ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス(2022)
※ネタバレあり
【掴めたはずの幸せ】

ドクターストレンジ2作目に相当する本作。ドラマシリーズ「ワンダヴィジョン」後のワンダの運命も交錯し、マーベル作品において異色の魔術バトルは新たな領域へ・・・
「エンドゲーム」(2019)の戦いの後、世界を救ったヒーローのドクターストレンジ=スティーヴンは元恋人クリスティーンの結婚式に参列していた。世界を救うことはできても、自分の人生が思い通りになるとは限らない。「掴めたはずの幸せ」を前に彼は複雑な心境。そんなストレンジの前に、アメリカ・チャベスという謎の少女が、並行世界を超えて来訪。
アメリカは並行世界を超える特殊能力者。彼女は自らの力と命を狙う者から助けてほしいとストレンジに頼み込む。追跡者の名はワンダ・マキシモフ=スカーレットウィッチ。かつてストレンジと共に世界をサノスの脅威から救った仲間。彼女は弟のピエトロ、夫のヴィジョン、そして2人の子供と立て続けの喪失の結果、「掴めたはずの幸せ」の奪還を目論み、アメリカの力を狙っていたのだった・・・
【豪華な逃亡劇】

上述したあらすじ、これが本作のプロットの大半です。複雑化していくマーベル作品にあって、本作はとてもシンプルな「逃亡劇」のシナリオ。追跡者ワンダから如何にアメリカを守りつつ逃亡するか。シンプルなプロットの中で様々な並行世界を股にかけ、思わぬキャラとの遭遇が描かれる。シンプルでありながらとても密度の高い作品です。
本作の楽器を駆使したバトルなどアイデア満載の活劇は、戦闘のリアリティを追求した「キャプテン・アメリカ」シリーズやキャラクターの個性を戦闘に反映する「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」シリーズとは異なる魅力を開拓します。
「ターミネーター」を彷彿とさせる逃亡劇に、巧妙な映像美、更に様々なホラー映画的演出がちりばめられる作劇は圧倒的没入感をもって観客を映画の世界に引き込みます。
筋書きがシンプルだからこそ、映像が複雑化しても、わからないということがないのも脚本の器用な点と言えます。
(ワンダの暴走の描写はショッキングな描写も多く、大勢のキャラやヒーローもひどい目にあわされます。R指定こそないものの人によっては視聴に注意が必要かもしれません。)
【可能性、マルチバースへどう向き合うか】

逃亡劇中心の作劇でありながら、スマートでツボを押さえた演出でしっかりキャラクターのドラマを掘り下げるのも好印象です。「掴めたはずの幸せ」その可能性「マルチバース」とどう向き合うかで主人公のストレンジとヴィランのワンダが対比されます。
ワンダは「掴めたはずの幸せ」に固執するあまり、大勢を傷つけ自らも追い詰めてしまいます。その果てに、救いたかったはずの実の子供達から恐怖のまなざしを向けられてしまいます。
一方で、並行世界でかつての恋人クリスティーンと再会したストレンジ。「掴めたはずの幸せ」の象徴たるクリスティーンとの再会を前に、彼はかつて彼女に向けた好意を否定しません。
「どんな並行世界でも君を愛している。」
そして、クリスティーンも共に人生を歩むことはできないながらも、彼と築いた絆を否定せずに彼を支える言葉を送ります。
「自信をもって、あなたはドクター・ストレンジなのだから。」
映画の序盤、クリスティーンの結婚式で複雑だったストレンジは並行世界でのクリスティーンとの再会の結果、気持ちに整理をつけることができたのです。誰しも、「あの時ああだったら、こうだったら」と考えることはある。過去を変えることはできない、それでも、可能性に思いをはせることで整理の着く気持ちもある。
そのような可能性「マルチバース」への向き合い方。過去そのものへ固執するのではなく、過去を未来を拓くためのきっかけとするように向き合うことこそが理想なのだというのが本作のメッセージと思われます。
映画の終盤、ストレンジは相棒のウォンに問いかけます。
「今は幸せか?」
ウォンは答えます。
「色々な試練があったおかげで今がある」
「過去には感謝している」
目まぐるしいマルチバースの冒険の果て、描かれたのは地に足の着いた人間ドラマ。「死霊のはらわた」「スパイダーマン」で辣腕を発揮したサム・ライミ。彼のベテランとしての手腕がいかんなく発揮された作品と言えるでしょう。
【ワンダ=スカーレットウィッチについて】
「アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン」(2015)で初登場し、以降様々なMCU、マーベル作品で活躍したワンダ・マキシモフ=スカーレットウィッチ。本作は彼女の運命の一先ずの集大成と言えるでしょう。
本作の主人公ドクターストレンジやアベンジャーズ中心メンバーのキャプテン・アメリカ、アイアンマン達はMCU作品を通して成長が描かれてきました。一方のワンダはMCUを通して成長の描写はあれど喪失が連続し、負の感情が成長を追い越していったように思います。MCU、アベンジャーズシリーズはヒーローの活躍の歴史であると同時に、ワンダの喪失の積み重ねの歴史という側面もあります。
ですから、本作でワンダは悪の道を走ってしまいますが、彼女を責めることは憚られます。そして、最後に並行世界の子供たちと自分との対面を通して、正義の心を取り戻したワンダは自らを犠牲に、あらゆる並行世界の禁断の書=ダークホールドを抹消することで、自らの行いの償いをします。MCUを通して彼女の旅路を目撃してきたからこそ、彼女の結末に切ない想いを抱きます。


