有名な方の訃報がマスコミを騒がせるというのは、良くあることながら、この報道加熱ぶりには、若干辟易ぎみなキリギリスです。追悼・・・という名をかりて、ずっとずっとこの話題を引っ張るのはどうなの?!と思う月曜の朝。
まぁね、TVやマスコミっていうのは、大衆が見たいものを見せるっていう側面があるわけなのでね。しょうがないんですが。
そして、あまりにもパブリックに私生活を公表していたお二人だけに、最後の瞬間までこと細かに報道され、今までブログに書かれていたことなどなど、全てが焼きなおされてTV画面に出てきて、休まる暇も無いだろうなぁと思ったりしつつ、それもご自身たちのチョイスではあったのかな・・・とも思う。
同病とか一言ではくくれないほどに、乳がんというものには様々な形があって、全くもって自分の状況とはかけ離れているとはいえ、それでも曲がりなりにも”同じ病名”だった方の訃報を聞くのは辛い。
個人的なことでいえば、年老いた親に、心配させないように、一生懸命説明して、いったんは「早期で発見できたのだから、心配することないよ」ということで納得させていたのだが、この報道を受けて、改めて非常に心配し始めているらしく、その点は心が痛いです。
乳がんについて少しでもブログに書いていたアメブロユーザーは、みな一様にこの件について、どう書いたらいいのか考えあぐねているような感じがヒシヒシとしてきます。
乳がんブログを書くなら、なんか、深い意味のあることを書かなきゃいけないんじゃないか・・・みたいな妙な義務感が生まれている気がする。
英語的にいえば、
I feel pressured to write something profound...
みたいな感じ・・・。
でもさ〜、余後は人それぞれ、人生も人それぞれ。
生き様も、表現の仕方も、何もかも人それぞれ。注目を浴びて生きている方だから、天使のようだとか騒がれますが、人間の生き死にには、全てにドラマがあり、どんな人の闘病でも、辛かったり、学びがあったりするもの。どんな家庭にもそれぞれの愛があり、涙があり、喜びがあり、後悔がつきまとうもの。誰かが特別なわけではないよね。
と思ったりする。
こういうことがあると、コメンテーターやら芸能人やらが、したり顔で「人生には限りがある、今を大切に生きなくてはいけないと実感しました」とか語る感じ、大嫌い。
誰かが亡くなっても、亡くならなくても、人生の真理は変わらないのに。改めて知った風に言われてもねぇ。ガンになってもならなくても、人生に限りがあることは、なんにも変わらない。
よく、みんな「ガンになって教わった」とか言うけれど、そういう風に言うことでガンっていうものと折り合いをつけたい気持ちは重々承知していますが、でも、あの言い方も、キライ。
なんで、みんなそんなに謙虚なの?!
