河合波美 美と豊かさの龍女 -478ページ目

Birthday TEA♪

fauchon もう前の話になりますが、
お誕生日に素敵な紅茶を頂いたんです
FAUCHONBirthday TEA!こんなのあるんですね!?                 

知ってた?

ローズフルーツが入っていて華やかな味わい♪
スペシャルな日に♪というスペシャルなブレンド♪
「ピンクの缶といい、ローズが入っているところといい、
Timote☆ちゃんにうってつけだと思って♪」
と、先輩奥様から頂いたの♪すっごく嬉しかった

この夏は、このスペシャル紅茶のアイスティーで夏を楽しも~(笑)

お日傘♪

新しいお日傘購入しました♪4代目です♡
4代目はマダムっぽく?(笑)ローラのお日傘にしました♪                                      

バラの刺繍が可愛いの                                

higasa Timote☆、この時期からはお帽子とお日傘がないと、
生命にやや支障をきたします(笑)                                     のぼせやすいのか、直射日光の下、頭になにもかぶらずで     

一時間もすごせば、鼻から流血発熱!でダウンという、      

エマージェンシーなことに(笑)
                                                       

なのでこの時期からの外出は、日中をひかえ昼下がりに。                    それでも出なきゃいけないときは、
帽子と日傘をもっていざ!という感じです・・・

こういう体質の人って結構いるのかな?
前、TVで大塚寧々さんがまったく同じ症状を言っていて、
彼女はその症状を“日光アレルギー”と言っていたのですが、
これも日光アレルギー?? 

という訳で、お日傘は必須アイテム♪                                                  20歳ごろから愛用してます
初代は白いものだったのですが・・・



黒いほうが紫外線防止効果が高いということを聞き、2代目以降黒です。

でもその初代の白い日傘はお気に入りで、
随分長く愛用していました。
お勤めしてからもその白い日傘で職場の人とランチに出かけていたのですが、
そのせいでしょう、当時の先輩OLさんからは姫♪と呼ばれていました(爆)

その先輩から、たまにメールがあるのですが、
「姫~、元気?」とあるので、
久々にそう呼ばわれると「誰さ?」って(笑)

というわけで、Timote☆の夏、
その明るさを窓の外に眺めながら、涼しいお部屋でお茶を飲むというような、
かなりドラキュラーな生活です(^^;)

レッスンの自立と音楽の上達

W杯・・・くぅぅぅぅ(><)でも応援してます! 

「レッスン内容も変わってきました。」の続編です♪
今の私のレッスン、
ハノン・チェルニーといった弾き方の訓練の指導を受けるのでもなければ、
譜読みも以前より早くなったので、
曲についても「今日は何P~何P」と、
譜読みを一緒にしながらのレッスンではなくなりました。

なので、先生のレッスン初めの一言はいつも
「じゃ、一通り全部ひいてみて」
初めての曲のレッスンでも、譜読みを終えた状態からはじまり、                                  弾き終えて先生がいう言葉は、
「弾きにくいところは?質問は?」
と、こちらが質問されて、話さなければならないことが多くなった。
かなり、私主体なレッスンです(^^;)
そして、そのレッスン内容の変化に戸惑いと悩みが生じていました(><)

そんなとき、
Music FriendsさんのBlogで紹介されていた
ツィメルマンの元先生のヤンスキ先生のインタビュー記事↓が目に留まりました。
                                                                  「日本人のピアニストは30代になってもなお海外の夏期講習を受けに来るが、
もう人からは十分に教えを受けたのだから
自分が伝えていく側に回ろうと切り替える自信を持つべきだ」

にゃるほど・・・
日本人、教わることは大好きだものね(^^;)
私も習い事大好き(笑)
また、そのコメント読んだとき、こんなことを思い出しました・・・
 03timo           

←3年前の発表会

 *♥♡Ranking♥*



「学ぶ」という語源は「真似ぶ」ということからきているそうです。 言語辞典                           とういうことから以前先生に、
「真似上手になれ」というようなことを言われたことがありました。
ということは、人から学んでいる(教えられている)間は、人まねでしかなく、
教えられることから“卒業”してはじめて、本当の「学び」が始まるのではないか・・・
とそのとき思いました。

