静岡県 韮山城跡その1 攻城190(2022年8月27日訪問) 

 

蛭ケ島から、北東にすぐ、韮山城跡があるので、江川邸(韮山役所跡)の駐車場に車を停めて攻城です。

 

<城郭概要>

韮山城は、静岡県伊豆の国市韮山にあった室町時代後期から戦国時代にかけての平山城で、築城年、築城主は不明ですが、初代堀越公方足利政知の家臣が築城したという説もあるようです。その後、北条早雲の城となり、秀吉の小田原征伐時、家康の説得で開城し、1603に廃城となったようです。

遺構として、曲輪、土塁、堀が現存しています。

 

韮山城城郭図

 

<攻城1>

駐車場から住宅街を南下すると城池親水公園の池があり、護岸城を西に行くと、韮山城の案内板と登城口がありました。階段を登っていくと、テニスコートになっている三の丸がありさらに南に行くと権現曲輪があありました。後北条氏特有の馬出し、障子掘り等の防御はまだありません。

 

城池親水公園の池

 

 

韮山城案内板、登城口

 

テニスコートになっている三の丸跡

 

権現曲輪への道

 

 

権現曲輪

 

静岡県 守山城跡 攻城189(2022年8月27日訪問) 

 

北条時政邸跡の背後に守山城がありました。行ってみます。

 

<城郭概要>

守山城は、1458年、堀越御所の詰めの城として、足利政知によって築城されたようです。
その後、後北条氏初代、北条早雲に攻められ、韮山城の支城となったようです。秀吉の小田原征伐の時は、秀吉軍の陣城として、韮山城攻城に使われたようです。

遺構として、曲輪、土塁が残っています。

 

 

<攻城>

北条時政邸跡の背後の登城口より攻城です。当初、北条氏の城かと思いましたが、築城は室町時代のようです。北条時政邸跡が本丸、守山城が城、という関係にピッタリなんですが、時代が違いました。

入口に土塁があり、登っていくと、曲輪が2つほどありました。さらに、階段で、上は展望台になっているようです。階段が400段あり、150段くらいで、熱中症を考慮して中止しました。

 

登城口土塁

 

登城口

 

 

最初の曲輪

 

 

2番目の曲輪

 

伊豆旅行 伊東市内ホテル宿泊(2022年8月27日宿泊)

 

宿曰は、大室山の北、一碧湖の南側の伊東市のホテルです。コロナ渦なので、部屋食の宿です。部屋数が少なく密も回避です。コロナ渦以降、部屋食、部屋風呂の宿を探して旅行しています。内風呂は温泉でした。

地金目鯛が特徴の宿です。

 

客室内と温泉内風呂

 

夕食は、和洋折衷で、刺身は新鮮、牛肉は伊豆牛、大きな金目鯛煮込み一匹、金目鯛釜めし、デザートという内容で、老夫婦には多すぎ、娘夫婦にご飯半分以上あげました。地ビール、日本酒地酒も美味しかったです。

 

 

 

伊豆旅行 韮山反射炉(2022年8月27日訪問)

 

せっかく伊豆の国市に来たので、世界遺産の韮山反射炉に立ち寄りました。

 

 

 

韮山反射炉は1840年のアヘン戦争に危機感を覚えた韮山代官江川英龍は海防政策の一つとして、鉄砲を鋳造するために反射炉が必要ということで計画され、1853年の黒船来航を受けて、江戸幕府直営の反射炉として築造が決定されました。

連双2基4炉を備える反射炉であり、大砲を自力製造したことが特徴です。

日本に現存する近世の反射炉は、この韮山反射炉と萩反射炉のみで、世界的にも実際に鋳鉄の溶解が行われた反射炉としては世界で唯一現存する遺構とされているようです。

 

今回は外から見るのみでした。娘は、ダッシュ島で知っていたようです。日本の近代化を見る思いでした。

伊豆旅行 蛭ケ島 源頼朝公配流の地(2022年8月27日訪問)

 

北条の里駐車場から、伊豆箱根鉄道駿豆線を挟んだ東側に、歴史民俗博物館があり、付近に、源頼朝公配流の地 蛭ケ島があります。記念碑があり、政子との夫婦像が富士山を望んでいます。800年前も富士山は、今と変わらない姿だったんでしょうね。

