長野県 上田城その2 攻城13 再訪(2022年6月6日訪問) 日本百名城No27 84/100
旧北国街道を西から東に歩きます。秀吉の小田原征伐時、前田利家、真田昌幸の最強北国街道軍がここを通ったと思うと胸がわくわくします。古い町並みが風情があっていいです。柳町に出ると、テレビで紹介された店舗等がありました。北国街道から駅前通りにでて、ホテルに戻りました。
北国街道案内図
北国街道、柳町
池波正太郎記念館
長野県 上田城その2 攻城13 再訪(2022年6月6日訪問) 日本百名城No27 84/100
旧北国街道を西から東に歩きます。秀吉の小田原征伐時、前田利家、真田昌幸の最強北国街道軍がここを通ったと思うと胸がわくわくします。古い町並みが風情があっていいです。柳町に出ると、テレビで紹介された店舗等がありました。北国街道から駅前通りにでて、ホテルに戻りました。
北国街道案内図
北国街道、柳町
池波正太郎記念館
長野県 上田城その1 攻城13 再訪(2022年6月6日訪問) 日本百名城No27 8/100
2017年5月3日に訪れた上田城を再訪しました。今回は、前回見なかった、城郭南側を攻城します。上田市内宿泊ホテルにチェックイン後、徒歩で攻城開始です。まず、上田駅前に直攻する国道141号線を北に進み、大手通りに出て城方面を目指します。大手通りは食い違い虎口になっていました。三の丸跡の上田合戦激戦地の看板がありました。徳川家康を二度も退けたのは周知の知るところです。
上田城城郭図
食い違い虎口の大手通り
第一次、第二次上田合戦激戦地 三の丸跡
激戦地に感激しながら、西に進むと橋があり、その脇の三の丸、二の丸間の堀底に降り、南に進みました。
堀が深いです。難攻不落の一端が垣間見えました。南側に出ると、南櫓から西櫓までの巨大にそそり立つ石垣、土塁が見えて、圧倒されます。難攻不落の城であることがわかります。
三の丸、二の丸間の堀、土塁
難攻不落の南櫓、西櫓間の壮大な石垣、土塁
西櫓脇から二の丸に入り、本丸の堅固な土塁、内堀を見ながら外を回り北側に出て、北の守りの二の丸枡形門跡、百間堀、石垣、水路導入口を見て、旧北国街道に出ました。
西櫓への階段、石垣
二の丸、本丸間の堀、土塁
二の丸北口枡形門
百間掘り
水路導入口
今回は、前回見た本丸には寄りませんでした。上田城がいかに、難攻不落の城であるかが実感できました。
城郭、策略全てが一級品でした。凄いですね。感動しました。再訪して良かったです。
長野県 真田本城 攻城185(2022年6月6日訪問)
<城郭概要>
真田本城は、長野県小県郡真田町、戦国期に活躍する真田一族発祥の地である真田の郷にあった山城で、築城主は、武田24将の真田幸隆です。
1551年に、武田信玄の命を受けた幸綱は戸石城を奪取して、以来、幸綱・信綱・昌幸の三代に渡って、真田氏館、真田本城およびその支城群が整備され、上田城に移るまで真田氏館と共に、真田氏の本拠地であったとも考えられているようです。遺構として、郭、土塁、空堀が現存しています。
<攻城>
無料駐車場に車を駐車して攻城開始です。本郭の腰曲輪のようななだらかな曲輪が広がり、すぐに、本郭の堀切、土塁があり、その先二郭、三郭があります。
無料駐車場
本丸下の腰曲輪
堀切跡
本郭
土塁
本郭からの眺望
二郭
テレビで紹介されてから、一度行きたいと思っていた、真田本城に来ることができて、満足でした。ここから、真田氏の歴史が始まったと思うと、感無量でした。
2日自:真田氏館跡(6月6日訪問)
真田氏館跡は、真田氏が根小屋として日頃政務を執り、生活をしていたと考えられる館跡です。いつ頃建造されたかは定かではありませんが、戦国時代(永禄)と推定されているようです。上田城の築城と完成に伴い廃されたと考えられます。現在、御屋敷公園として親しまれていて、真田氏歴史館が隣接し、現在も残る真田石積のある虎口、郭、」土塁、空堀などが現存しています。
真田の里 案内図
真田氏城郭ナットワーク
真田氏歴史館資料
真田歴史館
真田氏館跡案内図
石積の大手虎口
西曲輪 土塁
東曲輪 空堀、土塁
搦め手虎口
2日自:松本市内~上田本城~真田氏館跡~上田城~上田市内宿泊(6月6日訪問)
2日目 走行ルート図
2日目の天候は、曇天又は雨です。晴れてほしいですね。松本市内浅間温泉の旅館から北東に進み、上田本城を目指します。道中、今回の旅行1回目の給油を行いました。360km走って、20.7km/Lでした。ガソリン単価は174円/Lでした。高いですね。旅行直前の給油では149円/Lでした。千葉県は安いんですかね。給油後、近くの、道の駅「おとぎの里」でお土産を買い、上田本城を目指します。
旅館から出発(ドラレコ画像)
給油(ドラレコ画像)
道の駅「おとぎの里」(ドラレコ画像)
