そういえばノイシュヴァンシュタイン城の絵って弄ってませんでしたっけ?
トリスタンとイゾルデ関連では弄ったのですが、新白鳥城としては殆ど弄らなかった覚えが・・・
という訳で
August Spiess (German, 1841-1923)
オーギュスト・スピス
この人の絵は新白鳥城以外ではネット上ではこのような物しかなく
伊賀守金道
日本三大仇討ちの一つとされる伊賀上野鍵屋の辻の血闘で荒木又左衛門が佩いていた愛刀のひとつ。
伊賀守金道
伊賀守金道(初代)は関兼道の長男で、文禄二年に父兼道と兄弟四人で上京し、伊賀守金道(初代)は徳川家康の取次ぎにより日本鍛冶宗匠の勅許をうけ、代々引継がれています。
といわれ新刀に属します。
荒木又左衛門といえば歌舞伎と文楽の世界では伊賀越物、三十六人斬りというエピソードで有名かもしれません。
取り分け有名なのは近松半二・近松加作の合作で天明三年(1783)4月大阪竹本座にて初演された浄瑠璃「伊賀越道中双六(いがごえどうちゅうすごろく)」で同年9月には早々に歌舞伎に脚色されています。
通常の場合浄瑠璃から歌舞伎という風に脚色されるのですがこの場合元々にあったのは歌舞伎で安永五年1776 12月ぶ大阪嵐座で「伊賀越乗掛合羽(のりかけがっぱ)」が最初になります。その後翌年3月に大阪で浄瑠璃化され大当たりをします。近松らはこの物語を七年越しで改作脚色し、浄瑠璃として上演しました。
テーマが庶民に人気のあった刀の正宗に移り、伊賀守金道は影が薄くなってしまいます。
江戸時代は御稚児愛とか衆道とか大ぴらに弄れなかったのでしょうかね~それとも人気が無かったのでしょうか?陰間茶屋やらとか流行っていたので需要はあったのだと思いますが・・・・
(井原西鶴なんて両刀使いだぜへっへっ~という本をのこしますし←違いますから
という訳でググルで検索して各サイトさんがあまり弄らない前半の部分を絡めつついきましょう(ゎらぃ
寵童渡辺源太夫の男根をいとおしそうにまさぐる岡山藩主池田忠雄
この数年後に池田殿は憤死する訳だからもっと年食っていたほうがリアルなんだろうか?
これが基点なためテレビドラマに何回か取り上げられていますがこの部分ははぐらかされています。
(事実を真正面から受け止めろよヘタレが。新撰組をどうのこうの弄るより事実だろー('A`)
そもそもの発端は寛永七年1630年岡山藩主池田殿様が渡辺源太夫を見初め懇ろになっていたのを同藩士河合又五郎が横恋慕したのである。
(後の復讐とかちゃんばらとかを弄るよりこの前半に重きを置いたほうが面白い気がする・・・何故ならば此処での愛情を確り印象付ければ愛する人(男)を殺され復讐に駆られ「備前一国を賭けて又五郎を討て」と激をとばした池田殿様の心模様が現れて動機が確り確保できるからだ)
映画として構成するならばこの殿様が死去する段階までは闇に蠢く殿様と渡辺源太夫の裸体が踊るフラッシュ・バック的残像が何回も現れるようにしてみたいなぁ~
まあ、それはさて置き・・・・
河合又五郎は源太夫と二人きりになるチャンスを窺い、そして殺してしまう。
この顛末の情景はないけれど自然な流れだと、殿様と偽って暗闇で源太夫と構合い、その後バレて、(年齢的に源太夫は癇が強いと年頃と思われ)罵られ、怒りに我を忘れ、折檻した上での死亡とか・・・
暗がりに押し込んで男根しゃぶれとか尻だせとか無理やり関係をせまり、そこそこいい歳なので力一杯反抗し、カッとなった河合又五郎が殺してしまったとか・・・
なんというか人名が多くでてきてとりあえず渡辺数馬側を青、対する河合又五郎側を赤という具合にしておきますね。
事の重大さに慄いた又五郎は江戸に逐電を決めこんでしまう。一方池田殿様は自分の愛男妾を臣下に殺されしかもその犯人は逃げてしまったことに激怒し、追手を出す。
