栃木県 勝山城跡その1 攻城188(2022年7月14日訪問) 

 

<城郭概要>

勝山城は、栃木県さくら市にある、平山城で、築城主は、宇都宮氏一族の氏家氏で、1200年前後に築城されたようです。その後家系が絶えてしまい、芳賀氏が飛山城から移り住み、豊臣秀吉の小田原征伐後、主家の宇都宮国綱が改易されると勝山城も廃城となったようです。

遺構として、曲輪、土塁、空堀が現存しています。

 

勝山城城郭図

 

<攻城1>

勝山城は、東北本線氏家駅から南西に2kmほど行った、鬼怒川沿いにあります。城郭南東にある駐車場に駐車して攻城開始です。城郭東側の二の丸東郭の外郭を西へ進むと空堀、土塁があり、森家長屋門がありました。城郭の門跡かと思いましたが違うようです。

 

勝山城駐車場

 

二の丸東郭外郭の土塁、空堀

 

 

森家長屋門

 

外郭を西に行くと、二の丸北郭の手前に登城口があり、本丸外郭を南に進んでいきます。空堀、土塁があり、本丸への大手口がありました。空堀は深く、土塁も高く、櫓台跡のような築山が見えました。

 

 

二の丸東郭への入口

 

土塁、空堀

 

 

 

本丸大手口

 

本丸大手口の櫓台跡

 

 

 

 

 

 

 

 

栃木県 川崎城跡 攻城187(2022年7月14日訪問) 

 

<城郭概要>

川崎城は、栃木県矢板市にある、山城で、築城主は塩谷氏で、築城年は1200年前後のようです。

豊臣秀吉による小田原征伐の際に、時の城主塩谷義綱がこれに直接参陣しなかったため、塩谷氏が改易となり廃城となったようです。

遺構として、曲輪、土塁等が現存しています。

 

川崎城 城郭図

 

<攻城>

矢板塩屋線と東北自走車道が交差する手前に、駐車場が有り、駐車して攻城開始です。

階段を登っていくと、南曲輪があり、分岐を右に行くと宮川に下る道、左に行くと本丸方面です。

が、草木の生繫が激しく、季節柄、やぶ蚊の猛攻撃等が想像されるので、断念いたしました。冬の初めに再訪問しようと思います。地元の御婆ちゃんは頂上からの景色が最高と言っていました。

 

川崎城案内板

 

登城口

 

南曲輪

 

本丸方面

 

 

日光霧降高原周辺の旅  菱屋~道の駅 日光街道ニコニ本陣(2022年7月14日訪問)

 

今回の目的の一つに、「菱屋の塩羊羹」を買うことです。日光東照宮の手前の日光街道沿いにあります。30年前に初めて買って美味しかったんですが、ある時からお店が閉まってしまいました。当時からおじいちゃんとおばあちゃんでやっていたんですが、何かあったのかと心配していました。グーグルマップで場所を確かめていたら、口コミで、再開店していることがわかり、早速行くことにしました。防腐剤等が入っていないので、日持ちしないので、1本買い、しばし世間話をしてから店を出ました。30年ぶりに買えました。3代目、4代目と病気だったようです。おばあちゃん、一人でやっていました。技術伝承したんでしょうか。

日光街道を宇都宮方面に行くと、「道の駅 日光街道ニコニ本陣」があり、日本酒、けっこう漬け等をクーポンで買いました。

 

 

菱屋

 

 

道の駅、お土産

 

この後、城跡を2城ほど攻城して、自宅に戻りました。

今回の旅は、1泊2日の旅でした。走行距離 420km、燃費19.8km/Lでした。エアコンフル、峠道の割には燃費が良かったです。

 

日光霧降高原周辺の旅  霧降高原宿泊(2022年7月13日宿泊)

 

霧降高原キスゲ平を後にして、宿泊施設に行く前に、「菓子工房 ギャルソン」に寄り、買い物をしました。

アップルパイとモンブランを買い、宿で夕食前に食べましたが、とても、美味しかったです。

 

