早川琢也のブログ "Road to The Sport Psychologist " -9ページ目

早川琢也のブログ "Road to The Sport Psychologist "

スポーツ心理学の事、留学の事、スポーツの事について、アメリカより発信していきます。

(フロリダ16日(水) 0:15)



何かが上手くなる時って、楽しめていたり興味を持って取り組めている時なんだな、って最近つくづく実感します。



バスケは今でも観るのもプレーするのも好きなスポーツの一つ。時間さえあれば、外のバスケットコートに行ってシューティングするのは当たり前で、時間がある時は見知らぬ相手とチームを組んで5対5に混ざる事も、今となっては珍しくありません。自分で言うのもなんですが、間違いなくアメリカに来た去年と比べて上手くなっています。その成長を実感する瞬間は何にも代え難い喜びです。



英語はこの1年間を通してずっと勉強してきた事ですが、伸びている時はバスケ同様楽しめているときです。そんな状態で知らない単語に直面した時は「知らない単語がある。俺ってダメだな」とは思わず、「また新しい単語を見つけた。これで会話のバリエーションが増える」と考えている事が大半です。



そんな時は、多少の悪い事もいい解釈に持っていけるもの。世の中って、よくよく考えると上手く行かない事が大半。自分の経済状況は厳しい。背は平均的。もっと小さな頃に英語に触れる機会があったら。相手は時に思ってもいない事をする。上手くいかないと言うよりも、足りない事が多いといったとこでしょうか。



だけど、足りないからこそ補おうとすることが出来る。経済状況が良くなければ、節約のノウハウが養われる。背が足りなきゃ、技術を磨いて補う。今英語を学んでいるのは、感覚的ではなく一つ一つ納得しながら身につけている事。だから簡単には自分からは抜けていかない。相手の思ってもいない行動を垣間みた事は、相手の知らない一面を知った事とも言い換えられる。



結局、捉え方次第でいくらでもいい方向に持っていけるんですね。もし、何から何まで満たされていたとしたら、努力も何もしないでしょう。そしたら、磨いて輝く物も価値のないまま眠ったままになってしまいます。だったら、常に何か足りない物を見つけて補おうとしている方が、自分でも気づかない新たな可能性に気づけるかもしれない。未知の才能が花開くかもしれない。




そう考えると、何だかわくわくしてきませんか?何か足りないくらいが、実はちょうどいいのかもしれませんね。



こうして書いているのも、少し頑張りどころに差し掛かっているのに少し自分の勢いに物足りなさを感じていたからなんです。変に楽観的になっているというか。でも、足りていないのは頭では分かっている。でも手が動かない。本当に「納得」出来ていない証拠に他ならないです。そこで、自分が動けるように自分に発破をかける意味でこんな事書いてみました。半分は自分の為に書きましたが、これを読んだ皆さんが何かしら得る物があったら幸いです。



さて、もう少しだけ頑張ってみようかな。目の前にひたむきになれる事があるのは、それだけで実は幸せなんだし。
(フロリダ29日(木) 23:30)



昨日に引き続き、今年一年の振り返りをしてみよう思います。今日は後期のまとめです。



7月8月は湿度と温度がピークに達して、一日中暑苦しい日々でした。この時期は勉強のリズムもつかんで少し余裕を持って取り組めたように思います。ただ、少し余裕がありすぎて気の緩んだ時期もあったのは少し否めませんが。。。



そして、8月中旬から大きな変化が起こりました。ルームメイトが総入れ替え。加えて、1ヶ月半居候を一人抱える事になり、合計5人で4人部屋をシェアする事になりました。居候がトルコ人、新しいルームメイトが同じ語学学校に通っていた韓国人、フロリダ大学生のパキスタン人とアメリカ人、そして僕というラインナップでした。



この変化は振り返ってみると、英語の伸び悩みを打破するきっかけになったように感じています。まず、普段聞いている英語が変わったことで、新しく聞く言葉が増えたのが大きかったです。これをきっかけに、喋り英語も使える単語もグッと増えました。



