ティアラコースアシスタントのあやですクローバー

 

はじめましての方は右矢印こちら

私ってこんな人右矢印*自己紹介*

 




昨日のブログ


の続きを書こうと思ったのですが


今日は母の日なので

母の日に対するここ数年の

私の気持ちの変化

を書いていきたいと思います。




私の母は


鬱で当時頼りにならなかった父と

毎日のように言い合い


いびられながら義父の世話をし


私たちに


「お母さんはこんなにやってる!」

「あんたたちは勝手でいいよね!」

「お母さんは可哀想だよ!」


“拗ね”“可哀想”

見せてくる母でした。



母のことを毒親だと思っていました。

(父に対しても

親ガチャはずれたと思っていました)




そして私自身も


「長女に生まれたくなかった」

「お母さんが愛してくれなかったからこうなった」

「お母さんのせいでこんな私になった」


と母に対して

根深い拗ねを

握りしめていました。







6年ほど前の母の日。



母の日の翌週に

実家に帰るからと

その当日は何もせず

ありがとうのメッセージを

家族LINEに送ったとき


「母の日で何かしてくれたのは

おじいちゃんぐらいのもんだ。

自分でケーキ焼いてピザ焼いて食べるわ。

残念。

まぁ皆さん元気でなによりです。」


と絵文字も何もない

拗ねたLINEが来ました。




今なら


「お母さん本当は

母の日にみんなに

感謝の気持ちを表して欲しかったんだな。

言葉だけじゃなくて

できればお花とか

みんなが帰って来てくれるとか

そういう目に見えるもので

喜びたかったんだな。」


と思えるけど


当時は苦し紛れにこう変換しても

私も


「なんでこう素直に言えないんだろう〜」

「面倒くさいなぁ〜」

「嫌な感じだな〜」


過剰に反応していました。





今ならすぐに


「そっかそっかごめんね」と素直に謝って

何か喜びそうなことを考えられるけど


そのときの私は

まだ母のことを許せていなかったし


拗ねている母を見ているのが

しんどかったので


「お母さんがそう思うなら

それはお母さんの問題だから放っておこう」


と放っておいたのでした。





そしてその翌年の母の日


母の日しないと拗ねるし…

当日じゃないと拗ねるし…


と思いながらも


母の都合通りに動くのは

なんだか期待に応える感じがして

抵抗を感じていました。




まさに反抗期。




今なら自分自身も

反抗していると分かるけど


その頃は


「ここで何かあげたらしゃくだ」


と思って

でもたまたま

あげたいと思えるものを見つけて


グレーな気持ちのまま渡しました。




すぐに解決しようとは思わなかったし


すぐ解決できる予感もしませんでした。





その後2年くらいは


母のためではなく

母に拗ねられて面倒くさい思いをする私

のために

何かしら渡していました。



気持ちはグレーのまんま。




そんな自分を責めずに許しながら。





「母の日がしんどいなら

しんどいままでいい」


「しんどいのには

それなりの理由があるんだから

そんな自分を責めなくていいよ」


「世間がどんなに母の日モードでも

感謝できなくていい

いい娘になれなくていいよ」


と思って

このブログでも書いていました。



 


これがたったの2年前!





それでも


何かと母とのことが出てきたり

伝えないといけない局面があって


ちゃんと心を開いて


ちゃんと向き合って


悲しかったことも


申し訳なく思ったことも


大好きだということも


伝えていって


ようやく少しずつ


私の気持ちも癒えていきました。





母も少しずつ


受け止めてくれたり


母なりの形で

伝えてくれたりしました。






そして去年。




結婚して初めての母の日は


「こうして旦那さんと出会えて

幸せになれたのも

お母さんが産み育ててくれたからだな」


「拗ねたお母さんだったからこそ

私も紆余曲折して

旦那さんと出会えたんだよな」


と母の存在に

感謝できるようになってきていました。





「何かしないとな〜」

の気持ちはあるものの


同時に感謝も

素直に感じていました。





とはいえ

結婚できたから許せた

ということではなくて



ちゃんと

私が自分自身の中にある

母に対する怒りや悲しみを

癒やしてきたから

だと思います。

(これはちゃんとまとめて書いていきたい)





ここを癒せていないと

感謝できないから。





そして今年

結婚2年目で結婚式も無事終わり

子どもを産むことが視野に入ってきたとき

(まだ現実は何もしていません)


「生命を宿して産むのってすごい」

「命懸けで痛みに耐えるのってすごい」

「そして育て上げるってすごい」

「しかも4人も」


女性として

母として

素直に尊敬と感謝が

できるようになってきました。




自分ごとになると

ようやく分かるという

なんだか浅はかな感じだけど。




だけどこれは何度も言うけど


私が自分自身の中にある

母に対する怒りや悲しみを

ちゃんと癒やしきったから。




そして

これを頑張ったのは

他でもなく私自身。





ちゃんと心を開いたから


ちゃんと向き合ったから


悲しかったことも


申し訳なく思ったことも


大好きだということも


伝えたから。




私もよく頑張った。


そしてそれをさせてくれた母も。




おかげで今は

(まぁ面倒くさい瞬間もあるけど)

旦那さんも含めて

良好な関係になっています。




みんながそうなる必要はないし

それが難しい人もいると思うし

それがなくても幸せになれる。



でも参考までに

私の気持ちの変化を

書いてみました。



それぞれの“今”を

許して

受け入れてあげてほしいなと思います。