萬日記 ガラクタ部屋とも云う -24ページ目

ジークフリートの質問4(ミクシー内転載記事01)

二幕第三場

ジークフリートがファフナーを殺してそのお宝のお零れに預かろうとしたミーメをアルベリヒが止めます。

アルベリヒは自分がラインの河底で愛を呪った代償に得た黄金の指環を子供を育てただけで手に入れようと画策したミーメを許せる訳にまいりません。

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テキスト的には必要ですが場面的にみると
もういいよー・・あぁあぁぁ鬱陶しいニーベルング族はもう見たくない・・・醜くて(←之ッ結構重要)

是が御大の狙いのような気がします。

醜悪であるものの登場で、ジークフリートが輝いて見えますもの。


ところが折角ジークフリートに感情移入できたのに次に続く場面で突き放されます。

ジークフリートによる、義父ミーメの殺害です。
確かにミーメはジークフリートを殺害しようとし、長年の夢の達成の喜びに打ち震え(指環を得たと確信した時点で)そのため襤褸が出ちゃってみずから告白してしまってますが、何も殺す事は無いじゃないと考えるわけです。

哲学書的見地、心理学的見地からみると子供は自立するためには親を精神的に殺害します。
子供はいつまでも子供の訳には行かないのです。
ノートゥングの蘇りによって自分の性的自己確立、そして親からの独立の儀式とも見えます。
 殺害によってニーベルング族との決別、是以降ニーベルング族とは一切関りが無いという意思表示でも在るように思えます。

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この突き放し方はニーチェの「ツァラトゥストラかく語りき」並で、ともするとニーチェの考える超人的なもの下地になったものかも知れないと思うのは考え杉でつか、そうでつか。

そういう意味ではジークフリートの行為は正しい。が・・・
心情的には恩を仇で返す仕草でしかありません。

確かに自分の利益の為に育てたとはいえ実際にはジークフリートの殺害には到らず、殺害を企んでいる事を告白させられた時点でジークフリートに殺される訳で、事前にヴォ―タンとの賭けでミーメの命が無くなる事(恐れを知らぬ者によって殺される)を伏線で張ってあるにも拘らず微妙にスッキリしない。
(オリジナルのヴェルズング・サガ神話伝説には殺害しようとし、実行仕掛けた所で引っくり返される。)

「頭まで筋肉が詰まっている人間的感情を欠乏した(恐れを知らない)白痴莫迦だからしょうがないンじゃない。」・・・・・・・
(ノー味噌まで筋肉が詰まっているDQNだから仕方ないんじゃないの・・・
(´д`) ・・・・・・・・・・・・



実も蓋も無い説明で決着が着きます・・・・が是で良いのかと思うわけです。

御大は此処で含みを持たせた第一幕の台詞が救いの点であり、微妙にテキストの言葉が生きてき始めます。

↓此処からテキストの裏側の私見です。

ワルキューレでブリュンヒルデがジークリンデに何時かこの剣を甦らせ、奮わせる人の為にと言ってノートゥングを托されたのに、ミーメ曰く世話してくれた御礼だといって渡す物だろうか?

是は明らかにミーメの嘘の詭弁です。
勿論流離い人(ヴォ―タン)とやりあう所ではくすねた剣といっていますし、その点は明らかです。

随ってミーメが語るジークフリートの母は(ジークリンデ、シークムントと名前を知っているのにミーメは曖昧(はぐらか)す。
事実を自分の都合の良い様に情報をコントロールする。)苦しんだ後死んで逝ったという説明の言葉も怪しくなります。