特にパキスタン人のルームメイトは、一緒にトレーニングやバスケをしたり、サンクスギビングデーの時にはオーランドにある実家に連れて行ってくれて、アメリカのサンクスギビングを体験させてもらえたりと(彼はイギリス生まれでアメリカ育ちの実質ネイティヴです)、おかげで半年間濃い毎日を送れました。



僕は、12月上旬に引っ越して別のアパートに住んでいるのですが、引っ越しで出て行く最後の最後まで別れを惜しんでくれました。韓国人、アメリカ人のルームメイトも同様でした。嬉しい限りですね。今のルームメイトは、前回書いた通り、最初のルームメイトと既に知っている友達の4人で住んでいます。



少し時間軸が前後しますが、9月の出来事に飛びます。9月の中旬に学会に参加する為にハワイに飛びました。こうやって書くと、どうしても学会が「言い訳」に見えてしまいますが、確固とした事実なのでそこは念を押しておきます。



この学会に参加するのは通算して4回目になりますが、今回は今までと大きく違うのは英語がある程度分かる状態で参加した。その為、プレゼンターの話は前よりも理解出来た上に、参加者と意見交換も積極的に出来ました。テネシー大で会った教授にも会う事が出来て、改めて自分の意志を伝える事も出来ました。後期で一番充実したイベントだったと思います。



その後はTOEFLの勉強を中心とした生活にシフトしました。12月まで通算3回受けましたが、少しずつ点数は伸びてきたものの、目標とする点数にはなかなか届かずもどかしい思いをしました。極めつけは、12月上旬に受けたテスト後に、想像以上に精神的にストレスがかかっていたようで、蕁麻疹が出て悩まされた事ですね。なかなか寝れず、結構しんどい日々でした。。。



そんな経験も経て、1月に改めてTOEFLを受けるのですが、ストレスは必要以上にかけず、でも気を抜きすぎないようバランスを取りながらハードに取り組む事を意識して取り組んでいます。こうして字面だけ見るとかなり理想的な事ではありますが、目指さないと理想には近づけないという事で、毎日振り返りをして自己評価をして日々改善していくようにしています。現に量と質は徐々に向上していますので、このまま増やし続けて少しでも納得のいく取り組みをしていきたいですね。



その甲斐あって、リスニングの手応えは今まで以上にあります。ノートを取らずにもレクチャーの内容をほぼ聞き取れるくらいになりつつあります。このまま聞き込めば、見込みありそうです。今までは少しリスニングに偏った勉強だったので、少しずつリーディング、ライティングも加えてバランスを取るようにしていきます。



最後にプライベートの事も少しだけ。実は、後期の間に2回女の子(2人ともネイティヴです)にアタックしました。残念ながらどちらも実る事はありませんでしたが、こうしてアクションを起こせるようになっただけ日本にいた頃より幾分もマシであることは間違いないので、焦らずまたチャンスがあった時には臆せずアタックしようと思います。恋は焦らず、急がず、でも機は逃さず。個人的には、英語を学ぶより何倍も難しいです。。。苦笑




と、ここまで赤裸々に書き出し振り返ってみました。総じて思うのは「いい一年だった」と胸を張って言える事、目標としているところには確実に近づいている、という事です。来年は、その夢の第一歩を実現させる年。自分でつかみ取れるよう、小さなアクションをたくさん起こして積み重ねていこうと思います。



今年を振り返ってる時に、去年の事も少し思い出しました。去年も間違いなく充実していました。素晴らしい出会いに恵まれ、同僚に恵まれ、そんな皆さんといい経験をさせてもらえました。その一年が、今年一年を支えてくれていた事は間違いありません。今でも、遠く離れた日本から連絡を取ってくれる人が何人もいます。そんな出会いを大事にしながら、また来年もいい一年にしていけるよう、毎日を楽しんでいきます!




っと、いい加減手紙書かないと。。。今年最後のやるべき事は、年内にお世話になった人に手紙を書く事になりそうです。少し慌ただしい締めくくりですが、皆様良いお年を。
Have a happy new year!!