又五郎が江戸で逃げ込んだ先は、又五郎の父半左衛門の縁から江戸旗本衆上野・高崎・安藤藩藩主・安藤右京進重長の又従兄弟(弟説もあり)、旗本・安藤治衛門正珍の屋敷だった。
池田藩では又五郎の行方を突き止めるが、外様大名にとって将軍家直参・旗本は表立って引渡し要求は微妙且つ、難しくとても申し入れが出来なかった。そこで同じ旗本・久世三四郎、安部四郎五郎を仲介役に立て、安藤家に又五郎の引渡しを申し入れるが、応ぜず。
それに対し旗本に反目を日頃抱いてる大名連が岡本藩主池田忠雄にここぞとばかりに力添えをする、大名と旗本の確執。仲介役の久世や阿部も安藤家側に回って話が余計に複雑になり、池田家は幕府に直訴。
それらが昂じて双方とも頑ななり、武装を固め全面対決構造とあいまった。
是に慌てたのが幕府公儀である。天下は徳川に定まったとは言え未だ戦国気質が残る寛永、事を下手に誤ると徳川幕府の屋台骨が揺らぎかねない事態に成りかねないため、大いに困惑した。
しかも火に膏を注ぐように池田忠雄藩主は死ぬ真際「備前一国を賭けて又五郎を討て」と激を飛ばしたものだから、いよいよもって、旗本側は態度を硬化させた。
こうなっては幕府も放っておく訳にいかず、事態を重く見た公儀は、まず又五郎の父半左衛門を備中松山池田藩に預ける事を決めた。だがその2年後、河合半左衛門は幕府の命で、徳島藩前藩主・主蜂須賀蓬庵に引き渡される。徳島に護送される途中、何者かによって刺殺される。
さらに幕府は仲介しながら安藤家に荷担した久世・安部の三人に対して、百日間の寛永寺へ寺入りを命じ、河合又五郎を江戸御構い(追放)と処す。河合又五郎は阿部家の世話で三河・片瀬へと行くが、さらに縁故を頼って逃げ回る。
喧嘩両成敗の基本方針の公儀は忠雄の嫡男は幼い事を理由に同族の因幡鳥取藩主池田光政国替転封を命じた。
残された源太夫の兄の渡辺数馬にとり当時の武士社会のルールとしては、弟の仇を討たない限り、岡山藩に出仕し続ける事は面目上許されうる事ではない。しかし数馬は武士とはいっても、剣に全く自信が無く人を斬った事等全く無い素人同然であった。そこで彼は姉婿である剣豪・荒木又右衛門に助勢を乞い求め、荒木又右衛門はそれに応じた。
荒木又右衛門は剣術師範として大和郡山蕃松平家に250石で従えていた。実は同蕃には河合又五郎の叔父河合甚左衛門が300石で従えていたのだが、一連の騒動の際、河合甚左衛門は職を辞し奈良に居を構えていたかと思うと、いつの間にやら行方を断っていた。
荒木又右衛門も職を辞し、渡辺数馬を郡山に呼び寄せた上、江戸にでて河合又五郎の動向を探ったが、行方は掴めず、甲斐無く大和郡山に戻る。
意外にも河合甚左衛門は奈良に戻っており、仇敵河合又五郎の助勢者となっていた。さらに河合又五郎の奈良に身を潜めており近日中に江戸に赴くということが知れた。
この時、事件発生から既に4年もの歳月が流れていた。
そして寛永11年1634年11月7日伊賀上野城下の外れ、鍵屋の辻において、荒木又右衛門らは仇敵河合又五郎ら一行を遂に捉えた。
鍵屋の辻の茶屋に待つのは荒木又右衛門と渡辺数馬、それに荒木又右衛門の弟子武右衛門、渡辺数馬の若党孫右衛門の四人。
対する河合又五郎は、河合甚左衛門、河合甚左衛門の妹婿で槍の名手桜井半兵衛。並びに家来其々一名、それに町人ながら河合甚左衛門の姉婿である大阪虎屋九兵衛らも加わり総勢11名。
槍の名手桜井半兵衛が先乗りで通り過ぎ、河合一行が茶屋の前に差し掛かった鬨、同じ蕃に従え、手の内を知る一番手強い敵である河合甚左衛門に荒木又右衛門は踊りかかり、愛刀伊賀守金道で河合甚左衛門を馬上から斬り落し、血闘は開始された。