なので、その“ピアニスト”に向けた
ヤンスキ先生の言葉は納得するところでもあったのです・・・

ただ“西洋音楽”だし、日本で十分に専門教育を受けてきた人でも、
一度は本場の先生にご指導を受けたいという気持ちは分かる気がします・・・

でもでも、いつかは教えられることを卒業し、
受身から、自発的に研究し学んでいくこと、
また私から物事を発信するという側に立たなければ、
(他に還元したり伝えたりするということができなければ)                      
bebeちゃんと一緒だし、やってきたことの意味がないのかなとも思う・・・

私は、音楽の専門教育機関で学んできたわけでもなく、
町のピアノの先生を渡りあるいてきたアマチュアで(^^;)
そうした職業的ピアニストなどではありませんが、
それでも4歳から始めたピアノ歴も積み重なり
レッスン再開し、お勉強し直してからも7年がたとうというまでになりました・・・

04

←一昨年のコンサート

再開当初は、変なピアノ教室へ行ってしまったり(笑)
よい先生についたと思ったら、                                           結婚の準備でレッスンに行けなくなったりしたので、
コンスタントにレッスンを受けれるようになっては、4・5年というところですが、
そのようなわけで、
最近レッスンの内容も先に述べたように変化してきたのです・・・

そういう自分の現状をみて、 アマチュアということにかかわらず、
私個人が、真摯に楽曲に向かい、追求、研究していこうというならば、
レッスンの自立が必要かと思い始めてきました。
すなわち、自らの探究心と信念をもって研究し、
音楽に取り組んでいかなければないのかも。と・・・

そんな悩みをある音楽仲間さんに吐露したところ、
千利休の次のような短歌↓を紹介していただきました。
                                                                  「規矩作法守り尽くして破るとも離るるとてももとを忘るな」

これは、ものごとの学習には、まず基本のルールをきちんと守る「守」の段階があり、
そしてやがて、そういった基本のルールも、
それを踏み破って自分の独自の方法を開拓していかなければならない「破」の段階が来る。
またこの「破」の段階が熟すると、その人の芸は一家を成すようになる「離」
こういった「守」と「破」と「離」の段階を経て物事は成長する。
そして「離」の段階に達しても、基本は忘れてはいけませんよ、という戒めを言っているという・・・

なるほど、成長には、「守」破」離」があるということに納得。
そして、離れても基本を忘れてはいけないということにも納得。

今まで、本当にいろんな先生にたくさんのことを教えてもらってきました。
私は今、「破」の段階にあるのでしょうか?
そういう時期なのでしょうか・・・

05con

←去年のコンサート

でもね、レッスンの自立(独学)というと、
本当に基礎力や、自ら学んでいく力が備わっていないと、
(つまり、「守」の段階が十分でないと)
ヘンテコなことをやっちゃう人になっちゃうからね(笑)心配よ・・・
私のピアノにおける“学び力(研究力)”はちゃんと育っているでしょうか?
和の習い事のように“お免状”が出るわけではないので、見極め難しいです、はい(笑)

レッスンの自立・・・
自らの探究心と信念をもって研究し、音楽に取り組むこと・・・
つまり、外に発信したり、与える側に一歩立つということ・・・

といってもね、
今後資格を得て先生やろうとか、
音楽で食べていこうなんていう気はさらさらないです。
(食べるのはムリ!笑)。
                                                                           最近、よい音楽書に出会いました。
kokorode コレは精神的な部分、技術的な部分でも、                                               ピアノを学ぶ人、教える人の助けとなってくれる、いい本だと思います。
その中の一文を紹介します。
                                                                   音楽の上達を阻もうとするひとつの障害は、
プロの音楽家を目指す生徒だけが真剣に練習し、
最良の教師に指示し、素晴らしい楽器を持つ資格がある、                      という誤った考え方である。
宗教に帰依するのに、必ずしも僧籍に入ったり、                                      ラビ(ユダヤ教の指導者)になる必要がないように、
音楽を愛し才能を伸ばそうとするのに、プロの音楽家になる必要はない。
真剣に勉強するのは、何になるかという目標のためではなく、
音楽を知りたいという真摯な気持ちのためである。
音楽を極める権利は誰にでもある。年をとった人にもある。
科学が日々教えてくれるように、
精神は挑戦と刺激を受け続けるかぎり成長するものなのである。
                                                                            ―セイモア・バーンスタイン著 『心で弾くピアノ―音楽による自己発見―

