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計測工房社長・藤井拓也のブログ

マラソン大会などのスポーツイベントのタイム計測のプロフェッショナル、株式会社 計測工房の社長である藤井拓也のブログ。

131222

コロナ禍の2年間は仕事がないという意味

のキツさを味わいましたが、それよりも

もっとキツかったのは、仕事があるのに

満足にこなせないキツさです。

それは創業以来、2度ありました。

2013年と2019年。

どちらも社員の退職にともなう人員の

入れ替わりの年でした。

 

計測工房の仕事は100%、社員である計測

ディレクターの力量に依存しています。

1人が抜けた穴は簡単には埋まりません。

2013年の時は社長の私自身が年間に50

大会を実務担当して何とか乗り切りました。

 

理想的には、現状の会社の仕事量に対して

少し余裕のある人員体制を構築し、かつ

それで利益も出すということになりますが、

現実にはなかなか・・・。

 

中期的にそういう体制を作っていかなくて

はいけないと思っています。

 

 

 

 

 

 

計測の仕事を個人的には25年やってきて

いますが、もちろん自分自身が仕事にやり

がいを感じることは大きな要素です。

 

ですが、創業して15年経ち、特にコロナ禍

を経た経営者としては、自分自身のことより

「いかに社員とスタッフの皆さんに仕事を

楽しんでもらえるか。そういう環境を作れる

か」という方向に思考がシフトしました。

 

コロナ後は、そういう思考で会社を率いて

いくことになるでしょう。

 

 

 

 

写真は本日、計測工房にてお手伝いを

させていただいた かすみがうらマラソン

の様子です。

(計測工房スタッフK氏撮影)

 

かすみがうらマラソンは3年ぶりの開催と

なりましたが、大規模マラソン大会の開催

もこうして戻って来ました。

計測の会社としては歓迎すべきことです。

 

 

もう日本のコロナ禍は末期症状というか

断末魔の領域に来ており、あとはその残滓

が消え去るのを待つだけだと思っています。

 

江戸時代の末期には倒幕か佐幕か攘夷か開国

かで世の中は大揺れに揺れ、太平洋戦争では

一億玉砕・鬼畜米英からの戦後は一転して

西側の傘下での平和礼賛。歴史を見ても、

世の中が激変することは証明されています。

「コロナ怖い怖い」と煽り続けられてきた

この2年間も終わってみれば「コロナ?

そんなのあったね」ぐらい忘却の彼方に

消え去るのでしょうね。

(ちなみに私は良い意味でこれを書いてい

ません)

 

 

諦観して、目の前の計測に励みます。

 

 

 

 

今、自分のランニングは完全な趣味

として取り組んでいますが、その目的

は「健康」とか「ライフスタイル」の

ためではなく「タイムや順位」です。

 

昨年2021年の一年間を故障で棒に振っ

たので、今年2022年を再スタートと

位置付けています。

 

今からのアスリートとしてのピークは

60歳の時に来るように、10年以上かけ

て作り上げていくつもりです。

 

コロナ禍で世の中には失望しましたが、

趣味のランニングは自分1人で完全完結

できるので、人生の余興として長く付き

合っていきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

2022年の今。

ごく短期的にはコロナ禍で売上が激減した

会社経営を立て直すことが命題。

そしてそれはおそらく大丈夫だろうという

直感があります。

 

先には中長期的な命題があり、会社の発展

と次世代への継承。それらはまだこれから。

 

そして会社のことから離れて個人的な人生

で言えば、コロナ禍による深い失望からの

彷徨が続くということになるでしょう。

 

 

 

本日は私以外の3名の計測ディレクター

社員がそれぞれ打ち合わせに出かけて

いました。

行き先は、福島、福島、長野。

( 写真は打ち合わせ先の1つ、福島の

信夫山パークランニングレースの昨年

の様子)

 

今年は1月から3月まで「まん防」による

大会中止の連鎖が続き、我慢を強いられ

ていましたが、そこから解き放たれて

会社が動き出しています。

 

この2年間ずっと仕事量が激減した状態

で仕事をしてきたので、社員の皆さんも

仕事のペース配分を再構築するのに、

一苦労すると思います。

 

 

 

 

 

一昨日は、愛知県の奥三河エリア一帯

(豊根村、設楽町、新城市)におきまして
第7回奥三河パワートレイル が開催され

計測工房でタイム計測を担当させていた

だき、二見が計測ディレクターを務めさせ

ていただきました。私・藤井はサポート役

として従事しました。

 

 

プロトレイルランナー石川弘樹さんがプロ

デュースする全長70km、累積標高4,000m、

制限時間は13時間30分のミドルレース。

 

コロナ禍で2年連続の中止となっていて、

今年は3年ぶりの開催となりました。

 

 