上田市内の郊外から、上田本城に到着して、無料駐車場に駐車して攻城しました。近くの真田氏館跡を見て、上田市内のホテルにチェックイン後、徒歩で上田城を再訪して、旧北国街道、柳町を見てホテルに戻りました。
上田本城 無料駐車場
真田氏館跡 無料駐車場
長野県 松本城 攻城6 再訪(2022年6月5日訪問) 日本百名城No29 4/100
2016年10月10日に攻城して以来の松本城、攻城です。前回は、城めぐりし初めで、主に天守しか見なかったので、今回は、追加攻城です。城郭北側の、市営開智駐車場に駐車して攻城開始です。二の丸跡の北側から二の丸裏御門橋を渡ると、二の丸御殿跡があり、すぐ左手に、櫓台跡がありました。二の丸の南に進むと、織豊系の黒漆喰の天守が見えます。進むと太鼓門がありました。内堀南側には、本丸への黒門がありましたが、今回は本丸は省略しました。前回は、中国人がやたら多かったのですが、コロナのせいか、いませんでした。内濠の南側、西側を進み、北側に出て駐車場の先の改修中の開智学校を見て、駐車場に戻りました。
松本城城郭図
内堀外側から望む松本城天守
二の丸裏御門橋と北側内堀
二の丸御殿跡
二の丸北櫓台跡
太鼓櫓門と枡形
本丸への黒門を望む
松本城天守
改修中の開智学校
徳川家康の軍略家臣から、秀吉の家臣になった、石川数正の、偉大な松本城は相も変わらず、素晴らしい、感動的な、日本を代表する、現存天守でした。前回改修中の月見櫓も見れました。子天守連立天守の松本城はいつ見ても、格好いいですね。ほれぼれします。
1日目:浅間温泉 和泉荘(6月5日訪問)
美ヶ原高原を懐かしく満喫した後、本日の宿泊地、浅間温泉を目指します。浅間温泉は松本市の奥座敷的温泉地です。故郷の札幌の、定山渓温泉のような位置づけです。コロナを考慮して、個室料亭での夕朝食、客室露天風呂の宿を選択して、「和泉荘」に宿泊しました。
浅間温泉 和泉荘
館内
客室
客室は和室で、客室付き露天風呂に何回もつかり、癒されました。部屋はよく掃除されて、綺麗でした。夕食はプレミアム牛3種メインでボリュームありすぎで、少々残しました。とても美味しかったです。日本酒は地酒の「大雪渓 純米吟醸」300ml瓶を頼みました。最高に美味しかったです。お酒を控えているので、半分残して、持って帰りました。
大声でしゃべりまくる若いグループがいて、コロナ心配しました。超濃厚接触ですね。ああやって、うつるんだなあと、実感しました。無症状感染者からの感染はありますからね。ちょっと、ドキッとしますね。
結構旅行して宿泊していますが、こんなに、騒がしい旅館、この頃珍しいです。個室料亭で良かったです。
翌朝の朝食も、程よい質と量で美味しかったです。浅間温泉は満足のいくいい温泉でした。
個室料亭での食事
1日目:美ヶ原高原美術館(6月5日訪問)
和田宿から、美ヶ原高原美術館に向かいます。ビーナスラインは以前は有料道路でしたが、現在は無料です。そのせいか、道路状況は悪く、舗装路とはいえかなり振動します。ドライブレコーダーのイベントデータが増えます。久しぶりに来ました。以前は無かった、道の駅の奥の無料駐車場に車を駐車して、道の駅建物2階の受付でかなり高額の入場料を払い、高原美術館の中に入っていきました。懐かしいです。
美ヶ原高原美術館は長野県上田市武石上本入美ヶ原高原にある野外彫刻のある彫刻庭園を中心とした美術館で、1981年6月に箱根町にある箱根 彫刻の森美術館の姉妹館として開館されました。
1日目:中仙道和田宿~美ヶ原高原~松本城~浅間温泉(6月5日訪問)
走行ルート図
<中仙道和田宿>
和田宿は、中山道六十九次のうち江戸から数えて二十八番目の宿場町で、長野県小県郡長和町和田の中心部一帯にあります。難所であった和田峠の入口にあたり、標高820メートル余りの高地にある静かな山里です。現在も旧本陣や古い家屋が現存し、修理保全されていて、宿周辺の産物に黒曜石があります。
和田宿地図
駐車場
案内板
和田宿本陣
和田宿副本陣
和田宿街並み
美ヶ原周辺の旅(6月5日~6月7日 訪問)
九州城めぐりの旅から1か月弱経ち、そろそろ、どこかに行きたいという欲求がでて、突然に、新緑の美ヶ原に行きたいと思い計画を立て、実行しました。梅雨に入るか入らないかの微妙な時期なので、天候はどうでしょうか。主目的は、美ヶ原高原美術館に行き、浅間温泉に宿泊することです。それだけではもったいないので、城めぐりの再訪門、今話題の「鎌倉殿の13人」等、いろいろ、枝葉をつけました。
◎ 1日目:自宅~中仙道和田宿~美ヶ原高原~松本城~浅間温泉宿泊
◎ 2日目:浅間温泉~上田本城~真田氏館跡~上田城~上田市内宿泊
◎ 3日目:上田市内~中仙道海野宿(木曽義仲)~菅谷館跡(畠山氏)~正法寺(比企氏)~自宅
総走行距離、650km、2泊3日の小旅行です。