わたしは、ガンに教わったことなんか、ねーわ!(と、キリギリス思う)
ガンになって気づきがあったとしても、それはガンにならなくてもいつかは気づけたことなんじゃないか、と私は思っている。ガンのおかげで気づけたわけじゃない、と思う。
ガンのおかげで・・・みたいな言い方が嫌いだ。
そう言うことで、なんとか辛い状況に意味を持たせようとする心情は良く分かるし、そう思うことが必要なら、それも良いのだと思う。
でもね、個人的には、別に何も教わってないわぃ。確かに、ガンに成ってから実感したことはいろいろある。でも、ガンにならなくても、じゅうぶん分かることだったと思う。ガンになったからって、治療を受けるために生活が変わることはあっても、人生感が急に変わったりしないし。ガンは先生でもなければ、特別でもない。
ガンなんか、いいこと、なんにもない。
それに、ガンになったからって、聖人みたいなイメージを求められる感じもキライ。
急に悟れるわけでも、ない。
ちょっと前のアフラックの乳がん保険のコマーシャルが、大嫌いだった。
わたし、ガンになってよかったと思っています・・・みたいなセリフ。
出演していた女性は有名な方で、多臓器転移を経験されても前向きに治療に向き合っている若い乳がん患者さんということで、よく報道番組などでもお見かけする。あの方ご本人は、非常に明るく前向きな素晴らしい方だとは思うし、彼女のメッセージはきっと多くの人のインスピレーションとなっているのだと思う。でもさ、それを広告に使おうっていう広告代理店の無神経さがムカツク
治療にも生きることにも前向きで、社会に貢献する・・・
それは良いことだよね。でも、病気で辛い時に、そんなに頑張らなくていいのに・・・と、怠け者のキリギリスは思ってしまう。
そうすることが、立派。あんなに素晴らしい方もいるのだから・・・なんていって、こういう感じをスタンダードみたいにしないでほしい。苦しみは人それぞれなんだから。表現法も対処法も、人それぞれで、いいじゃない。
人はさ、誰でも死に向かって生きているんです。みんな条件は同じ。
ガンであろうとなかろうと、明日事故にあって死んじゃうってこともあり得る。
人生はリスキーなもの。今、健康でピンピンしていると思っていても、気づいてないだけで、体内の60兆個とも37兆個とも言われている全細胞数の、ほんの一個がどっかでDNA情報間違えて、場違いにコピー細胞を作り始めていないとは言い切れないしね。(10年前のキリギリスがそうだったように・・・)
そのリスキーな感じを、いつも念頭に置いて1日1日を生きるかどうか・・・ということが、日々を大切に生きることに繋がるわけだけれど、いちいちリスクについて考えたり、病気についての現実を直視して頑張ってないと、本当に充実しないのか?幸せになれないのか?
そんなこと、ない。
知らぬが仏っていう、ナイスなことばもあるんだし(←先人の知恵)
だから、そんなにキリキリ肩肘張らずに、生きたいものだな、と思うキリギリスです。
とか言いつつ、午後はクライアントさまのめっちゃくちゃハードな説明会を通訳するはめになった・・・
事前に資料は頂けないは、行ってみたら、10ページほどにおよぶぎっしり文字の詰まったスライドが出てくる出てくる。しかも業界用語・専門用語満載な上、プレゼンターは、ただ早口に立て板に水のごとく、文章を読みまくるだけ。
っていう、通訳としては最低最悪な劣悪環境の会議を2時間一人で、パナガイド通訳(ウィスパリング同時通訳)するはめになった。
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疲れた!
ゆえに。
アメリカ人社長も、ベルギー人プランナーも全員ぶっちぎって、一人で銀座の東急プラザへ乗り込んで、世界一のComfort Food(気持ちがホッとするうまうま)を、一人楽しんでから、直帰してやることにしました。ええ!しましたとも!!
↓Granny Smith's Apple Pie(スミスばあちゃんのアップルパイ屋さん)
あったかアップルパイ + バニラアイスクリーム
これぞ、世界一の気持ちほっこり♪疲れ癒し系デザートだと思うの。(キリギリスの独断)
↓お店内装もアメリカーンで、お洒落だけどなんか懐かしい感じ・・・
このアップルパイ屋さん、実は手術後の入院中に初めて一人で外出した時に、トコトコ歩いて来て、アップルパイをテイクアウトしたお店でした。なんだか身体が思うように動かないし、傷は痛いしで、フラフラしながらアップルパイを買ったんだった。なんか、思い出した。
結局さ。
何があっても、あったかいアップルパイとバニラアイスでも食べれば、気分はいくぶん浮上するわけよ。
シンプルでうまうまな幸せ。
みんな、頑張りすぎないで行きましょーね。
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通訳ネタ・・・っていうか、通訳愚痴。そして、またガーーーン関連記事かと思わせて、結局はうまうま記事か〜〜い!っていう方も、アップルパイとバニラアイスは最強だよね!賛成賛成〜♪って方も、この辺のボタンをクリックすると、キリギリスが喜ぶ仕組みになっております。よろしくおねがいしま〜す
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