(フロリダ27日 (木) 23:30)



クリスマスも終わって、雰囲気は少しずつ年末年始モードですね。恐らく、年末が近くなるとネット回線が混雑すると思うので、今のうちに今年の振り返りをしようと思います。



まず、今年は何と言っても念願だったアメリカ留学をスタートさせた事が一番の出来事ですね。



1月3日。忘れもしないアメリカに降り立った日です。ニューヨーク、アトランタを経由して、フロリダ州のゲインズビルに一人旅。荷物ちゃんと届くだろうかとか、乗り換えスムーズにいくだろうかとか、些細な事にドギマギしました。



今でも覚えているのは、アトランタで乗り換えを待っている時に食べたサンドウィッチ。疲れていてお腹が空いているのに、お腹が満たされない変な感じ。それだけ不安だったのだと今は思います。



大学院の指導教授の家に数日お世話になっている間に、アパートの契約。お金を用意するのにATMを右往左往。



そして、初めて会うルームメイト。みんな優しくしてくれて、車が無い僕を色んな所に連れてってくれました。お陰で買い物に特に困った記憶はありません。



そのルームメイトとは今も再びルームメイトになっています。ホントにアメリカにきていいルームメイトに恵まれました。



そんな彼らと一日も早く仲良くなるために、和風味のパスタを振る舞いました。その時は、ルームメイトの友達も来てみんな「美味しい」と堪能してくれました。それ以降、「料理がデキるキャラ」という位置づけに収まりました・笑。



語学学校はタフでしたが、充実していました。毎日の様に宿題やって、授業必死になって聴いて。最初の4ヶ月は量も質もそれだけ濃かったように思います。



思い出深いのは、Reading/Writingの先生。指導教授と奥さんの友達という事で話しやすかった事もあり、授業後はいつも質問をしていました。宿題の量、毎週あった単語テスト。かなりの量でしたけど、その分その先につながる土台が出来た様にも感じました。



そして、3月11日の震災。アメリカにいた事もあって、当初実感が湧きにくかったのは事実ですが、Facebookで友達がくれたコメントと、なかなか家と連絡がつかない事などから、徐々に実感する形になりました。色んな事を心配して疲れた時期でもありました。日本に戻った時は、微力でも何かしたいと思っています。



セメスターの合間の1週間あった休みを利用して、来年勉強したいテネシー大学に行き、教授にインタビューをさせてもらった事は、今思えばかなりのチャレンジでした。



3ヶ月そこそこの会話能力で突撃インタビュー。そのため、決して綺麗な英語で喋れなかったのは間違いのですが、にも関わらすテネシーの教授はみんな真剣に耳を傾けて聴いてくれました。この経験もあって、将来テネシーに行きたい気持ちが一層強まりました。



そういえば、最後の教授に会う前に、強烈に胃が痛くなり、酷く辛い思いもしました。多分真っ青な顔でインタビューをしていて、教授は何事かと思ったでしょうね・苦笑



その痛みを抱えたまま、夜行バスで帰らなくてはならなかった時は、まさに極限状態でした。。。おまけに、途中乗り換えの時のバスは、遅れた上に何故かバスにも乗れず、そのまま後のバスも遅れに遅れ、結局丸一日かけてゲインズビルのバス停に辿り着く事に。これ以降、その夜行バスを二度と使ってやるものか、と僕が強く誓ったのは想像するに難しくないでしょう・笑




確か5月頭頃だったと思います。この頃に、素晴らしい出会いがありました。その方は、スポーツをサポートする側という共通点の基、僕から連絡を取らせてもらいお会いする事が出来ました。



お話は、僕の背中を押してもらえる事が多く、学びもたくさんありました。以後は頻繁にお会いしては、お酒を飲んだり食事をしながらお話しをたくさんさせてもらいました。その方はつい先日、新しい仕事を得てテキサスへ行かれました。今までの様に頻繁にお会い出来ないのは寂しいですが、これから先も長く関係を持たせてもらいたいと思っています。






ここまでが、前期の主な出来事でした。書いてみると随分長くなってしまいました。。。後期編はまた改めて書きます。
どうぞお楽しみに(?)。




iPhoneからの投稿

(フロリダ25日(日) 1:00)