だから、これからもピアノの練習もがんばって続け、
真摯な音楽の研究に勤しんでいきたいなって思います・・・
そう自分の音楽に取り組んでいけたらと思います・・・
そうして時々、そのように自分が愛している音楽を他の人にも伝えられたら、                              素敵だなって思っています。

人前で演奏するのは非常に難しいけれど(><)

レッスンの自立と上達♪


W杯・・・くぅぅぅぅ(><)でも応援してます! 

「レッスン内容も変わってきました。」の続編です♪
今の私のレッスン、
ハノン・チェルニーといった弾き方の訓練の指導を受けるのでもなければ、
譜読みも以前より早くなったので、
曲についても「今日は何P~何P」と、
譜読みを一緒にしながらのレッスンではなくなりました。

なので、先生のレッスン初めの一言はいつも
「じゃ、一通り全部ひいてみて」
初めての曲のレッスンでも、譜読みを終えた状態からはじまり、                                  

弾き終えて先生がいう言葉は、
「弾きにくいところは?質問は?」
と、こちらが質問されて、話さなければならないことが多くなった。
かなり、私主体なレッスンです(^^;)
そして、そのレッスン内容の変化に戸惑いと悩みが生じていました(><)

そんなとき、
Music FriendsさんのBlogで紹介されていた
ツィメルマンの元先生のヤンスキ先生のインタビュー記事↓が目に留まりました。
                                                                  

「日本人のピアニストは30代になってもなお海外の夏期講習を受けに来るが、
もう人からは十分に教えを受けたのだから
自分が伝えていく側に回ろうと切り替える自信を持つべきだ」

にゃるほど・・・
日本人、教わることは大好きだものね(^^;)
私も習い事大好き(笑)
また、そのコメント読んだとき、こんなことを思い出しました・・・
 03timo           

←3年前の発表会



「学ぶ」という語源は「真似ぶ」ということからきているそうです。 言語辞典                           

とういうことから以前先生に、
「真似上手になれ」というようなことを言われたことがありました。
ということは、人から学んでいる(教えられている)間は、人まねでしかなく、
教えられることから“卒業”してはじめて、本当の「学び」が始まるのではないか・・・
とそのとき思いました。

なので、その“ピアニスト”に向けた
ヤンスキ先生の言葉は納得するところでもあったのです・・・

ただ“西洋音楽”だし、日本で十分に専門教育を受けてきた人でも、
一度は本場の先生にご指導を受けたいという気持ちは分かる気がします・・・

でもでも、いつかは教えられることを卒業し、
受身から、自発的に研究し学んでいくこと、
また私から物事を発信するという側に立たなければ、
(他に還元したり伝えたりするということができなければ)                      

bebeちゃんと一緒だし、やってきたことの意味がないのかなとも思う・・・

私は、音楽の専門教育機関で学んできたわけでもなく、
町のピアノの先生を渡りあるいてきたアマチュアで(^^;)
そうした職業的ピアニストなどではありませんが、
それでも4歳から始めたピアノ歴も積み重なり
レッスン再開し、お勉強し直してからも7年がたとうというまでになりました・・・

04

←一昨年のコンサート

再開当初は、変なピアノ教室へ行ってしまったり(笑)
よい先生についたと思ったら、                                           

結婚の準備でレッスンに行けなくなったりしたので、
コンスタントにレッスンを受けれるようになっては、4・5年というところですが、
そのようなわけで、
最近レッスンの内容も先に述べたように変化してきたのです・・・

そういう自分の現状をみて、 アマチュアということにかかわらず、
私個人が、真摯に楽曲に向かい、追求、研究していこうというならば、
レッスンの自立が必要かと思い始めてきました。
すなわち、自らの探究心と信念をもって研究し、
音楽に取り組んでいかなければないのかも。と・・・

