り

 

 

内番号16 太鼓櫓門

 

案内番号17 三の丸からの眺望

 

 

案内番号18 三の丸

 

 

案内番号19 御三階櫓台

 

案内番号20 空井戸

 

 

案内番号21 二の丸内滝廉太郎像

 

 

大分県 岡城その3 攻城179(2022年4月17日訪問) 日本百名城 No95 60/100

 

<攻城3>案内番号8~13

西の丸から、中川家の屋敷跡をめぐります。石垣と屋敷跡からの眺望が素晴らしいです。但見屋敷からは本丸方面が望めました。

 

 

西の丸の石垣虎口、西櫓跡、井戸跡、石垣

 

 

 

案内番号8 中川民部屋敷跡

 

 

案内番号9 近戸門跡

 

 

 

案内番号10 中川覚左衛門屋敷跡

 

案内番号11 中川覚左衛門屋敷跡からの絶景

 

案内番号12 埋門

 

 

 

 

案内番号13 但見屋敷

大分県 岡城その2 攻城179(2022年4月17日訪問) 日本百名城 No95 60/100

 

<攻城2>案内番号3~7

大手坂登り口から攻城していきます。しばらくして、石垣の大手門跡が見えてきました。枡形になっていて礎石がありました。大きな櫓門だったような感じがします。奥に旧大手門跡がありました。

 

 

案内番号3 大手坂

 

 

案内番号4 大手門

 

旧大手門跡

 

大手門の先に西の丸があり、手前に東御門あとがありました。西の丸は岡藩の藩庁がおかれ政務を行っていた場所のようです。石垣の階段、石垣群が素晴らしいです。

 

 

案内番号5 西の丸東御門跡

 

 

案内番号6 西の丸御殿

 

広大な西の丸の左手に、物見櫓跡がありました。阿蘇山系の山並みが眺望できました。

 

案内番号6 絶景スポット、物見櫓跡

 

 

阿蘇山系の眺望

大分県 岡城その1 攻城179(2022年4月17日訪問) 日本百名城 No95 60/100

 

<城郭概要>

岡城は、大分県竹田市にある、梯郭式山城で、築城主は緒方氏で、1180年代に築城されました。その後、豊臣秀吉と柴田勝家の賤ヶ岳の戦いで討死した、中川清秀の次男、秀成が、秀吉の命で移封され、大規模な修築がされ、東軍に組した、関ヶ原合戦の功労を家康に認められて、所領安堵となり、岡藩初代藩主となりました。以後代々中川氏が岡藩主を務め、明治の廃城令ですべての建物が破却されました。

初代天守の構造は不明ですが、御三階櫓が何度か再建されたことが、絵図、写真から確認されているようです。遺構として、郭、石垣、土塁が整備状態良く、現存しています。

 

岡城アクセスマップ

 

岡城城郭鳥瞰図

 

岡城歴代藩主

 

<攻城1>案内番号0~2

岡城城郭南西にある、岡城駐車場に駐車して、岡城跡観覧券発売所で登城券を買い攻城開始です。

攻城ルートは大まかに3パターンあり、本日は晴天で気候もいいので、全部見るパターンで攻城することとしました。岡城の攻城ルートは非常にわかりやすく解説されているので今回は、説明ルートにそって、攻城して行きます。

 

岡城跡観覧券発売所

 

登城手形

 

ルートマップ

 

案内番号0 チュートリアル

 

案内番号1 岡城案内板

 

攻城入口から案内番号に沿って攻城していきます。阿蘇の噴火でできた阿蘇溶結凝灰岩の岩肌がありました。岡城はこの岩の上に建っていいることがわかります。先に門跡らしきものが見えました。

 

登城入口

 

案内番号2 阿蘇溶結凝灰岩の岩肌

 

岡城説明版

 

岡城の石碑、大手門方面

 

 

 

 

 