 

宿は、コロナを考慮して、朝夕部屋食の宿にしました。檜の半露天風呂もついていました。

ブロック割の栃木県民割がその時点で、7月末日まで延長されていたので、夫婦2人で、宿泊費1万円割引で、栃木県クーポン4千円も貰いました。良かったです。

夕食は洋食で、程よいボリュームで老夫婦にはちょうど良い量でした。特に。日光高原牛のステーキは絶品でした。朝食もほど良い洋食で、美味しかったです。来て良かったです。

 

宿室内

 

夕食お品書き

 

 

夕食

 

朝食

 

 

 

日光霧降高原周辺の旅 霧降高原キスゲ(2022年7月13日訪問)

 

栃木県に行くときの定番、首都圏中央連絡自動車道 牛久阿見ICから乗り西に進み、つくばJCTで常磐高速に乗り入れ、北進して、友部JCTで北関東自動車道に乗り入れ、西に進み、宇都宮上三川ICで降りて、新4号バイパスを北進して、日光宇都宮道路 宇都宮ICに乗り入れ、日光ICで降りて、日光駅を過ぎてすぐ、霧降高原有料道路に入り(現在は栗山日光線 無料)霧降高原キスゲ平を目指します。

10km、十数分で駐車場に着き無料駐車場に駐車してニッコウキスゲを観賞しに行きます。

ここは、以前、スキー場でリフトあったんですが、今は閉鎖して徒歩で階段上ります。見ごろ後期なので、700段まで登ります。ニッコウキスゲは可憐に咲いていました。他にも、ヤマユリ、リンドウが綺麗でした。

 

無料駐車場

 

入口

 

 

 

ニッコウキスゲ

 

ヤマユリ

 

リンドウ

 

ガクアジサイ?

ニッコウキスゲが見たくて、栃木県日光市の霧降高原キスゲ平にドライブにでかけました。行程は下記の通りです。お土産買って、攻城もします。

 

 1日目:①霧降高原キスゲ平でニッコウキスゲの観賞

        霧降高原で宿泊

 

 2日目:②日光市 菱屋で塩羊羹を購入

      ③道の駅 日光街道ニコニコ本陣でお土産購入

      ④栃木県矢板市の川崎城攻城(攻城187)

      ⑤栃木県さくら市の勝山城攻城(攻城188)

 

1日目行程マップ

 

2日目行程マップ

 

ニッコウキスゲ

 

 

埼玉県 菅谷館跡 攻城186(2022年6月7日訪問) 日本続百名城 No120  35/100

 

<城郭概要>

菅谷館跡は、埼玉県比企郡嵐山町にある、平城で、鎌倉幕府の有力御家人として知られる畠山重忠の館跡として知られています。遺構として、郭、土塁、空堀が現存していますが、現在の姿は、山内上杉氏時代のものであるようです。

館跡は都幾川と槻川の合流点北側の低台地にあり、付近を鎌倉街道上道が通っていたようです。中世館跡の遺構例としては稀少な遺跡であり、埼玉県立嵐山史跡の博物館が設けられています。

 

菅谷館跡城郭図

 

<攻城>

菅谷館跡は、東武東上線嵐山駅から南西に1~2kmの、国道254号線沿いにあり、城郭北側の埼玉県立嵐山史跡の博物館の無料駐車場に駐車して攻城開始です。駐車場の入り口が食い違い虎口の搦め手門跡になっていました。右手に行くと三郭があり、先に進むと土橋の先に西郭がありました。

 

食い違い虎口の搦め手門跡

 

菅谷館跡案内板

 

 

三郭、土塁

 

 

土橋、西郭(マムシ注意の看板あり)

 

三郭から二郭へ入る手前の土塁上部に、あの、鵯越で馬を担いで降りたという怪力の持ち主、「鎌倉殿の13人」の、豪傑、畠山重忠公の像が鎮座していました。本郭と二郭の間に出枡形土塁がありました。本郭は土塁に囲まれてかなり広かったです。