頼朝は、平治の乱で平氏に負けて、配流されましたが、通常この世の定めだと、一族打ち首ですよね。よく、配流ですみましたね。それも、伊豆で、八丈島等の離島でもないですからね。運が良かったんでしょうか。

徳川家康は源頼朝を尊敬していたと言われていますが、どういう理由だったんでしょうか。鎌倉幕府も室町幕府も初代以降不安定で危うい政権ですよね。江戸幕府は初代から盤石の政権ですよね。家康は、頼朝や尊氏とは違い、徳川四天王等の譜代の信頼できる家臣が大勢いましたよね。家康は、頼朝から何を学んだのでしょうか。

 

歴史民族館駐車場

 

 

蛭ケ島 源頼朝公配流の地の石碑

 

 

富士山を望む頼朝と政子の像

 

直ぐ近くの蕎麦屋

 

伊豆旅行 北条時政邸跡周辺(2022年8月27日訪問)

 

北条義時邸跡から、狩野川対岸の北条時政邸跡のある、北条の里駐車場に行き、付近を散策します。駐車場は意外と空いていました。

 

北条の里駐車場

 

北条時政邸跡周辺地図

 

駐車場から西に進むと、堀越御所跡がありました。堀越御所は室町時代に鎌倉公方として下向した足利政知が、享徳の乱により関東に入る事ができなくなり、ここに館を構えたとされ、鎌倉を追われた足利成氏が古河で古河公方を称したのに対し、こちらは堀越公方と呼ばれたようです。発掘調査の結果、この地が館跡らしいです。現状単なる原っぱです。立ち入り禁止です。建物の礎石等があると良かったんですが。

 

 

 

堀越御所跡

 

堀越御所跡の南側の小道を行くと、北条政子の産湯の井戸跡がありました。完全に住宅街の中にありました。

 

 

北条政子産湯の井戸跡

 

井戸から戻り、北条の里散歩道を西に行くと狩野川があり、北条時政邸跡がありました。立ち入り禁止で礎石等は確認できませんでした。現状、単なる原っぱでした。ここに、北条氏一族が800年以上も前に住んでいたんですね。歴史を感じます。

 

 

入口

 

狩野川

 

北条時政邸跡

 

北条氏は桓武平氏高望流の平直方の子孫と称し、静岡県伊豆の国市を拠点とした在地豪族だったようですが、時政以前の系譜は諸説あり定かでないようです。時政は、鎌倉幕府初代執権ですね。頼朝が没した後の初期の鎌倉幕府の中心人物ですが、この時代の真の主人公は、時政でもなく、義時でもなく、政子でもなく、時政の妻、牧の方ですよね。存在感半端ないと思うのはわたしだけでしょうか。

 

伊豆旅行 北条義時邸跡(2022年8月27日訪問)

 

伊豆の国市、伊豆長岡駅北西の狩野川西岸に、鎌倉幕府二代執権北条義時邸跡があり、江間公園となっています。江間公園駐車場に車を停めて、向かいます。公園の北奥に石碑がありました。ここが、江間小四郎こと北条義時と八重姫が、800年以上も前に住んでいたのだと思うと感慨深いです。思わず小栗旬と新垣結衣の顔が浮かびました。同時に小池栄子と大泉洋も。

義時、八重姫共、家系、人物像は諸説あるようですね。伊東祐親の娘が義時の母で、八重姫も娘とすると、義時から見ると八重姫は叔母ですよね。叔母と結婚して、泰時を生んだんでしょうか。祐親に殺められた頼朝と八重姫の子供千鶴丸と泰時は異父兄弟ですね。

学校で習ったのは、北条氏は鎌倉幕府を乗っ取って、時政は悪人、正子は悪女、義時はなんだか知らない、そんな記憶です。真の歴史が知りたいですね。

 

 

 

 

 

 

江間公園と義時邸跡の石碑

 

 

 

 

 

伊豆旅行(2022年8月27、28日訪問)

 

娘夫婦と1泊2日で、伊豆旅行に行ってきました。伊東のホテルで現地集合、現地解散です。朝6時に自宅を出て、千葉北ICから東関道に乗り、湾岸道路、首都高速、東名高速道、伊豆縦貫道、伊豆の国市各立ち寄り地を経てホテルという行程です。夏休み最終週末のせいか、横浜IC付近で大渋滞し、90分遅れとなりました。湾岸東京トンネル内で消防自動車渋滞もありました。

 

千葉北ICからの行程図

 