ベタだとは思いつつも、今日はクリスマスのネタを書こうと思います。今日は久しぶりに個人的なイベント盛りだくさんだった為、書く事がいくつかあります。



まずは朝。5月からお世話になっている僕の尊敬する先輩(という位置づけになるのかな?)と奥さんがテキサスへ引っ越すとのことで、引越しのお手伝いをしました。トラックで車を牽引して、フロリダのゲインズビルから運転していくという、かなりサバイバルな引越しです。その過程で出た食材や衣類を大量にもらってしまい、最後の最後までお世話になるような形になってしまいました。




スポーツとチームをサポートするスタッフという繋がりがきっかけでこれまで交流をさせてもらいましたが、どちらかというと一個人としてのお付き合いという感じでした。人として尊敬できる人間性を持った方なので、人として見習うべき所を学ばせてもらいました。




ですが、個人的にはもっとお互いのフィールド(その方はトレーニング、僕はメンタル)での意見交換をしたかったというのが本音です。僕は、しばらくフィールドを離れている上に経験も乏しい部分があるのが否めず、同じ目線での会話を展開するのが難しいと感じていました。そう感じる度に、歯がゆい気持ちになったのも事実です。




しかし、それが僕の現状であることは否定できません。まだ、そのレベルに達していなかったというだけのこと。己の知識と人間性を磨いてい、お互い有意義な意見交換が出来るように精進していこうと改めて思いました。そしていつの日か、同じチームで働けたりタイアップして何か仕事が出来たらいいな、と想い描いています。






そして、もう一つのイベント。その夜は、僕の大学院のメンターだった教授がゲインズビルに帰って来ていて(教授は日本人で、奥様がアメリカ人)、教授の家のクリスマスディナーに招待してもらいました。柔らかくて大きなローストビーフやキッシュなどのメインディッシュの後には、ニューヨークチーズケーキとスフレのデザートと、お腹一杯堪能させてもらいました。




食事中気にはなっていたのですが、ディナーテーブルにディナーを食べている人の人数プラス1人分余分にお皿が用意されていました。奥様から「どうして1人分余計にお皿があると思う?」と聞かれたので考えてみたのですが、的を得た発送は浮かびませんでした。聞くところ、クリスマスなのでお客さんが来ても招き入れる事が出来るように用意する、という風習だそうです。これはアメリカならではの部分だったので、知って得した気分でした。




もう一つクリスマスにまつわるインパクトのあった風習を。アメリカのクリスマスプレゼントには、なんとレシートが同封されているとのこと。これは、思い起こせば布石がありました。




僕がプレゼントを買ったときに、レジ打ちの人が「レシートを入れますか?」と聞いてきたのです。その時は「なぜ入れる必要があるんだ?」と気がかりではありました。その理由を今日知ったのですが、「プレゼントが気に入らなかったら、そのレシートをお店に持っていって返品して、本当に欲しいものを手に入れる事が出来るようにするため」という事らしいです。




これは、日本人の感覚では有り得なかったのでカルチャーショックを感じました。もらったものを返品して、それを頭金に欲しいものを手に入れる、っていのは一年アメリカにいてある程度アメリカ文化を知っていてもさすがに出来ないですね。今日知ったとはいえ、来年出来る気はしないです。。。




こんな具合で、気づくことあり、新しく知った事あり、貰いものありと、得るものが多いクリスマスになりました。




日本はクリスマス真っただ中ですね。素敵なクリスマスをお過ごしください。

(フロリダ19日(月) 0:30)



引越しも無事に終わり、ようやく生活が落ち着いてきました。天気がいい日も多くて、外に出たりバスケをしたりして有意義に過ごせています。もちろん、TOEFLの勉強もしています。




そんな日々なのに、なぜこの2週間しんどかったのか。実は、TOEFLが終わった今月2日の次の日から「じんましん」に悩まされていたためです。記憶している限りでは、じんましんを最後に患ったのは幼稚園に入る前くらいだったように思います。きっかけは確か、カニアレルギーで出たような・・・。(このカニアレルギーは大人になってからは発症していません。)