そんな悩みをある音楽仲間さんに吐露したところ、
千利休の次のような短歌↓を紹介していただきました。
                                                                  

「規矩作法守り尽くして破るとも離るるとてももとを忘るな」

これは、ものごとの学習には、まず基本のルールをきちんと守る「守」の段階があり、
そしてやがて、そういった基本のルールも、
それを踏み破って自分の独自の方法を開拓していかなければならない「破」の段階が来る。
またこの「破」の段階が熟すると、その人の芸は一家を成すようになる「離」
こういった「守」と「破」と「離」の段階を経て物事は成長する。
そして「離」の段階に達しても、基本は忘れてはいけませんよ、という戒めを言っているという・・・

なるほど、成長には、「守」破」離」があるということに納得。
そして、離れても基本を忘れてはいけないということにも納得。

今まで、本当にいろんな先生にたくさんのことを教えてもらってきました。
私は今、「破」の段階にあるのでしょうか?
そういう時期なのでしょうか・・・

05con

←去年のコンサート

でもね、レッスンの自立(独学)というと、
本当に基礎力や、自ら学んでいく力が備わっていないと、
(つまり、「守」の段階が十分でないと)
ヘンテコなことをやっちゃう人になっちゃうからね(笑)心配よ・・・
私のピアノにおける“学び力(研究力)”はちゃんと育っているでしょうか?
和の習い事のように“お免状”が出るわけではないので、見極め難しいです、はい(笑)

レッスンの自立・・・
自らの探究心と信念をもって研究し、音楽に取り組むこと・・・
つまり、外に発信したり、与える側に一歩立つということ・・・

といってもね、
今後資格を得て先生やろうとか、
音楽で食べていこうなんていう気はさらさらないです。
(食べるのはムリ!笑)。
                                                                           

最近、よい音楽書に出会いました。


kokorode コレは精神的な部分、技術的な部分でも、                                               ピアノを学ぶ人、教える人の助けとなってくれる、いい本だと思います。
その中の一文を紹介します。
                                                                   音楽の上達を阻もうとするひとつの障害は、
プロの音楽家を目指す生徒だけが真剣に練習し、
最良の教師に指示し、素晴らしい楽器を持つ資格がある、                      

という誤った考え方である。
宗教に帰依するのに、必ずしも僧籍に入ったり、                                      

ラビ(ユダヤ教の指導者)になる必要がないように、
音楽を愛し才能を伸ばそうとするのに、プロの音楽家になる必要はない。
真剣に勉強するのは、何になるかという目標のためではなく、
音楽を知りたいという真摯な気持ちのためである。
音楽を極める権利は誰にでもある。年をとった人にもある。
科学が日々教えてくれるように、
精神は挑戦と刺激を受け続けるかぎり成長するものなのである。
                                                                            

―セイモア・バーンスタイン著 『心で弾くピアノ―音楽による自己発見―

だから、これからもピアノの練習もがんばって続け、
真摯な音楽の研究に勤しんでいきたいなって思います・・・
そう自分の音楽に取り組んでいけたらと思います・・・
そうして時々、そのように自分が愛している音楽を他の人にも伝えられたら、                              

素敵だなって思っています。

人前で演奏するのは非常に難しいけれど(><)

シューマン♪

schumann 6/8は、ローベルト・シューマン186年目のお誕生日でした                                 

そんなこともあってか9(金)・10(土)、
N響の定期公演で、シューマンの交響曲と、
なかなか聴かれないクララ・シューマンのPコンが演奏されたそう!聴きに行きたかった!