九州北部城めぐりの旅 7日目その2(熊本~岡城~臼杵城~佐賀関~大分城~別府 4月17日訪問)

 

<別府鉄輪温泉>

別府の温泉は初めてです。コテージ型の源泉かけ流し客室付半露天風呂の施設です。持ち込み自由で、電子レンジもついています。コロナの感染対策バッチリです。夕食に寿司と惣菜のテイクアウトもできるので、注文しました。母屋にビールサーバーがあり、飲み放題でした。風呂上がりのビールは最高でした。夫婦とも、「美味しい!」の声ハモリました。部屋がとても綺麗で、何回も風呂に入り最高でした。食事も食べきれないかと思いましたが、完食しました。大分だけあって、鳥料理が美味しかったです。

 

宿泊施設駐車場

 

入口

 

 

通路

 

母屋の無料ビールサーバー

 

 

 

客室

 

洗面所

 

 

源泉かけ流し半露天風呂

 

ボリューム満点の寿司、惣菜弁当(テイクアウト)

 

 

 

 

九州北部城めぐりの旅 7日目その1(熊本~岡城~臼杵城~佐賀関~大分城~別府 4月17日訪問)

 

7日目走行ルート

 

本日は、旅行3日目に次ぐ2番目の走行距離で、210kmの車旅です。

ホテルの人に無理言って、機械駐車機から、早朝6時半に出庫してもらい、熊本を出発しました。

まずは、今回のベスト3目的地の最後、岡城を目指します。途中、阿蘇駅前に停車して、休憩を取りました。

天気がいいです。阿蘇山系の山々が綺麗でした。登山客が多数いました。

 

途中休憩地の阿蘇駅

 

阿蘇山系の山並み

 

阿蘇駅前の駐車場を出発して、50分ほどで、岡城跡無料駐車場に到着して、岡城を2時間30分かけて攻城しました(紹介は城めぐり編)。天気も良く、最高の攻城でした。

岡城を出発して、豊後水道海沿いにある臼杵城を攻城し(紹介は城めぐり編)、佐賀関経由でお土産を買い、大分に入り、大分城を攻城して(紹介は城めぐり編)、宿泊地の別府鉄輪温泉に到着しました。

源泉かけ流しの客室半露天風呂の宿泊施設で、何回も温泉につかり、疲れを癒しました。

 

 

岡城無料駐車場

 

臼杵市街

 

 

 

佐賀関の関アジ関サバ館、みかん販売、海岸

 

大分市街

 

 

別府鉄輪温泉

 

別府市内で、今回3回目の給油をしました。前回給油から、406km走り、燃費は21.6km/Lでした。山岳のの一般道主体としては、まずますの燃費でした。ガソリンは171円/Lでした。

熊本県 熊本城その3 攻城178(2022年4月16日訪問) 日本百名城 No92 59/100

 

<攻城3>

天守から北観覧ルート方面に行きます。天守を西側方面から見て、進むと、平左衛門丸の続き櫓が被災で倒壊した五重宇土矢倉がありました。宇土櫓と天守のコラボが気に入ってます。北大手門方面の加藤神社、

復興中の戌亥櫓、南大手門、倒壊後解体した元太鼓櫓、西大手門を抜けて、二の丸広場に出て、桜の馬場方面に戻りました。

 

 

 

西側から見た熊本城

 

続き櫓が倒壊した宇土櫓

 

宇土櫓、天守のコラボ

 

加藤神社

 

南大手門

 

復興中の戌亥櫓

 

倒壊した元太鼓櫓

 

二の丸広場

 

2時間ほどの攻城でしたが、来て良かったです。特設ステージ通路からの、高い目線での熊本城、復興途中の特別な容姿の熊本城、心に残りました。加藤清正公は現在の熊本城をどんな思いで見ているんでしょうか。もう一度、完全復興後の熊本城に来ることを心に誓いました。完全復興は2030年を超えるようです。