TOEFLが終わった翌日、どうも体に発疹が出てきて妙に痒いと思ったのが始まりでした。そこから股関節の付け根、お腹と広がってしまい、最終的には手と足にまで広がりました。正直、その痒み尋常じゃなく、一度かいてしまったらなかなか止める事が出来ないくらいでした。




その痒さがもたらした最大の苦痛は、夜なかなか寝付けなかった事でした。寝付けない上に、次に目が覚めた時は大体夜中。痒みで起こされてしまった訳です。そして、一度目が覚めてしまっているため、全然再び寝付くことが出来ずに寝不足で気分も今ひとつでした。




そんな状態になってからは、市販の薬を買い、栄養サプリメントも飲み、果物や野菜を多めに取り入れた食事を心がけたりと、出来る限りの事をして何とかしのぎました。今は発疹は収まり、痒みもほとんどありません。そして、昨夜ようやく痒みに起こされることなく寝ることも出来ました。




では、なぜじんましんが起こったのか?どうも、じんましんの発生するのは体のショック反応、いわゆるアレルギー反応なので、主にはアレルギー反応を起こす食べ物が体に入った時に起こるみたいです。ですが、食べ物は特別変えてなかったので、恐らく原因は食べ物ではない。実は、強烈なストレスを受けた場合にもじんましんは起こるようです。そうなると、原因は十中八九TOEFLの結果を待っていた時のストレス、という事になりそうです。




そして、なぜこのタイミングでじんましんが起こった事を書いたのか?ひとつは、じんましんがほぼ収まったという事。周りに知られたくないと思っていたため、薬を買いに行ったのもひとりで行き、家の中でも常に長袖長ズボンを履いているくらいでした。




もうひとつの理由は、リアルタイムではないとは言え、起こった事実に目を背けないようにしたい、という自分の気持ちがあります。じんましんが発生し、原因がストレスと思い当たった時、正直認めたくないと思っていました。心理的なストレスを上手くコントロール出来なかった自分の弱さに目を背けたかった。選手にメンタルを教えている自分が心理面の弱さを露呈している。これが個人的にこたえました。




これは、選手に心理面を教えるようになってからのジレンマでもありました。「教える人間が出来ない事を、教わる側の人間が納得出来ない」という事を常に感じており、自分のメンタル面をトレーニングする事も日頃行なってきました。メンタル面の弱そうな人がメンタル面の強化法や重要性を語ったところで、聞いてる人にその話が響くわけがありませんから。




その一方で、僕もメンタルを教える人間である前に、ひとりの人間であるという事もまた事実な訳ですから「ダメな部分があることは仕方がない」という気持ちも持っていました。そうでなければ、さすがにしんどすぎます。発展途上、成長過程であるという自覚を持ってその弱さと向き合って受け入れる作業をして、少しずつですが自然と前向きに考えられる事も出来るようになったと思います。




今は弱い。だけどいずれ強くなる。それが出来ないこともある。人である以上それは仕方がない。でも、そこに甘んじない。己を磨く事は怠らない。目指すところにたどり着くまでに強くなっていれればそれでいい。




弱さは見せることは決して悪いことだとは思っていません。むしろ、さらけ出せる位の方がいいと思っています。人はどうしても自分を強く見せたがるもの。見栄を張ったり、強がったりして、自分の弱さを隠したがる。でも、「弱さを含めてこれが自分なんだ」というくらいの姿勢でいられる方がいいと思います。飾らず、自然体でいつもいられる。いい部分も悪い部分も不自然なくさらけ出せる。そうやっていつもいられる事が、僕の思い描く理想の姿です。




まだ目指す自分は遠いです。でも事後報告という形になったとは言え、この場を借りて「さらけ出せた」のは少しはマシかな、という気持ちでもあります。




少しずつ自分の弱い部分も受け入れていけるようにしていこう。それが今回のじんましんを通して考えた事でした。





・・・それにしても、ここ最近堅苦しい内容ばかりですね・苦笑

そろそろ、明るく面白い話も書いていきたいですね。毎度のことですが、ここまで読んでくださってありがとうございます。