あと昨日、シューマンの曲がかかっているCMを観たの!                                  森永ビスケットのCMだったんですが、                                                            ピアノ調律師に扮する唐沢寿明に、ピアノ好きの奥様が、お茶請けに森永のお菓子を出すという設定で、                                                                                                            調律が終わるとその奥様は嬉しそうに、                                      シューマンのユーゲントアルバムの『追憶』を弾き始める・・・というものでした。                                                                                                                                                   って・・・!!この光景、先月調律していただいた際の私のそのまんまなんですけど~(笑)                                                        見られた?(誰に、笑)                                                                  Daringも「なんか、こないだのTimoteちゃんみたいだね」って(笑)                                                                                                            私が出したお菓子はMorinagaではありませんでしたケド(笑)                                         そんなわけで、今日スーパーでそのお菓子、思わず買っちゃいました(笑)                                                                                     morinaga                    

あと、TVで流れていたといえば・・・                                     

“N響アワー”の予告に流れる曲、昨年末か今年に入ってくらいから、シューマンの『アレグロ』の80小節あたりのメロディーになっていました!(コマイとかゆわないでね、笑)                                                        私がHPで紹介しているところでもあったので、それを聞いた時は感激でした(><)                                                      最近、観てないんだけど、変わったかな?どうかな?

さて、                                                                            リストショパンシューマンの間を巡り巡っているTimote☆
4月末、次の曲はシューマンの遺作を弾くことにしたということを                                      このBlogでお話しましたけれど、悩んだ末、曲変することにしました(><)

何の曲を弾いていたかっていいますと・・・                                                                  




ええ、お察しの通り『Presto』
もともとソナタ2番の終楽章だった曲です。

Presto 最初聴いたとき「あ、いいな♪」
って思ったのです。
でも。譜読みが終わった後、
その怪しげな雰囲気に気分乗れず(笑)
全然弾き込めない・・・

何が怪しいって、
全体的なカラーイメージはやっぱり夜
でね、冒頭の繊細な部分なんだけど、
ろうそくの炎とか、遠くのいさり火ががチラチラと瞬いているような感じなの。
また、蝶がヒラヒラ飛んでいるイメージ・・・

夜の蝶・・・?って、じゃん!みたいな

チラチラ瞬く炎に蛾・・・
つまり、夜にランプやガス灯のところに蛾が寄ってきているイメージ・・・
まあ、それも幻想的で美しいですが・・・

で、もう少し進むと、
バスからタララタララって、それこそ『タランテラ』なメロディーがでてくるの・・・
「今度は蜘蛛ですか!?」みたいな・・・

シューマンがどんなイメージをもってこの曲を作ったのか定かではありませんが、
そんな感じで、コレを弾くたびに、
魔界的なイメージになってしまって(笑)乗れないorz                                            

でも、実際、シューマンもこの終楽章が気にいらず、書き換えたのでした(^^;)

先生も前回のレッスンを変わり映えしてない演奏に
「苦しんでるみたいだね?
この曲、乗れない?思い切って、曲変えてみる?」
って、

前回もシューマンに取り組んでいたし、
そういう幻想的でナイーブでという、繊細な美しさより、
もう少し華やかで明るくて、爽快さのあるものが弾きたくなっていたのも事実。

で、先生リスト好きなので、
どうする「『ため息』にする?『メフィストワルツ』とかは?『オーベルマンの谷』なんてどう?」
と、リストの難曲をポンポン言われる(笑)                                               

「あの、メフィストって(^^;)よけい険しくなってませんか?」みたいな(笑)

でも『オーベルマンの谷』は弾きたかったので、
先生から楽譜をお借りしてみたの♪
でも時間が長かったので、また今度にすることにした

それでおうちで「何が弾きたいだろー?」
と、楽譜棚とにらめっこ。

gakufu 明るくて華やかで爽快で・・・                                     

となると、やっぱりショパンかなって・・・
モーツァルトは苦手だし(><)
で、ショパンにすることにしてみました
ショパン・・・やっぱり、弾いても聴いても爽快!ですね
また、シューマンに比べたら楽譜も明快!(笑)
なんて読みやすいんだって思う(笑)

再開してからの年数が経ったというのもありますが、
シューマンを勉強した後から、譜読みが格段に早くなった気がします!                                         15ページ位の曲だと、初めは2ヶ月かかっていたものが、
最近は2週間ほどで譜読みが終われるようになったのには、自分でもオドロキです                      

(現代物は2週間はムリですが、笑)                                                    

だからレッスン内容も変わってきました。                                                     でも、それはそれで悩みもでてきた・・・                                                       このレッスン内容の変化については、また次回お話しますね♪