渡辺数馬は仇敵河合又五郎に向かい、荒木又右衛門はそれを邪魔する者を追い払った。その中桜井半兵衛が騒ぎを聞きつけ馳せ戻ってきた。桜井半兵衛に槍を渡そうとする槍持ちに孫右衛門が立ち向かい、未だ槍を手にする事の出来ない桜井半兵衛を荒木又右衛門が切り伏せた。そのとき桜井半兵衛の小者が荒木又右衛門の背後から撃ちかかる。木刀が荒木又右衛門の腰を打ち、更に振り向きざまの荒木又右衛門の刀の峰を打った。途端に、荒木又右衛門が手にしていた伊賀守金道は鍔元5寸を残してぽっきり折れてしまう。
凡そ5時間に渡る死闘の末、渡辺数馬は荒木又右衛門に励まされて遂に河合又五郎を討ち果たした。
この鍵屋の辻の血闘中に、伊賀守金道が折れた事に対して伊賀籐堂家の士、戸波又兵衛は、
「斯かる大事の際、新刀を用いるとは甚だ不嗜みである」と証した。
西村寿行、逝く
先生の死去から既に一週間以上過ぎてますがミクシーの日記の方に書いたのですが、此処のジャンルで書評を扱っているので取り上げます。
http://www.yomiuri.co.jp/national/culture/news/20070826i515.htm
より
バイオレンス小説の第一人者、西村寿行さんが死去
バイオレンス小説の第一人者として知られる作家の西村寿行(にしむら・じゅこう=本名・としゆき)さんが23日、肝不全のため亡くなった。76歳だった。
高松市出身。新聞記者、速記者、運転手など様々な職業を経て、1969年に動物小説「犬鷲」で作家デビュー。「君よ憤怒の河を渉(わた)れ」を始め、暴力や性といった人間の衝動を前面に骨太なストーリーを疾走させる「バイオレンス・ノベル」の旗手として支持を受けた。同作や「犬笛」などの作品は映画化され、79年の長者番付では、作家部門トップに躍り出るなど、時代を代表する人気作家になった。動物小説、パニック小説も得意とした。76年に「咆哮(ほうこう)は消えた」、77年に「滅びの笛」「魔笛が聴こえる」で3回直木賞の候補になり、生涯に600冊以上の著書を世に送り出した。
(2007年8月27日11時55分 読売新聞)
日本の作家の中で飛びぬけて好きでした。 現在は愛だの泣けるだのとぬるま湯小説が跳梁跋扈している世界でこれほど人間の裏側を直視した小説はなかったでしょう。
男と女の欲望の混沌とした様相を描く容赦無い文章、動物と人間の関わり合いを描いた作品は明かに他の作家とは一線を隔し、あの独特なリズム感のある文章は読む者を惹きつけずにはおかない作家さんでした。
うしおととらの藤田氏も好きだといってましたね。からくりサーカスのヒロインが先生の作品に出てくるヒロインの名前だったり。
意外なところではジョジョの奇妙な冒険の荒木氏。
荒木氏がファンだというソースは画集「JOJO A GOGO!」収録のロングインタビュー。
小説はあまり読まないけど筒井康隆と西村寿行は好きだったと発言してます。
モンスターの管理人 さんも数寄だったようですね。
寿行を倒すのは癌であってはならない。
ちーこの話がでるももう泣けてきます。
先生の動物に対する描写力は誰にも辿り着けない優しさに満ちておりました。
人間に対する深い洞察力は体験から来てるのでしょうか、そして小説を作るための物凄い情報量を斜めにサッと切り崩しエッセンスを汲み上げるセンスは舌を巻く程に凄い先生でした。
カミングアウトしますと確かにエロい人なんですけれどそれに至る理由が人間の情念に密接に関ってきてに臓腑を抉り取るとるような人間の根本を問い掛ける描写の連続なので思わず、勃ったチンコをシコった覚えが・・・
まさか文章で抜けるとは思ってみませんでした。
脳を灼くという表現が是ほどまでに文章で体現した人は今だ嘗ていません。
エロ小説よりも消費文章が少なく、エロ小説よりも数倍エロいという行間で読ませるのはこの先生しかいないような気がする。
- わが魂、久遠(とわ)の闇に (徳間文庫)/西村 寿行