その時点ジークフリートに与えられた情報はミーメのみ、テキスト間の行き来だけで表に現れない分不透明な部分です。

ブリュンヒルデは、ワルキューレにて、彼女の遠見予知で難産の末にうまれると云っていますがその後に関しては言及していない。

ジークリンデの死に関してはジークフリートの観客もミーメの言葉を信用するしかない。
然し彼は嘘吐きである。其処にミーメの疑惑の余地があるように思えます。

もしジークリンデがミーメによって殺害されたならばどうしたであろうか。
ミーメの性格から上には諂い下には苛酷なタイプであるがしかし表立って屠す豪胆さは無い。

以下このような状況が考えられる。

薬だといってジークリンデに睡眠薬を飲ませ、深く眠った処を剣で首を跳ね、若しくは心臓を突き、殺してしまう。
そして、河に流したと。(墓もないし)

まるでジークフリート殺害計画そっくり。

「二匹目の泥鰌」

つまり一回成功しているため今回も成功するだろうという目論見がミーメをはしゃぎまわらせたとも考えられます。

ほーらミーメもちんけな小悪党から自分の利益の為女子供(自分より弱い者限定)を平気で殺害する唾棄するような極悪人になってきたでしょう。


つまりジークフリートは母親の仇を討ったとも考えられます。

↑是はあくまで私見に過ぎませんが・・・



 森の小鳥が女性ヴォーカルに替わってほっとし、音も跳ねているので続く場面は問題が無いと思われます。


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ジークフリートの質問3(ミクシー内転載記事01)


第二幕第二場

ここも長いといえば長いです。
特にジークフリートのソロのパートの部分森の囁きという有名な曲で・・・



眠りに誘われます。(爆


第一幕でジークフリートに感情移入に失敗すると殊更落とされます。(笑


テキスト的に読みつけると流れ的には
ミーメとの違い、ミーメの血を受け継いだ子供はミーメに似るのか?
自分の母親はどんな人だったのだろうか?とか。

孤独で淋しい←この辺はテキストには現れません。


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行間を見るとそういう思いがあるのです。

事細かに渉って御大は説明していきます。(なげーよ・・・('A`)

この繊細で感情豊かである文章が感覚的にオミットされがちなため、単なるDQNであると思われてしまうのです。
(それで話が通じてしまうのが御大の凄い所?)

ベートヴェンの田園に通じる小鳥の囀りのモチーフが流れ、(ライトモチーフの誕生)多少は色付けされますが、基本的にはファフナーが登場するまでは平坦です。


御大は此処でギャグをかませて見ようという試みがなされてますが・・・・





滑ってます。(^-^;)


ので好意的な解釈で進めないと話が進まないので、好意的に・・・

第一幕第一場でジークフリートの登場の時の台詞

森で、ステキな仲間が現れないかと笛を吹いてみた。
そしたら藪の中からこいつ(熊)が現れた。
そいつは家にいる奴よりもマシだったので連れてきたんだ。

という伏線が在ります。

今まで笛を吹いても狼とか熊とか


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(・・・・ってやっぱりあまり好きではなかったのが本音です。)に出会っていないけれど、小鳥の囀りの真似をすると例によってロクでもないものに出会います。

ファフナーの登場です。

ファフナーの件は場面的にはとてもカラフル(?)なので問題は無いですので次いきましょう。


>>ファフナー
>>お前が斃した者の名前を知るがいい、嘗ての巨人族ファフナーだ・・(前後大幅略)

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(個人的には指環を持っているのに何で大蛇(オロチ)に姿を変えて森に住んでいなきゃならんのー?という突っ込みをしたいのが正直なところです。
御大もその辺を第二幕第一場でアルベリヒが突っ込んでます。
 一応ゲルマン民族のジークフリート伝説ではレギンの兄がそうなっているので踏襲するしか話は進まないのでけれどもね。)

此処で小鳥が涼やかな女性の声に替わるシーンでほっとします。

ああこれでむさい男の声からカイホウサレルヨー
(´-`).。oO


ワーグナー以前のジークフリートは竜の血を全身に浴びてそれ以後無敵になったと在りますが、それだと小鳥の声を聞けるようになったというエピソードが入りません。
原作に忠実だと心臓を食すシーンをさらに加えなければなりません。