伊豆の国市の「鎌倉殿の13人」ゆかりの地

 

立寄り地は、下記です。

 ①:北条義時邸跡(江間公園)

 ②:北条時政邸跡、守山城跡(攻城189)

 ③:源頼朝公配流の地蛭ケ小島

 ④:韮山城(攻城190)

 ⑤:韮山反射炉(世界遺産)

 ⑥:伊東市南のホテル

 

東関道千葉北IC

 

東京トンネル内の消防自動車

 

途中休憩の足柄PA

 

伊豆縦貫道

 

江間公園駐車場(北条義時邸)

 

北条の里駐車場(北条時政邸、守山城)

 

蛭ケ小島駐車場

 

江川邸駐車場(韮山城)

 

韮山反射炉駐車場

 

伊東市南側のホテル

 

 

 

 

我が家の車が、最初の車検を終えました。

 

総走行距離:20,800km(以前は4,000km/年だったので、結構走ってます。)

総合燃費:18.3km/L

 

子供が親離れしていくにつれ、3500CCのパジェロから、1300CCのフィットとダウングレード、ダウンサイジングして乗り継いできましたが、特に不満はありません。しいてあげれば、シートが少し貧弱かなという程度です。動力性能は、高速道でも不安は全くありませんでした。維持費は、税金も含めて、かなり安価です。特にパジェロの時代とは月とスッポンの違いです。
城めぐりを始めてから、細い道を行くことが多くなりましたが、車体が小さいので、すれ違い、Uターン等にはとても便利です。老夫婦にはピッタリの車です。

車検は、2年間の点検パック込みで、ディ-ラ-でしました。維持費込みなので、YHやOBと比較しても、2年でほぼ同額です。継続維持管理を考慮するとむしろ安価です。仕事柄、継続定期メンテは大事だと思います。専門の安心感あります。YHやOBだと、どうしても不定期になります。新車情報も手に入ります。

 

年齢的にも、最後の車になるか、もう一台で最後になるのか、どうなるんでしょうか。

数年後の車事情はどうなるんでしょうか。EVの時代が来るんでしょうか。エネルギー問題等難しい時代になっていますね。水素自動車なんて、先見の妙があったりするかもしれませんね。日本は原発のウランも含めて、エネルギーはほぼ、100%輸入ですから、何とかしなければ。中国に南シナ海のシーレーン止められたら、とんでもないことになりますね。第二次世界大戦前夜の日本になってしまいます。今でも、我が家の電気代は、使用量はほぼ同じでも、前年比30%増しですからね。

 

東北、四国、北九州、北陸と車で城めぐり、旅行してきましたが、南九州、沖縄、北海道、紀伊半島が残ってます。計画たてなくては。里帰りで行ける北海道、比較的近い紀伊半島以外は飛行機でしょうね。マイルもたまりまくってるし、丘マイラー状態ですからね。

 

 

 

車買ってすぐ行った房総半島南端、館山の海

 

9月下旬には、娘夫婦と日光旅行です。

今年中には、紀伊半島行きたいです。

次ブログは、娘夫婦と行った伊豆旅行を報告します。

 

 

栃木県 勝山城跡その2 攻城188(2022年7月14日訪問) 

 

<攻城2>

大手口の橋を渡ると本丸がありました。結構広いです。周囲を土塁に囲まれています。南方面奥に行くと搦め手口がありました。その先は二の丸南郭で鬼怒川です。いざという時は鬼怒川を経て脱出できたようです。二の丸南郭の外側に住宅地として開発されていた三の丸が、境界の土塁でわかりました。

 

 

本丸

 

本丸周囲土塁

 

本丸搦め手口

 

本丸と二の丸南郭間の空堀、土塁

 

 

 

二の丸南郭と鬼怒川

 

二の丸南郭の外郭の三の丸の土塁

 

鬼怒川沿いを、本丸空堀、土塁を見ながら二の丸南郭を北に行くと、二の丸北郭があり、氏家ゆうゆう パークという公園がありました。二の丸北郭から外郭に出て、森家長屋門を抜けて駐車場に戻りました。

 

本丸空堀跡

 

二の丸北郭

 

北郭外郭に位置する、氏家ゆうゆう パーク公園

 

勝山城は、平山城とはいえ、平城に近く、遺構も整備されて、保存状態も良く、本丸周辺の城郭構造のわかりやすい城でした。やぶ蚊の攻撃も無かったです。