ミドルレースとしては国内屈指の難易度で

知られます。スタート地点付近が最も標高

が高く、前半は下り基調で飛ばせるコース。

一転して後半は上りの連続となり、いかに

全行程にわたってのペース配分を考えるか

が問われます。完走率は平均的な大会より

はるかに低いです。

 

 

今大会では全部で10カ所の計測をおこない

ました。

 

 

スタート地点は豊根村の茶臼山高原。

茶臼山は愛知県最高峰(1416m)。

 

 

スタート地点の先には、タイム計測用

アンテナマットが設置してあります。
ここで出走者を計測します。


朝6時、スタート!
今大会では選手の皆さんのゼッケン

装着されたICチップにてタイム計測を

おこないました。

 

 

こちらはCP1のつぐグリーンパーク。

地面にはタイム計測用アンテナマット

設置してあります。

(計測工房スタッフS氏撮影)

 
 

こちらはCP2の碁盤石山登山口。

地面にはタイム計測用アンテナマット

設置してあります。

(計測工房スタッフI氏撮影)

 


こちらはCP3の小松長江老人憩の家。

地面にはタイム計測用アンテナマット

設置してあります。

(計測工房スタッフT氏撮影)

この地点はINとOUTの両方を計測しますが、

これはINの計測マット。

 

 


こちらがCP3のOUTの計測マット。
(計測工房スタッフT氏撮影)

 

 

CP3に到着した選手。

(計測工房スタッフT氏撮影)

 

 

CP3小松でのエイド風景。
(計測工房スタッフT氏撮影)

 

 

こちらはCP4の四谷千枚田。

地面にはタイム計測用アンテナマット

設置してあります。

(計測工房スタッフU氏撮影)

この地点はINとOUTの両方を計測しますが、

これはINの計測マット。

 

 


こちらがCP4のOUTの計測マット。
(計測工房スタッフU氏撮影)

 



四谷千枚田はコースのハイライトの1つ。

(計測工房スタッフU氏撮影)

 

 

CP4に到着した選手。

(計測工房スタッフU氏撮影)

 

 

CP4四谷のエイド風景。
(計測工房スタッフU氏撮影)

 

 

こちらはCP5の棚山高原。

地面にはタイム計測用アンテナマット

設置してあります。

(計測工房スタッフF氏撮影)

この地点はINとOUTの両方を計測しますが、

これはINの計測マット。

 

 

こちらがCP5のOUTの計測マット。

(計測工房スタッフK氏撮影)

 

 

各計測地点で計測されたデータはリアル

タイムにWEB上に上がっていきます。

各計測地点では計測工房スタッフが
オペレーションしました。
 



フィニッシュ地点は新城市の旧門谷小学校

です。

地面にはタイム計測用アンテナマット

設置してあります。


 


今年の男子優勝者は板垣渚選手で大会

2連覇達成。

7時間42分38秒でした。

 

 

プロデューサーの石川弘樹さんが板垣選手

を出迎えました。

 

 

女子優勝者は吉住友里選手。
7時間57分6秒で男女総合でも4位に入る
圧巻のパフォーマンスでした。女子の2位
の選手には1時間以上の大差。
 
 
この日は過酷な暑さとの戦いともなり
ました。それぞれの完走にはとても価値
があります。
 
 
レースは日没後まで続きました。
 
なお、今年の完走率は55%程度で、
コースのタフさと暑さによる厳しい

レースとなりました。

 

 

旧門谷小学校の部屋の中にて、二見ほか

計測工房スタッフがオペレーションを

おこないました。

 



今回もWEB速報サービス 兼 レース人数

管理システムの「TRAIL SEARCH」を実施

しました。→こちら

全10ヶ所の通過状況が確認できます。

 

 

今大会はコースの難易度で知られますが、

もう1つの特徴は地元の皆さんによる熱烈な

ホスピタリティです。各エイドでは地元の

歓迎が素晴らしいです。

コースの難易度と、地元の歓迎、この2つが

奥三河パワートレイルと言えるでしょう。

 

3年ぶりに開催されたことは本当に喜ばしい

ことでした。

 

 

 

奥三河パワートレイル の開催は3年ぶり
だったわけですが、今回はコースの一部
変更や、フィニッシュ地点の変更があり
ました。
 
それに伴う新たな課題も当然出てくるわけ
ですが、大会側とは「来年はここを改善
しましょう」といった話が上がってきます。
 
そもそもコロナ禍で開催することすら出来
なかった2年間に比べ、大会が開催された
上で来年に向けての改善の話ができること
がいかに建設的なことか。
 
 
コロナ禍の終わりを感じます。
 
実際、市井の人たちも肌感覚ではコロナ禍
の終わりを感じていて、しかし国と行政は
簡単には動けず、多くの縛りがそこに依拠
しているため、国と行政が動き始めるのが
待たれます。