 最初ワーグナー流の解釈の持っていき方に昔は激しく反発したことがあります。

「全然カッコよく無いじゃん」と。
「肩に菩提樹が落ちてこないと様にならないよ」と。

正直、北欧神話、ゲルマン神話(ニーベルンゲン・リート)から、ジークフリートを見知った方ならそう思うのではないでしょうか。

 所が指環四部作の一エレメントと考えると総てが纏まりを魅せ黄昏に収束して行く事を実感したことがある人間にとっては、この変更が実に的を得た表現であると言えるのではないでしょうか。

 確かに劇場では血だらけになった主人公を表現するには粗不可能ですし、その後の小鳥の言葉を理解できるエピソードだって削除対象になりえます。
ところが、血を嘗めたという仕草を加えることにより無敵にはならなかったが、小鳥の言葉を聞き分けられるようになると仕組みの説明が加えられ後世に続く演出家の材料と成り得たわけです。

音楽的にも楽器の表現から、人間の声に移ります。
男ばかりの声の中にきらきらと女性の声が栄え渉る感じです。
余計に美しく感じてしまいます。

逆に下知識が無く素直に入っていけたら一つの縦糸と、横糸の組み合わせが美しく交差しているのをみつけるでしょう。
 
それでも抵抗ある方は折り合いをつけるまで時の流砂にまかせるしかないですね。

ジークフリートの質問2(ミクシー内転載記事01)

第二幕

第一場
アルベリヒとヴォータン

Siegfried 06
此処ではアルベリヒが一方的にヴォータンに対し怨み辛みをぶちまけていますが、それに対しヴォータンはワルキューレにて神々の崩壊を体験してしまっているので、ある意味達観し、アルベリヒのためファフナーを起こして三者会談(?)迄設けてます。

Siegfried 05
 神々の恩恵から見放されたジークフリートが神々の転覆を狙うニーベルング族によって、ファフナーを斃すという妙(運命の廻り合せ)に身を任せてみようという執着を棄てた方が巧くいっている点で満足しているのかもしれませんが。

参考程度にどうぞ。

絵巻庫館ジークフリート第二幕第一場

ジークフリートの質問1(ミクシー内転載記事01)

指環ミクシー出張所 にてコミュ参加者である、おはぎ様による質問がとても面白いので、

ここで転載します。

(注  

完全転載ではないのでこの記事を最初から読みたい方、ミクシーにご招待しますのでメッセージ下さい。)


START


>>Q


リングの「ジークフリート」の良さがいまいち分かりません。
「ワルキューレ」や「神々の黄昏」は聴き所も満載で、
劇もドラマチックな展開を見せるので、
非常に楽しめます。
しかし、「ジークフリート」は何度観ても退屈で、
苦痛すら感じる場面もあります。

例えば、ミーメとジークフリートが延々と悪態をついているところなど、聴いていていい加減飽き飽きしてくる私は、
まだまだ未熟なのかなぁと
いつもがっかりします。

もし、こういうところが面白いとか、
ここの音楽がいいとか、
こういう見方があるとか、

何かありましたら、教えていただければと思います。


>>A

ども、いらっしゃいませ!

ジー君がお嫌いですか?

解ります♪解ります♪

ある意味四部作の中で一番平坦かも知れません。
最初のミーメとジー君の掛け合いは漫然かつ漫談そのものでいらんよー長くてーと思いました。

是と同じ事がジー君とブリュ姫タンの出会いでもあったりします。

そんな言い訳はいいからはよ脱げやみたいな・・・(爆

テキストから読み解くと単なるDQNの竜退治アンド嫁さがしでは無く、実に細やかで繊細で、哲学書に近い乗りがあります。

つまり不完全な人間から完全無欠なる者へ人格形成されてゆくお話です。

劇場とかで其の侭観てしまうとミーメの虐められっぷリに注目がいって、ジー君の暴力が鼻につき、感情移入なんかとても出来ません。


多分最大の難関である第一幕から順にいきますね。


第一幕第1場
ではジー君の止め処も無い苛立ちがメインです。自分のアイデンテティを確立できない為怒りとしてしか発散できない少年がいます。
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ミーメという妖怪が少年ジークフリートに付き纏い、嫌がっている構造が劇という形で現れない限りジー君何怒ってンの?という風に解釈されてしまいます。