- ¥800
- Amazon.co.jp
- 本当は犬笛をプッシュしたかったのですが無いので是でどうぞ。
- 人は生きるために人間を喰らうという凄いテーマです。
- 怖気をふるってお読みください。 戦慄とはこの小説のためにあった在った言葉ではないかと思うくらい凄いです。
ブックオフで見かけたら是非手に入れて欲しいもの以下↓
個人的寿行先生のベスト10
1犬笛
犬の性である人間に対する愛が哀しくて泣けてきます。
2滅びの笛
熊笹の開花そして大量発生した鼠、極限状態に追い込まれた人間はどのようなおぞましい愚かしい行為に走るか・・鏡をつきつけれたらような気持になります。
3闇に潜みしは誰れぞ
スケールの大きな作品で地獄の中でもがき苦しむ魂の行方は菩薩というふうに落ち着き、読後の爽快感はなにか突き抜けるものが在りました。
4我が魂久遠の闇に
凄いです・・・
5蒼茫の大地、滅ぶ
滅びの笛の蝗版ですが、いけ、やれ、やってしまえという処で極自然界であるような事に裏切られてしまう。
よくぞ此処で方向転換できたものだと唸らされます。
6去りなんいざ狂人の国を
数々の命のドラマを一瞬にして奪い取る儚さは、凄いです。
7わらの街
軽いタッチですがやることはしっかりやり、ふたりの男たちが繰り広げる話は可笑しいけれど男の性が悲しいところが壺を押えてアクション小説としては読み易い取っ付き易いです。
8汝!怒りもて報いよ
去りなん・・も某教団のサリン事件に似たシチュですが、こちら完全に気張らずにエロ小説として楽しめます。
9往きてまた還らず
最初からぶっ飛んでます。ロケットスタート顔負けのスピーディさで加速Gで脳が蕩けそうです。
その蕩けた侭あっと言う間に最後を迎えます。
10蒼き海の伝説
寿行先生の初期作品で荒削りな味わいと後に大化し、魅せる片鱗を覗かせていて、そう云う意味でこんな小説を書いていたんだという発見が在ります。
篠田節子も好きだったようですね。実は大好きな作家さんなんです。
ああ・・やっぱり波長が合うんです。
後、記事でステキなコメントが載っていたのでリンク
クンドリーとクリングゾル、パルジファル花園突入チョイ前
クンドリーとクリングゾルはSとMの関係かもしれない。
問題はクリングゾルがクンドリーの願望をミスリードしてしまいそれが破綻に繋がったとか・・・
歪んでます?
でパルジファル第一幕の聖餐の儀式の流れからどう見ても他の絵描きさんが描くような完全武装状態のパルジファルって流れ的にありえない・・・むしろ遊んでいるうちに迷い込んで飛び散る火の粉を払っていたら到着した・・・御大のシナリオではそういう流れですね。
裸なのは趣味ということでパルジファル↓
グロなので・・・・(←今更遅すぎます
パルジファルというのは彼の覚醒が中心なので生まれ変わり、もしくはもう一度生まれるというのがテーマになっても良いのでは無いかと思い立ち、その一連の試行錯誤を考えてみます。
クリングゾル魔宮突入を精子の放出、卵子に辿り着くまでの艱難は城兵達との戦い、
花の乙女は揺籃期もしくは子宮内胎児
クンドリーの出会い及び別れが出産
という考え方と
花の乙女は出産後、出産の介護してくれる者、看護師、医者・・・
(となると花の乙女はナースの恰好か・・・それも良いかもしれない)
所詮他人なのでパルジファルを理解しないという疎外感。
クンドリーが母との出会い、幼年期、青年期を経て親離れがクンドリーの拒絶に対応。
このように無理やりな対応イメージするとなんとなく具体案が出てきそうな気がする。
絵に起こした場合意外と難しいのは聖餐儀、聖杯の開帳かもしれない。
兎に角描かないと話が進まないので描く!
実は立花様の所の対訳を待っていたのですが超変訳で進めるかもしれない。