 

畠山重忠公像

 

二郭

 

 

 

出枡形土塁、空堀

 

 

本郭

 

鎌倉幕府の御家人、畠山重忠の館跡に行き、神聖な気持ちになり、感激しました。

 

 

 

 

 

3日目:正法寺(6月7日訪問)

 

正法寺は、東武東上線 高坂駅から西へ数キロ、石坂ゴルフクラブのすぐ北、岩殿丘陵の最東端にあります。石坂ゴルフクラブは、過去に仕事で毎週通っていました。懐かしいです。

寺伝によれば養老年間に、沙門逸海が千手観音像を刻み開山し正法庵と称し、鎌倉時代初期に源頼朝の命で比企能員が復興し、頼朝の妻北条政子の守り本尊だったと伝わっているようです。1591年に、徳川家康から寺領二十五石の朱印地を与えられているようです。

境内への一本道を車で行くと、岩殿山観音無料駐車場があるので駐車して散策開始です。

 

正法寺案内図

 

参道

 

仁王門への階段

 

岩殿観音無料駐車場

 

駐車場のすぐわきに、仁王門があり、当時、仏師運慶作の仁王像が鎮座していますが、焼失後再建されたようです。

 

 

仁王門、仁王像

 

仁王門を抜けて、長い階段を登ると、境内に出ます。すぐ右手奥に、銅鐘(梵鐘)がありました。秀吉の小田原征伐時、引き回された傷があり、指定文化財にならなかったようです。境内右手に、絵馬堂、薬師堂、百地蔵堂、正面に観音堂がありました。左手奥に、推定樹齢700年の大銀杏がありました。歴史を感じます。尊厳がありますね。

 

 

境内への上り階段、アジサイ

 

銅鐘(梵鐘)

 

絵馬堂、薬師堂、百地蔵堂

 

観音堂

 

推定樹齢700年の大銀杏

 

 

 

 

 

 

3日目:海野宿(6月7日訪問)

 

上田市内から、国道18号線を南西、小諸方面に10km、10数分で海野宿があります。長野県の東部、軽井沢と善光寺門前町を結ぶ北国街道(北国脇往還、現国道18号旧道)の中間あたりにあった宿駅で、海野氏の領地だったようです。

無料の海野宿第2駐車場に駐車して、散策しました。

道中に、「木曽義仲」ののぼり旗が複数立っていました。海野氏は、調べてみると、平家打倒の義仲軍として戦ったようです。また、真田幸隆の親だったようです。

古い味のある街並みが、650mほど続いていました。結構見ごたえありました。

 

海野宿案内図

 

海野宿第2駐車場

 

木曽義仲ののぼり旗

 

海野宿案内板

 

 

 

 

 

 

海野宿街並み

 

 

「うだつがあがる、あがらない」の語源のもとである、「うだつ」の説明があり、勉強になりました。古い時代の防火壁だったんですね。今で言う、防火区画壁 90cm以上のような防火の考え方がこの時代にあったんですね。感心しました。長屋ですからね。長屋の区画の規定は今もありますね。

 

 

 

 

うだつ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3日自:上田市内~海野宿~菅谷館跡~正法寺~自宅(6月7日訪問)

 

3日目走行ルート

 

3日目は、上田市内のホテルから、中仙道海野宿に行き、その後、「鎌倉殿の13人」の畠山重忠の居館、菅谷館跡、比企能員ゆかりの正法寺を見るというルートです。

 

海野宿

 

菅谷館跡

 

正法寺

 

今回の美ヶ原周辺の2泊3日の旅は、懐かしい美ヶ原高原、松本城、上田城の再訪、浅間温泉での癒し、「鎌倉殿の13人」ゆかりの地と、とても有意義な時間でした。

 

今回のドライブ旅行での総走行距離 650km、総燃費 20.9km/Lでした。お土産もいっぱい買いました。

 

お土産