 ここで漸く言葉の綾から少年は生きる目的を探しだす訳なんですが、
注目すべき点はミーメのがジー君の母親に言及している台詞です。


母親?えーっとなんだっけな・・・そうだジークリンデとかいっていたっけ・・・
父親?逢った事も無いのに知るか!

この(つかえなーような)折れた剣がここで世話になった礼だといって俺に渡したんだ。

という台詞を恩着せがましくミーメが被せるのが重要なんです。

そしてミーメが


此処で淋しくお前を生んで、生んだ時産褥の為に死んだ


と説明します。


第一幕第二場
では流離い人に身を窶したヴォータンが現れます。

(個人的には槍の動機、ワルハラの動機、契約の動機が、綺麗な形(パロディカルといってもいいかも)で紡ぎ出さされるので好きなんですが)

ここでミーメと知恵比べみたいな事をするのですが、ここで台詞での重要な点は

前述のジークフリートの説明と全く違っている事を際立たせ、かつ昔を回顧している説明部分です。

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ミーメは英雄の事は殆ど知らないのにヴェルズング(つまりジークフリートの父親、母親)だけは知っている
 しかもジークムント殺害の原因と状況までも事細かく知っている

ここで第一場の台詞
「うーーんとなんだっけなー、そうだジークリンデとか言っていたっけ」と云う風に、さも、昔で些細な出来事のように語るミーメとは大違いです。

最大の違いな点はヴォータンに剣が誰が蘇らせるのか?との問いに彼は

「あの、女から” く す ね た ”剣は炎が通りゃしない・・・

と漏らしている点です。

つまり第一場では正確な情報を交えつつ自分の都合のいいように情報を曲げてジークフリートに伝えいる訳で、そうすると以下の情報もミーメの口から言われている限り、嘘である可能性がでてくる訳です。



此処で淋しくお前を生んで、生んだ時産褥の為に死んだ


是以上はワーグナー御大は追記してませんので憶測の域でしか在りません。

が、是がミーメの上には諂い下には過酷に扱う性格を当てはめて推測すると第二幕のジークフリート殺害計画が

すでに予行練習がしてあったのでは?

という風に考えられるわけです。

第三場は有名な鍛冶の歌なので楽しく見れるので問題は無いでしょう。

一応テキスト的は折れた剣の再生ということはこの劇的に観ると結構重要だったりします。
剣というのは深層心理学的にはずばり男根です。

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ワーグナーの場合ジークフリートの成長過程を鍛冶の歌に託し、少年から男への成長過程と自己確立、自立心その他を賑々しく練り合わせ華々しく歌い上げています。
ストーリィ的に見るとりわけ重要でない流れになりますが、成長を追えない劇としては、ある意味肝の部分です。

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これでジークフリートは少年ではなく男として、見てくれと。


どうしましょ2年近く放置プレイしてしまいました。

まずは近況報告



もう一個のワーグナー専用ブログを閉鎖しました。

スキンとかとっても気に入っていたのですが、とりあえず新規一転のつもりで閉鎖しました。


いちおうここでは雷鳥-Thunderbirdですが、他のところでは、あやかしのとら、武神妖虎、狼重蔵、の名前でお邪魔しますね。

自作の絵は載せないつもりでしたが・・・・

BBSがエロ業者のカキコで廃墟と化してしまったのでこちらでアップしていきます。




黒い翼のワルキューレ